理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター 実験動物開発室の仲柴 俊昭 専任研究員、吉木 淳 室長、疾患ゲノム動態解析技術開発チーム(研究当時)の阿部 訓也 チームリーダー(研究当時)らの共同研究グループは、6種類の異なる部位特異的組換え酵素(SSR)[1]のいずれかが働いても、ゲノム上の同じ場所で反応して強力な赤色蛍光タンパク質(tdTomato)[2]を発現する万能レポーターマウス[3]「ROSA26[4]-6R」を開発しました。
本研究成果は、複雑な神経回路の解明や高機能な疾患モデルの開発・解析を加速する標準的ツールとして期待されます。
今回、共同研究グループは、これまで6種類のSSRごとに個別維持が必要だったレポーターマウスの系統を1系統に集約し、研究現場において複数種類のマウス系統を維持しなければならない負担(コロニー維持負担)を大幅に軽減させました。この万能レポーターマウスと、新たに作製したSSR発現マウスを交配させることで、それぞれの組換え酵素が「どれくらい正確に、どれくらい効率よく働くか」を初めて同じ条件でまとめて比較しました。その結果、複数のSSRを組み合わせた複雑な多重遺伝子操作を可能にする新しい「VikaおよびVCreシステム[5]」が、世界標準である定番の「Cre/loxPシステム[6]」に匹敵する高い組換え能力を持つことを生体内(in vivo)で証明しました。さらに、本系統が持つ極めて高輝度なtdTomatoの赤色蛍光を生かし、組織透明化技術を用いた胎児全体の3Dイメージングによる全身の鮮明な「神経線維」に加え、脳組織の観察においては抗体染色なしで「樹状突起スパイン[7]」などの微細な神経構造を可視化することにも成功しました。
本研究は、科学雑誌『Cell Reports Methods』オンライン版(9月28日付:日本時間9月29日)に掲載されました。
ROSA26-6Rマウスで可視化した、抑制性神経細胞である小脳プルキンエ細胞の微細構造
背景
生体内の特定の細胞を操作・標識して追跡する遺伝子操作技術(Cre/loxPシステムなど)は、脳機能の解明や疾患モデルの解析に欠かせません。近年では、より複雑な生命現象を解明するため、複数の部位特異的組み換え酵素(SSR)を組み合わせた高度な多重遺伝子操作や細胞制御技術が求められています。
しかし、従来の技術では、使用する酵素の種類ごとに専用のレポーターマウス系統を個別に維持・管理する必要がありました。例えば6種類の組換え酵素を使おうとすると6種類のレポーターマウス系統を個別に飼育・維持する必要があり、研究現場におけるマウスの飼育スペースや管理労力(コロニー維持負担)の肥大化が深刻な課題となっていました。また、それぞれゲノム上の導入位置や構造が異なる別々のレポーターマウス系統を用いて実験を行うことになるため、各酵素の組換え効率や特異性を、同一のゲノム環境(共通のプラットフォーム)で直接比較・検証することが極めて困難でした。
研究手法と成果
共同研究グループは、これら複数種類の遺伝子組換え操作系を一つに統合するため、6種の異なるSSRの働きに対して単一のゲノム遺伝子座で応答する、万能レポーターマウス「ROSA26-6R」を新たに開発しました(図1)。この同一のプラットフォームを活用することで、複雑な多重遺伝子操作を可能にする新規のSSRであるVikaおよびVCreシステムが、世界標準である定番のCre/loxPシステムに匹敵する高い組換え効率と、認識特異性を有していることを、生体内(in vivo)で直接評価・実証することに成功しました(図2)。
図1 ROSA26-6Rマウスの働く仕組み
Cre、Flp、Dre、Vika、SCre、VCreの6種類の組換え酵素のそれぞれが認識する部位(色が付いた3角印: loxP、FRT、rox、vox、SloxM1、VloxPがそれぞれに対応)を持つ人工的なDNA断片のデザイン。各色の認識部位はペアになっていて、それらの間には緑色蛍光タンパク質(EGFP)の遺伝子が、最後尾には赤色蛍光タンパク質(tdTomato)の遺伝子が配置されている。これら遺伝子はとても強い遺伝子発現活性を持つCAGプロモーターによって制御されており、組換え前の状態ではEGFP蛍光タンパク質を発現する。EGFP遺伝子の後にある転写を止めるpolyA(pA)配列によって、組換え前の状態ではtdTomatoは発現しない。一方、6種類の組換え酵素のいずれかで組換えが生じると、EGFP遺伝子がpA配列とともに取り除かれ、tdTomatoが発現するようになる。このDNAコンストラクトはゲノム中のROSA26遺伝子座に導入されている。
図2 6種類の組換え酵素に対するROSA26-6Rマウスの応答性
蛍光タンパク質の色の確認。CAGプロモーターによって制御され、6種類の組換え酵素のうち一つを発現する6種類のマウスを、それぞれROSA26-6Rマウスと交配。生まれてきた仔(子)では、ROSA26-6Rマウスの遺伝子、組換え酵素の遺伝子を持つか持たないかによって検出できる蛍光色が異なっていた。赤色の蛍光(赤矢頭、tdTomatoによる)、緑色の蛍光(緑矢頭、EGFPによる)、蛍光なし(白矢頭、蛍光タンパク質を持たない)。6種類の組換え酵素いずれに対しても、赤色への蛍光色の変化によって期待通りに組換えの応答があることを確認できた。
さらに、本マウス系統は高輝度な赤色蛍光タンパク質「tdTomato」を強力に発現するよう設計されています。これにより、従来必須であった抗体染色(標識のための染色の手間)を一切行うことなく、以下の二つの精密なイメージング実験に成功しました。
- 組織透明化技術[8]を用いた、発達期におけるマウスの胎児(胚)を丸ごと使った神経線維の3次元(3D)立体観察(図3)
- 脳組織における樹状突起スパインや軸索をはじめとする微細な神経構造の高解像度可視化(図4)
図3 ROSA26-6Rマウスで標識された発達中の神経細胞
発達中の神経細胞でCre酵素を発現するマウス(Tubb3-Cre、Tubb3は神経細胞に発現する微小管の構成タンパク質の遺伝子プロモーター)とROSA26-6Rマウスを交配。胎生期12.5日齢のマウスの胎児(胚)に対して組織透明化技術を用いてtdTomato(赤色)で標識された神経線維を撮像し3次元(3D)で再構成した。左・中央:胎児の側面図、右2段:胎児の横断面図。神経以外の場所ではEGFPが発現しているため緑色になっている。
図4 ROSA26-6Rマウスで標識された小脳抑制性神経細胞
ROSA26-6RマウスとVgat-Cre(Vgatは抑制性神経細胞で発現する遺伝子のプロモーター)マウスを交配させることで、成体マウスの小脳抑制性神経細胞をtdTomatoで標識。左側の四つの図:抑制性神経細胞であるプルキンエ細胞の細胞体が整然と一層に配置されていることが分かるように撮像(上:弱拡大、下:強拡大)。右側の二つの図:プルキンエ細胞の樹状突起とそれらに付いている無数のスパイン(シナプスの一部)が観察できる。tdTomatoで標識された細胞以外の細胞ではEGFPが発現しているため緑色になっている。青色は核のDNA染色を示す。
本成果により、これまで最大6系統必要だったレポーターマウスの管理労力を1系統へと集約できるだけでなく、同一のゲノム環境下で条件をそろえた厳密な比較実験により、それぞれの部位特異的組換え酵素(SSR)を働かせるマウス系統の性能を、正確に検証・評価することが可能となりました。
今後の期待
今回開発したROSA26-6Rマウス系統は、世界中の研究室で維持されている膨大な数の部位特異的組換え酵素(SSR)を発現するマウス系統と交配させるだけで、即座に高精度な可視化や遺伝子操作の検証へと応用可能です。実験マウスの飼育・維持にかかるコストや労力を劇的に削減できるため、研究の迅速化や研究資源の有効活用に大きく貢献します。
今後は、複雑な神経回路のネットワーク解明や、がんの進展機構の解析など、より厳密な細胞制御や機能解析が求められる最先端の医学・生命科学研究において、標準的なバイオリソース(研究基盤ツール)として広く普及することが期待されます。なお、本系統は理研バイオリソース研究センターを通じて、国内外の研究者に向けて順次提供(分譲)を開始する予定です。
補足説明
- 1.部位特異的組換え酵素(SSR)
DNA上の「特定の目印(認識配列)」を正確に見つけ出し、その場所だけで遺伝子を切り貼りしてつなぎ変える性質を持った酵素の総称。遺伝子の働きを狙った場所やタイミングで「オン・オフ」にするためのハサミや糊(のり)のような役割を果たす。代表的なものにCre酵素などがあり、バイオテクノロジーの研究において遺伝子を精密に操作するために欠かせないツール。本研究では、Cre酵素を含めた6種類もの組換え酵素を対象としている。SSRはsite-specific recombinaseの略。 - 2.赤色蛍光タンパク質(tdTomato)
強い赤色の光を発する人工タンパク質の一つ。医学・生命科学の実験で「目印(マーカー)」として広く使われている。非常に強い光を放つため、生きて活動している体内での追跡観察はもちろん、固定した組織サンプルの細かな微細構造まで、極めて鮮明に観察できるのが大きな特徴。 - 3.レポーターマウス
体内で特定の遺伝子が働く場所や時間を、光(蛍光)で観察できるようにした実験用マウス。目印となる遺伝子を組み込むことで特定の細胞を光らせ、微細な構造の可視化や、個体内での細胞の広がり(全体像)を捉えることを可能にする。今回のレポーターマウスは、6種類の組換え酵素のいずれにも応答して、赤色蛍光タンパク質(tdTomato)が光る仕組みになっている。 - 4.ROSA26
マウスやヒトのゲノム上にある、特定の遺伝子の位置を示す名称。この位置に外来の遺伝子を導入すると、他の遺伝子に悪影響を与えず、細胞や個体の中で安定して遺伝子を働かせることができる。本研究のROSA26-6Rマウスでは、遺伝子をこのROSA26の位置に導入した。6Rは6種類の組換え酵素(Recombinase)の略。ROSA26-6Rマウスは、6種類の組換え酵素のいずれが働いても、ゲノム上の同じ場所(ROSA26)で反応して強力な赤色蛍光タンパク質(tdTomato)を発現する万能レポーターマウス。 - 5.VikaおよびVCreシステム
Cre/loxPシステム([6]参照)と同様に、特定のDNA認識配列を認識して遺伝子組換えを引き起こす酵素システムの一種。近年開発された比較的新しいツールであり、他のSSRと組み合わせた複雑な多重遺伝子操作に活用される。 - 6.Cre/loxPシステム
狙った場所やタイミングで遺伝子を自由に操作するための、バイオテクノロジーの定番ツール。遺伝子を切り貼りする「Cre酵素」が、DNA上の目印となる「loxP」という配列を認識してつなぎ変える。 - 7.樹状突起スパイン
神経細胞の樹状突起から突き出た微細な突起構造。他の神経細胞からの情報(入力信号)を受け取るシナプス後部として働き、記憶や学習などの脳機能において重要な役割を果たす。 - 8.組織透明化技術
動物の臓器や組織サンプルを、特殊な試薬を用いて文字通り「透明」にする技術。本来なら光を通さない不透明な生体組織をガラスのように透き通らせることで、組織を切ることなく、奥深くにある細胞の配置や入り組んだ微細な構造を、そのまま立体(3D)データとして鮮明に観察できるようになる。
共同研究グループ
理化学研究所 バイオリソース研究センター
実験動物開発室
専任研究員 仲柴 俊昭(ナカシバ・トシアキ)
テクニカルスタッフⅡ 岩間 瑞穂(イワマ・ミズホ)
室長 吉木 淳(ヨシキ・アツシ)
人材派遣職員 山下 能孝(ヤマシタ・ヨシタカ)
業務委託(研究当時)江末 英里(エスエ・エリ)
業務委託(研究当時)濱 大樹(ハマ・ダイキ)
疾患ゲノム動態解析技術開発チーム(研究当時)
チームリーダー(研究当時)阿部 訓也(アベ・クニヤ)
(現 理化学研究所 名誉研究員)
遺伝子材料開発室
テクニカルスタッフⅡ 中島 謙一(ナカシマ・ケンイチ)
株式会社エビデント
シニアプロフェッショナル 杉山 崇(スギヤマ・タカシ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業研究活動スタート支援「大脳皮質の広領域動態解析の開発と応用(研究代表者:仲柴俊昭、JP26890026)」、同挑戦的研究(萌芽)「多様な組織に対する再生医療技術の評価に資する発光レポーターモデルマウスの樹立(研究代表者:仲柴俊昭、JP26K23396)」、同学術変革領域研究(B)「動的な生体酸素シグナルを解明する分子イメージング・オミクス技術の開発(研究代表者:口丸高弘、研究分担者:仲柴俊昭、JP25H01436、JP25K24893)」、科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラムCOI-NEXT「つくば型デジタルバイオエコノミー社会形成の国際拠点」の助成を受けて行われました。
原論文情報
- Toshiaki Nakashiba, Takashi Sugiyama, Yoshitaka Yamashita, Eri Esue, Daiki Hama, Mizuho Iwama, Kenichi Nakashima, Atsushi Yoshiki, Kuniya Abe, "A single ROSA26 mouse line for robust tdTomato labeling with Cre, FLP, Dre, Vika, SCre, and VCre recombinases", Cell Reports Methods, 10.1016/j.crmeth.2026.101611
発表者
理化学研究所
バイオリソース研究センター 実験動物開発室
専任研究員 仲柴 俊昭(ナカシバ・トシアキ)
室長 吉木 淳(ヨシキ・アツシ)
疾患ゲノム動態解析技術開発チーム(研究当時)
チームリーダー(研究当時)阿部 訓也(アベ・クニヤ)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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