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2026年5月13日

理化学研究所

糖代謝異常が引き起こす葉緑体の分解現象を発見

-麦芽糖の過剰蓄積が植物オートファジーを活性化-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 分子生命制御研究チームの泉 正範 上級研究員、中村 咲耶 研究員、萩原 伸也 チームディレクター、質量分析・顕微鏡解析ユニットの豊岡 公徳 上級技師らの共同研究グループは、植物の糖代謝異常が引き起こす葉緑体の分解現象を発見しました。

本研究成果は、植物のストレス応答と栄養リサイクルに密接に関わる現象である葉緑体の分解機構の理解を深め、作物のストレス耐性や栄養利用効率の向上を目指す技術開発に役立つことが期待されます。

今回、共同研究グループは、独自の植物細胞イメージング技術を駆使し、葉緑体の分解が活発化する条件を探索しました。その結果、光合成産物である糖の代謝異常による麦芽糖(マルトース)[1]の過剰蓄積が、葉緑体の異常な膨張を引き起こし、細胞内の自己分解システムであるオートファジー[2]のうち葉緑体が分解される経路である「クロロファジー[3]」を活性化する現象を発見しました。

本研究は、科学雑誌『Plant Physiology』オンライン版(5月8日付)に掲載されました。

麦芽糖の過剰蓄積により膨張した葉緑体の電子顕微鏡画像の図

麦芽糖の過剰蓄積により膨張した葉緑体の電子顕微鏡画像

背景

植物は、光エネルギーを化学エネルギーに変換し、大気中の二酸化炭素(CO2)から糖・デンプンを合成する光合成を行うことで成長しており、この反応を担っているのは、細胞小器官(オルガネラ)の葉緑体です。しかし余剰な光エネルギーは葉緑体に傷害(光ストレス)を与えており、それにより損傷した葉緑体は分解し取り除く必要があります。また、葉緑体は大量の栄養素を含んでおり、植物は、不要となった葉緑体を分解することでその栄養成分を回収し再利用する栄養リサイクルを繰り返して成長しています。よって葉緑体分解は、植物のストレス応答と栄養リサイクルの両者に関わっており、その仕組みを解き明かし、ストレス耐性や栄養利用効率が向上した作物設計に役立てることが期待されています。

オートファジーは、真核生物が持つ細胞内自己分解システムであり、細胞内成分の一部を隔離し、分解場として機能するオルガネラである液胞へ輸送、分解する経路です。泉上級研究員らは、これまでに、オートファジーによって葉緑体が丸ごと液胞へ運ばれ分解される経路「クロロファジー」の存在を明らかにし注1)、その詳細な仕組みの解明に取り組んできました。しかしこれまで、クロロファジーを詳しく解析できる条件は、強い光ストレスを与える環境しか確立されていませんでした。この条件では、光ストレスや光そのものに応答する多彩な生体内シグナルが同時進行的に活性化するため、クロロファジーを直接活性化するシグナルがどのようなものか絞り込むことが困難であり、研究を進める上での障壁となっていました。

  • 注1)M. Izumi, H. Ishida, S. Nakamura, J. Hidema(2017)Entire photodamaged chloroplasts are transported to the central vacuole by autophagy. The Plant Cell 29: 377-394(doi: 10.1105/tpc.16.00637

研究手法と成果

この課題を解決するため、共同研究グループは、独自に構築してきた、レーザー走査型共焦点顕微鏡[4]による植物細胞ライブイメージング技術と電子顕微鏡による超微形態観察技術を駆使して、クロロファジーが活性化する条件をモデル植物シロイヌナズナで探索しました。その結果、葉緑体が昼間に光合成で蓄えたデンプンを、夜間に麦芽糖(マルトース)として葉緑体外に供給する際のトランスポーター(輸送体)として働くタンパク質MEX1に変異が生じた植物(mex1)で、葉緑体の分解現象が観察されることを突き止めました。このmex1植物では、通常のシロイヌナズナ(野生型)が蓄積する量の実に70倍以上という過剰な麦芽糖が葉緑体に蓄積し、丸々と膨張する、一部が腫れ上がるように突出するなど、異常形態を示す葉緑体が生じていました(図1)。

麦芽糖の過剰蓄積により膨れた葉緑体の電子顕微鏡による観察画像の図

図1 麦芽糖の過剰蓄積により膨れた葉緑体の電子顕微鏡による観察画像

野生型シロイヌナズナの葉緑体(左)および麦芽糖が過剰蓄積したmex1変異株の葉緑体(右)の電子顕微鏡による観察画像とそのモデル図。スケールバーは5マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。

そして、このような葉緑体が生じた細胞では、オートファジー関連タンパク質ATG8が葉緑体表面に集まり、液胞内部に運ばれた葉緑体が分解される現象が起きていました(図2A、B、C)。この分解現象は、オートファジーに必須の遺伝子が欠損すると全く起きなくなったことから、麦芽糖の過剰蓄積が、葉緑体を丸ごと分解するオートファジーであるクロロファジーを活性化していることが明らかとなりました(図2D)。

麦芽糖の過剰蓄積が引き起こす葉緑体分解現象のライブイメージング画像とモデル図の画像

図2 麦芽糖の過剰蓄積が引き起こす葉緑体分解現象のライブイメージング画像とモデル図

  • (A)麦芽糖の蓄積で大きく膨れた葉緑体(矢印)のレーザー走査型共焦点顕微鏡による観察画像。葉緑体の内腔(ないこう)マーカー(緑)と葉緑体内の膜が持つ自家蛍光(マゼンタ)の組み合わせで可視化。スケールバーは10μm。
  • (B)膨れた葉緑体の表面に集まるオートファジー関連タンパク質ATG8(矢印)のレーザー走査型共焦点顕微鏡による観察画像。蛍光タンパク質ラベルしたATG8(シアン)と葉緑体内の膜が持つ自家蛍光(マゼンタ)の組み合わせで可視化。スケールバーは10μm。
  • (C)液胞内部で分解されている葉緑体(矢印)のレーザー走査型共焦点顕微鏡による観察画像。葉緑体の内腔マーカー(緑)と葉緑体内の膜が持つ自家蛍光(マゼンタ)の組み合わせで可視化。液胞内で分解されている葉緑体では、内腔成分が先に失われている。スケールバーは10μm。
  • (D)MEX1の変異により麦芽糖が過剰に蓄積し、膨張などの形態異常が生じる。そのような葉緑体は何らかのシグナルを発していると考えられ、それを認識したオートファジー関連因子の集積が起こる。そして、液胞内部へ取り込まれ分解される。

MEX1に変異が生じた植物では、麦芽糖の代謝異常により強い成長阻害が起きます。またオートファジーの機能が欠損した植物も、通常、成長が抑制され、ストレスに対する耐性が低下します。しかし興味深いことに、MEX1の変異が生じた植物で、さらにオートファジーの機能を欠損させると、成長阻害の症状が軽減されました(図3)。このことから、MEX1の変異が生じた植物では、オートファジーであるクロロファジーが強く活性化し過ぎることによって、成長阻害につながっていることが示唆されました。よって今回の研究が同定した糖代謝異常というクロロファジーの活性化条件は、その誘導シグナルを理解する上で有効な実験系となると考えられます。

麦芽糖の過剰蓄積による成長阻害がオートファジー機能欠損により軽減される様子の図

図3 麦芽糖の過剰蓄積による成長阻害がオートファジー機能欠損により軽減される様子

左から、シロイヌナズナの野生型、オートファジー機能欠損株atg10、麦芽糖が過剰蓄積したmex1変異株、そしてmex1変異株でさらにオートファジーが欠損した二重変異株atg10 mex1の、栽培28日目の地上部観察画像。スケールバーは10mm。

実際に共同研究グループは、網羅的な遺伝子発現解析によって、クロロファジーの活性化に関わる遺伝子の絞り込みを行い、一部の植物ホルモンを介したシグナルがクロロファジーの誘導に関わっている可能性を見いだしました。

今後の期待

今後、本研究で絞り込まれたクロロファジーの活性化シグナルを個別に解析していくことで、大部分が未解明であるその仕組みを解き明かすことにつながります。そして、クロロファジーによる葉緑体の分解活性を操作し、作物のストレス耐性、栄養利用効率の向上を図るための基盤となることが期待されます。

本研究成果は、国際連合が定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[5]」のうち、「2.飢餓をゼロに」や「13.気候変動に具体的な対策を」などへの貢献につながるものです。

補足説明

  • 1.麦芽糖(マルトース)
    ブドウ糖(グルコース)2分子が結合した二糖類の一種。シロイヌナズナの葉緑体は、昼間に光合成を行うことで大気中の二酸化炭素(CO2)からグルコースが鎖状に重合したデンプンを合成し蓄える。夜間には、複数の酵素の働きでデンプンを分解し、主にマルトースとして細胞質に排出する。排出されたマルトースは、呼吸のエネルギー源として使用されるなど、光合成を行えない夜間のエネルギー源として利用される。
  • 2.オートファジー
    真核生物が持つ細胞内の主要な分解機能の一つであり、細胞質成分の一部を隔離し、細胞内の分解場として機能するオルガネラ(植物や酵母では液胞、動物ではリソソーム)へ運び込むことで分解する仕組みの総称。液胞・リソソームはさまざまな消化酵素類を内包しており、それらの働きによって内部に運び込まれた成分は分解を受ける。細胞内における不要成分の除去、栄養成分のリサイクルなどを担うことで多様な生命現象を支える普遍的な機構として、さまざまな研究が進められている。
  • 3.クロロファジー
    植物の葉で起こるオートファジー経路のタイプの一つで、葉緑体を丸ごと液胞へ運んで分解する経路。葉緑体の英語名Chloroplast(クロロプラスト)とオートファジーを組み合わせた用語。
  • 4.レーザー走査型共焦点顕微鏡
    細胞生物学研究において、蛍光タンパク質などで可視化した細胞レベルの現象を観察するために広く使用されている顕微鏡の一種。観察対象となる生体内構造を、蛍光タンパク質や蛍光性小分子でラベルし、点に絞ったレーザーを照射することで発せられるそれらの蛍光を、特定の焦点面でだけで検出する。このような蛍光検出をスキャンするように繰り返すことで、特定の領域の蛍光画像を得る。
  • 5.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省のホームページから一部改変して転載)。

共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
分子生命制御研究チーム
研究員 中村 咲耶(ナカムラ・サクヤ)
上級研究員 泉 正範(イズミ・マサノリ)
チームディレクター 萩原 伸也(ハギハラ・シンヤ)
質量分析・顕微鏡解析ユニット
上級技師 豊岡 公徳(トヨオカ・キミノリ)
技師 佐藤 繭子(サトウ・マユコ)
テクニカルスタッフⅡ 若崎 眞由美(ワカザキ・マユミ)

名古屋大学 生物機能開発利用研究センター
教授 永野 惇(ナガノ・アツシ)

東北大学 大学院農学研究科
教授 石田 宏幸(イシダ・ヒロユキ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「葉緑体を基軸とするオルガネラ・ゾーンの形成因子と機能実証(研究代表者:泉正範)」「損傷葉緑体を除去するミクロオートファジーの作動機構(研究代表者:中村咲耶)」「ミクロクロロファジーにおける基質認識・輸送の分子機構(研究代表者:中村咲耶)」、同若手研究「植物の光障害耐性を支える新奇オルガネラ・オートファジー経路の同定(研究代表者:中村咲耶)」、同基盤研究(C)「膜交通因子が担う損傷葉緑体輸送機構の解明(研究代表者:中村咲耶)」、同学術変革領域研究(A)(公募研究)「クロロファジー・マイトファジーによる植物細胞質ゲノム制御機構の解明(研究代表者:泉正範)」、同学術変革領域研究(学術研究支援基盤形成)「先端バイオイメージング支援プラットフォーム(支援対象者:中村咲耶)」、RIKEN Incentive Research Project(研究代表者:泉正範)による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Sakuya Nakamura, Mayumi Wakazaki, Mayuko Sato, Kiminori Toyooka, Atsushi J. Nagano, Hiroyuki Ishida, Shinya Hagihara, Masanori Izumi, "Chloroplast stress caused by maltose hyperaccumulation activates chlorophagy via the core autophagy machinery", Plant Physiology, 10.1093/plphys/kiag271

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 分子生命制御研究チーム
研究員 中村 咲耶(ナカムラ・サクヤ)
上級研究員 泉 正範(イズミ・マサノリ)
チームディレクター 萩原 伸也(ハギハラ・シンヤ)
質量分析・顕微鏡解析ユニット
上級技師 豊岡 公徳(トヨオカ・キミノリ)

発表者のコメント

実際に植物の葉を観察していると、マルトースが過剰蓄積した葉緑体は、丸々と膨れ上がったり、その一部だけが腫れ上がるように膨張していたりなど、不可思議で興味深い形状をしています。今回、地道な顕微鏡観察の積み重ねに、共同研究者の方たちの力を借りた多角的な解析を組み合わせることによって、その不可思議な葉緑体が引き起こしている現象を緻密に調査することができ、葉緑体分解を研究するための新たな解析系を構築することができたと考えています。(中村 咲耶)

葉緑体はとても興味深い研究対象で、環境、成長ステージ、細胞の種類などに応じて、多彩な姿・形・動きを見せてくれます。今回、「マルトース蓄積による葉緑体の膨張」という細胞内現象に着目し、この現象の調査が、作物成長とも密接に関わる葉緑体分解の仕組みを解き明かしていくために有効であることが分かり、今後の研究展開のための多くのヒントを得ることができました。(泉 正範)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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