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2026年4月17日

理化学研究所

まったく新しいイオンビーム冷却原理の提唱

-安定の島原子核など未知の粒子や物理現象の探索へ-

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター 次世代加速器システム開発チームの今尾 浩士 チームリーダーは、イオンの電気の帯び方(価数:原子が何個電子を失っているかを表す整数)を制御することで、イオンビーム[1]を自律的かつ超高速に冷却する新しいビーム冷却[2]原理を提案しました。

この原理はイオンビームを従来に比べて高い強度と品質で扱うことを可能とし、安定の島[3]原子核など、これまで到達が困難とされていた原子核分野における未知の世界の研究を切り開くことが期待されます。

ビーム冷却は、多数のイオンが同じ方向に飛んでいるイオンビームにおいて、イオンの速さや方向のばらつきによる運動の揺れを抑え、ビームを整えるための加速器物理における基盤技術です。従来のビーム冷却では、イオンビームを周回させ、摩擦のような作用によって少しずつ整える方法が主流であり、特に重いイオンでは、ビームが整うまでに最大数秒という長い時間を要していました。

これに対し本研究では、イオンが周回する途中で価数が変化することを利用し、価数が変わると、イオンが安定して周回する軌道の中心が切り替わるように加速器を設計しました。イオンはその軌道の中心の周りを少し揺れながら進んでいるため、揺れの途中で中心(=運動の支点)が切り替わることで、揺れが自然に小さくなります。クレーンの振れ止め[4]に似たこの仕組みにより、イオンビームが自らの状態に応じて整っていく新しい冷却法「荷電変換[5]冷却(Charge-Exchange Cooling:CEC)」が実現します。

計算機シミュレーションにより、この冷却がマイクロ秒(100万分の1秒)という非常に短い時間で進行し、かつ理研で建設予定の荷電変換リング(CSR)[5]を想定した現実的な条件でも機能し得ることが示されました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Accelerators and Beams』オンライン版(4月14日付)に速報性・重要性の高いLetterとして掲載され、注目論文としてEditor's Suggestionに選定されました。

従来の冷却の概念図、新しい冷却の概念図、超高速冷却の計算例の図

従来の冷却の概念図(左)、新しい冷却の概念図(中央)、超高速冷却の計算例(右)

背景

ビーム冷却とは、加速器の中をばらついた状態で飛ぶ粒子の集団を、「静かでそろった状態」に整える技術です。例えば原子核物理実験では、原子核同士の反応が非常にまれにしか起こらない場合があります。このような実験では、できるだけ多くの粒子を同じ場所に正確に当て続けることが重要です。もしビーム冷却によって粒子のばらつきを抑えることができれば、ビームは細く密度の高い状態となり、実験の効率は大きく向上します。

ビーム冷却の歴史的な代表例である確率冷却法[6]の発明は、生成量が限られた反陽子を高密度に蓄積することを可能にし、その結果、素粒子物理の基本理論を支えるWボソンおよびZボソンの発見[7](1983年)に至りました。

一方で、現在広く利用されているビーム冷却法の種類(確率冷却法、電子冷却法[8]イオン化冷却法[9]など)は限られており、特に重いイオンビームに対しては十分な性能が得られないという課題があります。重いイオンビームは初期のビーム品質が低く、粒子が重いため外部との相互作用による冷却効果が小さいことに加え、その相互作用自体によって電荷が変化することでビーム制御が難しくなります。その結果、従来の手法では冷却にサブ秒(1秒未満)から数秒の時間を要し、冷却が完了する前に短寿命原子核[10]が崩壊してしまうことや、ビームを十分に蓄積・高密度化できないといった制約が生じていました。

このような状況の下、理研の加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[11]」では、重イオンビーム強度の大幅な向上を目的として、荷電変換リング(CSR)の建設計画を進めています。CSRは、目的とする高い電荷状態へ重イオンを効率よく変換することを目指した理研独自のリング型加速器で、重イオンがリング内に設けた薄い標的を通過することで、イオンの価数が周回のたびに変化します。これにより、複数の電荷状態のイオンを同時に利用でき、これまでは目的とする電荷状態にならなかったために捨てられていたイオンも再活用することで、目的とする高価数イオンの得られる割合を、標的を一度だけ通過させて電荷を変える従来の手法より大きく高めることが可能になります。

さらに、より高速かつ効率的なビーム冷却が実現できれば、CSRによってビーム強度に加えてビーム品質も一層高められる可能性があり、その実現は重要な課題として位置付けられています。

研究手法と成果

本研究では、今まではビーム損失の原因として避けられてきた荷電変換現象を、冷却機構として積極的に利用する新しいビーム冷却原理を提案しました。

従来のビーム冷却は、イオンに「摩擦」に相当するような力を直接与えることで、粒子の振動運動を徐々に弱める方法が主流でした。しかし、重いイオンほど「摩擦」による冷却には長い時間が必要となります。この点は、重い荷物をつったクレーンの振れを、空気抵抗やロープのこすれといった摩擦だけで止めようとすると、いつまでも振動が残ってしまう状況に似ています。一方、実際のクレーンの振れ止めでは、振れに合わせて支点を動かすことで、短時間で振動を抑えることができます。本研究で提案した「荷電変換冷却(CEC)」は、これと同様に、イオンの振動の支点、すなわち軌道中心そのものを切り替えることで冷却を実現するという発想に基づいています(図1)。

荷電変換冷却(CEC)の発想の図

図1 荷電変換冷却(CEC)の発想

周回を重ねることでビームの位置と角度の広がりが自然に小さくなっていく。CECの原理はこの発想に基づいている。

本研究の舞台となるのは、複数のイオン価数が同時に周回するリング型加速器であるCSRです。このリングの内部には、イオンが電子を失ったり受け取ったりすることで価数を変化させる「ストリッパー[12]」と呼ばれる標的が配置される予定です(図2)。

荷電変換リングとマルチゾーンストリッパー模式図の画像

図2 荷電変換リングとマルチゾーンストリッパー模式図

理研RIBFで建設計画が進められているCSRでは、異なる価数のイオンが同一リング内を周回することが可能となり、例えばウランイオンでは59価から66価にわたる複数の価数状態が周回対象として想定されている。リング内部には「ストリッパー」という標的が設置される。このストリッパーに、価数とイオンの振動状態との関係を意図的に結び付ける「マルチゾーンストリッパー」という概念を導入することでイオンの状態に応じて価数を切り替えることが可能となる。

イオンは価数ごとに異なる周回軌道を持ち、それぞれの価数に対応した軌道の中心は、イオンの振動運動における「支点」に相当します。本研究では、これら価数ごとの中心軌道を、リング内の電磁石によってあらかじめ適切にずらした構成を考えました。

さらに、価数とイオンの振動状態との関係を意図的に結び付けるため、「マルチゾーンストリッパー」という概念を導入しました(図2)。これは、リング内の特定の位置や時間に依存して荷電変換が起こるよう設計されたストリッパーであり、イオンの状態に応じて価数が切り替わる構造です。イオンの状態に応じて価数が変化すれば、先の構成により、振動の支点に相当する中心軌道も切り替わります。すなわち、イオンの振れに応じて支点が変化する状況を人工的につくり出すことができます。この条件を適切に設定することで、イオンの振動運動を短時間で抑制(=振れ止め)する、つまり高速なビーム冷却が可能となります。

本研究では、価数切り替えに伴う軌道変化が冷却方向に働く条件を解析的に整理し、周回を重ねるごとに位相空間分布(イオンの位置と運動方向の分布)が自律的に収縮する過程を「荷電変換冷却」として定式化しました。この冷却過程は、外部から逐次的な観測や制御を必要とせず、イオンビーム自身の状態に応じて自律的かつ高速に進行する点に特徴があります。

提案した原理の有効性を、計算機シミュレーションによって検証しました。シミュレーションでは、二価数系および多価数系のモデルを構築し、建設予定のCSRを想定した現実的な磁場配置およびビーム光学条件を用いました。荷電変換確率を含めた条件の下で、周回数に対する位相空間分布の変化を追跡し、冷却の挙動を定量的に評価しました(図3)。

CSRでのビーム位相空間分布の収縮の様子の図

図3 CSRでのビーム位相空間分布の収縮の様子

計算機シミュレーションを使い、CSRの周回数に対する位相空間分布の変化を追跡し、冷却の挙動を定量的に評価した。荷電変換冷却した場合は、「冷却なし」「荷電変換加熱」(荷電変換によってビームが逆に広がるように設定した条件)と比べ、ビーム位相空間分布が小さいことが分かる。mrad:ミリラジアン(1mradは1,000分の1ラジアン)。

その結果、冷却効果が数マイクロ秒以内に現れることが示されました。この時間スケールは、従来のビーム冷却法が一般に必要とするサブ秒から秒のオーダーと比べて、およそ1万分の1~10万分の1の時間スケールに相当します。

今後の期待

本研究で示された荷電変換冷却の原理は、従来のビーム冷却では冷却時間の制約から取り扱いが困難であった短寿命原子核を含むイオンビームに対しても、高速冷却により大量かつ高品質に蓄積できる装置設計を可能にします。また、冷却が内部標的との相互作用によるビーム加熱(散乱によるビームの広がり)に打ち勝って進行するため、ビームを蓄積したまま標的との反応を継続する運転が可能となり、その結果、反応断面積が極めて小さい過程、例えば安定の島原子核の生成に代表される未知の粒子・物理現象の探索を、現実的な実験条件の下で実施できると期待されます。

補足説明

  • 1.イオンビーム
    原子から電子を取り除き、電気を帯びた状態にした粒子(イオン)の流れ。電磁場を用いて加速・集束・輸送が可能であり、原子核物理、材料科学、医療応用など幅広い分野で利用されている。本研究では、特に重いイオンビームの高精度制御が対象となっている。
  • 2.ビーム冷却
    加速器中を運動するイオンビームの空間的広がりや運動量のばらつきを抑え、イオンを高密度かつ安定に保つための技術。温度を下げる操作ではなく、粒子の横方向・縦方向の振動運動を抑えて、粒子のばらつきを整えることに相当する。高精度な原子核実験や素粒子探索を支える、加速器科学の基盤技術の一つである。
  • 3.安定の島
    非常に多くの陽子と中性子を含む超重原子核の中で、比較的長寿命になると理論的に予測されている核図表(全ての原子核を陽子数と中性子数で並べて描いた図)上の領域。この領域の原子核は生成確率が極めて低く、観測には大量かつ高品質なビームが必要とされる。安定の島の探索は、原子核構造の理解を大きく進展させる重要な課題である。
  • 4.クレーンの振れ止め
    クレーンで荷物をつると、ブランコのように荷物が揺れてしまうことがある。このとき、揺れを直接止めるのではなく、荷物動きを見ながら、その揺れに合わせてクレーンのつり点を少し動かし、揺れを短時間で打ち消すように操作する方法を「振れ止め」と呼ぶ。
  • 5.荷電変換、荷電変換リング(CSR)
    原子核や物質の性質を調べる実験では、イオンビームの強度をできるだけ高くすることが重要だが、従来の方法では、イオンの電荷を変える過程で多くのイオンが失われてしまうビーム損失という課題があった。荷電変換リングは、この問題を解決するために2030年頃の完成を目指して理研で開発が進められているリング型加速器。リング内部に設けられた薄い標的をイオンが何度も通過することで、イオンは周回しながら電荷の状態を繰り返し変化させる。この電荷の変化は、イオンが標的中で電子を失ったり受け取ったりすることで起こる現象で、「荷電変換」と呼ばれる。これにより、従来は一度きりの荷電変換で捨てられていたイオンも再び利用でき、目的とする電荷状態のイオンを効率よく集めることが可能になる。荷電変換リングは、より強く高品質なイオンビームを実現するための新しい基盤装置として位置付けられている。CSRはCharge Stripper Ringの略。荷電変換リングの概念および基本設計の詳細については論文を参照注)
  • 6.確率冷却法
    1970年代初頭にシモン・ファン・デル・メール(Simon van der Meer)氏によって提案・実証されたビーム冷却法。ビームの状態を測定し、その情報を用いて電磁的な補正を加えることで、粒子のばらつきを統計的に抑える。反陽子ビームの生成を可能にし、WボソンおよびZボソンの発見([7]参照)の基盤技術となった。
  • 7.WボソンおよびZボソンの発見
    WボソンおよびZボソンは、弱い相互作用を媒介する基本粒子で、1983年に欧州原子核研究機構(CERN)のSPS(Super Proton Synchrotron)加速器を用いた実験で発見された(UA1・UA2実験)。この成果により、カルロ・ルビア(Carlo Rubbia)氏とシモン・ファン・デル・メール氏は1984年にノーベル物理学賞を受賞した。特にファン・デル・メール氏が発明した確率冷却法は、高品質な反陽子ビーム生成を可能にし、発見を決定的に支えた。
  • 8.電子冷却法
    1960年代にゲルシュ・ブドガー(Gersh Budker)氏によって提案されたビーム冷却法。流れのそろった電子ビームとイオンビームを重ね合わせ、クーロン相互作用によってイオンの運動のばらつきを低減する。一方で、特に重いイオンに対しては冷却に長い時間を要するという課題がある。
  • 9.イオン化冷却法
    1980年代以降に主にミューオン(電子の仲間で寿命が極めて短い粒子)加速器研究の文脈で発展してきた冷却手法。粒子を物質中に通過させて運動量を失わせた後、再加速することでビームのばらつきを抑えるが、重イオンでは物質との相互作用が大き過ぎるため適用は限定的である。
  • 10.短寿命原子核
    生成されてから典型的にはミリ秒程度の極めて短い時間で崩壊する不安定な原子核の総称。多くは自然界には存在せず、大型加速器によって人工的につくり出される。寿命の短さ故に、その存在の実証や性質の研究には、生成から測定までを高速かつ高効率に行う技術が不可欠である。
  • 11.RIビームファクトリー(RIBF)
    ウランなどの重い原子核から成るイオン(重イオン)を加速し、標的に衝突させることで、自然界ではほとんど存在しない不安定な原子核をビームとして生成し研究できる、世界有数の加速器施設。RIBFでは、世界唯一の超伝導リングサイクロトロン(SRC)と呼ばれる大型加速器を中核として、非常に高いエネルギーと強度の重イオンビームを安定して供給できることを特長としており、原子核の構造や元素がどのようにつくられてきたかといった基礎的な問いに迫る研究が進められている。こうした研究は、宇宙の進化の理解や、物質科学・医療などへの応用にもつながっている。
  • 12.ストリッパー
    イオンから電子をはぎ取り、価数を変える装置で、荷電変換装置とも呼ばれる。一般には炭素の薄膜を用い、イオンが通過する際の衝突によって電子が取り除かれる。大強度重イオンビームへのストリッパーの耐久性を高めるため、RIBFではガスや液体薄膜が用いられることもある。耐久性や厚さの均一性が加速器の性能に大きく影響する重イオン加速器特有の装置である。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「超大強度ウランビーム実現のための革新的超音速Heシートガスジェットストリッパー(研究代表者:今尾浩士、JP25H00656)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Hiroshi Imao, "Charge-Exchange Cooling of Multicharge-State Heavy-Ion Beams", Physical Review Accelerators and Beams, 10.1103/f53n-9ccy

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 次世代加速器システム開発チーム
チームリーダー 今尾 浩士(イマオ・ヒロシ)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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