1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2026

2026年5月18日

理化学研究所

脳は自然の風景から視覚的な特徴を学ぶ

-自然の風景に含まれる複雑な構造によって起こる無意識の学習-

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 人間認知・学習研究チームの柴田 和久 チームディレクター、座間 拓郎 技師、ジュリアン・マシューズ 学振外国人特別研究員(研究当時)らの国際共同研究グループは、ヒトが何か別の課題に注意を向けている最中でも、背景に繰り返し提示された山や林のような自然の風景画像(自然画像)から、自然画像の視覚的な特徴を学習できるという現象を発見しました。

本研究成果は、ヒトの学習の仕組みの理解を深めるだけでなく、教育、技能訓練、リハビリテーション、人工知能(AI)の設計への応用にもつながることが期待されます。

今回、国際共同研究グループは、実験参加者に画像に含まれる文字や数字を見分ける課題を行ってもらい、その背景に自然画像またはテレビのノイズのような人工画像を提示しました。その結果、自然画像を見ていた場合に限って、その画像に多く含まれる傾きを見分ける力が高まりました。一方、課題を行わず自由に画像を見た場合には、自然画像でも人工画像でも傾きを見分ける能力は向上しました。さらに脳活動の計測から、自然画像に含まれる複雑な構造は、注意による抑制を受けにくい可能性が示されました。これらの結果は、視覚学習が注意を向けた情報だけでなく、現実世界に近い自然な情報からも生じ得ることを示しています。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(5月18日付:日本時間5月18日)に掲載されました。

本研究成果の概要の図

本研究成果の概要

背景

私たちは日々、膨大な量の視覚情報にさらされています。その中には、意識して覚えようとしなくても、繰り返し見るうちに脳が視覚情報の特徴を学んでいくものがあります。こうした「教えられなくても自然に起こる学習」は、言葉の習得や身の回りの規則性の学習だけでなく、人の知覚の働きを支える重要な仕組みだと考えられています。

一方で、視覚の学習については、何かに注意を向けている最中に、関係のない画像からも学習が起こるのかどうかは、はっきりしていませんでした。これまでの研究注)では、単純な人工画像では、見えているのに課題と無関係な情報は学習されにくいことが示されており、脳の注意の働きが、そうした情報の学習を抑えている可能性が指摘されていました。

そこで本研究では、自然の風景のような現実に近い画像ではどうなるのかを調べました。特に、自然画像が持つ高次の統計量で表される複雑なまとまりや模様の構造が、学習の起こりやすさに関係しているのではないかという点に注目しました。

  • 注)Li-Hung Chang, Kazuhisa Shibata, George J. Andersen, Yuka Sasaki, Takeo Watanabe. Age-Related Declines of Stability in Visual Perceptual Learning. Current Biology, December15, 2014.

研究手法と成果

本研究では、18~41歳の計232人の健康な男女に参加してもらい、行動実験[1]脳イメージング実験[2]を行いました。参加者は、文字や数字を見分ける課題に集中している間、その背景にさまざまな画像を繰り返し見せられました(図1)。背景画像は課題とは無関係で、参加者はそれを覚えるようには指示されていません。国際共同研究グループはその後、画面に表示された画像の傾きを見分けるという内容のテストによって、背景画像に多く含まれていた傾きに対する見分けの能力に変化が生じたかを調べました。

行動実験の課題と背景画像の図

図1 行動実験の課題と背景画像

参加者は、画面中央に次々と切り替わりながら提示される10個の英数字に含まれていた二つの数字を報告する課題を行った。背景にはこの課題とは関係ない画像が提示された。参加者は、背景に自然画像(左、上記画像は竹林)が提示される群とテレビのノイズのような人工画像(右)が提示される群に分けられた。

その結果、自然画像を見ていた場合には、背景として見ていただけであっても、自然画像に多く含まれていた傾きを見分ける力が高まりました。ところが、同じような傾きの成分を持っていても、自然画像の複雑な構造を失った人工画像では、この学習効果はほとんど見られませんでした。つまり、ただ繰り返し見れば何でも学習されるわけではなく、自然画像に特有の複雑な構造が重要であることが分かりました。

さらに、参加者が課題を行わず自由に画像を見ている条件では、自然画像だけでなく人工画像でも学習が起こりました。この結果は、「学習の仕組みそのもの」は広く働いている一方で、何か別の作業に注意を向けているときには、その注意の働きが学習を妨げること、ただし自然画像のような複雑な情報はその妨げを受けにくいことを示しています。

加えて、脳イメージング実験の結果からは、自然画像に含まれる複雑な構造に関わる情報は、一次視覚野より先の視覚領域(高次視覚野)で、注意による抑制を比較的受けにくいことが示されました(図2)。国際共同研究グループは、自然画像の複雑な構造に関する情報は処理のされ方が人工画像とは異なるため、注意による抑制の影響を受けにくく、その結果、学習につながった可能性があると考えています。

脳イメージング実験の結果の図

図2 脳イメージング実験の結果

背景に提示された画像に対する脳視覚野の応答強度を、自然画像と人工画像で比較した。低次視覚野(一次視覚野)では応答強度に差はなかったが、高次視覚野では人工画像に対する応答強度が下がり、自然画像は注意による抑制の影響を受けにくいことが分かった。

今後の期待

本研究は、ヒトの脳が現実世界の視覚情報からどのように学ぶのかについて、新しい見方を示すものです。これまで、視覚の学習は「注意を向けた情報」が中心だと考えられがちでしたが、今回の成果は、自然画像に含まれる複雑な構造であれば、意識していなくても学習が進み得ることを示しました。

この知見は、教育やリハビリテーション、技能訓練の方法を考える上でも手掛かりになります。人がどのような情報を自然に取り込みやすいのかが分かれば、無理に注意を向けさせなくても学習を助ける環境設計につながる可能性があります。

また、現実世界に近い複雑な構造と、単純化された人工的な構造とでは、学習のされ方が異なることを示した点は、AIの研究にも示唆を与えます。自然画像が持つ複雑な構造を考慮した学習モデルをつくることで、より柔軟で実世界に強いAIの開発につながることが期待されます。

補足説明

  • 1.行動実験
    ディスプレイに表示される文字や数字などの視覚情報を見分ける実験。
  • 2.脳イメージング実験
    機能的磁気共鳴イメージング(fMRI)によって脳活動を計測する実験。

国際共同研究グループ

理化学研究所 脳神経科学研究センター 人間認知・学習研究チーム
チームディレクター 柴田 和久(シバタ・カズヒサ)
技師 座間 拓郎(ザマ・タクロウ)
学振外国人特別研究員(研究当時)ジュリアン・マシューズ(Julian Matthews)

ブラウン大学(米国)認知心理科学部
終身栄誉教授 渡邊 武郎(ワタナベ・タケオ)
教授 佐々木 由香(ササキ・ユカ)

名古屋大学 文学部
学部生(研究当時)小河 大輝(オガワ・ダイキ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「興奮抑制バランス操作による脳の可塑性メカニズムの理解(研究代表者:柴田和久)」、同学術変革領域研究(B)「潜在認知過程による限界の制御とその突破(研究代表者:柴田和久)」、科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業目標1「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現(研究総括:萩田紀博)」の研究課題「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発(研究代表者:南澤孝太、課題推進者:柴田和久)」、米国国立衛生研究所(NIH)(研究代表者:渡邊武郎、R01 EY027841、R01 EY019466、研究代表者:佐々木由香、R01 EY031705)および米国国立科学財団(NSF)(研究代表者:渡邊武郎、BCS- 2241417)による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • (*共同第一著者)Takuro Zama*, Takeo Watanabe*, Yuka Sasaki*, Julian Matthews, Daiki Ogawa, & Kazuhisa Shibata, "Unsupervised visual learning is revealed for task-irrelevant natural scenes due to reduced attentional suppression effects in visual areas", Nature Communications, 10.1038/s41467-026-72918-3

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 人間認知・学習研究チーム
チームディレクター 柴田 和久(シバタ・カズヒサ)
技師 座間 拓郎(ザマ・タクロウ)
学振外国人特別研究員(研究当時)ジュリアン・マシューズ(Julian Matthews)

柴田 和久の写真 柴田 和久
座間 拓郎の写真 座間 拓郎
ジュリアン・マシューズの写真 ジュリアン・マシューズ

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

お問い合わせフォーム

Top