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2026年3月9日

理化学研究所

アンソニー・J・レゲット博士の訃報に接して

2026年3月8日にアンソニー・J・レゲット先生が逝去されたとの報に接し、深い悲しみを覚えています。

レゲット先生は、超流動ヘリウム3の理論的研究を通じて、量子力学が巨視的な物質系にどのように現れるのかという根源的な問題に新しい理解を与えました。この業績により、2003年にノーベル物理学賞を受賞されました。先生の研究は、強く相互作用するフェルミ系における量子秩序の理解を大きく前進させ、巨視的量子コヒーレンス(macroscopic quantum coherence)をはじめとする量子凝縮系の研究に決定的な影響を与えました。

近年、ジョセフソン接合を用いた超伝導回路において巨視的量子トンネルやエネルギー量子化が実証され、これが量子回路や量子計算の発展へとつながっています。昨年のノーベル物理学賞は、このような電気回路における巨視的量子現象の発見に対して授与されました。ノーベル賞の公式の説明においても、ジョセフソン接合を用いて巨視的スケールで量子力学を検証できる可能性を理論的に提起した研究としてレゲット先生の論文が言及されています。これらの発展は、レゲット先生が提起した「巨視的な物理系はどこまで量子力学に従うのか」という問いを、後の超伝導回路の研究が実験的に探究する流れとして理解することができます。

レゲット先生はまた、日本の多くの研究者に温かい関心を寄せてくださいました。レゲット先生と日本との関わりは1960年代にさかのぼります。ポスドク研究員として京都大学理学部物理学教室に約1年間滞在し、地元の学生と同じアパートで生活されていました。この頃、日本の物理学研究者に向けて「Notes on the Writing of Scientific English for Japanese Physicists」と題する記事を『日本物理学会誌』に寄稿され、この文章は現在でも多くの日本の研究者に読み継がれています。近年も日本の研究者との交流を大切にされ、2018年に理化学研究所で開催されたiTHEMS-CEMS合同コロキウムでの講演でも、若い研究者に深い示唆を与えてくださいました。

私自身も研究について貴重な助言をいただいた一人です。2022年、私たちが20年にわたり取り組んできた励起子ボース・アインシュタイン凝縮の観測に成功し論文を発表した際には、先生はいち早く祝意と励ましのメッセージを寄せてくださいました。

また、私が東京大学総長として東京カレッジを設立した際には、その理念に深い理解を示してくださり、名誉カレッジ長として温かく支えてくださいました。

深い洞察と寛大なお人柄によって世界中の研究者に影響を与えた先生の存在は、これからも物理学の歴史の中で輝き続けることでしょう。生前のご厚意に心より感謝するとともに、謹んで哀悼の意を表します。

2026年3月9日
理化学研究所理事長 五神 真

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