理化学研究所(理研)量子コンピュータ研究センター 量子計算理論研究チームの松浦 孝弥 特別研究員(科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者)、東京大学 大学院情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻の山崎 隼汰 准教授(JSTさきがけ研究者)らの国際共同研究グループは、光を用いた量子コンピュータで「誤りに強い計算」が可能であることを理論的に示しました。
本研究成果は、大規模な量子コンピュータや量子ネットワーク[1]の実現に向けた光量子技術の今後の開発指針に対する貢献が期待されます。
今回、国際共同研究グループは、光の振幅に量子的なビットを保持する光連続量方式[2]の量子計算に着目し、従来の理論の枠組みでは扱い切れなかった一般的なノイズの下でも、計算の正しさを保つ「誤り耐性量子計算」が可能であることを厳密に証明しました。この研究では、現実的な物理環境で起こり得る一般的ノイズに対しての誤り耐性が未知であった当該方式の問題点を克服するとともに、従来の誤り耐性の理論では考慮されていなかったエネルギー制御が本質的に重要であることも明らかにしました。この成果により、日本が強みを持つとされる光量子技術を用いた量子コンピュータの実現に向け、今後の技術開発の方向性がより明確になることが期待されます。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(2月26日付:日本時間2月26日)に掲載されました。
光振幅に生じたノイズを量子的な情報を壊さないよう検知し、元に戻す仕組み(誤り訂正)
背景
量子コンピュータは、原子や光といった微小な世界の物理法則である「量子力学」の性質を巧みに利用して計算を行います。量子コンピュータでは、通常のコンピュータでいうビット(0と1)が重ね合わさった状態の「量子ビット」を計算に用いるため、それをうまく活用できるような問題では、計算を非常に高速化できると期待されています。しかし、こうした量子ビットの状態は外部の環境の影響を受けやすく、わずかなノイズでも計算結果が不正確になるといった問題があります。このため、量子コンピュータの実用化には、多少の誤りが生じても正確な計算を継続できる「誤り耐性」の仕組みが不可欠です。
量子コンピュータを実現するためのハードウェアとして、さまざまな物理系が候補に挙がっていますが、光はその中でも通信技術と高い親和性を持つため、将来的な大規模化に向いていると期待されています。特に光の振幅に量子ビットを保持する光連続量方式では、量子コンピュータを実現する上で不可欠な「量子もつれ[3]」を比較的容易な光学操作で実現できることが注目されています。しかしその反面、光連続量方式はノイズの影響を理論的に扱うことが難しく、誤り耐性の確立が大きな課題でした。実際、これまでの理論研究では、光振幅が確率的な変位を受けるという非常に限定的で理想化されたノイズに対してしか誤り耐性が示されていませんでした。
研究手法と成果
本研究は、光連続量方式の量子計算の実行中に生じ得る一般的なノイズに対して、そのノイズが光振幅に保持している量子ビットにどのような影響を与え得るかを数学的に解析し、以下の点を明らかにしました。
- 1.光の量子状態の周期的な構造を簡潔に表せる表現空間を用いて解析することで、光に生じるノイズが空間的、時間的に強い相関を持たないという制約を満たしていれば、そのノイズを量子ビットに生じる「誤り」に翻訳できること(図1)。
- 2.これらの量子ビットに生じる「誤り」は、これまで量子計算の研究分野で研究されてきた量子誤り訂正符号[4]で訂正することができること。
- 3.よって、光振幅に保持する量子ビットに既存の量子誤り訂正符号を組み合わせることで、光に生じたノイズが大きすぎなければ、原理的には打ち消し可能であること。
- 4.その際、打ち消し可能であるノイズに保つためには光振幅が無制限に大きくならない、つまり光の持つエネルギーが大きくなりすぎない設計が必要であること。
図1 光の系の量子誤り訂正の概念図
光学操作によって光の振幅に量子ビットの情報を符号化して保持させることができ、その量子ビットを用いて量子誤り訂正符号を構成できる。光の振幅に生じたノイズは量子ビットのノイズとして解釈し直され、量子誤り訂正符号によって訂正される。
現実の光学操作の過程で生じる典型的なノイズは、空間的、時間的に強い相関を持たないため、これまでの理論研究が仮定していた限定的で過度に理想化された条件を乗り越え、より現実的な条件の下で誤り耐性光量子計算が可能であることが理論的に示されました。
今後の期待
本研究は、どのようなノイズをどの程度抑えれば安定動作するかが不明瞭であった光連続量方式の量子コンピュータについて、クリアすべき技術の要件、ノイズの小ささといった実験に必要な指針を理論的に明らかにしたことに意義があります。この理論的な成果によって、光量子技術の追究を進めた先に誤りに強い光量子コンピュータの実現があることが保証されました。さらに、実用的な光量子コンピュータの実現のために今後研究・開発が必要となる技術がより明確化されたことで、光量子コンピュータの実現に向けてさらに一歩前進したといえます。
今後はこうした量子誤り訂正理論の基礎研究の積み重ねとともに、量子コンピュータの性質をうまく活用したアルゴリズムの研究も両輪として進めていくことが重要になります。このような両輪の研究活動の進展によって量子コンピュータが実現された暁には、新材料開発や機械学習などの応用分野の研究が加速し、社会の幅広い領域で技術革新が起きることが期待されます。
補足説明
- 1.量子コンピュータや量子ネットワーク
量子力学の原理を利用した情報処理技術である「量子情報処理」の応用の例。従来のコンピュータでは達成できないような高速な計算や、原理的に破ることのできない暗号方式などが実現できると予想されている。 - 2.光連続量方式
光には、連続値を取る振幅の自由度と、離散値を取る光子数の自由度が存在し、いずれも光の量子力学的な性質の一側面である。光量子コンピュータはそのどちらの自由度を主に用いるかによって連続量方式、離散量方式に大別される。 - 3.量子もつれ
量子力学において現れる特殊な相関を持った状態。量子もつれにある系では空間的に離れた地点での測定結果同士が、局所的にはランダムに見えても、結果を突き合わせると完全に確定しているといったことが起こり得る。 - 4.量子誤り訂正符号
多数の量子系や多自由度の量子系で一つの量子ビットを保持することで、一部に誤りが生じても、それを検出し訂正できるようにしたもの。
国際共同研究グループ
理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 量子計算理論研究チーム
特別研究員 松浦 孝弥(マツウラ・タカヤ)
(JSTさきがけ研究者)
東京大学 大学院情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻
准教授 山崎 隼汰(ヤマサキ・ハヤタ)
(JSTさきがけ研究者)
ロイヤルメルボルン工科大学(オーストラリア)理学部
教授 ニコラス・メニクッチ(Nicolas C. Menicucci)
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「超低温原子の高精度量子計測で探る新物理探求(研究代表者:高橋義朗、JPMJCR23I3)」「光量子技術パッケージの開発とそのシステム化(研究代表者:武田俊太郎、JPMJCR25I4)」「量子計算と機械学習の双方向発展を実現するシステム構築(研究代表者:村尾美緒、主たる共同研究者:山崎隼汰、JPMJCR25I5)」、同さきがけ「量子ユニバーサル符号とその応用(研究代表者:松浦孝弥、JPMJPR24FA)」「高速な量子機械学習の基盤構築(研究代表者:山崎隼汰、JPMJPR201A)」「高速な定数空間オーバーヘッド誤り耐性量子計算の理論基盤(研究代表者:山崎隼汰、JPMJPR23FC)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業研究活動スタート支援「定数O(1)オーバーヘッド誤り耐性量子計算の基盤構築(研究代表者:山崎隼汰、JP23K19970)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Takaya Matsuura, Nicolas C. Menicucci, Hayata Yamasaki, "Continuous-Variable Fault-Tolerant Quantum Computation under General Noise", Nature Communications, 10.1038/s41467-026-69036-5
発表者
理化学研究所
量子コンピュータ研究センター 量子計算理論研究チーム
特別研究員 松浦 孝弥(マツウラ・タカヤ)
(JSTさきがけ研究者)
東京大学 大学院情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻
准教授 山崎 隼汰(ヤマサキ・ハヤタ)
(JSTさきがけ研究者)
JST事業に関する問い合わせ
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(アンドウ・ユウスケ)
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理化学研究所 広報部 報道担当
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