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理事長から皆さまへ

年頭所感(2026年1月1日)

2026年の新年を迎えるにあたり、謹んでご挨拶申し上げます。
まず大変喜ばしい出来事として、昨年、坂口 志文 博士、北川 進 博士のお二人がノーベル賞を受賞されました。
坂口 博士は、2002年から2年間、免疫・アレルギー科学総合研究センター(当時)の免疫寛容研究チームリーダーとして、免疫が自己を守りながら過剰な反応を抑える仕組みを解き明かす研究を主導されました。
また北川 博士は、2007年から7年間、放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門(当時)において、先端物質科学分野の空間秩序研究チームリーダーとして研究を率いてこられました。「金属有機構造体(MOF: Metal-Organic Frameworks)」が気体分子を取り込んでいることをSPring-8の放射光を用いて実証されるなど、分子を自在に組み上げ、新たな機能を生み出す物質科学を開拓されました。
両博士のノーベル賞受賞は日本で研究を志す若い世代にとって大きな励みです。その功績に深い敬意を表するとともに、心からお祝い申し上げます。

さて、理研は2025年4月に、第5期中長期計画をスタートさせました。
この計画は、地球温暖化やエネルギー問題、社会の分断や格差拡大といった、地球規模課題が急速に深刻化するなかで科学が果たすべき役割を問い直し、その成果を地球と人類の未来を明るいものとすることに確実につなげるという目的を掲げています。基礎科学研究をリードし、日本から世界最高水準の研究成果を生み出すことと、そこで創造された知を社会に伝え、より良い人類社会の実現に貢献することの二つは、この目的の達成に不可欠の両輪です。
私たちは理研の強みである「総合力」を最大限に生かすため、開拓科学、数理・計算・情報科学、生命科学、環境科学、物理科学の五つの研究領域を軸に、研究ファーストの運営を進める体制を整えました。世界的に卓越した研究者である領域総括のもとで、各研究センターと緊密に連携し、分野の最前線を見据えたうえで次のターゲットを定め、分野を超えた新たな学問の創成につながる研究を、迅速かつ柔軟に企画し実行できるようにいたしました。9か月を経て、これまでにない挑戦的な研究や、新しい学理の創出に向けた活動がしっかり始動しています。
2022年度に開始した「TRIP(Transformative Research Innovation Platform of RIKEN platforms)」事業は、そのベースとして最大限に活用されています。量子科学の基礎に立ち返る基礎量子科学研究プログラムも着実にスタートできました。今年もまたデータ駆動型の研究を一層強化することで、分野を越えて知をつなぐ「つなぐ科学」を一層推進してゆきます。そしてもう一つの重要な目的である社会課題解決については、このTRIP事業の成果を活用して、AI for Science、グローバル・コモンズ、世代をつなぐ生命科学(ライフコース)、先端半導体科学などのテーマでの取り組みを産業界や政府に提案し、真摯な対話をすでに始めています。さらに本年は、現行の「富岳」の100倍の計算力を目指す次世代スーパーコンピュータ「富岳NEXT」、100倍の輝度向上を狙った「SPring-8-II」、筑波地区で展開するバイオリソース施設の刷新、和光南地区のテックセンター建設など、次代を支える先端研究施設の整備を本格的に進めます。

さらに海外に目を向けますと、国際社会の複雑化と不安定化が、かつて思い描いていたよりもかなり早いスピードで進んでいます。
昨年11月、ブラジル・ベレンで開催された国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)では、地球温暖化への向き合い方に大きな転換が見られました。温室効果ガスの排出削減のトーンが弱まるなかで、気候変動にどのように「適応」していくかが、主要な論点となりました。極端な気象現象や生態系の変化、食料や都市インフラへの影響は、将来の懸念ではなく、すでに私たちの現実です。これまで地球システムの限界を論じ、排出削減の緊急性を訴えてきた科学者からは、排出削減行程表が合意されなかったことについて、強い懸念が表明され失望の声も聞かれます。しかし、COP議長は、条約国会議の枠外でロードマップの議論を進めることを表明し、多くの国がそのプロセスへの参加を表明しています。私たちは、温暖化の抑制をあきらめるのではなく、着実に前に進まねばなりません。
一方、COPがアマゾンを抱えるブラジルで開催されたこともあり、自然の力や役割を生かす「バイオエコノミー」という考え方が注目を集め、自然への投資が社会や経済のしなやかな強さ、すなわちレジリエンスを高めるという認識が広がってきました。
こうしたレジリエンスを実際の力としていくためには、気候変動の影響を現実として受け止め、被害を減らし、早く立ち直る対策に焦点をあわせた、「適応」という議論を深めていくことが大切です。適応を重視することにおいて、すでに深刻な影響を受けている地域の現状に寄り添い、解決に向けた行動を具体化するとともに、対策の実行やそれを支える投資を加速させるきっかけになることが期待できるのです。
このような歴史の分岐点において、基礎科学が果たす役割はさらに重要になります。
自然や気候の理解、リスクの定量化、長期的影響の予測といった知見なくして、緩和策と適応策とを両立させる選択の合理性は成り立ちません。COP30での適応策をめぐる議論は、不確実な状況の中で知を更新し続け、科学的根拠に基づいてよりよい生き延び方を構想し、社会を支えていく必要性を示しているとも言えるのです。

この考え方は、生成AIをはじめとするデジタル技術の急速な進展にも、そのまま当てはまるものでしょう。
経済価値創出の重心がサイバー空間へと移行するなかで、資本力とデータ量、そして圧倒的なスピードを武器とする巨大テック企業は、互いに熾烈な競争を繰り広げ、規模を拡大させています。そこで生みだされた商品や技術が、世界全体の社会経済に圧倒的な影響力を持つようになっているのです。その典型は生成AIです。しかしながら、サービスを提供する開発者やAI研究者でさえ、その内部の仕組みについて詳細には説明できず、長期的な影響も十分に解明できていません。
医薬品であれば、科学的なリスク検証を重ねた上でようやく認可され、初めて市場に投入されます。しかし、AI技術を組み込んだ商品は、必ずしもそうした検証のプロセスを経ていません。自動車など過去の技術では、ひとは使いながら規制を整え、課題を乗り越える技術革新をくりかえして進化してきました。しかしAIの進化速度はそれらとは桁違いであり、果たしてそうしたプロセスが有効に機能するかは、保証の限りではありません。さらに、サイバー空間と実空間の融合が一気に進んでしまう現在、AIを仮想空間に閉じただけの技術として管理することは、もはや不可能です。そのような状況の中で、AI技術は広く深く浸透し、その開発を握る少数の巨大テック企業が、結果的に社会の意思決定や価値形成そのものに決定的な影響を与えている状況がすでに始まっています。
こうしたなかを、ひとはいかに生き延び、科学はどのようにより良い社会をつくっていくことができるのでしょうか。

まずは、このように複雑で大規模な課題に向き合うための共通基盤として、計算科学の重要性がこれまで以上に高まっているということから、積み上げてゆきたいと思います。「富岳NEXT」は、気候、物質、生命、情報など多様な分野の研究をつなぎ、大規模データと高度な計算を活用するための中核基盤となるでしょう。
さらに、量子技術との連携も重要な柱となります。量子コンピュータの魅力は、従来の計算機では不可能な計算を実行できる可能性があることです。それに向けたハードウェア開発は途上で、科学的な挑戦と努力を続けながらしっかりその実現に向けて歩みを進めていかなければならない段階です。しかし、徐々に計算機としての実用性を示すレベルになってきています。歩み始めたばかりの量子計算機ですが、既存の古典計算機との組み合わせによって、計算可能領域の拡大への期待が急速に高まっています。それが、量子コンピュータとスーパーコンピュータを組み合わせた「量子×HPC」のハイブリッド計算です。理研では、独自に開発した国産の量子コンピュータ「叡」に加え、米国から2種類のタイプの異なる商用量子コンピュータを導入し、「富岳」に接続したハイブリッド計算の研究を進めています。世界に先駆けたハイブリッド計算の取り組みとして、注目を集めています。
今年は、この量子科学とAIの融合が一気に進むでしょう。
なかでも重要な取り組みは「AI for Science」です。理研では2023年からTRIP事業のもとで、AIを科学研究に活用するとともに、科学をAIの進化に活用するプロジェクトとして進めてきました。現在、米国のアルゴンヌ国立研究所およびオークリッジ国立研究所とも連携し、国際的に展開しています。NVIDIA Corporationの最新GPUを2,000基以上搭載するAI特化型スーパーコンピュータが本年3月に稼働します。文部科学省も新たな大規模プロジェクトを準備中であり、日本がこの分野で世界と伍していけるよう、理研の計算資源を広く皆様に活用していただくための準備を進めています。

第5期中長期計画に掲げた重要な柱に「大学との連携強化」があることについても、ここで確認しておきたいと思います。既に、早稲田大学、京都大学、東京大学、東京科学大学、慶應義塾大学、Harvard Universityなどと組織間人材育成を含めた連携を開始しています。「科学技術立国」として、日本全体の科学力を一層高め、科学をもってより良い未来を創ることに貢献する国としての存在感を高めていきたい。そのために、大学との連携を今年は一層力を入れて拡大していきたいと考えています。
今年は、量子技術、スーパーコンピューティング、AI for Scienceを結節点として、総合基礎科学をさらに前進させる年となるでしょう。理研はその中心となり、科学の普遍的な力を社会と共有しながら、未来社会に貢献する知の創出を着実に進めてまいります。

本年もご支援ご協力よろしくお願いいたします。

2026年1月1日
理事長 五神 真

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