理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター 実験植物開発室の井内 敦子 テクニカルスタッフⅡ、井内 聖 専任研究員、阿相 幸恵 テクニカルスタッフⅡ、川勝 泰二 室長らの研究チームは、遺伝子組換え植物に導入された遺伝子関連配列を効率的に解析する手法を開発しました。
本研究成果は、遺伝子組換え植物の特性確認やバイオリソースの品質管理に加え、非遺伝子組換え体への遺伝子組換え体の混入確認にも活用できると期待されます。
遺伝子組換え植物やゲノム編集植物を用いた研究では、目的遺伝子の導入状況や導入遺伝子[1]構成を正確に把握するとともに、想定していないDNA配列の混入がないことを確認することが重要です。今回開発した手法では、複数の標的配列を同時に増幅し、その断片サイズを測定して識別します。これにより、植物に導入された遺伝子を効率的に解析できるようになりました。
本研究は、科学雑誌『Plant and Cell Physiology』オンライン版(7月28日付:日本時間7月28日)に掲載されました。
実験植物バイオリソース品質確認の効率化
背景
植物に新たな遺伝子を導入する技術は、遺伝子の働きを解明する基礎研究から、品種改良や有用作物の開発に至るまで、植物科学を支える重要な研究手法として広く利用されています。その結果、世界中の研究機関では多種多様な遺伝子組換え植物が作出され、研究資源として保存・共有されています。
こうした研究資源を有効に活用するためには、それぞれの植物にどのような外来遺伝子が導入されているかを正確に把握し、記録することが欠かせません。導入された外来遺伝子に関する情報の誤りや見落としは、研究結果の解釈や再現性に影響を与える可能性があるためです。また、遺伝子組換え植物の適切な管理や安全な利用の観点からも、導入遺伝子を確実に把握することが求められています。
しかし、バイオリソース研究センターでは遺伝子組換え・非組換えを含めて膨大な数の系統を扱っており、従来の方法で個々の外来遺伝子を確認するには多くの時間と労力が必要でした。さらに、複数の外来遺伝子を検出する既存技術の多くは特定の遺伝子組換え植物に合わせて開発されたものであり、植物研究で広く利用されるさまざまな外来遺伝子を効率よく一括して調べることは容易ではありませんでした。
このような背景から、研究現場で日常的に利用でき、多数の植物試料を迅速かつ効率的に解析できる外来遺伝子検出技術の開発が求められていました。
研究手法と成果
理研バイオリソース研究センター実験植物開発室は、シロイヌナズナ[2]の野生系統、突然変異体、遺伝子組換え体などのバイオリソースの提供を行っています。研究チームは、シロイヌナズナを材料として、マルチプレックスPCR法[3]とキャピラリー電気泳動[4]を用いて、植物研究で広く利用される導入遺伝子を効率的に検出できる「外来遺伝子蛍光検出(fDET)解析系[5]」を構築しました。
解析対象として、遺伝子組換え植物の選抜に用いられる薬剤耐性遺伝子[6]、遺伝子の働きの可視化に用いられるレポーター遺伝子[7]、遺伝子の発現を制御するプロモーター[8]およびターミネーター[9]、ゲノム編集に利用されるCas9など、植物研究で広く利用される15種類の外来遺伝子を選定しました。さらに、解析が正常に行われたことを確認するために、シロイヌナズナがもともと持つ3種類の内在性遺伝子を加えました。研究チームは、標的配列を増幅するためのプライマー(短鎖DNA)配列、PCR条件、各プライマーの濃度を詳細に調整して最適化し、合計18種類の標的を1回のPCR反応で同時に識別できる条件を確立しました。また、1種類の蛍光標識プライマーを共通利用する設計により、解析コストを抑えながら、将来的な検出対象の追加にも対応しやすい仕組みとしました。(図1)
図1 fDETによる挿入遺伝子検出
さまざまな遺伝子組換え体を混合したサンプルからは、遺伝子組換えで導入された15種類の外来遺伝子と、シロイヌナズナがもともと持つ3種類の内在性遺伝子が検出される。個別の遺伝子組換え体からは、それぞれ固有に導入された遺伝子と、シロイヌナズナがもともと持つ3種類の内在性遺伝子が検出される。非組換え体からはシロイヌナズナがもともと持つ3種類の内在性遺伝子のみが検出される。
検出性能を評価するため、遺伝子組換え種子を非組換え種子に混合した試料を解析したところ、1%の混入率でも非組換え種子への遺伝子組換え種子の混入を検出できることを確認しました。(図2)
図2 fDETの検出感度
遺伝子組換え体と非組換え体は見た目では区別できず、目視では混入を判別できないことが多い。fDETでは100個体の非組換え体に1個体の遺伝子組換え体が混入したサンプル(1%の混入率)からでも、混入した遺伝子組換え体に導入された外来遺伝子が検出できる。
さらに、本解析系を理研バイオリソース研究センターに寄託・譲渡された植物試料の品質確認に適用しました。2023年9月から2026年3月までに調査した297系統のうち25系統(8.4%)について、寄託情報と一致しない、外来遺伝子の欠失や、想定されていなかった外来遺伝子の存在を確認しました。これらの結果は寄託者と共有し、外来遺伝子の構成を再確認した上で研究資源として登録しています。
今後の期待
本研究で最適化した導入遺伝子検出法により、植物研究で広く利用される外来遺伝子や関連配列を効率よく確認できるようになります。これにより、植物バイオリソースに含まれる外来遺伝子の有無や種類を迅速に把握することが可能となり、研究資源の信頼性向上や研究成果の再現性確保への貢献が期待されます。
また、本手法は植物研究で利用されるさまざまな遺伝子組換え系統の確認に活用できることから、さまざまな機関における植物バイオリソースへの応用が期待されます。今後は検出対象となる遺伝子や配列をさらに拡充することで、より幅広い植物バイオリソースの品質確認に利用できる技術基盤となることが期待されます。
研究チームは、本手法を研究資源管理の現場で継続的に活用することで、信頼性の高い植物バイオリソースの提供を支え、植物科学およびバイオテクノロジー研究の発展に貢献していきます。
補足説明
- 1.導入遺伝子
遺伝子導入技術によって人工的に植物へ導入された遺伝子。 - 2.シロイヌナズナ
世界中(主に北半球)に自生する一年生のアブラナ科植物。成長が早く遺伝子の研究がしやすいため、植物科学を支える代表的な実験植物であるとして、植物の形づくりや環境への適応のしくみなどを調べる研究で広く利用されている。 - 3.マルチプレックスPCR法
複数のDNA配列を1回のPCR(ポリメラーゼ連鎖)反応で同時に増幅する手法。 - 4.キャピラリー電気泳動
毛細管(キャピラリー)内でDNA断片を大きさごとに分離し、高感度に検出する分析技術。 - 5.外来遺伝子蛍光検出(fDET)解析系
複数の外来遺伝子配列を蛍光標識しながらマルチプレックスPCRで同時に増幅し、キャピラリー電気泳動でどの外来遺伝子が含まれるかについて一度に検出する方法。fDETはfluorescent Detection of Transgenesの略。 - 6.薬剤耐性遺伝子
遺伝子組換え体を選抜するために利用される遺伝子。遺伝子組換えによって特定の薬剤への耐性を与えることで、遺伝子組換え体は生存できるが、非組換え体は死んでしまう。 - 7.レポーター遺伝子
導入した遺伝子が植物内で働いている場所を調べるための目印として利用される遺伝子。GFP(緑色蛍光タンパク質)、GUS(β-グルクロニダーゼ)、LUC(ルシフェラーゼ)などが広く使用される。 - 8.プロモーター
遺伝子の働きを開始させるDNA配列。導入した遺伝子を植物内で発現させるために利用される。 - 9.ターミネーター
遺伝子の働きを終了させるDNA配列。導入遺伝子が適切に機能するために利用される。
研究チーム
理化学研究所 バイオリソース研究センター 実験植物開発室
テクニカルスタッフⅡ 井内 敦子(イウチ・アツコ)
専任研究員 井内 聖(イウチ・サトシ)
テクニカルスタッフⅡ 阿相 幸恵(アソウ・ユキエ)
専任研究員 安部 洋(アベ・ヒロシ)
室長(研究当時)小林 正智(コバヤシ・マサトモ)
室長 川勝 泰二(カワカツ・タイジ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「休眠-発芽の遷移を司る転写ダイナミクス制御機構(研究代表者:川勝泰二、JP25K01994)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Atsuko Iuchi, Satoshi Iuchi, Yukie Aso, Hiroshi Abe, Masatomo Kobayashi, Taiji Kawakatsu, "Multiplex PCR based detection methods of common plant transgenes", Plant and Cell Physiology, 10.1093/pcp/pcag089
発表者
理化学研究所
バイオリソース研究センター 実験植物開発室
専任研究員 井内 聖(イウチ・サトシ)
室長 川勝 泰二(カワカツ・タイジ)
テクニカルスタッフⅡ 井内 敦子(イウチ・アツコ)
テクニカルスタッフⅡ 阿相 幸恵(アソウ・ユキエ)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム
