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2026年9月17日

理化学研究所
産業技術総合研究所
九州大学

細胞治療をより安全にする仕組み

-新たな「細胞停止スイッチ」で二重の安全装置を目指す-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 触媒・融合研究グループの闐闐(どど)孝介 専任研究員、吉本 哲 特別研究員、産業技術総合研究所バイオものづくり研究センター 植物機能制御研究チームの菅野 茂夫 研究チーム付、九州大学 大学院工学研究院 機械工学部門の山西 陽 子教授、佐久間 臣耶 准教授の共同研究グループは、疾患治療のために遺伝子を改変した細胞(改変細胞)にプログラム細胞死[1]アポトーシス[2]を誘導することで改変細胞の働きを停止させるスイッチとして働くタンパク質「AuxiCasp9」を開発しました。

本研究成果は、近年臨床応用が進む細胞治療において、副作用が起きたときに、複数の停止スイッチを併用して改変細胞を停止させる、より安全なシステムの開発に貢献すると期待されます。

今回、共同研究グループは、植物ホルモンの一つオーキシン(Auxin)[3]の誘導体を処理することでアポトーシスの実行因子カスパーゼ(Caspase)[4]9を人工的に活性化させ、アポトーシスを誘導するスイッチAuxiCasp9の開発に成功しました。さらに既に臨床試験が検討されている停止スイッチであるiCasp9(inducible Caspase 9)とも比較を行い、二つの停止スイッチがお互いに干渉せず別々に機能することを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『ACS Synthetic Biology』オンライン版(9月8日付)に掲載されました。

新たな停止スイッチAuxiCasp9と既存スイッチiCasp9の比較の図

新たな停止スイッチAuxiCasp9と既存スイッチiCasp9の比較

背景

近年、患者から採取した細胞を改変して、疾患治療に用いる医療が急速に発展しています。中でもがん細胞を特異的に認識できる人工受容体を発現させた免疫細胞のT細胞(CAR-T細胞)にがんを攻撃させる治療は、広く用いられる治療法となっており、特に血液がんに有効です。

このような治療においては、改変細胞による副作用が体内で現れた場合に備え、細胞の働きを止めて改変細胞を除去する仕組みが安全装置として期待されます。中でもiCasp9(inducible caspase 9)は臨床試験にも展開されている人工システムであり注1)、導入した改変細胞に薬物処理でプログラム細胞死の代表例であるアポトーシスを誘導し、生体に悪影響を及ぼさずに除去することができます。iCasp9はFK506結合タンパク質(FKBP)とカスパーゼ9が融合したもので、FKBPに結合する化合物を二つつないだAP1903という薬剤でカスパーゼ9同士を近づけて、相互作用させることで活性化させ、アポトーシスを誘導する仕組みが知られています(図1A)。

同様の仕組みを利用して、「ラパマイシン(Rapamycin)」という薬剤で2量体化されるタンパク質FKBPおよびFRBとカスパーゼ9を融合させたRapaCasp9(Rapamycin-activated Caspase 9)もiCasp9に続く細胞死誘導システムとして開発されています(図1B)注2)。しかしながら、ラパマイシンは本来免疫抑制剤として使われる薬剤であり、その薬理作用が副作用の原因となることが問題となっていました。

既存の細胞停止スイッチの活性化機構の図

図1 既存の細胞停止スイッチの活性化機構

  • A.iCasp9による細胞死誘導。iCasp9はFK506結合タンパク質(FKBP)とカスパーゼ9から成る。薬剤AP1903は二つのiCasp9のFKBPに同時に結合することで、カスパーゼ9同士の2量体化・活性化を誘導し、これがアポトーシスにつながる。
  • B.RapaCasp9による細胞死誘導。RapaCasp9はタンパク質FKBPおよびFRBとカスパーゼ9から成る。ラパマイシン(Rapamycin)はFRBおよびFKBPの間に結合することでRapaCasp9同士を近づけてカスパーゼ9の2量体化と活性化を誘導し、アポトーシスにつながる。
  • 注1)A. Di Stasi, S.-K. Tey, G. Dotti, Y. Fujita, A. Kennedy-Nasser, C. Martinez, K. Straathof, E. Liu, A. G. Durett, B. Grilley, H. Liu, C. R. Cruz, B. Savoldo, A. P. Gee, J. Schindler, R. A. Krance, H. E. Heslop, D. M. Spencer, C. M. Rooney, M. K. Brenner, Inducible apoptosis as a safety switch for adoptive cell therapy. N. Engl. J. Med. 2011, 365, 1673-83.
  • 注2)M. Stavrou, B. Philip, C. Traynor-White, C. G. Davis, S. Onuoha, S. Cordoba, S. Thomas, M. Pule, "A Rapamycin-Activated Caspase 9-Based Suicide Gene." Mol. Ther. 2018, 26, 1266-1276.

研究手法と成果

共同研究グループはiCasp9、RapaCasp9に続く新しい停止スイッチの開発を目指し、植物ホルモンであるオーキシンに着目しました。オーキシンは植物体内では二つのタンパク質TIR1とAux/IAAの間に接着剤のように結合し、二つのタンパク質を近づけることで、ユビキチンリガーゼ複合体[5]によるAux/IAAのユビキチン化[5]を誘導し、最終的にAux/IAAが分解されることが知られています(図2A)。また、タンパク質分解を起こさず、タンパク質の2量体化を誘導することに特化して、TIR1のユビキチンリガーゼ複合体との相互作用部位を改変したシステムの開発も報告されています(図2B)注3)。さらに、オーキシン誘導体(5-Ad-IAA)とそれに合わせてオーキシン結合部位に変異を導入したTIR1を用いて、高い結合能を実現するシステムも開発されています注4)

共同研究グループはこれらの報告を基に、カスパーゼ9にTIR1変異体とAuxを融合させたタンパク質「AuxiCasp9(auxin-activated caspase 9)」をデザインしました(図2C)。このデザインでは、二つのAuxiCasp9間で片方のAuxともう片方のTIR1が5-Ad-IAAの結合により近接し、カスパーゼ9の2量体化と活性化が誘導できるように設計しています。

AuxiCasp9のデザインの図

図2 AuxiCasp9のデザイン

  • A.オーキシンによるAuxタンパク質の分解誘導機構。
  • B.ユビキチンリガーゼと相互作用する二つのグルタミン酸(E)をリシン(K)に変異させることで(E→K)、タンパク質の2量体化誘導に特化したシステムが構築できる。
  • C.Aux、TIR1変異体およびカスパーゼ9を融合させたAuxiCasp9をデザインした。BのTIR1変異体のオーキシン結合部位に変異導入し、オーキシン誘導体(5-Ad-IAA)が選択的に結合するようにした。

デザインしたAuxiCasp9をヒト培養細胞HEK293Tに発現させ、iCasp9およびRapaCasp9とその細胞死誘導活性を比較しました(図3)。その結果、iCasp9は0.01ナノモーラー(nM、1nMは1L中に10億分の1モル)という極めて低濃度の薬剤AP1903で80%以上の細胞死誘導活性を示し(図3右、緑実線)、さらに薬剤AP1903はiCasp9を発現しないコントロール細胞では全く細胞死を誘導せず、毒性も低いことが確認できました(図3右、緑点線)。一方でRapaCasp9は、1nMのラパマイシン処理で90%以上の細胞死誘導が見られたものの(図3右、青実線)、RapaCasp9を発現しないコントロール細胞でも40%の細胞死誘導を示し、ラパマイシン単独で細胞毒性を示すことが確認されました(図3右、青点線)。これに対してAuxiCasp9は薬剤AP1903に比べて1nMとやや高い濃度の5-Ad-IAAが必要ではあるものの、80%近い細胞死誘導活性を示すことが明らかとなりました(図3右、赤実線)。さらに用いた5-Ad-IAAはラパマイシンのような細胞毒性を示さないことも分かりました(図3右、赤点線)。このことは、AuxiCasp9がiCasp9に次いで有望な停止スイッチとして機能する可能性を示唆しています。

iCasp9/RapaCasp9/AuxiCasp9によるアポトーシス誘導活性の比較の図

図3 iCasp9/RapaCasp9/AuxiCasp9によるアポトーシス誘導活性の比較

HEK293T細胞にiCasp9、RapaCasp9、AuxiCasp9をそれぞれ発現させた細胞を作製し、それぞれに対応する化合物で細胞死を誘導し、細胞生存率を測定した(実線)。その際、何も発現させないコントロール細胞に化合物を処理したときの細胞生存率を見ることで化合物単独の毒性も評価した(点線)。

最後に、共同研究グループはiCasp9とAuxiCasp9が併用可能かどうかを調べるために、2種類の停止スイッチを同時に機能させ、お互いに干渉しないかどうかを確認しました。まずiCasp9とEGFP(緑色蛍光タンパク質)、およびAuxiCasp9とmCherry(赤色蛍光タンパク質)の組み合わせで、停止スイッチとマーカーの蛍光タンパク質を共発現(同一細胞内で発現)させたHEK293細胞を作製しました。さらにこれら2種類の細胞を共培養(同一シャーレ内で培養)し、薬剤AP1903または5-Ad-IAAを処理した後に、蛍光イメージングにより2種類の細胞それぞれに細胞死が誘導されるかどうかを検証しました(図4A)。

その結果、薬剤AP1903処理ではiCasp9を発現する緑色の細胞だけに細胞死が誘導される一方で、5-Ad-IAAではAuxiCasp9が発現する赤色の細胞だけに細胞死が誘導されました(図4B)。このことは二つのスイッチはお互いに干渉せず、独立に機能できることを示しています。

AuxiCasp9とiCasp9の独立性確認の図

図4 AuxiCasp9とiCasp9の独立性確認

  • A.iCasp9と蛍光マーカーEGFP、AuxiCasp9と蛍光マーカーmCherryの組み合わせで、共発現させたHEK293細胞を作製。これら2種類の細胞を共培養し、AP1903または5-Ad-IAAを処理した後に、蛍光イメージングにより2種類の細胞に細胞死が誘導されるかどうかを検証した。
  • B.AP1903処理ではiCasp9を発現する緑色の細胞だけに細胞死が誘導された(右下部:緑色が減り、細胞が存在しない黒色部分が多くなっている)。5-Ad-IAAではAuxiCasp9が発現する赤色の細胞だけに細胞死が誘導された(右上部:赤色部分がほとんど黒色になっている)。
  • 注3)W. Zhao, H. Nguyen, G. Zeng, D. Gao, H. Yan, F.-S. Liang, "A chemically induced proximity system engineered from the plant auxin signaling pathway." Chem. Sci. 2018, 9, 5822-5827.
  • 注4)K. Nishimura, R. Yamada, S. Hagihara, R. Iwasaki, N. Uchida, T. Kamura, K. Takahashi, K. U. Torii, T. Fukagawa, "A super-sensitive auxin-inducible degron system with an engineered auxin-TIR1 pair." Nucleic Acids Res. 2020, 48, e108.

今後の期待

本研究では新たな細胞停止スイッチとしてAuxiCasp9を開発し、既存の停止スイッチであるiCasp9およびRapaCasp9と比較することで、停止スイッチとして十分機能することを確認しました。AuxiCasp9は動物とは異なる植物由来のシステムを利用していることから、動物のシステムと干渉しにくいと考えられ、今後、改変細胞の安全装置の一つとして広く応用されることが期待されます。

さらにiCasp9との併用実験により、二つの停止スイッチが互い干渉せず、独立して機能することも示しました。独立して働く停止スイッチを二つ同時に改変細胞へ導入することで、一方が十分に機能しない場合でも、もう一方がバックアップとして働き、二重の安全装置として機能すると考えられます。従って近年急速に発展する細胞治療において、より安全な治療法の確立に貢献することが期待されます。

補足説明

  • 1.プログラム細胞死
    細胞が自らのプログラムに従って秩序立って死ぬ現象。不要になった細胞や異常な細胞を除去する仕組みとして、発生や組織の維持に重要な役割を果たす。
  • 2.アポトーシス
    プログラム細胞死の代表例であり、がん細胞など体内で不必要な細胞を除去するために誘導される。死んだ細胞は小さく断片化し、周りの細胞によって安全に除去される。
  • 3.オーキシン(Auxin)
    植物の伸長を促す植物ホルモンとして同定された化合物。
  • 4.カスパーゼ(Caspase)
    アポトーシスの実行にはカスパーゼと呼ばれる一連のプロテアーゼファミリーの活性化が重要であり、中でもカスパーゼ9は多量体化することで活性化することが知られている。カスパーゼ9はさらに下流のカスパーゼ3を切断・活性化することで、アポトーシスを誘導する。
  • 5.ユビキチンリガーゼ複合体、ユビキチン化
    ユビキチンリガーゼ複合体は、タンパク質に「ユビキチン」という小さなタンパク質を付加する「ユビキチン化」という反応を担っている。このユビキチンは、細胞内で不要になったタンパク質に付けられる目印として働き、主にタンパク質分解を促す。

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)ムーンショット目標1「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現(プログラムディレクター:萩田紀博)」の研究開発プロジェクト「細胞内サイバネティック・アバターの遠隔制御によって見守られる社会の実現(プロジェクトマネージャー:山西陽子)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Satoshi Yoshimoto, Shigeo S. Sugano, Shinya Sakuma, Yoko Yamanishi, Kosuke Dodo, "Auxin-activated caspase 9 system (AuxiCasp9), a suicide switch for engineered cells", ACS Synthetic Biology, 10.1021/acssynbio.6c00010

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 触媒・融合研究グループ
専任研究員 闐闐 孝介(ドド・コウスケ)
特別研究員 吉本 哲(ヨシモト・サトシ)

産業技術総合研究所 バイオものづくり研究センター 植物機能制御研究チーム
研究チーム付 菅野 茂夫(スガノ・シゲオ)

九州大学 大学院工学研究院 機械工学部門
教授 山西 陽子(ヤマニシ・ヨウコ)
准教授 佐久間 臣耶(サクマ・シンヤ)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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産業技術総合研究所 ブランディング・広報部 報道室
Email: hodo-ml@aist.go.jp

九州大学 広報課
Tel: 092-802-2130
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