阿部 ユニットリーダー
- Q. 阿部先生、時間が横軸で1と0の間で揺らぐ図があったかと思います。1と0を同時に表すという説明もありましたが、一方では時間依存的に連続的に「1」要素が0.7で「0」要素が0.3というように変動するものなのでしょうか。
- A. 0から出発して、マイクロ波を照射する時間に応じて、0と1の間を行き来させることができます。この間、0の成分と1の成分が時々刻々変化していきます。0から1にするのに掛かる時間のちょうど半分の時間では、0が50%、1が50%の重ね合わせ状態と呼ばれるものです。ここで言う50%は、測定したときに0という出力を得る確率が50%、1という出力を得る確率も50%、という意味です(よく言われるのは「0でも1でもある状態」。「0か1の状態」ではない。)。マイクロ波の照射時間を調整すれば、測定したときに0という出力を得る確率が30%、1という出力を得る確率が70%の状態(=「『1』要素が0.7で『0』要素が0.3」の状態)をつくることも可能ですし、0と1の割合はマイクロ波の照射時間に対して連続的に変化します。
- Q. IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)も光を使っているし、量子コンピュータも光を使うものがあると聞きました。この二つは同じものですか。それとも、IOWNは「光で道を速くする技術」で、量子コンピュータは「光で計算をものすごく速くする技術」というように役割が違うのですか。
- A. 基本的には別のものです。IOWNは通信やコンピューティングに用いられる電気信号を光信号に置き換えようというものです。ここで言うコンピューティングは、私たちが普段使っているようなPCが行う計算のことなので、量子コンピュータの計算とは異なるものです。しかし、技術的には、IOWNに用いられる技術と光量子コンピュータで用いられる技術には、共通点があります。これは、従来のコンピュータを構成するトランジスタと、半導体を用いる量子コンピュータの量子ビットには技術的な共通点が多くあることに似ています。共通の技術を用いて、異なるタイプのコンピュータを開発しているわけです。しかし、技術は共通なので、例えば、半導体を用いた量子ビットとそれを制御するための電子回路を同じチップに作り込む、ということも原理的には可能で、そうした研究を進めている人たちもいます。ですから、遠い将来には、IOWNのネットワークの中で光量子コンピュータが稼働している日が来るかもしれません。
- Q. 量子コンピュータ回路を0.01度に冷やしているとのことですが、より低い温度に冷やせれば性能(誤り率?)は向上するのですか。あるいは臨界温度がありそれ以下に保てれば性能には影響しないとの理解でしょうか。
- A. 現在の温度でも、誤り率は十分低く抑えられてはいますが、温度は低いに越したことはないです。ただ、今より温度を下げることは、技術的な難易度が大幅に上がります。今より温度を下げることは自体は可能でも、長期間(量子コンピュータに複雑な計算をさせるのに必要な、数か月や1年といった期間)にわたって連続的に、低い温度を維持することは大変難しいです。
- Q. 量子コンピュータを実際に動かした際、ゲートが多すぎてエラーが大きすぎて望む結果が出せなかったことがあります。量子コンピュータにおいてエラーをなくすか小さくする方法はありますか。
- A. 理論的には、量子誤り訂正という技術を用いて、量子コンピュータのエラーを小さく、あるいはなくすことができることが知られています。海外で行われた最近のいくつかの実験で、実際に量子誤り訂正によってエラーが小さくなることが報告され、大きな注目を集めました。ただ、この技術はまだ小規模なシステムで原理実証されただけで、大規模な量子コンピュータシステムをエラーなしで動かせるようになるにはまだ時間が掛かると考えられています。現在の量子コンピュータでは、残念ながらエラーがつきものなので、少ないゲート数で意味のある結果が出るように工夫したり、エラーのあるデータから真の値を推定するなどの手法が開発され、利用されています。しかし、最終的に量子コンピュータが複雑な計算を実行するには、量子誤り訂正技術が必要で、これを大規模なシステムで実現することが、量子コンピュータ開発者が目指していることです。
- Q. 量子ビットでの量子もつれ現象では0か1かは確率的にしか決まらないと言われました。だとすると、制御できないということなので、計算させるというコマンド自体の命令が下せなくなると思います。
- A. 測定結果は確率的にしか決められないのですが、測定直前までの量子状態は、精密に制御することが可能です。量子状態を制御する命令の一つ一つを「ゲート」(あるいは「量子ゲート」)と呼んでいます。このゲートをいつ、どの量子ビットに(あるいは量子ビットの組に)与えるか、が計算のコマンドに相当します。仰る通り、どのように量子状態を操作しても、最終的な測定結果は確率的に決まります。このため、意味のある量子計算(例えば、暗号解読(素因数分解)を実行するような計算)では、測定直前の状態が、欲しい「答え」そのもの、あるいは、測定結果から簡単に「答え」が分かるような状態であることが必要です。このような計算のアルゴリズムを開発することは容易ではなく、だからこそ、量子コンピュータで暗号解読が可能であると示されたとき(30年ほど前)には、大きなインパクトがありました。現在では、暗号解読以外にも、量子コンピュータが力を発揮するアルゴリズムがいくつか知られていて、新たなアルゴリズムの研究も活発に行われています。
- Q. 量子ビットを制御するとき、10ギガヘルツの電磁波を照射して電子のエネルギー順位が0と1の中間の位置で止めれば重ね合わせが成り立つと言われましたが、軌道は飛び飛びでしか取れないので、すぐに電子は下位に落ちてしまうのではないですか。
- A. ご質問の通り、1の状態(軌道)にある電子であっても、時間が経つと0の状態に落ちてしまいます。0と1の中間の位置で止めた場合も、いずれ0の状態に落ちて、状態は壊れてしまいます。これこそがまさに量子コンピュータを作るのが難しい理由です。状態が壊れてしまうまでの時間をコヒーレンス時間と呼んでいます。最先端の超伝導量子ビットでは、コヒーレンス時間は1ミリ秒(1,000分の1秒)を超えています。この時間はとても短いと思うでしょうが、1回の量子状態の操作に掛かる時間(ゲート時間)は、0.1マイクロ秒(1,000万分の1秒) かそれ以下なので、状態が壊れるまでに1万回以上の操作を実行でき、それなりの計算ができるところまで来ている、というのが現在の量子コンピュータです。しかし、上の四つ目の質問にあったように、ゲートを行うごとにエラーが蓄積してしまうことが問題です。このために量子誤り訂正技術の開発が進められています。重ね合わせ状態が0の状態に落ちてしまうことも、エラーの一種なので、この技術により正しい計算を行うことが可能です。
- Q. 高温超伝導、室温超伝導で超伝導量子コンピュータの量子ビットのコヒーレンス時間が延びる可能性はありますか。国立情報学研究所(NII)の蔡(ツァイ)先生の講演会のときには「高温超伝導ではトンネル接合させるのが難しい」との回答を得ました。室温超伝導ではトンネル接合は可能なのでしょうか。
- A. 室温超伝導体は、実現したとしても、極めて特殊な環境(高圧下など)でしか実現しないと思われるので、量子コンピュータへ応用することは困難です。摂氏マイナス200度程度で実現する高温超伝導体を量子コンピュータに利用するという議論は以前からありますが、量子ビットとして性能が十分でないことから、実現に至っていません。蔡先生のおっしゃるように、トンネル接合の作製が難しいことが主な要因でしょう。また、仮に高温超伝導体で高性能な量子ビットを作製できたとしても、その動作周波数が、従来の超伝導量子ビットと同じ10ギガヘルツ界隈だと、結局熱雑音を抑えるために、摂氏マイナス273度近く(絶対零度より0.01度だけ高い温度)まで冷却しなければならず、高温超伝導体を用いる意味がなくなってしまいます。高温超伝導体は原理的には、現在量子ビットに用いられているアルミニウムやニオブなどの超伝導体より高い周波数で動作させることが可能(したがって温度を上げることが可能)と考えられますが、量子ビットの動作周波数を高くすると、それに伴って用いるエレクトロニクス機器の周波数も高くする必要があります。10 ギガヘルツ界隈の周波数は、現在ではスマートフォンなどの日常の技術にも使われており、技術的に成熟しているので、さまざまなエレクトロニクス機器やマイクロ波素子を利用可能ですが、数100ギガヘルツの領域での技術はまだ十分とは言えません。また、現実的な問題として、この周波数帯の機器は極めて高価で、量子コンピュータに必要な規模のエレクトロニクス機器を揃えることは、(相当な資金力のある企業であっても)困難な状況です。このような複合的な理由で、高温超伝導体の量子コンピュータへの利用は進んでいません。
- Q. ミクロサイズでしか成り立たない量子力学が200ミクロンのマクロサイズで成り立つにはどうやってすべての原子が統一して動くのでしょうか。
- A. これには二つの側面があります。一つは、量子力学は確かに原子の仕組みを記述する理論ですが、すべての物質―私たちの体も、りんごも、星も―は原子からできている以上、究極的には量子力学の法則に従っているということです。その意味で、量子力学はマクロの世界を支えているのです。一方、量子コンピュータで使われている重ね合わせや量子もつれは、日常生活とはかけ離れた現象です。これらの本当に量子的な現象が、200ミクロンという寸法の世界で起きることはもちろん当たり前ではありません。ここには、超伝導という、やはり日常とはかけ離れた現象が関係しています。これが二つ目のポイントです。超伝導体では、電気抵抗がゼロになると言いました。その理由を詳しく説明することはできませんが、ざっくり言うと、超伝導体の中では、電子がペアを組んで新しい粒子(クーパー対と呼ばれています)として振る舞い、さらに、クーパー対の集まりが全体として一つの大きな集団運動をすることで、電気抵抗ゼロの状態を実現しています。超伝導体では、量子力学的な性質が、材料全体に渡って保持されているということです(もちろん、超伝導現象が発現する低温下において)。このような材料を用いることで、200ミクロンという寸法であっても、一つの大きい原子(人工原子)として機能させることができています。
- Q. ラップトップPCのように誰でも使えるようになるまでには、あとどれくらいかかりますか。予想でも良いので教えてください。
- A. 現在でも、クラウド経由であれば、誰でも(手続きは必要ですが)量子コンピュータを使うことができる環境がいくつかの企業により提供されています。その一方、一家に一台、一人に一台量子コンピュータがある、という時代は、私が研究している超伝導方式に関しては残念ながら将来に渡って訪れることはないでしょう。冷却に必要とされる装置の小型化に限界があります。冷却装置それ自体には、量子コンピュータとは違って技術革新の余地があまり残っていないので、小型化が可能であるのならば、すでに実現しているでしょう。その他の方式、例えば光を用いる量子コンピュータには、小型化の可能性があると考えられていますが、どの程度・いつまでに可能かについては、私には十分な知識がありません。
- Q. 量子もつれは、なぜ、どのように(作用)起こるのでしょうか。
- A. 私には、量子力学の法則がそうなっているから、としか答えようがありません。だからこそ不思議で、時に哲学的な問題になりました。アインシュタインが「神はサイコロを振らない」と言ったのは、量子力学を理解できなかったからだ、と言われますが、それは決して、量子力学を記述する数式(シュレディンガー方程式)を理解できなかったという意味ではないでしょう。アインシュタインは、量子力学の原理を(数式上は) 理解したうえで、量子力学が示す自然観を、自身の自然観と照らして受け入れられなかったということです。アインシュタインの時代には、量子もつれを実験的に検証することはできませんでした。しかし、その後の数多くの実験で量子もつれの存在は、確実なものとなり (2022年のノーベル物理学賞の対象)、物理学者に(願わくば一般の方にも)受け入れられています。
- Q. 計算が大変だからではなくて、原理的に今のコンピュータだと不可能な計算をさせることはできますか。
- A. 今のところ、量子コンピュータにできる計算は、時間を掛けさえすれば、今のコンピュータでも計算できると考えられています。それどころか、ほとんどの計算は、今のコンピュータにやらせた方が速いぐらいです。講演で述べたように、量子コンピュータが優位性を発揮する問題は、量子力学の効果が強く表れるような物質設計や、暗号解読のための素因数分解など、特定の問題に限定されています。しかし、そのような問題に対しては、今のコンピュータで100年以上掛かる計算も、(量子誤り訂正可能な)大規模量子コンピュータがあれば、数時間~数日で解けるようになると考えられています。
- Q. 量子コンピュータ「叡(えい)」はどんな計算が得意なのでしょうか。素因数分解でしょうか。
- A. 「叡」も量子コンピュータの一つなので、一般の量子コンピュータの得意な計算は得意です。ただし、現在では、限られた量子ビット数と、エラー率の問題で、素因数分解のような複雑な問題を解くところまで至っていません。これは他の量子コンピュータも同様です。エラー率を減らした高性能な量子ビットを多数搭載したチップを開発し、動作させることが目下の研究課題です。
- Q. 開発されている量子コンピュータは吊り下げられた構造ですが、理由はありますか。
- A. 吊り下げられた構造でなければダメというわけではありませんが、市販の冷却装置 のほとんどがこの構造を採用しているため、超伝導方式の量子コンピュータでもこの構造がデフォルトになっています。典型的には冷却装置は高さが2メートル以上あり、上から下に行くにつれて温度が下がる仕組みになっています。一番初めに中身の配線作業をするときには、上から下まで全部配線しなくてはいけないので大変ですが、一度作業してしまえば、通常の運用では、量子チップの交換が主な作業になります。量子チップは一番低温の部分にセットするので、低い位置で作業できるので楽です。その意味では、吊り下げ構造はメリットがあります。冷却装置全体が小型化できればよいのですが、技術的な限界があります。半導体を用いた量子コンピュータでも冷却装置で、同様の吊り下げ構造の冷却装置が使われていますが、超伝導体よりは高い温度(といっても摂氏マイナス273度から数度高い程度)でも動作できるという報告もあり、この場合、冷却装置を多少は小型化できる可能性があります。
- Q. 現在使われているパソコンなどのコンピュータのCPUの最小単位のチップは1マイクロメートルスケール以下ですよね。量子プロセッサは現在CPUよりもずっと大きいように見えます。CPUの大きさに近づけることはできますか。また、特殊な問題ではなくて汎用問題を解くの意味でCPUの速さにどれぐらい近づけることができます。
- A. 超伝導方式の量子チップは、マイクロ波を用いて量子ビットを制御する都合上、マ イクロ波の波長程度の構造が組み込まれていて、寸法が大きくなる傾向にあります。10ギガヘルツのマイクロ波の波長は、真空中で3センチメートルに相当します。もちろん、量子ビットの数が増えるとチップの寸法がどんどん大きくなってしまうので、全体の寸法を小さくするための研究も行われていますが、現在のトランジスタの寸法まで小さくなることはないでしょう。半導体を用いた量子コンピュータでは、トランジスタ作製技術を援用しているので、1量子ビットを1ミクロン以下の寸法に収めることが可能です。一方、微細な構造にマイクロ波信号を届けることは容易ではなく、半導体方式の量子ビット数が、超伝導方式の量子ビット数より少ない状況にとどまっていた理由の一つでもあります。しかし、半導体方式の量子ビットの性能もここ数年で飛躍的に向上しており、量子ビット数の増大(現在の数量子ビットから、数10量子ビットへ)が見込まれています。
2番目の質問に関して言えば、現在のコンピュータの性能は極めて高く、現在のコンピュータが得意なデジタル計算を、あえて量子コンピュータにやらせて競わせても太刀打ちできませんし、量子コンピュータをわざわざ使う必要もありません。それぞれが得意な計算を分担して計算して、全体の計算速度を上げることが重要と考えられています。例えば、量子コンピュータは素因数分解が得意、と言っても、計算全体で量子コンピュータが優位性を発揮する部分(それが計算の最も重要な部分ではあるのですが)は、実は限られています。したがって、素因数分解を高速で実行する、という状況でも、量子コンピュータと現在のコンピュータを併用して(それぞれが得意な部分の)計算を進めることになります。
- Q. 量子コンピュータのシミュレーションツールがIBM等から公開されていたような話があったと思うのですが、あのようなソフトは本質的には普通のサーバーで動いているだけと思うのですがどういう利用価値があると思いますか。例えばその結果をいずれ本物の量子コンピュータに使うことを目標にするとしたら。
- A. シミュレーションツールには、計算を高速に行うというような実際上の優位性は ありませんが、何よりも、量子コンピュータが正しく動いているかの比較・検証を行えるというメリットがあります。ここ最近は、量子コンピュータの性能が向上してきたので、量子コンピュータの出す結果は大分信頼できる、という感じになってきましたが、ほんの数年前でも(もちろん今でも)量子コンピュータの計算結果は、シミュレーションを始めとするさまざまな手法で多角的に検証することが必要でした。量子コンピュータの規模がどんどん大きくなるにつれて、その動作をシミュレーションで全て検証することは困難になっていくことでしょう。これは、ある意味量子コンピュータが現在のコンピュータの性能を凌駕している、ということなので、素晴らしいことですが、計算結果の検証にはより慎重になる必要があります。(ちなみに素因数分解は計算は難しいが、結果の検証は(得られた素因数同士掛け合わせればよいだけなので)簡単なタイプの問題として知られています。)今後も多くのケースで、小規模な計算で量子コンピュータとシミュレーションの整合性を確認した後、(シミュレーションでは不可能な) 大規模な計算を行う、という手順を踏むことになるでしょう。また、シミュレーションツールには、実際に量子コンピュータを使うことができなくても、量子の振る舞いを学ぶことができる、という教育的な一面があります。
- Q. ノイマン型から量子コンピュータに移行すると今までできなかったことで何ができることになるのがインパクトが大きいとお考えでしょうか。良くニュースに出てくるのは計算量が多すぎてできないものができるようになる、みたいな話が多いので、先生もそちらでお考えなのか、それとも全く別の新しい計算ができるみたいなことがあるのかと。
- A. 現在のコンピュータと比べて量子コンピュータが優位性を発揮すると考えられている問題の中では、個人的には、物質設計(たくさんの電子のシュレディンガー方程式を解く)への応用が一番インパクトがある、というか、社会への影響が大きいと思っています。それができるようになるのは、大分先のことかもしれませんが、量子コンピュータを用いて、今までなかった物質や化学反応の存在を示せたら素晴らしいことです。今後、新しい量子アルゴリズムが開発されて、思いもよらない計算が可能になる可能性もあります。そのような新たな応用がみつかれば、それももちろん素晴らしいことです。
- Q. 量子コンピュータの開発で大変だったことはありますか。
- A. 私たちは、小規模の量子ビットチップ(4量子ビット、16量子ビット…)の開発から始めて、サイズを大きくしてきました。叡(えい)は64量子ビット、最新のシステムは144量子ビットです。これらは基本的には小規模のシステムから、全ての素子やエレクトロニクス、配線の数を量子ビット数の増大に合わせて増やしたものです。その点で、必要な技術に変わりはありません。ただ、数が増えるとその分作業量は増えますし、例えば部品を発注しても納期が掛かります。チップの製造工程の歩留りも問題になりますし、並行して進む作業の進捗を合わせる必要もあります。こうして規模が大きくなると、個人研究の領域からはみ出した大型プロジェクトの側面がでてきます。私を含め、現在、超伝導量子コンピュータの開発に関わっている人は、元々物性物理学(超伝導体や半導体の性質を調べる物理の分野)の実験をしていた人が多いのですが、この分野では研究は、数名程度で行うのが通例でした。一方、物理学全体では、例えば素粒子の加速器開発とか、重力波検出といった、超大型プロジェクトがいくつもあります。それらに比べると、量子コンピュータ開発はまだまだ小規模なのですが、それでも、数名でやる個人研究からは大分逸脱しているので、その点で慣れない部分はありました。これはもちろん、非常に多くの人が関わってはじめて量子コンピュータができあがった、ということです。私が直接的に関わっているハードウェアの開発だけでなく、量子チップの作製・評価、ソフトウェア開発などにも多くの人が参加しています。こうした人々の成果が集まって、一つの量子コンピュータが実際に動いているのをみることができるのは、かけがえのない経験です。
- Q. 0と1を周期的に変わる量子ビットをどのようにしてそのどちらでもない状態で止めることができるのでしょうか。
- A. 私たちの実験では、マイクロ波の照射時間を変えることによって、0と1を周期的に行き来させています。マイクロ波の照射時間を、0から1に変わる時間のちょうど半分の時間に調整すれば、0と1の重ね合わせを作ることができます。現代の技術では、マイクロ波の照射時間は極めて正確に制御することができるので、0と1の割合を自由自在に変えることも可能です。
藤代 理研ECL研究ユニットリーダー
- Q. 超高圧超高温で生成された物質を常温に戻したときに想定外の現象を示したことはありますか。
- A. はい。当初理論的に予想されていたのとは異なる構造を持った物質が得られたことがあります。結局それはスピンと電子の軌道の結合が大きい新しい半導体でした。
- Q. ダイヤモンド・アンセルビルの件で高圧実験には地質関連で学習中に以前とても興味深く思いました。関連するかどうか分かりませんが、本日のお話で通常状態に近い状態では薄膜でというお話がありましたが、このことで参考になる参考文献をご紹介いただけないでしょうか。
- A. 今回お話しした、高温超伝導を示すニッケル酸化物La3Ni2O7の薄膜に関する最初の論文の情報を添付しておきます。
Nature|Signatures of ambient pressure superconductivity in thin film La3Ni2O7 (doi: 10.1038/s41586-024-08525-3)
- Q. 今までに生み出した物質はどのような物質ですか。特徴など教えてください。
- A. 私自身が世界で初めて合成した物質の一つが、MnSi1-xGexです。SiとGeの組成比を調整することで、当時世界で最も高密度なナノスケールのトポロジカル磁気構造(Tetrahedral hedgehog-state)を生み出しました。また、IrSiの新しい相を見つけ、スピンと電子の軌道の結合が大きい半導体であることを見つけました。いずれも高温・高圧合成を行って極限環境での合成を行なった成果です。
- Q. スライドの中で50万気圧下のスキルミオンで時間反転対称性が破れると書いてありましたがどういうことですか。
- A. スピンというのはいわば地球の自転のような状態ですので、時間反転操作をする(自転の向きを逆にする)と、スピンの向きは逆転します。スピンの向きがすべて揃った磁石のような状態(強磁性状態)では、スピンの向きを逆転すれば、S極N極の向きが逆転しますので、これは時間反転対称性が破れている状態と言えます。一方、今回は圧力下でスキルミオンが「量子力学的な揺らぎ」によってどろどろに融けた状態を調べました。本来であれば、スピンの向きを反転させたとしても、また元のようなバラバラの状態になるだけですので、特に対称性は変わらないはずです。しかし、今回の測定から分かったのは、この量子力学的に揺らいでいるスキルミオンの液体は、まるでマクロな磁石のように独自の「方向」を持っているということです。その起源は分かっておらず、大変不思議ですが、これを「時間反転対称性の破れた状態」と呼んでいます。
- Q. 量子コンピューターが実用化したら、実験屋の研究の進め方などはどのように変わって行くと予想されますか。
- A. 個人的に一番楽しみにしているのは、物質の性質を予測するmaterial informaticsの分野の発展ですね。これまで以上に広大なパラメータ空間(多元素を含む化合物)で、非常に早く物質の性質や構造を予測することが可能になれば、物質開拓の研究が大きく加速すると思います。
- Q. 木星の構造などのお話もありましたが、研究所など、地球環境下で木星のミニチュアのような、本物を再現することはできますか。
- A. 面白い視点ですね。さまざまな技術を組み合わせれば可能かもしれません。惑星の中心は高温高圧です。圧力に関しては、衝撃圧縮など技術を用いれば、一瞬だけですが木星に匹敵する圧力を作ることは可能です。温度に関してはレーザー加熱で高温状態を実現できると思います。
- Q. 極限環境下による技術で新たな量子物質が発現されれば現在では外界に弱い量子ビットが、どんな環境に対してもデコヒーレンスの影響を受けない量子ビットが実現する可能性はありますか。
- A. 物質科学と量子コンピューターの関係性は非常に興味深いトピックだと思います。現場レベルでは、この分野の交わりは現状まだ少ないと感じています。あくまで想像ですが、例えば量子ビットの数を増やそうと思うと、巨大な希釈冷凍機が必要になるそうです。そういったハード面において、物質科学が貢献できる可能性はあるかもしれませんね。
- Q. 理論では有力な組成比の物質の候補があるとおっしゃられていました。また通常の圧力での組成を予測する方法もあるとのことでしたが、極限環境を考慮した組成比の予測モデルや理論はどの程度分かっているのでしょうか。
- A. 圧力に関して言えば、任意の物質に対して、高圧下での安定性を予測することは原理上可能です。ただ、組成の組み合わせが無限にあるため、全てを網羅することは難しいかもしれません。ただ、理論の予測と実際の物質の安定性が定量的なレベルで一致することは稀で、実験的な相図はほぼ未開拓と言っても過言ではないと思います。
- Q. 「中性子はスピンに敏感」とのことですが、それはなぜでしょうか。初学者です。
- A. 中性子自身がスピンの性質を持っているため、物質中でのスピン配列に敏感に反応して特徴的な回折パターンを示すことができます。さらに、X線や電子線と違い、中性子は電荷を持たないので物質中の電子と反応しにくく、奥まで透過することができます。これにより、物質内部のスピンの配列を詳しく調べることが可能になります。
- Q. 薄膜にして歪みを加えると高圧と同じとのお話ありましたがバルクとは異なるかと思います。もう少し説明をいただけないでしょうか。
- A. 仰る通り、薄膜下の構造は高圧下でのバルクの構造とは厳密には異なります。薄膜では面内方向に強い歪みがかかりますが、面直方向は自由に伸び縮みできます。そのため、バルクと比較すると、面直方向に少し伸び縮みしたような歪な構造になっています。しかし、最近話題のニッケル酸化物高温超伝導体La3Ni2O7では、そもそも基礎となる結晶構造自体が常圧と高圧相(超伝導相)で異なります。薄膜によって歪みをかけることで、この構造相転移を起こせていること自体が、超伝導の発現においてまず重要なポイントになります。
- Q. 常温・常圧ではなく、極限環境が分子や原子の構造に影響を与えるということが、とても関心を持ちました。極限環境から作られる物質には、具体例で言えば、どんな可能性があると思いますか。例えばSFのようにバリアとか、UFOとかも作れる可能性もあると思いますか。
- A. UFOやバリアが作れるかどうかは分かりませんが、全く新しい性質を持った物質が極限環境でできる可能性は十分にあると思います。バリア(=透明なマント?)は物質を丁寧に設計すれば可能になる気がしています。
- Q. 水素や水素を含む化合物が超高圧下で常温超電導になるのは水素のどのような性質による原理なのでしょうか。
- A. 水素原子は非常に軽いため、その原子が熱振動する際の周波数(フォノン周波数)が非常に高くなります。電子がクーパー対を組む際は、原子の振動を介するため、これが超伝導転移温度を上げる重要な要因と言われています。
- Q. 先生方の研究の様子(情熱)を感じることができました。ところで、理研は他機関との連携・協力しながら研究を進めることもあるのですか。例えば外国の研究機関とか。
- A. はい。海外のグループと共同研究を行うことも多いです。特に、研究者個人のつながりや友人関係を通じて、海外の研究者と一緒に研究を進めることが多いという印象です。
- Q. 普通の磁石と違ってトポロジーが異なると安定するとはどういうことでしょうか、安定とはどういう意味になりますでしょうか。
- A. 安定というのは、大きなエネルギーがないと、ほどくことができないというニュアンスで考えてもらえれば大丈夫です。トポロジカルなナノスケール磁気構造は、その大きさが小さいほど、大きな磁場をかけないと、スピンの向きを揃えて破壊することができません。例えば、20ナノメートル弱のスキルミオンは、高々1テスラ程度の磁場をかければ壊れますが、2ナノメートル程度の小さなスキルミオンは、10テスラ以上の磁場をかけないと壊れないことが多いです。
-
Q. 個体は圧力をかけてもあまり体積が変わらないように見えますが、超高圧では原子間の距離が変わるほどの現象が起こるのでしょうか。どのくらい変わるか理論的にも分かるのでしょうか。
- A. はい。どの程度変わるかは、物質によりますが、一般的に無機物質(合金など)は原子間距離が変わりにくく、有機物質(炭素を含むもの)は相対的に柔らかくて、小さな圧力でも大きく原子間距離を変えることができます。これまでの実験でも、数%ほど原子間距離を変える実験を行ってきましたが、数%の変化を起こすことができれば、電子間の相互作用が大きく変わるので、物性も劇的に変わります。また、圧力下での格子定数の変化は、第一原理計算と呼ばれる手法で、ある程度理論的にも正確に予測することが可能です。
山口 専任研究員
- Q. 光格子時計により、タイムマシン理論が実現する可能性はありますでしょうか。
- A. ご質問に対して正確にお答えするためには、タイムマシン理論の具体的な内容についてもう少しお伺いしたいところです。関連する話題として、時間の進み方が重力ポテンシャルの影響で変わるという現象があります。これは相対論的な効果で、標高の異なる2地点に設置された光格子時計の周波数比較実験で実際に観測されています。今後、光格子時計やその他の原子時計の精度がさらに向上すれば、相対性理論がどの精度まで正しいのかを実験でより精密に検証できるようになるでしょう。タイムマシン理論が相対性理論と関係あるならば、そのような実験が何らかの形で理論の正当性の検証に貢献できるかもしれません。
- Q. 他の科学技術分野でより正確な時計が期待されている分野はありますか。
- A. 基礎科学分野で期待されているのは、物理定数の恒常性の検証という実験です。たとえば、微細構造定数という物理定数がありますが、これは宇宙の進化とともに少しずつ値が変わっているかもしれないという予測があります。原子核時計は、微細構造定数の変化に対して、他の原子時計よりも1,000倍程度感度が高いため、そのような検証実験の精度を大幅に向上できると期待されています。
- Q. ストロンチウムやトリウムを使われるのは重い核だからでしょうか、それともβ崩壊等の放射性からでしょうか。またそれらは使用済み核燃料や廃炉が決まったもんじゅの原子炉から取り出せないでしょうか。
- A. 光格子時計にストロンチウムが使われている理由は、第一に原子時計の発振器に相当するレーザーの周波数を安定化するために最適な電子遷移を持っているからです。 加えて、レーザー冷却と呼ばれる手法を用いて原子を減速してドップラー効果の影響を抑制しやすいなど、光格子時計を実現する上でさまざまな利点を持っているため、ストロンチウムがよく使われます。原子核時計でトリウム229が使われるのは、トリウム229だけが、今知られている同位体の中では唯一、レーザーが作れる波長(= 148 ナノメートル)に原子核遷移を持つからです。
トリウム229は、ウラン233という同位体がアルファ崩壊してできます。使用済み核燃料やもんじゅの原子炉で使われているウランには、私の知る限りウラン233は含まれていないと思いますので、トリウム229を取り出すことは難しいと思います。
- Q. 原子核時計と光格子時計の違いは何でしょうか。
- A. 時計の発振器に相当するレーザーの周波数を安定化するために使う、遷移の種類が違います。原子核時計は原子核遷移を使いますが、光格子時計は電子遷移を使います。
- Q. トリウム229が見つかったのはどのような経緯があったのですか。
- A. 1976年に、トリウム229が異常にエネルギーの低い原子核励起状態を持つかもしれないという最初の指摘がありました。その後1994年に、その励起状態のエネルギーがはじめて実験的に見積もられて、レーザーを作ることができる低エネルギー領域に、本当に原子核準位がありそうだということが分かってきました。そして、ドイツのE. PeikとC. Tammが、この原子核励起状態と基底状態の間の遷移を時計に応用できるというアイディアを提案したのが2003年です。その後20年近く、実験的な困難があり、なかなか研究は進みませんでした。しかし、さまざまな技術革新のおかげで、ここ5年ぐらいの間に、原子核励起状態のエネルギーや原子核の性質の詳細が明らかになってきました。2024年には、初めて原子核のレーザー励起も実現され、本当に原子核時計ができそうだと分かりました。そして現在、私たち理研グループを含め、世界のいくつかのグループが、原子核時計を実現するために活発に研究を行っている、というのが大まかな経緯です。
- Q. この時計の正確さを図る基準、いわば定規は何になるのでしょう。計算上の誤差範囲から決定するのでしょうか。それとも基準器の基準器みたいなものがあるのでしょうか。
- A. 基準はその時計自身になります。たとえば、最も正確な時計を作り、その時計の正確さを評価したいとします。しかし、それより正確な時計は存在しませんので、他のどの時計と比べても、それらの時計の精度の悪さが見えてしまうだけになってしまいます。したがって、最高精度の時計の性能を評価するためには、同じ最高精度の時計を2台(以上)作り、それらの出力周波数を比べて、その差がゼロで、かつそこからどれだけ揺らがないか、ということを評価します。
- Q. オージェ電子の様に放射線など以外でエネルギーを吸収したときに発散するものの周期ではどれほどの誤差が出るのでしょうか。
- A. 電子のエネルギー測定の最高精度(最小の誤差)がどのくらいなのかについて、私が正確な値を把握していないため、お答えするのは難しいです。ただ現時点で、あらゆる物理量の中で、最も精度良く測定できるのは周波数です(18桁~19桁の精度で測定できる)。
- Q. 原子時計は超高圧では影響を受けますか?原子核時計の場合はどうでしょうか。
- A. 原子時計も(イオントラップ型)原子核時計も、大気圧程度の空気があるだけで、その中に含まれる分子との衝突の影響で時計の精度が大幅に悪化してしまいます。したがって、原子時計や原子核時計の装置では、超高真空の真空槽内に原子を浮かせて、可能な限り他の気体の影響を受けない状況にして実験しています。
- Q. ご自身ではどんな時計を使っていますか(笑)やはりこだわりがありますか。
- A. 普段はスマートフォンの時計を愛用しています。こだわりに該当するか分かりませんが、自分が使うパソコンの時計は、NTPサービスを使って情報通信研究機構の日本標準時に同期させています。
- Q. ウランの原子崩壊を利用してトリウムを作製していますが、トリウムの原子崩壊はコントロールできるということでしょうか。
- A. トリウムとウランのどちらも原子崩壊(アルファ崩壊)しますが、その崩壊をコントロールすることはできません。実験では、ウラン233が自然に崩壊した結果できるトリウム229を使っています。ウラン233は、半減期16万年でトリウム229に崩壊します。この半減期は長く感じるかもしれませんが、実験で使っているウラン233線源にはたくさんのウラン233原子が含まれているため、線源全体では1秒間で60万回ぐらいアルファ崩壊が起きています。つまり、1秒間で60万個程度のトリウム229ができていることになります。原子核時計の実験では、数千個程度のトリウム229があれば十分ですので、こうしてできたトリウム229の一部を使っています。
- Q. トリウム229は放射性元素で自然崩壊するので純度に限度があるのですが精度に影響はないのですか。
- A. トリウム229は崩壊(アルファ崩壊)してアクチニウム225になりますが、その半減期は7900年です。一方我々の実験で、トリウム229を真空中に捕獲している時間は長くても1回につき1時間程度です。したがって、原子核時計の実験をしている間にトリウム229が崩壊することはなく、純度や時計の精度にも影響はありません。
- Q. トリウム229の原子核の第一励起状態が一番低い理由は何ですか。
- A. 原子核を研究している専門家から聞いた話では、トリウム229の原子核の形が球状ではなく少しゆがんでおり、その影響で原子核のエネルギー準位がシフトするのが原因とのことでした。ただ、それが原因だとしてもここまでエネルギーが低くなるのは、基本的には偶然のようです。
3人への共通の質問
- Q. 子供の頃、勉強が好きでしたか。得意だった科目、苦手だった科目はなんですか。苦手だった科目にどうやって向き合っていましたか。(※特に気持ち的な面で)
- A.
- (阿部)たくさん遊んでいましたが、それなりに勉強はしていました(遠い昔のことなので記憶が曖昧ですが)。高校の化学はあまり得意ではありませんでした。化学反応の原理(量子力学!) が分からないので、結局暗記するだけになってしまいました。
- (藤代)コツコツ自分のペースで先に進めるような勉強は好きでした。意外かもしれませんが、国語や英語が一番得意でしたね。最低限の単語(=パーツ)を組み合わせて、ロジカルな文章を組み上げるのが楽しくて、もっとカッコいい文章を書いたり話したりしてみたくて、公文式や英検の勉強にのめり込んでいました。そこで培った語学力は、研究者の現在も論文執筆や研究発表で大活躍しています。そういう意味では、中学校での理科の勉強や高校での特に化学の勉強はモヤモヤすることが多かったです。原理が分からないのに、とりあえず受け入れて、覚えなきゃいけないことが苦しかったです。でも、大学以降で理系に進めば、さらに奥深いところが分かると思って、あるいは自分自身が研究者になって教科書を書き換える立場になれると思って、とりあえずは深く考えずに、楽しんで覚えて、乗り越えるのが良いのではないかと思います。
- (山口)勉強は特に嫌いではなかったと思います。図工、技術家庭、理科のように手を動かして何かを作る科目が得意でした。苦手だったのは国語です。苦手だった科目への向き合い方としては、好きな科目に没頭することであまり深く考えないようにしていました。ただ、大学受験でどうしても国語対策をせざるをえず、受験対策として大量の本を読みました。
- Q. どのように学生時代を過ごし、どのように研究の道を志し、どのように研究のテーマに出会いましたか。これから研究者を志す学生と子供たちへぜひメッセージをお願いいたします。
- A.
- (阿部) 私は、最初から研究者になるつもりで学生時代を過ごしたわけではないので、それなりに勉強はしていましたが、研究者になるという前提で勉強していたわけではありません。研究者の道に進んだのは、大学での指導教員との出会いとが大きかったです。大学4年生の卒業研究では、半導体物性の実験をしましたが、量子コンピュータとは全く関係ないテーマでした。同じ研究室で修士課程に進んだとき、指導教員が量子コンピュータに関係した研究をしたいと言い出して、私もその波に乗りました。とはいえ、当時は、量子コンピュータを作るには程遠い状況でした。、それでもその方向性の研究テーマである程度の成果が出せたことが、研究者の道に進む(修士課程から博士課程に進んだ)きっかけになったと思います。この過程で、指導教員の手助けもあり、スタンフォード大学という米国の一流大学に一か月ほど滞在する機会に恵まれたことも決断を後押したと思います。晴らしく優秀な同年代の学生たちと出会い刺激を受けました。当時出会った人で今でも研究者として交流のある人が何人もいます。中学生や高校生の早い時期に研究者を志す動機と意欲があるのは、大変素晴らしいことです。でも、私のようにずっと後から研究の道に進む人もたくさんいるので、慌てず焦らず各自のペースで進めばよいと思います。
- (藤代)学生時代は、英検の勉強にのめり込んでいました。またスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の高校だったこともあり、科学系の部活動を楽しんでいました。
私自身は、両親が研究者ということもあり、なんとなく自分も研究者になりたいと、物心ついた頃から思っていました。家の中で、お互いの研究室の学生の話をしたり、海外の学会でお友達の研究者と議論する両親の姿が、なんだかとても楽しそうで、羨ましく感じていました。分野を選ぶ際は、ギリギリまで迷いましたが、物理を使って少しでも社会に貢献する仕事をしたいと、物理工学の道を選びました。大学の時に受けた太陽電池の授業がきっかけでした。
研究のテーマは、特に物性物理学の場合は、数年おきに変わっていくものです。最初はボスから与えられたテーマですが、次第に自分の興味や、共同研究者との出会いなどを通じて、その人なりのテーマの歴史が作られていきます。数年後、自分が何を研究しているかは私にも分かりません。自分の行動や他者との出会いで、いくらでも簡単に変わっていけることが、研究者人生の醍醐味だと思っています。
研究者は、大きくなっても、子供の時に誰もが抱いていた「どうして?」という疑問を追求し続けられる、幸せな職業だと思います。深く考えることなく、とりあえず飛び込んでみれば、きっと面白い世界だと思ってもらえると思います。
- (山口)学生時代は、勉強もしましたが、同じくらい学校のさまざまな行事にも没頭しました。研究の道を志したのは、高校のときです。授業で、すべての物質が陽子・中性子・電子のたった三つの粒でできていることを知った瞬間に、世界の見方が一気にシンプルになり、この三つの粒について研究できる物理学の道に進みたいと思いました。その後、大学で物理学にもいろいろな分野があることを知り、中でもレーザーで原子を操る原子分子物理の実験的研究に魅了され、今の分野に入りました。今の研究テーマ(原子核時計)には、ポスドク時代に偶然出会いました。当時は全く注目されていない研究テーマでしたが、時計の正確さを追求する非常に魅力的なアイディアで、すぐに虜になりました。
研究者を志す学生、子供たちへのメッセージ:世界は広く、人類が積み重ねてきた知識の量は膨大です。たくさん本を読んで、いろいろな場所に行って、視野を広げてください。面白いと思った研究があったら、ぜひ研究の現場に足を運んで、研究者に直接話を聞いて、その熱意に触れてください。それを繰り返していれば、いつか、時間も忘れて没頭できる研究テーマに出会えると思います。
-
Q. 研究していて大変だなと思うことはありますか。どんなことが大変ですか。
- A.
- (阿部)研究でうまくいかないことはたくさんありますから、もちろんそれなりに大変です。ただ、やれることもたくさんあります。私の研究上の経験では、一つのことがうまくいかなくて全部がダメになることは少ないです(研究内容によるので一概には言えませんが)。なので、うまくいかないことがあっても、ひとまず置いておいて、後から立ち戻って考えると、今度はうまくいく、ということは結構あります。置いておいた期間に身に着けた別の経験が、無意識でもうまくいくための種を蒔いているのでしょう。
- (藤代)今は1歳児の子育て中ですが、正直にいうと、やはり子育てと実験の両立は大変だなと感じることはありますね。というのも、実験は安全上の問題などで途中で止めることができない作業がたくさんあります。一方、夕方保育園にお迎えに行く時間は決まっているので、もしその時間に間に合わないとなると、逆算して、やっぱり今日この実験をするのはやめておこう、ということになります。そういうことが積み重なって、やはり子供が生まれる前と比べると、時間を気にせずのびのびと、実験することが今は難しくなりました。ただ、時間が限られている分、研究の内容や方向性を考える力は、以前よりも鋭くなったようにも感じています。人生のライフステージの変化と、研究の相互作用を楽しみながら、自分なりに全力を尽くして、精一杯生きていこうと思います。
あとは、出張実験や宿泊を伴う学会などがあると、子供の世話をどうするか、という問題が生じます。最近では託児所を設置する学会も増えてきていて、本当に助かっています。ただ、まだそういったシステムのない研究会なども多いですので、これからさらに制度が充実してくと良いなと思います。
- (山口)同じテーマの研究をしている世界の他のグループが、自分が思いつかなかったような実験手法を考案して素晴らしい成果を発表している様子をみると、ちょっと落ち込みます。でも、逆の立場のときもあるので、人生山あり谷ありで、長い目で見て充実した研究者人生を送ることができれば良いなと思っています。