理化学研究所(理研)開拓研究所 染谷薄膜素子研究室のスン・ルル 研究員、染谷 隆夫 主任研究員(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームディレクター)、福田 憲二郎 客員研究員らの国際共同研究グループは、雨水・海水・体液などの水系環境でも安定して動作する、溶液プロセスによる透明導電ナノ膜を開発しました。
本研究成果は、水中スポーツ時の筋電図(EMG)[1]計測、汗や雨にさらされるウェアラブルデバイス、脳表面に貼り付けて電気信号の計測と血管イメージングを同時に行う透明な生体インターフェースの実現などに貢献すると期待されます。
生体信号を計測する透明電極には、体や臓器への密着性、高い電気導電性および光透過性に加え、水や体液への耐久性が求められます。しかし、従来の透明導電膜[2]は水やイオンにより剝離や腐食が起きやすく、追加の封止膜を使うと厚く硬くなるという課題がありました。
今回、国際共同研究グループは、厚さ約200ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の透明導電ナノ膜「二相パーコレーションネットワーク(BIPIN)[3]」を開発し、BIPINが高い撥水性(はっすいせい)を示し、皮膚上に直接成膜すれば水中で筋電図を計測しながら血管像を取得できること、9チャンネルの透明な脳表面電極としてマウス皮質脳波の計測と2光子励起顕微鏡[4]による脳血管イメージングを同時に行えることを示しました。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(8月7日付)に掲載されました。
従来型銀ナノワイヤ(AgNWs)複合膜とBIPINの比較
背景
皮質脳波は、脳表面に設置した電極を用いて、大脳皮質で生じる神経活動由来の電気信号を記録する手法であり、神経科学研究や臨床現場で長く用いられてきました。また、2光子励起顕微鏡は、生きた動物の脳内の血管などを高い空間分解能で観察できる光学イメージング手法として広く用いられています。近年、皮質脳波の計測と、同じ領域における脳組織の光学イメージングを同時に行う技術が求められています。
しかし、従来の皮質脳波を測定するための電極は金属で光を透過しにくく、観察領域を遮ってしまうため、皮質脳波の計測と光学イメージングを同時に行うのには制約がありました。また、従来の透明導電膜から成る透明電極やゲル電極では、皮膚との界面の隙間や電極内水分による光の散乱や吸収により血管像が乱れやすく、筋電図と近赤外血管イメージングを同時に行うことはできませんでした。
また、透明導電膜に用いられる金属ナノワイヤ[5]や導電性高分子は、水やイオンにさらされると、腐食、膨潤、基板からの剝離を起こしやすく、電気抵抗の増加や信号品質の低下につながります。これを防ぐために封止膜を追加すると、デバイスが厚く硬くなり、皮膚や脳表面への密着性や透明性が低下するという課題がありました。
そこで国際共同研究グループは、湿った環境や水中でも安定に動作し、脳の皮質脳波の計測と2光子励起顕微鏡による血管イメージングを同時に行える、脳表面に貼り付け可能な透明電極の開発に挑みました。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、金属ナノワイヤ相と高分子(ポリマー)相から成る二相パーコレーションネットワーク(BIPIN)を作製しました。まず、金属(銀)ナノワイヤを基板上に塗布して導電ネットワークを形成し、その後、導電性高分子とフッ素系イオノマーから成るポリマー相を塗布しました(図1a)。ポリマー相は金属ナノワイヤの隙間に入り込み、薄い導電性マトリックスとして金属ナノワイヤを包み込みます。これにより、電気を通す金属ネットワークを保ちながら、水やイオンの侵入を抑えるBIPIN膜が形成されます(図1b)。
図1 水系環境に強い透明導電ナノ膜の構造と応用
- a.金属ナノワイヤ相にポリマー相を浸透させ、BIPINナノ膜を形成する逐次成膜プロセス。AgNWs:銀ナノワイヤ、CuNWs:銅ナノワイヤ、AuNWs:金ナノワイヤ。
- b.金属ナノワイヤ、共役ポリマー、フッ素系イオノマーから成るBIPINの構成。
- c.各材料の水接触角。上から多層カーボンナノチューブ(MWCNTs)、導電性高分子(PEDOT:PSS)、銀ナノワイヤ膜(AgNWs)、BIPIN。BIPINは94.6度。多層カーボンナノチューブ(MWCNTs)は16.5度、導電性高分子(PEDOT:PSS)は35.1度、銀ナノワイヤ膜(AgNWs)は32.4度といった従来の透明導電材料よりもBIPINの水接触角は大きく、BIPINが高い疎水性を示した。
- d.雨水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)溶液、海水へ600分浸した後の電気抵抗変化。BIPINでは電気抵抗増加が15.8±5.1%と小さかった。PEDOT:PSSやAgNWsは電気抵抗が200%以上増加した。一方、MWCNTsでは、電気抵抗が5,000%以上増加した。
- e.同程度のシート抵抗における透過率比較。BIPINは高い透明性を維持する。
BIPIN膜は、厚さを約200nmに保ったまま、水接触角[6]が94.6度という高い撥水性を示しました(図1c)。また、雨水、海水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)溶液に600分浸した後でも、電気抵抗の増加は15.8±5.1%にとどまり(図1d)、高い耐水性を示しました。さらに、薄膜電極の評価に用いられる方形抵抗(シート抵抗)を約20Ω/□(オーム/スクエア:薄膜全体の導電性を表す単位。数値が低いほど導電性が高い)のシート抵抗を保ちながら、可視光領域における光透過率は90%以上であり、一般的な透明電極材料と同等以上の高い透明性を示しました(図1e)。
実際にBIPINを生体に使用して、生体信号計測への適用を調べました。
まず、ヒトの手首の手のひら側にBIPIN皮膚電極を直接成膜し(図2a)、筋電図(図2b下)を計測しながら近赤外血管イメージングを行うことができました。これによりBIPINの薄さと透明性が生体信号の計測に支障がないことを確認しました。
図2 BIPINの耐水性評価と生体応用
- a.ヒト腕上に直接形成したBIPIN皮膚電極により筋電図を計測(b下)。高い透明性により血管イメージングを妨げない。
- b.BIPIN皮膚電極で取得した生体電気信号の例。(上)cのマウス大脳皮質に貼付したBIPIN透明神経電極により計測した皮質脳波。(下)bのヒト腕上に直接形成したBIPIN皮膚電極により計測した筋電図。
- c.マウス大脳皮質に貼付したBIPIN透明神経電極。9チャンネルの透明な脳表面電極から皮質脳波(b上)を計測。
- d.水中での手首動作と、対応する筋電図信号の時間周波数解析。
- e.cのBIPIN電極アレイ下での2光子励起顕微鏡による光学イメージング。高い透明性により血管像を遮蔽しない。
次に、BIPINを用いて透明な脳表面電極を作製しました。電極は9チャンネルで、各電極サイズは300×300マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)、全体の厚さは5.5μmです。マウス大脳皮質上に密着させ(図2c)、生体信号計測への応用を調べたところ、9チャンネルの脳表面電極から皮質脳波を安定して記録できました(図2b上)。薬剤投与により誘発した発作様スパイク活動[7]も低ノイズで取得でき、さらに10日間の経時計測でも信号品質を維持しました。
また、BIPINの皮膚への密着と耐水性を確認するために、水中で手首の角度を変えながら筋電図を取得しました(図2d)。筋肉の動きがある条件や水流下でも血管像と電気信号の両方を安定に取得することができ、BIPINの皮膚密着性と耐水性が高いことを確認しました。取得した筋電図が機械学習による動作分類に利用できることも確認しました。
さらに、2光子励起顕微鏡による脳血管イメージングでは、BIPIN電極では電極下の血管像をほぼ妨げずに観察できました(図2e)。
BIPINの生体への安定性は、金属ナノワイヤの表面と基板の間にポリマー相が入り込むことで生体との密着性が高まるとともに、フッ素含有イオノマーが水や塩化物イオンなどの侵入を抑制するためと考えられます。実際に、塩化物イオンの膜内侵入を調べた実験では、BIPINの高分子相が従来のPEDOT:PSS膜よりも強いイオン遮蔽性(しゃへいせい)を示しました。
細胞毒性試験では、BIPIN上で培養した細胞の生存率は標準培地に対して92.77±1.78%であり、皮膚接触用途に向けた高い細胞適合性を示しました。また、100ヘルツ(Hz)における皮膚-BIPIN界面の電気抵抗は、市販のAg(銀)/AgCl(塩化銀)電極、Agナノワイヤ/PDMS(シリコン系ゴム材料)電極、PVA(ポリビニルアルコール)ゲル電極よりも低く、筋電図や心電図などの信号取得に適していることが分かりました。
今後の期待
本研究で開発した透明導電ナノ膜は、湿った環境や水中でも安定に動作するため、雨天時や発汗時のウェアラブル計測、水泳などの水中スポーツにおける筋活動解析、リハビリテーション中の動作評価などへの応用が期待されます。皮膚上に直接成膜でき、透明であることから、電気信号と光学情報を同時に取得する新しいウェアラブルセンサーの基盤技術となります。
また、脳表面に貼り付ける透明な電極として、脳の電気活動と血管・神経活動の光学イメージングを同時に行えます。今後、長期埋め込み時の安定性や安全性をさらに検証することで、神経科学研究や医療用生体インターフェースへの展開が期待されます。
補足説明
- 1.筋電図(EMG)
筋肉が活動するときに発生する微弱な電気信号を記録したもの。リハビリテーション、スポーツ科学、義手制御などに利用される。EMGはElectroMyoGraphyの略。 - 2.透明導電膜
光を通しながら電気も通す薄膜。タッチパネル、太陽電池、ウェアラブルセンサー、生体電極などに用いられる。 - 3.二相パーコレーションネットワーク(BIPIN)
金属ナノワイヤ([5]参照)相と高分子相の二つの相が互いに連続的につながった構造。本研究では、金属ナノワイヤ相が主に導電性を、高分子相が主に耐水性とイオン遮蔽性を担う。 - 4.2光子励起顕微鏡
近赤外光を用いて生体深部の蛍光画像を取得できる顕微鏡。脳血管や神経活動の観察に使われる。 - 5.金属ナノワイヤ
直径がナノメートル程度の細長い金属材料。多数のナノワイヤがつながることで、透明で導電性の高いネットワークを形成できる。 - 6.水接触角
材料表面に水滴を置いたときに、水滴がどの程度広がるかを示す指標。一般的に、水接触角が大きいほど、水滴は表面上で球状に近くなり、材料表面が水を弾きやすいことを意味する。つまり、接触角が大きい材料ほど撥水性が高いといえる。 - 7.発作様スパイク活動
てんかん発作に似た、神経細胞の異常な興奮によって生じる鋭い電気信号。
国際共同研究グループ
理化学研究所
開拓研究所 染谷薄膜素子研究室
研究員 スン・ルル(Sun Lulu)
主任研究員 染谷 隆夫(ソメヤ・タカオ)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームディレクター、東京大学 大学院工学系研究科 教授)
客員研究員 福田 憲二郎(フクダ・ケンジロウ)
(大阪大学 大学院工学研究科 電気電子情報通信工学専攻 教授)
研究員 李 成薫(Lee Sunghoon)
光量子工学研究センター 先端レーザー加工研究チーム
客員主管研究員 伊藤 嘉浩(イトウ・ヨシヒロ)
延世大学(韓国)
博士課程学生 キム・ヒョンウ(Hyun Woo Kim)
博士研究員 キム・ジウォン(Jiwon Kim)
教授 イ・ジョンウン(Jong Eun Lee)
准教授 ユ・キジュン(Ki Jun Yu)
華中科技大学(中国)武漢光電国家研究センター
教授 周 印華(Yinhua Zhou)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「生体シグナルの高精度計測に向けた電源光源一体型フレキシブルイメージングシステム(研究代表者:染谷隆夫、JP22H04949)」、同国際共同研究加速基金(国際先導研究)「全身電子皮膚による人間のデジタル化(研究代表者:染谷隆夫、JP22K21343)」、立石科学技術振興財団、韓国National Research Foundation(RS-2024-00353768、RS-2025-02215070)、Yonsei Fellowshipなどの助成を受けて行われました。
原論文情報
- Lulu Sun, Hyun Woo Kim, Jiwon Kim, Shuxu Wang, Shinyoung Lee, Hongting Chen, Ruiqi Guo, Baocai Du, Joo Sung Kim, Kun Fang, Jianping Chen, Yoshihiro Ito, Yinhua Zhou, Tomoyuki Yokota, Sunghoon Lee, Jong Eun Lee, Ki Jun Yu, Kenjiro Fukuda, Takao Someya, "Solution-processed aqueous-insensitive transparent conductors for bio-optoelectronics", Nature Communications, 10.1038/s41467-026-74901-4
発表者
理化学研究所
開拓研究所 染谷薄膜素子研究室
研究員 スン・ルル(Sun Lulu)
主任研究員 染谷 隆夫(ソメヤ・タカオ)
(創発物性科学研究センター 創発ソフトシステム研究チーム チームディレクター)
客員研究員 福田 憲二郎(フクダ・ケンジロウ)
染谷 隆夫
福田 憲二郎
スン・ルル
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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