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2026年9月29日

理化学研究所

GLUT1欠損症の個別化治療に新たな可能性

-モデルマウスの網羅的表現型解析により糖代謝の性差を発見-

理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター マウス表現型研究開発室の古瀬 民生 上級研究員、田村 勝 室長らの研究チームは、グルコーストランスポーター1欠損症(GLUT1欠損症)[1]のモデルマウスを用いた「マウス版人間ドック」ともいえる網羅的表現型解析[2]により、グルコース投与後に糖代謝およびインスリン動態(食後の血中インスリン濃度上昇に相当)の変化がメス個体で顕著に認められることを発見しました。

GLUT1欠損症は、神経の主要なエネルギー源であるグルコースの脳への輸送障害によって引き起こされる希少な神経疾患であり、てんかん発作や運動障害などを主症状としています。現在のところ治療法の選択肢は限られており、新たな治療戦略の確立および開発が求められています。本研究成果は、GLUT1欠損症に対する新たな薬効評価系の構築や、患者の性別や病態に応じた個別化治療戦略の確立につながることが期待されます。

一般に、疾患モデル動物の解析は各研究者の専門分野に応じて限定的に行われることが多いですが、今回、研究チームは健康診断や人間ドックのように可能な限り幅広い生体機能を対象として評価を行いました。その結果、メスのモデルマウスにおいて糖代謝およびインスリン動態に関連する特徴的な変化が新たに認められました。

本研究は、科学雑誌『Disease Models & Mechanisms』オンライン版(9月21日付)に掲載されました。

GLUT1欠損症モデルマウスにおけるインスリン動態の変化を発見の図

GLUT1欠損症モデルマウスにおけるインスリン動態の変化を発見

背景

グルコーストランスポーター1(GLUT1)は、血液中のグルコース(ブドウ糖)を脳へ運ぶ上で重要な役割を担う輸送体タンパク質です。GLUT1の機能が低下すると脳へのグルコース供給が不足し、乳幼児期からさまざまな神経症状が現れます。この疾患はグルコーストランスポーター1欠損症(GLUT1欠損症)と呼ばれています。

GLUT1欠損症は、主にSLC2A1遺伝子の変異によって発症し、てんかん発作、発作性の運動異常、運動機能の低下、発達遅滞、知的障害などを引き起こします。しかし、患者ごとに現れる症状や重症度には大きな個人差があることが知られています。

現在の標準治療はケトン食療法[3]です。ケトン体を脳の代替エネルギー源として利用することで症状の改善を図りますが、その効果には個人差があります。このため、新たな治療法の開発とともに、患者ごとの病態に応じた個別化治療戦略の確立が求められています。

より効果的な治療法を開発するためには、発症メカニズムを詳しく理解するとともに、新しい治療法の有効性や安全性を検証する必要があります。そのためには、細胞や実験動物などの疾患モデルが重要な役割を果たします。

研究チームはこれまでにGLUT1欠損症モデルマウスを開発し、その基本的な特徴を明らかにしてきました注1)。このモデルマウスは理研バイオリソース研究センター実験動物開発室を通じて国内の研究者へ提供されているほか、現在では米国の研究機関を通じて海外の研究者も利用できるようになっています注2)。

研究手法と成果

本研究で用いたモデルマウス(系統名:B6(D2)-Slc2a1<Rgsc200>/1Rbrc)は、Slc2a1遺伝子に変異を持ちます。このマウスでは、てんかん発作、歩調異常、脳脊髄液中のグルコース濃度低下、脳でのグルコース代謝の変化など、ヒトのGLUT1欠損症に類似した特徴が認められます(図1A)。また、睡眠時間の短縮などの異常もこれまでの研究で確認されていました。本研究では、このモデルマウスを疾患メカニズムの解明や治療法開発に有効活用するため、これまでよりも広範囲な表現型解析を実施しました。

モデルマウスと網羅的表現型解析検査の図

図1 モデルマウスと網羅的表現型解析検査

  • A本研究に用いたGLUT1欠損症モデルマウスの特徴。日本国内だけでなく、米国でも研究に利用可能。
  • B日本マウスクリニック事業における表現型解析パイプライン1の検査内容。同一の遺伝子変異マウスに対し、多様な検査を行い遺伝子の機能とモデルマウスの特徴を明らかにする。

近年、遺伝子改変技術の発展により数多くの変異マウスが作製されています。しかし、それらを疾患モデルとして活用するためには、遺伝子変異によって生じる生体機能の変化を幅広く調べる必要があります。一方で、表現型解析は研究者の専門分野や所属機関の設備に依存しやすいという課題があります。マウス表現型研究開発室では、日本マウスクリニック(JMC)事業[4]の一環として、変異マウスの網羅的表現型解析基盤を構築・運用しています。本研究では、人間ドックのように同じ個体に対して多くの検査を実施するパイプライン検査[5]を用いて解析を行いました(図1B)。

その結果、モデルマウスのメス個体では、グルコース投与後の血糖値上昇が対照群よりも小さいことが明らかになりました。また、体重はオス個体で減少した一方でメス個体では変化が認められず、体脂肪率はメス個体のみで増加するなど、複数の項目で顕著な性差が認められました。

GLUT1欠損症では血糖値はほぼ正常であることが知られており、本研究のモデルマウスでも同様の結果が得られました。しかし、食後の血糖変動に相当するグルコース投与後の反応については、これまで十分に調べられていませんでした。つまり、GLUT1欠損症はグルコース輸送の異常を原因とする疾患であるにもかかわらず、全身の糖代謝への影響については未解明な部分が多く残されていました。

そこで研究チームは、グルコース投与後の血糖値とそれを調節する主要なホルモンであるインスリンに着目しました。その結果、モデルマウスのメスだけでグルコース投与後の血糖値上昇が抑制されていました(図2A、B)。その一方で、血中インスリン濃度は上昇している(図2C)ことが明らかとなり、血糖値調節の変化にインスリン動態の変化が関与している可能性が示されました。これらの知見は、現在、米国で臨床試験が進められている個別化治療戦略の一つであるインスリン関連経路を標的とした治療戦略を支持する基礎的知見としても注目されます。

グルコース投与後の血糖値の変化とインスリン濃度の図

図2 グルコース投与後の血糖値の変化とインスリン濃度

  • A、B グルコース投与後の血糖値(100ミリリットル(1dl)当たりのミリグラム数)。メスのモデルマウスだけで血糖値の上昇が抑制された。
  • C グルコース投与15分後の血漿(けっしょう)中インスリン濃度(1ミリリットル(1ml)当たりのピコグラム(pg、1pgは1兆分の1グラム)数)。メスのモデルマウスでは対照群と比較して血漿中のインスリン濃度が上昇していた。
  • A-C 図中のエラーバーは標準誤差の範囲を示す。

本研究成果は、JMC事業が提供する網羅的表現型解析基盤によって得られた成果の一例です。

今後の期待

GLUT1欠損症では、患者ごとに症状の種類や重症度が異なることが知られています。その背景には、SLC2A1遺伝子変異の種類や位置、性別、発達段階、生活環境など、さまざまな要因が関与していると考えられています。しかし、こうした個人差がどのように生じるのかについては、未解明な部分が多く残されています。本研究の成果は、GLUT1欠損症の病態を理解する上で、性差を考慮する重要性を示すとともに、将来的には患者ごとの特徴に応じた治療戦略の検討や、新規治療法の薬効評価に役立つ可能性があります。

以上より、本研究で得られた知見とモデルマウスは、国内外の研究者による病態解明や治療法開発を支える研究基盤として活用されることが期待されます。

補足説明

  • 1.グルコーストランスポーター1欠損症(GLUT1欠損症)
    神経の主要なエネルギー源であるグルコースの脳への輸送障害によって引き起こされる希少な神経疾患。厚生労働省が定める指定難病の一つ注3)。
  • 2.網羅的表現型解析
    生物の特徴や性質のことを「表現型」と呼ぶ。網羅的表現型解析とは、遺伝子変異が生体に与える影響を明らかにするために、多数の検査項目(例:運動機能、行動、血液検査値、体重、感覚器機能、骨形態)を同じ個体に対して体系的に実施する研究手法。
  • 3.ケトン食療法
    脂肪を多く、炭水化物を少なく摂取する特殊な食事療法。体内で脂肪が分解されると「ケトン体」と呼ばれる物質がつくられる。ケトン体は脳輸送され、グルコースに代わるエネルギー源となる。GLUT1欠損症では、血液中のグルコースを脳へ運ぶ機能が低下しているため、ケトン体を脳へ供給することで、このエネルギー不足を補うことを目的としている。
  • 4.日本マウスクリニック(JMC)事業
    遺伝子変異を持つマウスの特徴(表現型)を網羅的かつ標準化された方法で解析する研究基盤であり、理研バイオリソース研究センターマウス表現型研究開発室により運営されている事業。国際的に標準化された手法を用いて解析を行うため、国内外の研究機関との比較や共同研究が容易になる。JMC はJapan Mouse Clinicの略。
  • 5.パイプライン検査
    性質の異なる多数の検査・測定項目を、あらかじめ定めた順序と条件で一括して実行する検査群。

研究チーム

理化学研究所 バイオリソース研究センター マウス表現型研究開発室
上級研究員 古瀬 民生(フルセ・タミオ)
テクニカルスタッフⅡ 串田 知子(クシダ・トモコ)
テクニカルスタッフⅡ 篠木 晶子(シノギ・アキコ)
テクニカルスタッフⅡ 尾崎 真央(オザキ・マオ)
テクニカルスタッフⅡ 栁沢 僚子(ヤナギサワ・リョウコ)
室長 田村 勝(タムラ・マサル)

研究支援

本研究はGLUT1 Deficiency Foundation(米国)の研究助成を受けました。

原論文情報

  • Tamio Furuse, Tomoko Kushida, Akiko Shinogi, Mao Ozaki, Ryoko Yanagisawa, Masaru Tamura, "Female-specific alterations in insulin dynamics are associated with glucose tolerance in a Glut1DS mouse model", Disease Models & Mechanisms, 10.1242/dmm.052836

発表者

理化学研究所
バイオリソース研究センター マウス表現型研究開発室
上級研究員 古瀬 民生(フルセ・タミオ)
室長 田村 勝(タムラ・マサル)

発表者のコメント

このモデルマウスに関する最初の論文報告は7年前、2019年に行いました。今回の論文発表がモデルマウスの利用の促進につながり、GLUT1欠損症の治療法開発に役立てられることを希望しています。日本マウスクリニックは、理化学研究所 バイオリソース研究センターが運営する、遺伝子変異マウスの網羅的表現型解析事業です。700項目以上の標準化された検査により、遺伝子変異が生体に与える影響を体系的に評価するとともに、その解析基盤を国内の研究者へ提供しています。これにより、新たな疾患モデルの発見や病態メカニズムの解明、治療法開発に役立つマウスリソースの価値向上に貢献しています。(古瀬 民生、田村 勝)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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