理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター(BRC)遺伝子発現エピゲノム研究チームの久保 直樹 チームディレクター、生命医科学研究センター(IMS)遺伝子構造制御研究チームの村川 泰裕 チームディレクターらの共同研究グループは、BRCが参画する国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC)[1]の次なる研究目標と、その実現に向けたロードマップを示す提言書(ホワイトペーパー)を発表しました。
本提言により、疾患関連の非コード領域[2](タンパク質をコードしないゲノム領域)の機能解明が世界規模で推進され、疾患メカニズムの理解や精密医療・創薬研究の発展につながる国際連携の強化に資すると期待されます。
本提言は、科学雑誌『Mammalian Genome』オンライン版(7月24日付)に掲載されました。
国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC)の次期研究戦略と目標に至る国際ロードマップの提言
背景
国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC)は2011年の発足以来、病気の発症や予防に関わる遺伝子の機能を明らかにするため、約10,000のタンパク質をコードする遺伝子(コーディング遺伝子)のノックアウトマウス[3]を作製し、国際標準プロトコールに基づく大規模な表現型[4]解析を進めてきました。これらの解析データは、遺伝性希少疾患の原因遺伝子の機能解明や疾患モデルマウスの確立など、世界中の医学・生命科学研究に広く活用されています。
一方、近年のヒト疾患に関するゲノム解析情報の蓄積により、疾患発症に関連するバリアント(ゲノム変異)の多くが、タンパク質をコードしないゲノム領域(非コード領域)に存在することが明らかになってきました。また、この非コード領域には、遺伝子発現を制御する膨大な数のシス制御エレメント(CRE)[5]が存在しますが、それらの機能異常が生体に及ぼす影響については、いまだ十分に解明されていません。このような背景から、IMPCにおいても研究対象をコーディング遺伝子から非コード領域へと拡張し、疾患関連CREの生体内機能を体系的に評価する新たな国際研究戦略が求められていました。
今回、共同研究グループは、ヒト疾患研究の推進に向けたゲノム上の非コード領域の機能解明に関する国際ロードマップを策定し、ヒト疾患との関連が示されている非コード領域の中から優先対象となるCREを選定し、IMPCの国際協力の下でゲノム編集マウスを用いた生体内での機能評価を体系的に実施するための戦略を提案しました。
提言の内容
- (1)疾患関連CREの絞り込み戦略
ゲノムワイド関連解析(GWAS)[6]による疾患関連バリアント、エンハンサーRNA[7]などを含めたさまざまなエピゲノム[8]情報、ゲノム3次元構造、遺伝子発現情報、生物種間の配列保存性など、多層的なゲノム・エピゲノム情報を統合し、疾患・組織ごとに疾患との関連性が高いCREを優先的に選定する。 - (2)CRE欠損マウス作製へ向けたゲノム編集戦略
候補CRE(主にエンハンサー[7])のゲノム上のさまざまな分布パターンを分類するとともに、AIによるゲノム制御予測も活用し、それらの分類・情報に基づいたゲノム編集戦略を導入することで、IMPCでの大規模なモデルマウス作製を実施する。 - (3)IMPCにおける分野横断的な表現型解析の高度化
コーディング遺伝子の解析で確立してきたIMPCにおける国際標準のマウス表現型解析の基盤に、最新のオミクス解析[9]を組み合わせることで、ヒト疾患に関与する非コード領域の機能を大規模かつ体系的に解明する。
まとめ・今後の展望
今回、共同研究グループは、非コードゲノム領域の中から、ヒト疾患との関連が示されるシス制御エレメント(CRE)候補を体系的に選定し、ゲノム編集マウスを用いて、その個体レベルの表現型への影響を体系的に解析する戦略を提案しました。この大規模な機能評価を国際コンソーシアムの枠組みの中で推進するため、BRCのゲノム・エピゲノム研究、マウス作製・表現型解析などの専門家や国内の関連分野の研究者から成る分野横断的なワーキンググループを形成し、その検討を基盤として、IMPCの新たな研究目標として研究対象をコーディング遺伝子から疾患関連非コードゲノムへと拡張し、非コードDNA(非コード領域の配列)が哺乳類の表現型やヒト疾患に及ぼす影響を生体内で明らかにするための国際研究戦略を示しました。IMPCにおける次期研究戦略策定における指針となるものであり、国際協力の下で非コード領域における機能解明を体系的に推進するための基盤となることが期待されます。
また今後、大規模なモデルマウスの表現型解析を本ロードマップに基づいて進めることで、ヒト疾患に関与する非コードゲノムの機能理解が大きく進展するとともに、生体個体でしか捉えられない膨大な数の疾患表現型データを活用したAI予測の高度化や、精密医療・創薬研究への応用につながることも期待されます。
論文情報
- Naoki Kubo, Akiko Oguchi, Hiroshi Masuya, Takanori Amano, Akihiko Sakashita, Hideya Kawaji, Takeya Kasukawa, Shinya Oki, Shinya Ayabe, Toyoyuki Takada, Atsuo Ogura, Kimiko Inoue, Yasuhiro Murakawa, Masaru Tamura, Atsushi Yoshiki, Toshihiko Shiroishi, "The future objectives of the International Mouse Phenotyping Consortium (IMPC): functional evaluation of human disease-relevant cis-regulatory elements in the mouse genome", Mammalian Genome, 10.1007/s00335-026-10258-9
補足説明
- 1.国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC)
世界の研究機関が連携し、マウスの各遺伝子についてノックアウトマウスを作製・解析することで、哺乳類における遺伝子機能を体系的に明らかにする国際共同研究プロジェクト。2011年に発足し、BRCは日本で唯一の参加機関である。IMPCはInternational Mouse Phenotyping Consortiumの略。 - 2.非コード領域
ヒトやマウスゲノムの約98%を占め、遺伝子発現を調節する配列などが含まれる。近年、疾患発症に関連するバリアント(ゲノム変異)の多くがこの領域に存在することが明らかになっている。 - 3.ノックアウトマウス
特定の遺伝子の機能を失わせるようにゲノム編集したマウス。遺伝子が欠失した際に現れる表現型を解析することで、その遺伝子の生体内での役割を明らかにすることができる。 - 4.表現型
細胞や個体での遺伝子発現の変化などの結果、個体差として現れる形質のこと。遺伝子の発現量の違いは、タンパク質や代謝産物の変化を経て、細胞や個体の形態、機能、行動などの違いとして現れる。 - 5.シス制御エレメント(CRE)
遺伝子の近傍および遠位に存在し、その遺伝子の発現量や発現する細胞・時期を制御するDNA配列。CREはcis-regulatory elementsの略。 - 6.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
多数の患者と健常者のゲノムを比較し、疾患と統計学的に関連するゲノム変異(バリアント)を網羅的に探索する解析手法。 - 7.エンハンサーRNA、エンハンサー
エンハンサー領域(配列)は、主に遺伝子の上流や下流に位置し、制御対象の遺伝子の転写効率を調節する働きをもつ。エンハンサーが活性化する際、エンハンサー配列からノンコーディングRNAが転写されることが報告され、エンハンサーRNAと呼ばれている。 - 8.エピゲノム
DNA配列を変化させることなく、DNAメチル化やヒストン修飾などのゲノム修飾によって遺伝子発現を制御する仕組み、およびその情報の総称。 - 9.オミクス解析
ゲノム、エピゲノム、RNA、タンパク質、代謝物など、生体分子を網羅的に解析する手法の総称。複数のオミクス情報を統合することで、生体機能を多面的に理解できる。
共同研究グループ
理化学研究所 バイオリソース研究センター
遺伝子発現エピゲノム研究チーム
チームディレクター 久保 直樹(クボ・ナオキ)
マウス表現型研究開発室
室長 田村 勝(タムラ・マサル)
実験動物開発室
室長 吉木 淳(ヨシキ・アツシ)
専任研究員 綾部 信哉(アヤベ・シンヤ)
統合情報開発室
室長 桝屋 啓志(マスヤ・ヒロシ)
研究員 高田 豊行(タカダ・トヨユキ)
統合発生工学研究開発室
室長 井上 貴美子(イノウエ・キミコ)
次世代ヒト疾患モデル研究チーム/創薬標的遺伝子改変動物基盤ユニット
チームディレクター/ユニットリーダー 天野 孝紀(アマノ・タカノリ)
ゲノム可塑性発生制御研究チーム
チームディレクター 坂下 陽彦(サカシタ・アキヒコ)
バイオリソース研究センター
センター長 城石 俊彦(シロイシ・トシヒコ)
副センター長 小倉 淳郎(オグラ・アツオ)
理化学研究所 生命医科学研究センター
遺伝子構造制御研究チーム
チームディレクター 村川 泰裕(ムラカワ・ヤスヒロ)
特別研究員 小口 綾貴子(オグチ・アキコ)
生命医科学大容量データ技術研究チーム
チームディレクター 粕川 雄也(カスカワ・タケヤ)
東京都医学総合研究所 ゲノム医学研究センター
センター長 川路 英哉(カワジ・ヒデヤ)
熊本大学 生命資源研究・支援センター
教授 沖 真弥(オキ・シンヤ)
