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2026年8月27日

理化学研究所
長岡技術科学大学

「超音速渦の窓」で大気と真空をつなぐための新技術

-新しい運転モードが生み出す自己適応渦-

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター 次世代加速器システム開発チームの今尾 浩士 チームリーダー、加速器高度化チームの三宅 泰斗 技師、加速器基盤研究部の奥野 広樹 副部長、長岡技術科学大学 技学研究院電気電子情報系の高橋 一匡 准教授らの共同研究グループは、固体の仕切りのない窓でガス空間と真空空間の圧力差を保ち、物質を通せる「超音速渦の窓」で、圧力差を大幅に広げる新たな運転方法の開発に成功しました。

本研究成果は、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[1]」の荷電変換リング(CSR)[2]に用いるガスストリッパー(ガスを使ってイオンから電子をはぎ取る装置)の小型化への貢献だけでなく、半導体製造などの真空を利用するさまざまな装置開発や、宇宙船・宇宙実験装置への応用が期待されます。

ガス空間と真空空間を仕切る固体の窓は、物質を通せないのはもちろんのこと、高出力レーザーや粒子ビームでは加熱や損傷を引き起こします。一方、超音速ガス流(ガスジェット)を利用した「空力窓[3]」の一種である超音速渦の窓は、ガスジェットの渦が生む圧力差でガス空間と真空空間を隔てますが、より低圧の真空空間との間に大きな圧力差を生む理想的な渦をつくれないことが課題でした。

本研究では、理想的な渦をつくろうとする従来の考え方から発想を変え、あえて両空間の圧力差を広げることで、渦が自ら流れを変えて圧力差に適応することを発見しました。この性質を利用した超音速渦の窓の新たな運転方法により、15mm径の開口を保ったまま窓の両側で約200倍もの圧力比を実現しました。

本研究成果は科学雑誌『Review of Scientific Instruments』オンライン版(8月6日付)に掲載されました。

超音速渦の窓と超音速渦の窓を重ねて大気と真空を直接つなぐ概念図の画像

超音速渦の窓(左)と超音速渦の窓を重ねて大気と真空を直接つなぐ概念図(右)

背景

理研のRIビームファクトリー(RIBF)で開発が進む荷電変換リング(CSR)は、荷電変換を繰り返しながら、イオンビームが必要な価数に達するまでリング内を周回させる独自加速器です。重いイオンをリング内で何度も周回させ、ガスストリッパーを通過するたびに価数を変化させ、目的とする価数のイオンを効率よく得ることを目指しています。ガスストリッパーは、イオンの通り道を開けたまま、必要な場所にだけガスをとどめ、その周囲を高い真空に保つ必要があります。

また、真空は、加速器や電子顕微鏡などの科学研究をはじめ、半導体製造、表面処理、質量分析、医療など、私たちの社会を支えるさまざまな科学技術や産業に欠かせません。真空を扱う際には、粒子ビームや光を通したり、試料や部品を出し入れしたり、装置内の限られた場所にだけガスを導入したりする必要があります。そのため、真空を保ちながらも、こうした通り道となる開口を確保し、圧力の異なる空間を隔てる技術が求められています。

ガス空間と真空空間を連結させると、圧力差の影響は音波としてすぐに全体へ伝わり、ガスは真空側へ流れ込み、その境界は保てません。固体の窓は、物質が通過できないのはもちろんのこと、高出力レーザーや粒子ビームでは加熱や損傷を引き起こします。粒子ビームや光などの通り道となる開口をふさがず、超音速ガス流(ガスジェット)などを使って開口部の圧力差を支えることで、圧力を分ける方法の一つが、「空力窓」です。空力窓で間を仕切ると、上流へ向かおうとする音波もガスジェットの超音速の流れに押し戻されて上流までさかのぼることができず、下流での圧力変化がガスの噴き出し口まですぐには伝わりません。つまり、ガスジェット自身がその場で向きや広がり方などを変えながら、周囲の圧力に対応して流れを形成するため、空力窓ではガスの流れの生成部が乱されにくく流れを保ちやすくなります。

空力窓の一つである「自由渦型空力窓[4](渦の窓)」では、このガスジェットを渦状に旋回させて自由渦をつくります。容器の中身が一体的に回る渦とは異なり、自由渦では中心に近いほど流れが速くなり、中心側の圧力が低くなります。これは、排水口の周りにできる渦で、水面が中心に向かって低くなるのとよく似ています。渦の窓では、ガスジェットの下流の圧力変化に対応しやすい性質と、自由渦の中心側で圧力が低くなる性質を組み合わせて、圧力の異なる二つの空間を隔てます。

共同研究グループは、渦の窓を用いて圧力差を保ちながらガス空間と真空空間とを穴が開いたまま接続させることを着想しました。

真空空間で渦の窓を使うには、供給圧力を下げてガス流量を抑える必要があります。ところが、流量が減ると、粘性によって装置の壁際に生じる遅い流れの影響が大きくなり、理想的な流れからずれて大きな圧力差を保てないため、真空空間へ渦の窓を適用することは困難と考えられていました。

そこで、共同研究グループは、渦の窓を真空空間に適用し、周囲を高い真空に保ちながらイオンの通り道を確保できる超音速渦の窓の運転方法の開発に挑みました。

研究手法と成果

自由渦型空力窓(渦の窓)は、従来、低圧空間と大気空間とを固体の窓を使わずに隔てて、低圧空間内の高出力ガスレーザーから、レーザー光を大気空間へ取り出すための装置として主に研究されてきました。従来の設計では、ガスジェットを計算上の理想的な自由渦に近づけるために、周囲の圧力差を自由渦がつくる理想的な圧力差に合わせて、ガスジェットの中で強い膨張や圧縮が起こらないように運転することが基本とされてきました(図1左)。

従来と本研究の自由渦型ガスジェットの運転概念の図

図1 従来と本研究の自由渦型ガスジェットの運転概念

(左)従来は、周囲の圧力差を理想的な自由渦が持つ圧力差に合わせ、ガスジェットの中に強い膨張や圧縮が生じないように運転していた。(右)本研究では、高圧側を加圧し、低圧側を減圧して周囲の圧力差を意図的に増やすことで、ガスジェットの流れを変化させて、その変化を圧力の分離に利用した。

しかし、ガスを送り込む圧力や流量を下げると、壁の近くではガスの粘りの影響によって流れが遅くなる領域「境界層[5]」が出現します。圧力や流量が低くなるほど、この境界層の影響が相対的に大きくなり、音速より遅い領域が広がります。すると、ガスジェットの流れが理想的な自由渦から外れ、圧力差のある二つの空間を隔てる性能が急激に低下します。

このため、従来の研究では、圧力差のある二つの空間を精度高く分離するために、高い圧力と大きな流量でガスジェットを供給していました。また、壁から追加のガスを吹き込み、音速より遅い領域を小さくする方法なども試されてきました。

本研究では、理想的な自由渦の圧力差からのずれをできるだけ小さくする従来の考え方を転換し、高圧側をさらに加圧し、低圧側をさらに減圧することで、ガスジェットの両側にかかる圧力差を外から意図的に大きくしました。

ガスジェットの両側にかかる圧力差が大きくなると、ガスジェットの中には強い膨張や圧縮が生じ、ガスジェット自身が大きな圧力差に応じて変化します。そこで、本研究では、このガスジェットの性質を積極的に利用することで(図1右)、圧力差のある二つの空間を隔てる性能が向上するのかを検証しました。

共同研究グループは、直径15mmの開口部を持ち、この開口部に超音速で旋回する自由渦型ガスジェットを形成する小型の渦の窓を設計・製作しました(図2左)注1)。周囲の圧力条件を変えながら、高圧側圧力(Phigh)を低圧側圧力(Plow)で割った「圧力比」を、圧力分離性能の指標として評価しました。

渦の窓の試験装置とさまざまな運転方法での圧力比の比較の図

図2 渦の窓の試験装置(左)とさまざまな運転方法での圧力比の比較(右)

従来の方法では、理想的な自由渦が持つ圧力差と周囲の圧力差を一致させるように運転し、圧力比は約5であった(右、紫)。本研究では、高圧側を加圧し、低圧側を減圧して圧力差を意図的に増やし、空力窓内に生じる膨張や圧縮を利用することで、同じ装置で圧力比を約70まで高めた(右、赤)。さらに、低い圧力・少ないガス流量での利用に適した構成では、最大約200の圧力比を実証した(右、青)。kPa:キロパスカル。

まず、周囲の高圧側と低圧側の圧力差を理想的な自由渦が持つ圧力差に一致させる従来の方法で運転したところ、圧力比は約5にとどまりました。次に、高圧側を加圧し、低圧側を減圧することで、ガスジェットの両側の圧力差を意図的に増やす運転では、圧力比は約70まで向上しました。さらに、低い圧力でガス流量を抑えた運転では圧力比は最大約200でした(図2右)。

これまで、供給するガスの圧力や流量を下げると、圧力比は急激に低下していました。今回の結果は、ガスジェットの両側の圧力差を意図的に増やすことで、それに応じてガスジェット自身が変化する性質を利用することができ、低い圧力・少ないガス流量でも高い圧力比が得られることを示しています。さらに、実験で得られた単段の性能を基に、二つの空力窓を直列に組み合わせた場合の性能を理論的に評価したところ、約4,550の圧力比が見込まれました。

また、アルゴンやヘリウムを用いた場合にも、同様に圧力比が向上することを確認し、空気だけでなく、異なる種類のガスにも適用できることを示しました。

さらに、本運転方法ではガスの供給圧力を大気圧より低くできるため、ガスを大気圧以上に圧縮して送り込むための圧縮機を必要とせず、使用したガスを回収して再び利用する循環運転も可能です。

次に装置内の複数の位置での圧力測定結果と、数値流体シミュレーションを比較したところ、計算結果は実験結果をよく再現しました(図3)。シミュレーション結果から考察すると、本研究の空力窓ではガスジェットの流れる経路や広がり方が変化し、低圧側の圧力が一層低下することで、圧力比が向上したと考えられます。

従来の運転と本研究の運転における圧力と流れの速さの分布の図

図3 従来の運転と本研究の運転における圧力と流れの速さの分布

(左)空力窓が理想的に持つ圧力差と周囲の圧力差を合わせた従来の運転、(右)高圧側を加圧し、低圧側を減圧して圧力差を増やした本研究の空力窓の数値シミュレーション結果。
上段:装置内部の圧力を示し、圧力分布中の番号1~9は圧力の測定位置で、表には各位置での計算値と実験値を示した。
下段:流れの速さをマッハ数(流れの速さをその場所の音速で割った値で、1を超えると超音速)で示している。
計算値は実験値をおおむね再現している。本研究の運転では、従来の運転に比べてガスジェットの流れ方が大きく変化するとともに、低圧側の圧力がさらに低下している。これは、高圧側と低圧側の圧力を外から変えることでガスジェット自身がその状態を変え、より大きな圧力差に対応していることを示している。

  • 注1)本研究に関連する技術について、理研と長岡技術科学大学は共同で特許を出願している(特願2026-091241)。

今後の期待

本研究で開発した超音速渦の窓の運転方法は、ガスジェットの供給圧力を大気圧より低くできるため、ガスジェットを大気圧以上に圧縮して送り込むための圧縮機を必要とせず、理研のRIビームファクトリー(RIBF)で開発が進む荷電変換リング(CSR)のガスストリッパーを小型化するための基盤技術になることが期待されます。また、使用したガスを回収して再び利用する循環運転にも適しています。

今後は、CSRへの実装を見据え、複数の超音速渦の窓を直列に組み合わせた多段構成でより大きな圧力差を安定して保てることを実証していきます。

さらに、今回明らかになった、超音速の渦が周囲の圧力に応じて自ら形を変えながら働く性質を生かし、より扱いやすく幅広い条件で使える技術へと発展させます。

本研究成果がガス空間と真空空間をつなぐ新しい接続技術として発展していけば、半導体製造、表面処理、分析・計測など、真空を利用するさまざまな装置への展開も期待されます。

また、EUVリソグラフィー[6]の光源周辺への応用も考えられます。EUV光源では、高い真空を保ちながら、スズなどに由来する飛散粒子が光学部品へ到達するのを抑えることが重要です。超音速渦の窓は、圧力の異なる空間を隔てるだけでなく、旋回するガス流によって飛散粒子の進入を抑える機能も担える可能性があります。

さらに、宇宙船や宇宙実験装置で、内部の圧力や清浄な環境を保ちながら、宇宙空間との間で光や粒子、試料などを通すための「窓」として利用できる可能性もあります。

補足説明

  • 1.RIビームファクトリー(RIBF)
    理研が有するRIビーム発生装置と独創的な基幹実験設備群で構成される重イオン加速器施設。ウランなどの重い原子核から成るイオン(重イオン)を加速し、標的に衝突させることで、自然界ではほとんど存在しない不安定な原子核をビームとして生成することができる。RIBFでは、世界初の超伝導リングサイクロトロン(SRC)と呼ばれる大型加速器を中核として、非常に高いエネルギーと強度の重イオンビームを安定して供給できることを特長としており、原子核の構造や元素がどのようにつくられてきたかといった基礎的な問いに迫る研究が進められている。こうした研究は、宇宙の進化の理解や、物質科学・医療などへの応用にもつながっている。
  • 2.荷電変換リング(CSR)
    2030年頃の完成を目指して理研で開発が進められているリング型加速器。リング内部に設けられたガスストリッパーをイオンが何度も通過し、価数を繰り返し変化させることで、目的の価数のイオンを効率よく得る。CSRはCharge Stripper Ringの略。荷電変換リングの概念および基本設計の詳細については論文を参照注2)
  • 3.空力窓
    固体の板や膜ではなく、ガスの流れそのものを「窓」にする技術。1960年代後半、高出力ガスレーザーの光を低圧の装置内部から大気中へ取り出すために考案された。レーザーが強力になると、通常の透明な窓は光の一部を吸収して加熱・変形し、やがて破損するため、「いっそ固体の窓をなくせないか」という発想から生まれた。超音速ガス流(ガスジェット)などを使って開口部の圧力差を支えることで、光や粒子が何にも触れずに通れる開いた窓をつくることができる。現在まで、高出力レーザーや減圧下でのレーザー加工などを中心に研究されている。
  • 4.自由渦型空力窓
    空力窓の一方式で、渦そのものが持つ圧力差を「窓」に利用する方式。1970年代には、超音速ガスを自由渦の一部となるように曲げて流し、一つのジェットの外側を高圧、内側を低圧にする方式が提案された。自由渦では中心に近いほど流れが速く、圧力が低くなるため、ガス流自身に圧力の勾配を持たせることができる。一方、流れは大きく曲がっていても、流体の小さな部分がその場で自転する度合いを表す「渦度」は、理想的には中心部を除いて0となる。これにより、大きな圧力差を一つのガスジェットで受け持ちながら、開口部をレーザー光などが通過できる。これまで、流れの安定性や光を乱さずに通す性能などが研究されてきた。
  • 5.境界層
    気体が壁に沿って流れるとき、粘性のために壁の近くで流速が低下してできる薄い領域。壁面では流速がほぼ0となり、壁から離れるにつれて主流の速度に近づく。超音速ノズルでも境界層の一部は音速より遅く、圧力変化が上流側へ伝わり得る。また、低圧・低流量では境界層が流路に占める割合が大きくなり、実効的なノズル形状を変えるため、設計通りの超音速流をつくりにくくなる。
  • 6.EUVリソグラフィー
    極端紫外線(EUV)という非常に短い波長の光を使って、半導体チップの微細な回路を描く技術。EUVは空気に吸収されやすいため光路は高真空に保たれ、光源周辺で飛散粒子の光学部品への到達を抑えることは、光学性能の維持や装置の長寿命化につながる。

共同研究グループ

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
加速器基盤研究部
次世代加速器システム開発チーム
チームリーダー 今尾 浩士(イマオ・ヒロシ)
加速器高度化チーム
技師 三宅 泰斗(ミヤケ・ヤスト)
加速器基盤研究部
副部長 奥野 広樹(オクノ・ヒロキ)

長岡技術科学大学 技学研究院 電気電子情報系
准教授 高橋 一匡(タカハシ・カズマサ)

住重加速器サービス株式会社
小山田 和幸(オヤマダ・カズユキ)

東京工業大学(現・東京科学大学)
名誉教授 堀岡 一彦(ホリオカ・カズヒコ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「超大強度ウランビーム実現のための革新的超音速Heシートガスジェットストリッパー(研究代表者:今尾浩士、JP25H00656)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Hiroshi Imao, Kazumasa Takahashi, Yasuto Miyake, Kazuyuki Oyamada, Hiroki Okuno, Kazuhiko Horioka, "High-pressure-ratio vacuum sealing by a perturbed free-vortex aerodynamic window", Review of Scientific Instruments, 10.1063/5.0336979

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター
次世代加速器システム開発チーム
チームリーダー 今尾 浩士(イマオ・ヒロシ)
加速器高度化チーム
技師 三宅 泰斗(ミヤケ・ヤスト)
加速器基盤研究部
副部長 奥野 広樹(オクノ・ヒロキ)

長岡技術科学大学 技学研究院 電気電子情報系
准教授 高橋 一匡(タカハシ・カズマサ)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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長岡技術科学大学 大学戦略課企画・広報室
Tel: 0258-47-9209
Email: skoho@jcom.nagaokaut.ac.jp

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