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2025年12月10日

理化学研究所

マイクロプラスチックを摂食したマハゼの健全性を評価

-自然と実験データをつなぐ新手法で無影響を可視化-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チームの嶋 秀明 研究員、松永 一太 研修生(研究当時)、菊地 淳 チームディレクターの研究チームは、マイクロプラスチック[1]がマハゼに及ぼす影響について、実験室でマハゼにマイクロプラスチックを摂食させた実験データと、日本全国の自然環境で採取されたマハゼの自然データを、複数の解析手法を用いて統合的に解析したところ、現時点で報告されている環境汚染の平均的暴露レベルでは、マハゼの代謝(生体内での分解などの化学反応)を変化させるほど大きくない可能性を明らかにしました。

本研究成果は、環境リスク評価や、実験データと自然データなどの複数のデータの統合解析に向けた解析技術の発展に貢献すると期待されます。

今回、研究チームは、日本の河口域に生息するマハゼを対象に、マイクロプラスチックを含む餌を与える実験を実施し、その筋肉中の総化合物を、核磁気共鳴(NMR)法を用いて解析しました。結果としてマイクロプラスチックを与えた魚と、与えていない魚との間に顕著な代謝の違いは観察されませんでした。

さらに、過去に採取された全国の河口のマハゼの筋肉中の総化合物との比較解析を行った結果、実験に用いられたマハゼは自然個体が形成する主要な群の一つに近い特徴を示し、現在の環境レベルでのマイクロプラスチック暴露が、日本においては、生理的に深刻な状況ではないことを示唆しました。本研究は、今後マイクロプラスチックの生態影響を議論する上で、実環境との比較解析が重要であることを示しています。

本研究は、科学雑誌『Science of the Total Environment』オンライン版(12月5日付)に掲載されました。

本研究の概要図

本研究の概要

背景

プラスチックは安価で加工しやすく、私たちの生活において、広く利用されています。しかし、その結果として発生しているマイクロプラスチックが環境中に広く拡散し、ヒトを含め生物に影響を与える可能性が近年大きな話題になっています。

一方で、現在の自然環境におけるマイクロプラスチックの濃度が生体内の代謝や健康状態にどの程度の影響を及ぼしているのかについては、定量的な評価が難しく、明確な結論が得られていません。

そこで研究チームは、自然界と同程度の濃度のマイクロプラスチックを餌に混ぜてマハゼに摂取させ、その影響を調べる実験を行いました。しかし、得られた代謝プロファイル(代謝物質の構成の特徴的なパターン)には大きな差が見られず、実験のみで環境影響を再現することの難しさが浮き彫りとなりました。こうした背景を踏まえ、研究チームはこれまでにも、日本全国の河口から収集したマハゼ約1,000個体を対象に、大規模核磁気共鳴法(NMR)メタボローム解析を実施し、自然環境における代謝多様性の可視化に取り組んできました注1、2)。この蓄積により、魚類が自然界で示す代謝ゆらぎの"基準"が整理され、本研究の統合解析を行うための基盤が構築されています。

研究手法と成果

実験のみでマイクロプラスチックの環境影響を再現することが難しいという結果を受け、研究チームは発想を転換し、近年発展した情報科学の技術を活用して、自然環境由来の大規模データ(自然データ)と実験データを統合的に解析するという新しいアプローチを採用しました。特に、局所的な類似性を保ったまま高次元データを低次元で可視化できるUMAP[2]を用いることで、両者の比較を可能にし、自然環境中でマイクロプラスチックの影響がどの程度であるかを、データとして定量的に捉えることができるようになりました(図1)。

研究で用いられた解析の流れの図

図1 研究で用いられた解析の流れ

次元削減を行ったデータを基にした計算式を用いて他のデータを投影し、統合して解析することで、詳細な因果推論が可能になる。

また、研究チームは、材料科学の領域でも時間領域核磁気共鳴法(TD-NMR)を用いた生分解性オリゴマーの物性解析や、微生物群集との相互作用を調べる研究注3)、さらにNMRデータをAIと統合して材料物性を予測、あるいは最適化する手法注4)を展開してきました。これらの研究はいずれも「多次元データを計算科学で統合する」という基盤思想を共有しており、本研究におけるUMAPを用いた環境データ統合解析の理念と通底しています。

本研究の具体的な手法としては、マハゼ(Acanthogobius flavimanus)をプローブ生物[3]として用い、自然界に存在すると報告されている濃度(230~500ppm)の平均濃度のマイクロプラスチックを餌に混ぜて摂取させ、その影響を調べました。

実験では、ポリエチレン(PE)[4]を破砕し、ふるい分けにより、特定の大きさのマイクロプラスチックを作製しました。このPEをゴカイ類[5]に注入し、10日間マハゼに摂食させました。その後、魚の筋組織から得られた抽出物中の総化合物をNMRで測定し、得られた代謝プロファイルを解析しました。

解析の結果、PEを摂取したマハゼと、PEを摂取していない対照群[6]のマハゼとの間で、顕著な代謝プロファイルの違いは見られませんでした。

さらに、過去に日本全国の河口から採取された、約1,000匹分のマハゼの筋肉中の代謝プロファイルを基に、自然なマハゼ群の多様性をUMAPにより2次元座標に変換し、また実験データを同一の変換計算を行った上で、二者を統合比較しました。その結果、PE摂取群も対照群も自然データに見られる通常の代謝プロファイルの一つにほぼ集約されることが確認されました(図2)。このことから、実験的なマイクロプラスチック暴露による影響は、現行の自然な環境由来の変動の範囲内で説明可能であることが示唆されました。

自然集団のUMAP解析とPE摂取群・対照群データの埋め込み可視化の図

図2 自然集団のUMAP解析とPE摂取群・対照群データの埋め込み可視化

自然環境下で得られたデータをUMAP解析した結果、自然群A(水色)とB(ピンク色)の二つの主要なクラスターに分かれる傾向が観察された。これに対し、同一のUMAP空間上に対照群(青色)およびPE摂取群(黄色)の実験データを重ね合わせたところ、両群ともに自然群Bのクラスター付近に分布する傾向が確認された。このことから、PE摂取による代謝への影響は、自然環境因子による影響と比較して相対的に小さい可能性が示唆された。

自然データ由来の二つの代謝プロファイルを持つグループの違いを調べるため、ランダムフォレスト[7]という機械学習法を用いて、代謝パターンを分類しました。さらに、重要度評価に閾値(いきち)を設定することで、特徴的な代謝物由来の特定の信号を選出しました。これにより、二つのグループを分ける上で重要な要素が明らかになりました。

次に、これらの代謝物間の関係性を評価するために、確率的因果推論(ベイジアンネットワーク[8])を用いて解析しました(図3)。その結果、実験データのみ、あるいは自然データのみでは見えてこなかった代謝物間の因果的つながりが、両者を統合することで初めて可視化されました。このような多要因データの因果構造化という視点は、研究チームが沿岸生態系における底泥化学・微生物叢・環境要因の因果ネットワークを推定した研究注5)とも共通しています。本研究でも、自然要因と実験要因の双方を統合することで、単独データセットでは捉えられなかった代謝物間の因果的つながりをより明確に把握することが可能になりました。すなわち、自然界に存在する二つの代謝プロファイルを分ける要因が、実験条件のうち、実験・自然共通の要因(おそらく多毛類などの底生生物摂食)と、自然特有の要因(成長の程度、水温など)に区別して推定することが可能となりました。

統合データに基づくベイジアンネットワーク解析による要因と代謝物の関連性推定の図

図3 統合データに基づくベイジアンネットワーク解析による要因と代謝物の関連性推定

自然データと実験データを個別にベイジアンネットワークで解析した場合、各要因(自然、実験、室内)が代謝物に及ぼす影響の全体像を把握するのは困難であった(左)。一方、両データを統合した解析では、群ごとの特徴を示す代謝物のうち、実験処理の影響を受けるものと、自然環境要因の影響を受けるものとを識別可能となり、要因と代謝物の関係をより明確に推定できた。

今後の期待

本研究の成果は、人の営みと環境の関係を科学的・計算的に定量化する上で重要な基盤となります。人が生活する以上、何らかの形で環境に影響を与えるのは避けられませんが、これまではその影響を定量的に把握する手段が限られていました。本研究では、環境中の変化を多変量データとして統合的に解析することで、これまで見えなかった「環境と人の営みの流れ」や影響構造を可視化することに成功しました。この成果は、環境影響を定量的に理解し、因果的に解釈するための計算科学的枠組みの一端を示すものです。

また、材料科学の分野では、NMRと機械学習に基づいて「水を抱える材料」を設計する数式モデルを導出した研究注6)など、データ駆動型の材料設計手法も急速に発展しています。こうした潮流は実験データを数理的に読み解き、現象の背後にあるメカニズムを予測するという点で、本研究が進めた「実データに基づく環境理解」と共通しています。

本研究ではその一例として、マイクロプラスチック暴露実験のデータを自然個体データに統合し、実験で観測された変化が自然界の変動の中でどの位置にあるのかを明確にしました。この「自然の代謝空間に位置付けて評価する」手法により、マイクロプラスチックの影響を必要以上に不安視するのでも、逆に軽視するのでもなく、科学的根拠に基づいた判断が可能になります。

さらに、この枠組みはマイクロプラスチックに限定されるものではなく、将来的には生態系評価だけでなく、利用環境に適応した素材設計や資源循環の最適化など、循環型社会の実現に向けた広範な応用が期待されます。実際にどの程度の代謝変化や、環境応答が現実の変動の中で生じ得るのかを定量的に把握できれば、利用環境に適した素材の選択や設計、漏出を抑える廃棄物の回収・循環システムの設計、さらには消費者や社会全体の行動変容へとつながる持続可能な仕組みづくりに応用できると期待されます。(図4)。

計算科学を利用して得られた知見の循環活用の図

図4 計算科学を利用して得られた知見の循環活用

このように、実データと計算によって社会全体の仕組みが循環的に機能することで、恐怖や感情論ではなく、理解と技術に基づいて環境と共存するサーキュラーエコノミー社会[9]への道が開かれます。

このような循環的視点は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[10]」が掲げる「12.つくる責任つかう責任」「14.海の豊かさを守ろう」「15.陸の豊かさも守ろう」とも方向性を共有しており、環境負荷を正確に評価し、科学的根拠に基づいた対策を選択することの重要性を示しています。

補足説明

  • 1.マイクロプラスチック
    5mm以下の微小なプラスチック片の総称。プラスチックの使用量の増加に伴い、環境中に広く分布するようになり、生物や生態系への影響が懸念されている。
  • 2.UMAP
    多変量データの構造を保ちながら、類似性の高いデータ同士を近く、異なるデータを遠くに配置する可視化手法。高次元データを低次元空間に投影し、データの類似性を把握しやすくする。UMAPはUniform Manifold Approximation and Projectionの略。
  • 3.プローブ生物
    何らかの研究目的の探査(プローブ)に応じて選ばれる生物種のこと。本研究では、河川と海洋、どちらの影響も反映できる河口域に生息するマハゼを用い、マイクロプラスチックの影響を評価した。
  • 4.ポリエチレン(PE)
    最も一般的なプラスチックの一種で、包装材や容器などに広く使用される。PEはPolyethyleneの略。
  • 5.ゴカイ類
    多毛類(環形動物)に属する生物で、マハゼの主要な餌の一種。
  • 6.対照群
    実験処理を行ったプローブ生物(実験群)を評価するために、実験処理を行わない比較対照群。実験群と対照群との間に統計的な差異があるかどうかによって、実験処理の影響を評価できる。
  • 7.ランダムフォレスト
    多数の決定木(データを木の枝のように構造分岐を模したもの)を組み合わせて分類や回帰を行う機械学習の一種。解析対象の分類に寄与する重要な特徴を特定することができる。
  • 8.ベイジアンネットワーク
    確率論に基づき、要素間の因果関係をネットワーク構造として可視化する解析手法。代謝物間や、その他の要因間に潜在する因果的つながりを推定することができる。
  • 9.サーキュラーエコノミー社会
    製品の設計段階から再利用、再資源化を前提とし、消費、回収、再生をつなぐことで環境の負荷を減らしながら経済と生活、環境が調和する仕組みを持つ社会を指す。
  • 10.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

原論文情報

  • Hideaki Shima, Itta Matsunaga and Jun Kikuchi, "Integrating Laboratory and Field Data to Evaluate the Effects of Experimental Microplastic Exposure on Acanthogobius flavimaus", Science of the Total Environment, 10.1016/j.scitotenv.2025.180972

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チーム
研究員 嶋 秀明(シマ・ヒデアキ)
研修生(研究当時)松永 一太(マツナガ・イッタ)
チームディレクター 菊地 淳(キクチ・ジュン)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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