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2026年6月4日

理化学研究所

身近な物質エタノールにより植物の低温耐性が向上

-シロイヌナズナおよびテンサイで確認、寒害対策に期待-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チームの関 原明 チームディレクター、戸高 大輔 研究員らの共同研究グループは、モデル植物のシロイヌナズナおよび実用作物のテンサイへ身近な物質であるエタノールを投与すると、寒さで植物が障害を受ける低温ストレスへの耐性が強化されることを発見しました。

本研究成果は、農作物の低温ストレス耐性を強化する技術の開発に貢献すると期待されます。

今回、共同研究グループは、シロイヌナズナおよびテンサイの幼植物体に、安価で入手しやすいエタノールを投与した後、氷点下の気温にさらしました。その結果、低温ストレスを受けた後の生存率が向上することを見いだしました。シロイヌナズナを用いて遺伝子発現の量的変化を網羅的に解析したところ、エタノールの投与によって、低酸素応答[1]活性酸素応答[2]、環境ストレス耐性、アントシアニン生合成[3]に関わる遺伝子の発現量が増加することを明らかにしました。これらの遺伝子の働きにより低温ストレス耐性が向上することが示唆されました。

本研究は、科学雑誌『Plant Molecular Biology』オンライン版(6月3日付:日本時間6月4日)に掲載されました。

シロイヌナズナとテンサイのエタノール投与による低温耐性の向上の図

シロイヌナズナとテンサイのエタノール投与による低温耐性の向上

背景

低温ストレスは、植物の生育や収量に深刻な影響を及ぼす環境要因の一つです。特に、気温が0℃を下回る凍結条件では、植物細胞の膜構造が破壊されるなどの重大な障害が生じ、作物の枯死や収量低下につながります。霜や寒波による農業被害は世界各地で問題となっており、気候変動の進行による大気循環の変化や季節のずれに伴い、そのリスクは今後さらに高まると予想されます。

近年、植物に特定の化学物質を事前に投与することで、将来受ける環境ストレスに対する耐性を高める「ケミカルプライミング」と呼ばれる手法が注目されています。関チームディレクターらはこれまで、身近な化合物であるエタノールを植物に投与することで、高温、塩ストレス、乾燥ストレスなどに対する耐性が向上することを報告してきました注1~6)。しかし、低温ストレス(0℃未満)に対してエタノールがどのような影響を及ぼすのかについては、これまで明らかになっていませんでした。

研究手法と成果

本研究では、モデル植物であるシロイヌナズナおよび実用作物であるテンサイを用いて、エタノール投与が低温ストレス耐性に及ぼす影響を調べました。

シロイヌナズナおよびテンサイの苗に対し、低温ストレスを与える前に0.12~0.48%の濃度のエタノール水溶液を与え(図1)、その後0℃未満の低温にさらしました。

土植えしたポットへのエタノールの投与方法の図

図1 土植えしたポットへのエタノールの投与方法

土植えしたポットを、水で薄めたエタノール溶液の入ったトレーに置くことでエタノールを投与した。

その結果、エタノールを投与した植物では、後の生存率が高く、また生育状態がエタノールを投与していない植物と比べて良好であることが確認されました(図2、3)。さらに、揮発したエタノール(気体)にさらした植物においても、低温ストレス耐性の向上が認められました。この作用機構は不明ですが、葉からの吸収が関与していると思われます。

エタノールによるシロイヌナズナの低温ストレス耐性強化の図

図2 エタノールによるシロイヌナズナの低温ストレス耐性強化

種をまいてから15日間生育させたシロイヌナズナに対して20ミリモーラー(mM、M(モーラー)はmol/L(モル毎リットル)で、1mM=1mol/m3、0.12%)のエタノール水溶液を6日間投与した後、-4℃で16時間低温処理を行った。低温処理後、通常生育条件下で7日間生育させた。(A)上から撮影した写真。(B)上からの緑色の面積。aとbはそれぞれ有意水準5%での有意差があることを示す。

エタノールによるテンサイの低温ストレス耐性強化の図

図3 エタノールによるテンサイの低温ストレス耐性強化

種をまいてから7日間生育させたテンサイに対して80mM(0.48%)のエタノール水溶液を3日間投与した後、-2.1から-3.5℃の間で一晩低温処理を行った。低温処理後、通常生育条件下で数日間生育させた。aとbはそれぞれ有意水準5%での有意差があることを示す。

分子レベルでの変化を調べるため、シロイヌナズナを用いて遺伝子発現を網羅的に解析したところ、エタノールの投与によって、低酸素応答や活性酸素応答、環境ストレス耐性、アントシアニン生合成に関連する遺伝子群が活性化されていることが分かりました。こうした活性化が、植物ホルモンであるエチレン[4]が要因になっているかどうかを調べました。しかし、エチレンの情報伝達経路を欠損した変異体においても、エタノール投与によって低温ストレス耐性の向上が見られました。すなわち、エチレン応答は低温ストレス耐性向上の主要な要因ではないことが示されました。

これらの結果から、エタノールの投与は、エチレンとは異なる経路を介して植物の防御応答を活性化し、低温ストレスによる被害を軽減している可能性が示唆されました。

今後の期待

本研究は、エタノールという非常に身近な物質が、植物の低温ストレス耐性を高める働きを持つことを明らかにしました。本手法は遺伝子組換えを伴わないため、将来的には農業現場での寒害対策技術として応用できる可能性があります。特に、春先や秋口の突発的な霜害による被害軽減への貢献が期待されます。

今後は、実際の栽培環境を想定したエタノールの投与条件の最適化を進めることで、より効率的な利用方法の確立を目指します。本研究の成果は、気候変動下における持続可能な農業への貢献が期待されます。

今回の研究は、国際連合が定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[5]」のうち「2.飢餓をゼロに」や「13.気候変動に具体的な対策を」などへの貢献が期待されます。

補足説明

  • 1.低酸素応答
    酸素が不足する環境にさらされた際に、細胞を守るための防御反応を起こす仕組み。この応答では、エネルギーの使い方を切り替えたり、細胞へのダメージを抑える遺伝子が活性化したりする。洪水や過密な土壌条件など、自然環境下で植物が生き延びるために重要な適応反応の一つ。
  • 2.活性酸素応答
    細胞内で産生される活性酸素種という物質に対して、生体や細胞が示す反応。活性酸素種は過剰になると細胞障害を引き起こすが、一方でシグナル分子として遺伝子発現や細胞機能の制御にも関与する。活性酸素応答は、酸化ストレス防御や環境変化への適応に重要な生命現象。
  • 3.アントシアニン生合成
    アントシアニンは、植物の葉や果実を赤や紫に色づける色素。強い光や低温などの環境ストレスを受けると生合成が活発になり、細胞を守る働きをする。抗酸化作用を持ち、植物がストレスに耐えるために重要な役割を果たしている。
  • 4.エチレン
    植物が自らつくり出すガス状の植物ホルモン。果実の成熟や葉の老化、ストレス応答の調節など、植物の成長や環境適応に関わっている。外部環境の変化を植物全体に伝える「情報伝達物質」として機能する。
  • 5.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームディレクター 関 原明(セキ・モトアキ)
研究員 戸高 大輔(トダカ・ダイスケ)
研究員(研究当時)中南 健太郎(ナカミナミ・ケンタロウ)
(現客員研究員)
研究員(研究当時)松井 章浩(マツイ・アキヒロ)
特別研究員 武田 智之(タケダ・トモユキ)
国際プログラム・アソシエイト(研究当時)ドゥ・ティ・ヌ・クイン(Do Thi Nhu Quynh)
テクニカルスタッフⅠ 田中 真帆(タナカ・マホ)
テクニカルスタッフⅠ 高橋 聡史(タカハシ・サトシ)
テクニカルスタッフⅠ 石田 順子(イシダ・ジュンコ)
研究パートタイマーⅡ 鳥居 千恵子(トリイ・チエコ)

農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター 芽室研究拠点
上級研究員 池田 成志(イケダ・セイシ)

名古屋大学 生物機能開発利用研究センター 環境システム生物学研究室
教授 永野 惇(ナガノ・アツシ)

研究支援

本研究は、理研-産総研チャレンジ研究「エタノールで世界の食糧問題解決に挑む(研究代表者:関原明・藤原すみれ)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「エピゲノム制御ネットワークの理解に基づく環境ストレス適応力強化および有用バイオマス産生(研究代表者:関原明)」、同研究成果最適展開支援プログラムA-STEP「エタノール処理による葉物作物への高温障害軽減に関する試験研究(研究代表者:関原明)」、同革新的GX技術創出事業GteX「先端的植物バイオものづくり基盤の構築(研究代表者:大熊盛也)」、同先端国際共同研究推進事業ASPIRE「植物のレジリエンスを強化する国際研究センター(研究代表者:関原明)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Daisuke Todaka, Kentaro Nakaminami, Akihiro Matsui, Seishi Ikeda, Do Thi Nhu Quynh, Maho Tanaka, Satoshi Takahashi, Chieko Torii, Junko Ishida, Tomoyuki Takeda, Atsushi J. Nagano, Motoaki Seki, "Ethanol application enhances freezing stress tolerance in Arabidopsis and sugar beet", Plant Molecular Biology, 10.1007/s11103-026-01719-5

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームディレクター 関 原明(セキ・モトアキ)
研究員 戸高 大輔(トダカ・ダイスケ)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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