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2026年8月8日

理化学研究所
東京大学

ネコにもヒトと共通する遺伝性腫瘍の可能性

-共通の基盤を用いた発がん研究と精密がん医療へ-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター 基盤技術開発研究チームの池田 凡子 特別研究員、桃沢 幸秀 チームディレクター、東京大学 大学院農学生命科学研究科の西村 亮平 教授(研究当時、現 東京大学名誉教授)、富安 博隆 准教授らの共同研究チームは、ネコにおいてがんの原因となる可能性のある遺伝的バリアント[1]病的バリアント[1])を同定し、病的バリアントを保持するネコのがんに関する臨床的特徴を明らかにしました。

本研究成果は、ネコにおける精密がん医療の基盤となるだけでなく、ヒトがん研究につながる新たな比較腫瘍学モデルにつながる成果です。

共同研究チームは、813頭のネコを対象に27種類の遺伝性腫瘍関連候補遺伝子を解析し、18頭のネコから13種類の病的バリアントを同定しました。そのうち7頭ではリンパ腫や乳がん、骨がんなどのがんが確認されました。また、これらの病的バリアントには、ヒトの遺伝性腫瘍で重要な役割を持つBRCA2TP53ATMMSH2MSH6などが含まれており、ヒトとネコで共通する発がん機構の存在が示唆されました。

本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(8月8日付:日本時間8月8日)に掲載されました。

研究概要図

研究概要

背景

がんはネコにおいても主要な死因の一つであり、ネコ全体の30~40%が腫瘍を発症し、そのうち50~85%が悪性の腫瘍(がん)であることから、獣医療において重要な疾患です。薬剤などで人工的にがんを誘導するマウスなどの実験動物とは異なり、伴侶動物[2]であるネコはヒトと生活環境を共有し、同じように加齢や環境因子の影響を受けながら自然にがんを発症します。そのため、遺伝的・環境的な要因が複合的に関与するヒトの発がん過程を反映するモデル動物として、重要な研究対象動物と考えられています。

ヒトのがん発症の5~10%で、特定の遺伝子における病的バリアントによってがん発症リスクが数倍から数十倍と高くなる遺伝性腫瘍が知られています。病的バリアントの早期特定は、定期検診による早期発見や予防的介入、分子標的薬や免疫療法などの適切な治療選択を可能とし、遺伝性腫瘍に特化した精密医療や予後の改善に貢献してきました。

ネコにおいても、環境要因や加齢だけでなく、個体が持つ遺伝的背景ががんの発症リスクや発症年齢、がん種、臨床経過に影響している可能性がありますが、実際にどの程度の割合のがんに遺伝的背景が寄与しているかは明らかにされていません。ネコのがんにおいていまだに明らかでない病的バリアントを同定することは、ヒトの遺伝性腫瘍に適用される医療と同様に、がんを発症しやすいネコ個体の早期発見や発症前からの健康管理につながるだけでなく、ヒト遺伝性腫瘍の発症機序、臨床経過、治療応答をより深く理解するための自然発症モデルとして、ネコの遺伝性腫瘍を活用する基盤になると考えられます。

そこで本研究では、813頭のネコを対象としてヒトで知られる27種類の遺伝性腫瘍関連候補遺伝子における病的バリアントを探索し、がん発症との関連を解析しました。

研究手法と成果

共同研究チームは、国内でもがん症例が多く集まる東京大学附属動物医療センターに来院したネコのうち、飼い主から同意が得られた813頭の症例を対象とし、診療時に採取された血液の余剰検体からDNAを抽出しました。本研究では、ヒトゲノム解析のために理研が独自に開発し活用してきたマルチプレックス式のターゲットシークエンス法[3]を、ネコゲノムの解析に対応するよう改変し、効率よく遺伝性腫瘍関連遺伝子を解析できる実験系を開発しました。このターゲットシークエンス法を用いて、27種類のネコ遺伝性腫瘍関連候補遺伝子においてタンパク質への翻訳に影響が大きいとされている翻訳領域およびその周辺2塩基の合計85,629塩基の配列を調べた結果、813頭のうち792頭(約97.4%)から解析に十分なシークエンスデータを取得し、784個の遺伝的バリアントを同定しました。

次に、同定した遺伝的バリアントの中から、病気の原因となる可能性が高いバリアントを病的バリアントとして抽出しました。具体的には、変異箇所でタンパク質の合成が停止することなどで機能が低下する機能欠失バリアント、ネコのバリアントをヒトのゲノム配列に置き換えた際に、病的バリアントのデータベースであるClinVar[4]にて「病的または病的の可能性が高い」と登録されているバリアント、さらに病原性を予測する3種類のソフトウェア(AlphaMissense、CADD、ESM1b)のうち少なくとも二つで「病的または病的の可能性が高い」と予測されたバリアント、計13個を本研究では病的バリアントと判定しました(表1)。

病的バリアントが抽出された遺伝子と保持するネコの疾患およびヒトにおける関連がん種の表

表1 病的バリアントが抽出された遺伝子と保持するネコの疾患およびヒトにおける関連がん種

本研究にて病的バリアント13個が同定された遺伝子と、病的バリアントを保持するネコにおいて観察された疾患、ならびにヒトにおいてその病的バリアントにより発症リスクが上昇することが知られている代表的ながん種の一覧。太字は本研究において病的バリアントを保持するネコで確認された腫瘍を示す。

ネコと同じ伴侶動物であるイヌでの先行研究において、今回の解析対象遺伝子でもあるAPC遺伝子の病的バリアントがジャック・ラッセル・テリアに高頻度で認められ、大腸にポリープが多発するなど、特定の犬種に関連した遺伝性腫瘍の例が報告されていますが、本研究で解析したネコでは、病的バリアントが特定の品種に偏って認められる傾向は確認されませんでした。

病的バリアントを保持していた18頭のうち7頭では、リンパ腫、乳がん、肥満細胞腫、骨がんなど多様ながん種が確認されました。これらのネコにおいて注目すべきは、ヒトと共通する遺伝性腫瘍関連遺伝子の病的バリアントを背景にしていますが、必ずしもヒトで知られているがんを発症しない点です。このような異なる生物種間でのがん発生の共通点と相違点を比較することで、生物種を超えて保存された発がん機構や、生物種によるがん発生の違いを規定する遺伝以外の要因の解明につながります。例えば、TP53変異(p.Arg369*)を有する避妊雌の雑種ネコには骨肉腫を疑う病変が認められました。ヒトの骨肉腫は、TP53の病的バリアントによって引き起こされるリー・フラウメニ症候群[5]の代表的ながん種です。一方、別のTP53変異(p.Asn28fs)を有する避妊雌のベンガルネコでは、皮膚の肥満細胞腫が認められました。ネコでは肥満細胞腫は比較的よく見られるがんですが、ヒトにおいて肥満細胞腫は非常にまれであるため、TP53変異との関連は明らかになっていません。

BRCA2変異(p.Lys2358fs)を持つネコにおいては、多中心型リンパ腫が認められました。ネコの多中心型リンパ腫はヒトのびまん性大細胞型B細胞リンパ腫に生物学的に類似しているとされています。BRCA2は、ヒトにおいて相同組換え修復[6]に重要な遺伝子であり、その機能が低下したがんではDNA修復機構の脆弱性を標的とするPARP阻害薬[7]が有効であることが知られています。そのため、BRCA2遺伝子の機能が失われたネコの多中心型リンパ腫においても、現在ネコで承認されていないPARP阻害薬がヒトと同様に有効性を示すかを検証する意義があると考えられます。さらに、ミスマッチ修復遺伝子[8]であるMSH2およびMSH6の病的バリアントを持ちながらもがんを発症していないネコも発見されました。これらのネコを長期的に追跡することで、ネコにおけるがん発症リスク、発症年齢、がんの種類に、ミスマッチ修復遺伝子の異常がどのように影響するかを検討できます。

本研究で病的バリアントを保持すると同定されたネコは、単にヒトと同じがんあるいは異なるがんを発症した症例としてだけではなく、ヒトと共通の遺伝性腫瘍関連遺伝子の異常を有していることになります。そのため、発がん機構の理解に加え、分子標的薬や免疫療法の有効性および耐性機構を検討するための比較腫瘍学的モデルとして位置づけることができます。

今後の期待

本研究成果を基盤として、今後、がん組織解析や臨床追跡調査を組み合わせることにより、ネコのがん医療の発展に寄与することが期待されます。さらに、病的バリアントを持つネコの病態を継続的に解析することにより、生物種を超えて共通する遺伝性腫瘍の病態理解や治療法開発に資する、新たな比較腫瘍学モデルの確立につながると期待されます。

補足説明

  • 1.遺伝的バリアント、病的バリアント
    ヒトのDNA配列は30億の塩基対から成るが、その配列の個人間の違いを遺伝子バリアントという。そのうち、疾患発症の原因となるものを病的バリアントと呼ぶ。
  • 2.伴侶動物
    家庭などで、人と生活を共にすることを主な目的として飼育される動物。イヌやネコなどが代表的である。
  • 3.ターゲットシークエンス法
    全ゲノム領域のうち標的ゲノム領域のみを解析する方法。多くの場合は標的遺伝子を選定して領域を設定するが、ある疾患領域に関連する全ての遺伝子を解析するなど、疾患と関連するイントロン領域や調節領域などの非翻訳領域も組み入れ、標的を拡大して解析する場合もある。
  • 4.ClinVar
    米国国立衛生研究所が構築しているデータベースで、ヒトの遺伝的バリアントの病的判定に使用されている。
  • 5.リー・フラウメニ症候群
    TP53遺伝子に病的バリアントを保持していることにより、遺伝的にがんを発症しやすくなる疾患。
  • 6.相同組換え修復
    DNA二本鎖の双方に起こった切断を修復する機能。
  • 7.PARP阻害薬
    DNAの相同組換え修復機構が機能していないがん細胞に、特異的に細胞死を誘導する新しい分子標的薬のこと。PARPはPoly(ADP-ribose)polymeraseの略。
  • 8.ミスマッチ修復遺伝子
    細胞分裂の際のDNA複製時に塩基の不対合(ミスマッチ)を修復する機能を担うタンパク質をコードしている遺伝子のこと。

共同研究チーム

理化学研究所 生命医科学研究センター 基盤技術開発研究チーム
チームディレクター 桃沢 幸秀(モモザワ・ユキヒデ)
特別研究員 池田 凡子(イケダ・ナミコ)
研究員 水上 圭二郎(ミズカミ・ケイジロウ)
客員研究員 山田 良子(ヤマダ・リョウコ)
テクニカルスタッフⅠ 遠藤 ミキ子(エンドウ・ミキコ)
テクニカルスタッフⅡ 碧井 智美(アオイ・トモミ)
上級テクニカルスタッフ(研究当時)岩崎 雄介(イワサキ・ユウスケ)

東京大学 大学院農学生命科学研究科
教授(研究当時、現 東京大学名誉教授)西村 亮平(ニシムラ・リョウヘイ)
教授 中川 貴之(ナカガワ・タカユキ)
准教授 富安 博隆(トミヤス・ヒロタカ)
特任講師 加藤 大貴(カトウ・ダイキ)
博士課程(研究当時、現 特任研究員)豊田 泰斗(トヨダ・ヒロト)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「マルチプレックスターゲットシークエンスによる猫腫瘍の遺伝要因の解明(研究代表者:池田凡子、JP25K18384)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Namiko Ikeda, Keijiro Mizukami, Ryoko Yamada, Hiroto Toyoda, Tomomi Aoi, Mikiko Endo, Yusuke Iwasaki, Daiki Kato, Takayuki Nakagawa, Ryohei Nishimura, Hirotaka Tomiyasu, Yukihide Momozawa, "Characterization of putative germline pathogenic variants in 27 candidate cancer-predisposing genes in 813 cats using a feline-specific multiplex targeted sequencing", Scientific Reports, 10.1038/s41598-026-61718-w

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター 基盤技術開発研究チーム
特別研究員 池田 凡子(イケダ・ナミコ)
チームディレクター 桃沢 幸秀(モモザワ・ユキヒデ)

東京大学 大学院農学生命科学研究科
教授(研究当時)西村 亮平(ニシムラ・リョウヘイ)
(現 東京大学名誉教授)
准教授 富安 博隆(トミヤス・ヒロタカ)

池田 凡子 特別研究員の写真 池田 凡子

発表者のコメント

ヒトでは、がんの背景にある遺伝的要因を調べ、一人ひとりに適した診断や治療につなげる取り組みが進んでいます。一方、ネコでは、遺伝性腫瘍についてこれまでほとんど明らかにされてきませんでした。本研究により、その第一歩を踏み出せたと感じています。今後、この成果がネコのよりよいがん診療につながるとともに、ヒトとネコを比較することで発がんの仕組みの理解や新たな治療法の開発にも貢献することを期待しています。(池田 凡子)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部 総務チーム 広報情報担当
Tel: 03-5841-8179、5484
Email: koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

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