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2025年10月16日

理化学研究所
東京大学

全身の筋電図を高精度に計測可能な衣服型デバイス

-跳んでも走ってもノイズなく信号を取得-

理化学研究所(理研)開拓研究所 染谷薄膜素子研究室の李 成薫 研究員(東京大学 大学院工学系研究科 特定客員准教授)、染谷 隆夫 主任研究員(東京大 学大学院工学系研究科 教授)、東京大学 大学院工学系研究科の横田 知之 准教授らの共同研究グループは、跳んだり走ったりといったダイナミックな動作中でも全身に分布する筋肉の活動を高精度に取得できる、衣料や布地のようなテキスタイル型(衣服型)の無線筋電図[1]計測システムを開発しました。

本研究成果は、日常生活における全身の動きを簡便に定量化できるため、ヘルスケア、リハビリ、医療、スポーツなど幅広い分野での応用が期待されます。

近年では、電極や配線・計測機を衣服に組み込んだスマート衣服[2]が開発され、無線で筋電図を計測できるようになり、従来の計測機器のように拘束されることなく、日常生活や運動時などさまざまな場面での計測が可能になってきました。ただし、全身に分布する筋肉から信号を取得しようとすると衣服上の配線が長くなり、体の動きや外部環境の影響でノイズが入りやすくなるため、微弱な筋電図を高精度に計測することは困難でした。

今回、共同研究グループは、導電糸、絶縁層、シールド[3]導体を全て伸縮性材料で構成した同軸構造の伸縮性配線を開発し、衣服に適用しました。これにより、全身レベルで生体信号をシールドし、外部ノイズを効果的に抑制できるスマート衣服を初めて実現しました。さらに、他者が腕を支えて動かすような状況における筋活動や、ジャンプや走行といったダイナミックな運動中の筋活動も精密に記録することに成功しました。

本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(10月15日付:日本時間10月16日)に掲載されました。

下半身型無線筋電図計測スマート衣服の図

下半身型無線筋電図計測スマート衣服

背景

近年、ウエアラブルデバイスやIoT(モノのインターネット)の発展により、日常生活や運動中の行動、健康状態を計測・解析する技術が広がっています。腕時計型やリストバンド型のデバイスでは、心拍や歩数、消費カロリーなどの生体情報を手軽に取得できるようになってきました。さらに、柔らかい電子素材や薄型の電子デバイスを活用した次世代ウエアラブル技術の開発が進められており、装着時の負担を減らし、より自然な状態で計測することが可能になりつつあります。

その中で、衣服に電子機能を組み込んだスマート衣服が注目されています。着るだけで自然な活動中の信号を取得でき、体のさまざまな部位にも容易に装着できることから、医療やスポーツ、日常生活のモニタリングなど幅広い場面での活用が期待されています。特に、筋肉の活動を表す筋電図は、リハビリやスポーツパフォーマンスの評価など多岐にわたる応用が期待されており、スマート衣服による計測の試みも進められてきました。

しかし、さまざまな動作中に全身の筋電図を計測できるスマート衣服の実現には課題がありました。筋電図はわずか数ミリボルト程度の微弱な信号であるため、全身計測に必要なメートル単位の配線では、配線に混入されるノイズに信号が埋もれやすくなってしまいます。実際に、体の動きによって生じるモーションアーチファクト[4]や、外部の電磁場、周辺との物理的な接触などによって信号は容易に乱される状態でした。

研究手法と成果

共同研究グループは、外部ノイズ環境下においても全身に分布する筋電図を高精度に計測できる、衣服型無線筋電図計測システムの開発に成功しました(図1)。開発したシステムは、信号線、絶縁層、シールド導体の三つの伸縮性材料から成る伸縮性同軸配線によって実現されています(図1B)。具体的には、伸縮性導電糸を信号線として使用し、その周囲をポリウレタン[5]の絶縁層でコートした後、伝導性を付与するため銀の断片である銀フレークと、フッ素系ゴムから成る伸縮性導体インクを浸漬(しんせき)工程でコートすることで、3層構造の配線を作製しました。このシールド導体は、伸縮時にも亀裂が入らず信号線が外部に露出することを防ぎ(図1C)、80%伸長時においても電気抵抗は60Ω(Ω:オーム。電気抵抗の単位)以下であり、十分な導電性を保持することが確認されました。その結果、このシールド構造により配線への外部ノイズ混入を大幅に抑制できました。特に、通常は大きなノイズ源となる他者との物理的な接触時でも、ノイズレベルが変動しないことを確認しました。

衣服型の無線筋電図計測システムの図

図1 衣服型の無線筋電図計測システム

伸縮性の同軸配線を用いることで、全身に分布する筋肉からの筋電図を衣服型デバイスで計測することが可能である。(A)下半身型のスマート衣服の例。(B)伸縮性同軸配線、信号線(導電糸)、絶縁層(ポリウレタン)、シールド導体の三つの伸縮性材料から成る。スケールバーは200マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。(C)伸縮性同軸配線の伸縮時の様子。3層構造の伸縮性同軸配線は、40%の伸縮時にも亀裂が入っていない(右下)。

このシステムを用いることで、リハビリ時のように他者によるサポートがある状況でも筋肉の活動を正確に計測できることを実証しました(図2)。肩関節をさまざまな角度で動かし、三角筋の活動を計測したところ、自ら腕を動かす場合だけでなく、他者が腕を支えて動かす場合においても安定した高精度計測が可能でした。特に、腕を後方に約45度伸展させた際(図2のP-1)のような微弱な信号(約0.01ミリボルト)でも、安静時との区別ができることを確認しました。一方、シールドのない配線では、配線に触れた際に顕著なノイズが生じ、安静時や特定角度での筋電図を識別することは困難でした。

他者のサポートで肩関節を動かす際の三角筋の筋電図計測例の図

図2 他者のサポートで肩関節を動かす際の三角筋の筋電図計測例

  • (上)他者のサポートで肩関節をP-1、P-2、P-3、P-4のようにさまざまな角度で動かし、三角筋の活動を計測した。他者が腕を支えて動かす場合においてもノイズが増加することなく、安定した高精度計測が可能だった。
  • (下)他者のサポートがある場合での、肩の三角筋の筋電図の計測例。シールド導体があると、シールド導体がない場合と比べて、高精度の観測が可能だった。特に、肩関節を-45度(P-1)にした際、微弱な電気信号を取れ、安静時との区別ができた。ノイズの電気信号の単位はミリボルト(mv)。

加えて、両足の大腿(だいたい)四頭筋、前脛(ぜんけい)骨筋、ハムストリング、下腿(かたい)三頭筋の8部位に電極を配置した衣服型無線筋電図計測システムを用いてジャンプや走行といったダイナミックな動作中の筋活動を計測しました。その結果、ジャンプでは踏み切りから着地に至る一連の動作の中で各筋肉が順に活動する様子を明確に捉えることに成功しました(図3)。また、走行時には左右の脚の筋活動が交互に現れるパターンを高精度に記録でき、歩行・走行のリズムや筋肉同士の協調的な働きを定量的に把握できることを実証しました。さらに、いずれの条件においてもノイズレベルは0.1ミリボルト以下に抑えられ、外部環境の影響を受けない安定した信号取得が可能であることを示しました。

ジャンプ時における下半身の筋活動の計測例の図

図3 ジャンプ時における下半身の筋活動の計測例

開発したスマート衣服を着るだけで、ジャンプといったダイナミックな動作中でも、さまざまな筋肉の活動を高精度に定量的に評価できる。ジャンプの踏み切りから着地に至るまでの動作の中で、下半身の各筋肉が順に活動する様子を捉えた。

今後の期待

本研究では、接触や多様な身体動作が伴う状況でも全身の筋活動を高精度に計測できることを実証しました。これにより、医療やリハビリテーションでは歩行訓練や介助動作の評価に、スポーツ分野では、例えば野球やテニスにおけるスイング動作のように、腕や体幹の筋肉が瞬間的にどのように連動しているかを捉えるなど、激しい動作中のパフォーマンス解析などに役立つことが期待されます。さらに、日常生活の行動を自然な状態でデータ化できるため、在宅ヘルスケアや高齢者の見守り、身体動作の記録を基盤とした新しいサービスや産業領域への展開も期待されます。

補足説明

  • 1.筋電図
    筋肉が収縮するときに発生する微弱な電気信号、またはその信号を記録した図。
  • 2.スマート衣服
    センサーや電子部品を織り込んだ衣服型の電子デバイス。スマートテキスタイルとも呼ばれる。
  • 3.シールド
    配線を外部の電磁波や接触による影響から守る(遮蔽(しゃへい)する)こと。
  • 4.モーションアーチファクト
    体の動きや配線のずれによって生じるノイズ(信号の乱れ)。
  • 5.ポリウレタン
    柔らかく伸び縮みする特性を持つ高分子素材。

共同研究グループ

理化学研究所
開拓研究所 染谷薄膜素子研究室
研究員 李 成薫(イ・ソンフン)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム 研究員、東京大学 大学院工学系研究科 特定客員准教授)
特別研究員 スン・ルル(SUN Lulu)
特別研究員 キム・ジュソン(KIM Joo Sung)
主任研究員 染谷 隆夫(ソメヤ・タカオ)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームディレクター、東京大学 大学院工学系研究科 教授)
創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム
特別研究員 ワン・シュウシ(WANG Shuxu)

東京大学 大学院工学系研究科
修士(研究当時)高野 幹太(タカノ・カンタ)
学術専門職員 雪田 和歌子(ユキタ・ワカコ)
助教 多川 友作(タガワ・ユウサク)
准教授 横田 知之(ヨコタ・トモユキ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)の国際共同研究加速基金(国際先導研究)「全身電子皮膚による人間のデジタル化(研究代表者:染谷隆夫、22K21343)」と情報通信研究機構(NICT)の委託研究「継続的進化を可能とするB5G IoT SoC及びIoTソリューション構築プラットホームの研究開発(代表研究者:種谷元隆、JPJ012368C00801)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Sunghoon Lee, Kanta Takano, Wakako Yukita, Yusaku Tagawa, Lulu Sun, Shuxu Wang, Joo Sung Kim, Tomoyuki Yokota, Takao Someya, "A body-scale textile-based electromyogram monitoring system with coaxially shielded conductive yarns", Science Advances, 10.1126/sciadv.adx4518

発表者

理化学研究所
開拓研究所 染谷薄膜素子研究室
研究員 李 成薫(イ・ソンフン)
(東京大学 大学院工学系研究科 特定客員准教授)
主任研究員 染谷 隆夫(ソメヤ・タカオ)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)

東京大学 大学院工学系研究科
准教授 横田 知之(ヨコタ・トモユキ)

李 成薫 研究員の写真 李 成薫
染谷 隆夫 主任研究員の写真 染谷 隆夫

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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東京大学 大学院工学系研究科 広報室
Tel: 03-5841-0235
Email: kouhou@pr.t.u-tokyo.ac.jp

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