1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2026

2026年7月2日

理化学研究所

固体触媒を用いたC–Hホウ素化反応の開発

-バッチおよび連続フロー型有機合成プロセスへの応用-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チームの山田 陽一 チームディレクター、張 振中 研究員らの研究チームは、回収・再利用可能な高分子イリジウム(Ir)触媒[1]を調製し、本触媒を用いたバッチ反応[2]および連続フロー反応[3]条件下での芳香族化合物のC-Hホウ素化反応[4]を開発しました。

本研究成果は、固定化遷移金属触媒の新たな調製手法を提示するもので、機能性分子およびその中間体の合成に向けた連続フロー型有機合成プロセスへの展開が期待されます。

本研究では、独自の高分子金属触媒調製法である分子もつれ法[5]を用いて、不溶性の高分子イリジウム触媒を新たに調製しました。この触媒は、バッチ反応後にろ過や遠心分離などの操作により回収することが可能です。さらに、高分子Ir触媒を海砂と混合してカートリッジ式カラムに充填(じゅうてん)し、空気中で芳香族化合物とそのホウ素化に必要な試薬(B2pin2)を流すことでC-Hホウ素化反応を行ったところ、長時間の連続運転においても対応する生成物を安定して高収率で得られました。

触媒のX線吸収微細構造解析[6]により、3価のIr前駆体[1]は、触媒調製およびC-Hホウ素化反応の過程で徐々に還元され、活性種である1価のIrが生成することが確認されました。さらに、生成したIr種は高分子構造によって安定化されていることが示されました。

本研究は、科学雑誌『Communications Chemistry』オンライン版(6月30日付)に掲載されました。

高分子イリジウム触媒の調製、バッチおよび連続フロー型C-Hホウ素化反応への応用の図

高分子イリジウム触媒の調製、バッチおよび連続フロー型C-Hホウ素化反応への応用

背景

有機ホウ素化合物は重要な化合物であり、医農薬品や機能性分子の開発に広く用いられています。特に、鈴木-宮浦クロスカップリング反応[7]により、有機ハロゲン化合物と有機ホウ素化合物を反応させることで、多種多様なビアリール骨格(物質に機能を付与する基本構造)を有する化合物への合成が、実験室レベルから工業生産規模に至るまで応用されています。これまでに報告されている有機ホウ素化合物の合成法の中でも、炭素-水素結合を活性化してボロン酸エステル構造を芳香族化合物に直接導入する手法は、廃棄物が極めて少なく、原子効率(化学反応における原子の変換効率)の高い方法として近年注目されています。本反応で遷移金属触媒として広く用いられている1価のIr錯体[1]は高価である上、反応後に回収・再利用することが困難です。さらに、不安定であるため、通常、反応は不活性ガスを充満した環境で行う必要があります。Irの回収・再利用を目的として、シリカや金属有機構造体などの担体(固定する土台)を用いた固定化Ir錯体の開発が進められていますが、触媒の再利用が困難な例が多く報告されています。

一方、近年では、フラスコや反応釜[8]などのバッチ反応器から「フロー反応システム」、特に不均一系触媒[9](固体触媒)を充填した連続フロー反応システムに切り替えることが、高速混合・比表面積(物質の表面積をその質量や体積で割った値)の増大化による反応効率の上昇や、容易な温度管理、滞留時間制御による安全性および環境適合性の向上に有効であると考えられています。連続フロー反応システムでは、目的生成物を出口から連続的に回収できるため、不溶性の不均一系金属触媒を生成物から容易に分離でき、生成物への金属汚染を抑制できるという利点があります。しかし、これまでに開発された固定化Ir触媒においては、空気中で実施可能な連続フロー型C-Hホウ素化反応への応用例は報告されていません。

本研究では、安定性に優れた固定化Ir触媒を開発し、回収・再利用可能な触媒としてバッチ反応に応用するとともに、空気中で実施可能な連続フロー型C-Hホウ素化反応の開発に取り組みました。

研究手法と成果

山田チームディレクターらは以前、ピリジン(C5H5N)構造を含有する機能性共重合体(コポリマー)を開発し、体積の大きいtert-ブチル基を利用することで、分子内に導入されたパラジウム種を分散させ、安定性に優れた不均一系触媒を調製しました。本触媒を用いることで、連続フロー型鈴木-宮浦クロスカップリング反応を長時間にわたり促進することが可能です注1)。そこで本研究では、この手法を応用してIr種を固定化し、安定な触媒を調製することを検討しました。

まず、ピリジンを配位部位として芳香族炭化水素の一つであるスチレンの誘導体を高分子構造に導入し、さまざまな機能性共重合体を調製しました。触媒調製方法としては、ピリジン構造を含有する共重合体を用い、エタノールと水の混合溶媒中で3価のIr前駆体から還元して生成させた1価のIr種を固定化する方法を開発しました。

この調製した触媒を用いて、バッチ式によるアニソール(芳香族エーテル)のC-Hホウ素化反応を検討しました。さまざまな構造の高分子Ir触媒を検討した結果、4-ビニルピリジン、4-tert-ブチルスチレン、N-イソプロピルアクリルアミド注2)、注3)から合成した三元共重合体が、Ir種の固定化および安定化に有効であることが分かりました。これにより得られた高分子Ir触媒を用いて反応条件の最適化を行ったところ、アニソールのC-Hホウ素化反応を74%のGC(ガスクロマトグラフィー)収率で達成しました。最適化反応条件では、1.2モルパーセント(mol%、物質量全体に対する特定の物質量の割合)のIr触媒を使用し、デカンを溶媒として125℃で24時間反応を行いました。生成物中に検出したIr残渣(ざんさ)は0.5ppm以下であり、金属残渣が低いことが明らかになりました。さらに、反応後触媒は遠心分離によって回収可能であり、洗浄後に再利用できることも確認しました(再利用時の収率65%)。

最適化反応条件を用いて基質の適用範囲を検討したところ、電子供与性基[10]および電子求引性基[10]で置換されたベンゼン環は、本反応条件下で適用することが可能であり、ピリジン、インドール、ベンゾフラン、ベンゾチオフェンなど、機能性有機材料によく含まれる複素環化合物に対しても、C-Hホウ素化反応はスムーズに進行しました。特に、硫黄(S)を含む複素環化合物であるチオフェンの誘導体は高い反応性を示し、最大87%の収率でホウ素化生成物が得られました(図1)。

最適化した高分子イリジウム触媒を用いたバッチ式C-Hホウ素化反応の図

図1 最適化した高分子イリジウム触媒を用いたバッチ式C-Hホウ素化反応

高分子イリジウム(Ir)触媒を使ったバッチ式C-Hホウ素化反応で、アニソールを74%の収率で得た。Irの残渣は少なく、0.5ppm以下だった。20例の複素環化合物に対してもバッチ式C-Hホウ素化反応はスムーズに進み、最大収率87%に達した生成物もあった。

続いて、最適化した高分子Ir触媒と海砂を混合し、カートリッジ式カラムに充填して、連続フロー型C-Hホウ素化反応の検討を行いました。実験では、B2pin2試薬を1,2-ジクロロベンゼンに溶解し、得られた透明溶液をシリンジポンプによりカラムへ送液しました。反応は空気中、140℃で実施しました。本反応は1日6時間ずつ行い、4日間、合計24時間行いました。各日の反応終了後には、高分子Ir触媒はフロー装置内に保管され、不活性ガスを使用する必要はありませんでした。生成物の収率がB2pin2を基準として計算しているため、理論上の最大値は200%となります。実験結果としては、1日目の反応では誘導時間(十分な活性種が生成されるまでの時間)が観察されましたが、その後生成物の収率は180%以上に向上しました。2日目以降は反応が安定して進行し、4日間の運転において収率の低下は見られず、総収率は181%に達しました(図2)。

最適化した高分子イリジウム触媒を用いた連続フロー型C-Hホウ素化反応の図

図2 最適化した高分子イリジウム触媒を用いた連続フロー型C-Hホウ素化反応

  • (上)最適化した高分子イリジウム(Ir)触媒と海砂を混合し、カートリッジ式カラムに充填して実施した連続フロー反応実験の模式図。
  • (下)実際の連続フロー反応の実験装置(左)と4日間にわたる実験装置の運転(計24時間)における収率のグラフ(右)。

今後の期待

触媒調製の過程において、Ir前駆体が部分的に還元され、活性種である1価のIr種がピリジン構造を含有する高分子に固定化される手法を確立しました。今後、さらに高分子Ir触媒の検討を進めることで、より高性能な固定化Ir触媒の開発が期待されます。また、本触媒は空気中においても連続フロー型C-Hホウ素化反応を安定に促進できたことから、C-Hホウ素化反応のスケールアップ応用に向けた有用な手法を提供するものと考えられます。

本研究成果は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[11]」のうち、「9.産業と技術革新の基盤をつくろう」への貢献につながるものです。

補足説明

  • 1.高分子イリジウム(Ir)触媒、Ir前駆体、1価のIr錯体
    高分子イリジウム(Ir)触媒は、高分子配位子と前駆体であるイリジウム(Ir)塩が結合した触媒のこと。本研究では、塩化イリジウム(III)水和物またはヘキサクロロイリジウム(III)酸ナトリウム水和物をIr前駆体として用いた。
    1価のIr錯体は1価のイリジウムイオン(Ir+)を中心金属とする錯体であり、化学的に非常に高い活性を示し、主に有機合成触媒として機能する。
  • 2.バッチ反応
    原料を一括して反応器に投入し、一定時間反応させた後に生成物を取り出す方式。
  • 3.連続フロー反応
    フロー反応は、流路に基質を流すことで行う化学反応のこと。反応はその種類によって分類されるが、本研究では、カラム型フロー反応装置に充填された固定化触媒を用いる連続フロー反応に着目した。本反応の特長として、触媒は反応装置にあらかじめ充填されており、反応物は反応装置内を通過することで反応が進行し、生成物は触媒との分離操作を行うことなく装置の他端から回収できる点が挙げられる。そのため、生成物への金属の混入を抑制でき、連続的に生成物を得ることが可能である。このような利点から、本技術は医薬品やファインケミカル分野において、操作の簡便化、安全性の向上、および副生成物の低減に貢献するものとして注目されている。
  • 4.C-Hホウ素化反応
    遷移金属触媒(主にイリジウム(Ir))を用いて、有機化合物の炭素-水素(C-H)結合を直接、炭素-ホウ素(C-B)結合に変換し、有機ホウ素化合物を生成する反応。
  • 5.分子もつれ法
    山田チームディレクターが独自に考案した、高活性かつ高再利用性を有する高分子金属触媒調製法。高分子配位子を溶かした溶液と金属塩(もしくは金属錯体)を溶かした溶液を混合すると、金属部位が高分子配位子を架橋することで分子の自由度がなくなり、多孔質の不溶性の触媒が生成する。洗濯のりの水溶液とホウ砂(ホウ酸塩鉱物)の水溶液を混ぜるとゲル状のおもちゃのスライムができる生成機構に似ている。
  • 6.X線吸収微細構造解析
    物質に放射光X線を照射し、吸収端(内殻電子が励起されるエネルギー)周辺の吸収スペクトルの変化を測定する手法。元素選択的に、原子レベルの局所構造(原子間距離・配位数)や価数・電子状態を非晶質や液体を含め非破壊で評価できる分析技術。
  • 7.鈴木-宮浦クロスカップリング反応
    有機ハロゲン化合物と有機ホウ素化合物をパラジウム触媒で反応させ、炭素-炭素結合を形成する反応であり、2010年のノーベル化学賞の受賞対象となった。
  • 8.反応釜
    化学物質の合成過程において、化学反応を行うための装置の一つ。小スケールの反応はフラスコで行うが、大スケールになるとステンレスの釜で行う。
  • 9.不均一系触媒
    反応物(原料)とは異なる相の触媒のこと。通常、有機合成では反応物は液相あるいは気相に存在するため、固相にある固体触媒のことを不均一系触媒と呼ぶ。一般的には、反応物が不均一系触媒の表面に接近したとき触媒反応が起こる。
  • 10.電子供与性基、電子求引性基
    電子供与性基とは、芳香族化合物の電子密度を増加させる効果を持つ置換基のこと。電子求引性基とは、芳香族化合物の電子密度を減弱させる効果を持つ置換基のこと。
  • 11.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標から構成され、地球上の誰ひとりとして取り残さないことを誓っている。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる。

研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チーム
チームディレクター 山田 陽一(ヤマダ・ヨウイチ)
研究員 張 振中(ジャン・ジェンジョン)
テクニカルスタッフⅠ 大野 綾(オオノ・アヤ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「高活性・高再利用性に高安定性が付与された高分子金属触媒の開発(研究代表者:山田陽一、21H01979)」、同基盤研究(C)「新規固定化金属触媒の開発及び連続フロー型バイオディーゼル燃料合成への展開(研究代表者:張振中、24K08508)」、同学術変革領域研究(A)「固体触媒系のフロー反応と触媒インフォマティクス(研究代表者:山田陽一、24H01102)」「高活性・高持続性固定化触媒フロー反応システムの開発(研究代表者:山田陽一、22H05386)」、内藤記念科学振興財団からの研究支援で行われました。

原論文情報

  • Zhenzhong Zhang, Aya Ohno, Yoichi M. A. Yamada, "Polymeric iridium catalysts for C-H borylation of arenes under batch and continuous flow conditions", Communications Chemistry, 10.1038/s42004-026-02044-0

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チーム
チームディレクター 山田 陽一(ヤマダ・ヨウイチ)
研究員 張 振中(ジャン・ジェンジョン)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

お問い合わせフォーム

Top