1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2026

2026年7月30日

理化学研究所
パデュー大学
科学技術振興機構(JST)

人工細胞で細胞変形の設計原理を解明

-動いて分裂する人工細胞の実現へ一歩前進-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター 構成的細胞生物学研究チームの宮﨑 牧人 チームディレクター(生命機能科学研究センター 構造生命科学/細胞生物学連携チーム 上級研究員、科学技術振興機構(JST)創発研究者)、パデュー大学 生体医工学科のキム・テヨン 准教授(理研 生命医科学研究センター 構成的細胞生物学研究チーム 客員研究員)、ラボニ・スルタナ・ファーミダ 博士課程学生の国際共同研究チームは、アクチン細胞骨格[1]を封入した人工細胞を用いて、細胞が示す膜変形の過程の再現に成功しました。さらに、その現象を詳細に再現できる大規模シミュレーターを開発し、膜変形を支配する物理法則を明らかにしました。

本研究成果は、細胞がどのように形を変えるのかという根本原理の理解につながる成果であり、がん細胞の浸潤など、細胞変形が関与するさまざまな生命現象の理解に貢献するだけでなく、本研究で開発した技術は、自律的に動いて分裂する人工細胞の開発など、合成生物学への応用が期待されます。

細胞は移動や分裂、アポトーシス[2]と呼ばれるプログラムされた細胞死の際、細胞膜を局所的に膨らませるブレブ[3]と呼ばれる突起を形成します。しかし、細胞がどのようにブレブの大きさや数、発生場所を制御しているのかはよく分かっていませんでした。

今回、国際共同研究チームは、アクチン[1]ミオシン[4]などの細胞骨格タンパク質と細胞サイズのリポソーム(膜小胞)[5]だけからなる最小構成系を構築し、自発的なブレブ形成の再現に成功しました。さらに実験と、細胞骨格の構造や力学特性を精密に取り入れた大規模シミュレーションを組み合わせることで、ブレブの大きさや数、発生場所を制御している力学原理を明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(7月29日付:日本時間7月30日)に掲載されました。

人工細胞が示す膜変形と、それを再現する大規模シミュレーターの図

人工細胞が示す膜変形(上)と、それを再現する大規模シミュレーター(下)

背景

細胞は移動や分裂などの過程で絶えず形を変えています。その原動力となるのが、細胞膜を裏打ちするアクチン皮質[6]と呼ばれるアクチン細胞骨格です(図1)。アクチン細胞骨格は収縮力を生み出し、細胞膜を押したり引いたりすることで、細胞の形を変化させます。こうした形態変化の代表例の一つが「ブレブ」と呼ばれる、膜が風船のように膨らんだ突起です。ブレブは細胞移動、細胞分裂、アポトーシスなど多様な生命現象に関わっています。しかし、細胞がどのようにブレブの大きさや数、発生場所を制御しているのか、その基本原理は十分には理解されていませんでした。

アクチン細胞骨格が関わるさまざまな生命現象の図

図1 アクチン細胞骨格が関わるさまざまな生命現象

細胞膜の裏打ち構造であるアクチン皮質は、動物細胞に普遍的に存在するアクチン細胞骨格である。細胞移動、細胞分裂、アポトーシスなどで見られるブレブの形成を制御していると考えられている。

これまでの研究では、細胞内で働く多数のシグナル分子がブレブ形成に関与することが示されてきました。一方で、膜変形の際に主要な力を生み出すと考えられてきたアクチン細胞骨格そのものが、どの程度細胞の形を制御できるのかを明らかにすることは困難でした。生細胞の内部では数多くの分子が同時に働いているため、個々の要因を切り分けて調べることが難しかったためです。

国際共同研究チームは、精製した細胞骨格タンパク質と脂質膜のみの最小構成要素から成る人工細胞を開発し、細胞骨格がどのように膜変形を生み出すのか、その仕組みの解明に挑みました。

研究手法と成果

国際共同研究チームは、アクチン細胞骨格の主な構成要素であるアクチン線維とミオシン分子モーター、アクチン線維同士を連結し、さらに膜にも結合するα-アクチニン[7]を精製し、これらを、アクチンの重合やミオシンの力発生のエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)[8]とともに細胞サイズのリポソームに封入して、アクチン細胞骨格を再構成し、人工細胞を作製しました(図2A)。

人工細胞によるブレブ形成の再現の図

図2 人工細胞によるブレブ形成の再現

  • A.構築した人工細胞の模式図。α-アクチニンと膜との接着は、α-アクチニンに遺伝子組換えで付加したヒスチジンタグ(Hisタグ)と呼ばれるペプチドと、膜に導入したNi-NTA(ニッケルイオンを介してHisタグを補捉する分子)との相互作用を利用して、アクチン線維と膜の結合強度を人工的に制御した。
  • B.光学顕微鏡で捉えた、アクチン細胞骨格が収縮する様子(下段)と、人工細胞が変形する様子(上段)。

実際の細胞では、ミオシンはリン酸化と呼ばれる酵素反応によって徐々に活性化され、アクチン細胞骨格を収縮させる力を生み出せるようになります。本研究ではミオシンをリン酸化させる酵素の一つであるZIPキナーゼを用いて、この過程を再現しました。その結果、人工細胞内でミオシンが徐々に活性化され、ミオシンが生み出す力により、細胞膜が局所的に膨らむブレブ形成が自発的に起こる様子を再現することに成功しました。これはアクチン細胞骨格と細胞膜のみで、ブレブ形成が起こる直接的な証拠を示しています(図2B)。

国際共同研究チームが構築した人工細胞は「アクチン線維と膜の結合強度」、「アクチン線維同士の連結強度」、「アクチン線維の空間分布」の三つの物理パラメーターを独立に操作し、それぞれの効果を検証できるのが強みです(図3A)。

三つの物理パラメーターとブレブの大きさ、数、開始機構の関係の図

図3 三つの物理パラメーターとブレブの大きさ、数、開始機構の関係

  • A.変化させた三つの物理パラメーター。「アクチン線維と膜の結合強度」(左)、「アクチン線維同士の連結強度」(中央)、「アクチン線維の空間分布」(右)。
  • B.膜変形の大きさと「アクチン線維と膜の結合強度」の関係。
  • C.ブレブの開始機構と「アクチン線維と膜の結合強度」、「アクチン線維同士の連結強度」の関係。
  • D.ブレブの数と「アクチン線維の空間分布」の関係。

まず、アクチン皮質を模倣するために「アクチン線維の空間分布」を膜付近に局在させた条件で、「アクチン線維と膜の結合強度」を段階的に変化させました。その結果、結合が弱い条件では細胞膜の変形はほとんど起こらず、結合が強くなるにつれて変形が大きくなりました(図3B)。一方で、「アクチン線維同士の連結強度」を段階的に変えた場合、その膜変形への影響は限定的でした。従って、膜変形の大きさは、主にアクチン線維と膜との結合強度によって決まることが分かりました。また、結合強度が高いほどブレブ形成にはより大きな収縮力が必要になることも明らかになりました。これらの結果は、アクチン細胞骨格が発生させた力を細胞膜へ効率よく伝達するためには、両者を結ぶ結合が重要であることを示しています。

続いて、これら二つの物理パラメーターがブレブの開始機構を制御し得るかを調べました。ブレブの開始機構は長年議論が続いていました。一つの説では、アクチン細胞骨格が細胞膜から剝がれることでブレブが生じると考えられてきました。一方、別の説では、アクチン細胞骨格そのものが破断することが原因だと考えられていました。今回の研究により、両方の現象が実際に存在することが確認されました。

具体的には、アクチン細胞骨格が細胞膜から局所的に剝がれることで始まる機構を「剝離型(Detachment)」、アクチン細胞骨格そのものが破れることで始まる機構を「破断型(Rupture)」と定義し、さまざまな条件でどちらが優勢になるかを調べました。その結果、膜との結合が弱い場合は剝離型が優勢となり、結合が強い場合は破断型が優勢となることが分かりました。一方で、アクチン線維同士の結合を強くすると破断型は減少し、剝離型が増加しました(図3C)。つまり、ブレブの開始機構は、「アクチン線維と膜の結合強度」と「アクチン線維同士の連結強度」のバランスによって決定されることが明らかになりました。国際共同研究チームはさらに理論モデルを構築し、この二つの物理パラメーターからブレブの開始機構を予測することにも成功しました。

細胞内には、アクチン皮質、すなわち細胞膜直下の高密度なアクチン細胞骨格だけでなく、細胞内部に広がるまばらなアクチン細胞骨格も存在しています。その役割を調べるため、「アクチン線維の空間分布」をリポソーム内部にも広げることで、細胞内部のアクチン細胞骨格を人工細胞内で再現しました。その結果、アクチン線維が膜付近のみに分布する場合と比べて、内部にも広がる場合には複数のブレブが形成される頻度が増加することを発見しました(図3D)。従来、ブレブ形成は主にアクチン皮質によって制御されると考えられていました。しかし本研究により、細胞内部に存在するまばらなアクチン細胞骨格もブレブ形成を制御する重要な要素である可能性が示されました。この発見は、細胞がブレブの数を制御する仕組みの理解につながる重要な成果です。

実験だけでは、ブレブ形成の際に細胞骨格内部で何が起きているのかを直接観察することは困難です。国際共同研究チームは、アクチン線維、ミオシン、細胞膜を一つ一つ表現した大規模エージェント・ベース・シミュレーター[9]を開発しました(図4A)。このシミュレーターでは、実験での測定が困難なアクチン線維一本一本にかかる張力(図4B)、個々のミオシンが生み出す収縮力の大きさとその向き(図4C)などを測定できます。

人工細胞で観察された現象のシミュレーションによる再現と高分解能解析の図

図4 人工細胞で観察された現象のシミュレーションによる再現と高分解能解析

  • A.シミュレーションで再現したアクチン細胞骨格の収縮と、それに伴うブレブ形成。μm:マイクロメートル(1μmは100万分の1メートル)。
  • B.アクチン線維一本一本にかかる張力の時間変化。白矢印は、大きな張力に耐えきれず、次の20秒間に破断するアクチン線維を示す。pN:ピコニュートン(1pNは1兆分の1ニュートン)。
  • C.個々のミオシンが発生する収縮力の大きさと方向。
  • D.内部のアクチン細胞骨格によるブレブ数制御のモデル。アクチン皮質のミオシンは主に膜と平行な方向に収縮力を発生させる一方、内部のミオシンはさまざまな方向に収縮力を発生させる。この力が既存のブレブ拡大を抑制し(拡大図)、別の箇所で新たなブレブが形成されやすくなると考えられる。

国際共同研究チームが開発したシミュレーターは実験結果を高い精度で再現し、膜変形の大きさ、ブレブ形成機構、単一ブレブと複数ブレブの違いを再現することに成功しました。さらに、アクチン線維が膜付近のみに分布する場合と比べて、内部にも広がる場合には、内部のミオシンがさまざまな方向に収縮力を発生させるため、新たなブレブ形成を誘導しやすくなることが分かりました(図4D)。これらの結果から、細胞は「アクチン線維と膜の結合強度」、「アクチン線維同士の連結強度」、「アクチン線維の空間分布」の三つの物理パラメーターを調節することで、細胞の形や極性[10]を制御していることが示唆されました。

今後の期待

本研究では、精製タンパク質と細胞サイズのリポソームのみを用いてブレブ形成を再現し、その発生機構を支配する物理原理を明らかにしました。ブレブの大きさや数、発生場所を決定する力学原理を解明するとともに、これまで別々に議論されてきた「細胞膜からの剝離」と「細胞骨格の破断」という二つのブレブ開始モデルを、「アクチン線維と膜の結合強度」と「アクチン線維同士の連結強度」という二つの物理パラメーターによって統一的に説明できることを初めて示しました。また、従来は主にアクチン皮質によって制御されると考えられていたブレブ形成に、細胞内部に存在するまばらなアクチン細胞骨格も関与し、特にブレブの数の制御に重要な役割を果たす可能性を示しました。

これらの成果は、細胞が細胞骨格の力学的性質や空間分布を調節することで、自らの形や極性を制御している可能性を示しています。細胞運動、発生、創傷治癒、がん細胞の浸潤など、多くの生命現象では細胞形態の制御が重要な役割を果たしており、本研究はそれらを理解するための新たな統一的視点を提供するものです。

今後は、シグナル受容体やシグナル伝達系を組み込んだ、より複雑な人工細胞へと発展させることで、細胞運動や細胞分裂、組織形成といった生命現象を人工的に再構成し、その設計原理の解明を目指します。また、本研究で開発した再構成技術とシミュレーション技術は、細胞機能を自在に設計する合成生物学や、自律的に形を変えるソフトマテリアルの開発にも応用できる可能性があります。将来的には、生命がどのように複雑な形態や機能を生み出すのかを理解するとともに、高度な自律制御機能を備えた人工細胞の創製や、高精度な細胞動態予測技術の実現につながることが期待されます。

補足説明

  • 1.アクチン細胞骨格、アクチン
    アクチン細胞骨格は、アクチン線維を主成分とする細胞内の骨格構造。細胞の形の維持や変形、細胞移動、細胞分裂などに重要な役割を果たす。アクチンは直径約5ナノメートル(nm、nmは10億分の1メートル)の球状のタンパク質で、これが多数つながってひも状になったものがアクチン線維。
  • 2.アポトーシス
    細胞が自らのプログラムに従って秩序立って死ぬ現象。不要になった細胞や異常な細胞を除去する仕組みとして、発生や組織の維持に重要な役割を果たす。
  • 3.ブレブ
    細胞膜が局所的に球状に膨らんで形成される膜突起。細胞移動、細胞分裂、発生、細胞死など多様な生命現象で観察される。
  • 4.ミオシン
    アクチン線維上を移動する分子モータータンパク質。ATP([8]参照)の分解で得られるエネルギーを利用して力を発生し、アクチンネットワークを収縮させる。
  • 5.リポソーム(膜小胞)
    脂質二重膜から成る人工的な小胞。細胞膜と類似した構造を持ち、人工細胞のモデルとして広く利用されている。
  • 6.アクチン皮質
    細胞膜の直下に存在する、主にアクチン線維とミオシンから成る薄いネットワーク構造。細胞の形を維持するとともに、収縮力を発生させて細胞の変形や移動を駆動する。
  • 7.α-アクチニン
    アクチン線維同士を連結するタンパク質。アクチン細胞骨格のネットワーク構造や力学特性を調節するとともに、脂質とも結合できるため、アクチン細胞骨格と細胞膜の接着も担う。
  • 8.ATP(アデノシン三リン酸)
    生物が活動するためのエネルギーを蓄えた分子。細胞内では「エネルギー通貨」とも呼ばれ、筋収縮や細胞運動など多くの生命活動に利用される。
  • 9.エージェント・ベース・シミュレーター
    個々の分子や構造体の運動や相互作用を計算機上で再現し、複雑な現象がどのように生じるかを解析するための計算プログラム。
  • 10.極性
    細胞内で構造や機能に方向性の違いが生じた状態。細胞運動では前方と後方が区別されることで、効率的な並進移動が可能になる。極性は、均一な状態から特定の方向性が生じる「対称性の破れ」によって形成される。本研究で観察された単一ブレブ形成も、対称性の破れによって形成された極性の一例である。

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「アクチン細胞骨格動態の構成的理解と制御(研究代表者:宮﨑牧人、JPMJPR20ED)」、同創発的研究支援事業「再構成で紐解く細胞骨格機能の自己組織化メカニズム(研究代表者:宮﨑牧人、JPMJFR2417)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「生体内力作用の定量的計測技術開発(研究代表者:吉村成弘、研究分担者:宮﨑牧人、JP22H05171)」、同国際共同研究強化(A)「1分子・超分子集合体・生細胞の3階層を貫くモデル実験系を用いた細胞分裂機構の解明(研究代表者:宮﨑牧人、JP18KK0420)」、千里ライフサイエンス振興財団岸本基金研究助成「運動能を有した人工細胞の構築による細胞運動の分子メカニズムの解明(研究代表者:宮﨑牧人)」、京都大学SPIRITS「細胞形態転移メカニクスの包括的理解に向けた国際連携基盤の構築(研究代表者:宮﨑牧人)」、京都大学白眉プロジェクト(研究代表者:宮﨑牧人)、米国国立衛生研究所(NIH)研究助成「Mitosis in confining microenvironments(研究代表者:Taeyoon Kim、1R01GM151628)」の助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Makito Miyazaki, Fahmida Sultana Laboni, and Taeyoon Kim, "Reconstitution of actomyosin networks in cell-sized liposomes dissects distinct mechanisms of membrane blebbing and symmetry breaking", Science Advances, 10.1126/sciadv.aed8818

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター 構成的細胞生物学研究チーム
チームディレクター 宮﨑 牧人(ミヤザキ・マキト)
(生命機能科学研究センター 構造生命科学/細胞生物学連携チーム 上級研究員、科学技術振興機構(JST)創発研究者)

パデュー大学(米国)生体医工学科
准教授 キム・テヨン(Taeyoon Kim)
(理研 生命医科学研究センター 構成的細胞生物学研究チーム 客員研究員)
博士課程学生 ラボニ・スルタナ・ファーミダ(Fahmida Sultana Laboni)

JST事業に関する問い合わせ

科学技術振興機構 創発的研究推進部
東出 学信(ヒガシデ・タカノブ)
Tel: 03-5214-7276
Email: souhatsu-inquiry@jst.go.jp

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム

科学技術振興機構 広報課
Tel: 03-5214-8404
Email: jstkoho@jst.go.jp

産業利用に関するお問い合わせ

お問い合わせフォーム

Top