理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター 微生物材料開発室の西原 亜理沙 特別研究員、加藤 真悟 上級研究員、大熊 盛也 室長の研究チームは、微生物材料開発室(JCM[1])が保有する微生物資源(JCM株[2])、約6,700株の遺伝情報(ゲノム)をくまなく探索し、約300もの微生物株が、「カルビン・ベンソン回路[3]」と呼ばれる、二酸化炭素(CO2)を取り込む仕組みに関わる遺伝子セットを持つことを明らかにしました。このうち半数の株は、CO2を利用することがこれまで実証されていない微生物でした。
本研究成果は、地球環境における炭素循環の理解に役立つことに加え、近年関心が高まるCO2固定微生物の産業利用を念頭に、CO2削減に資する研究を加速させる可能性を持ち、低炭素社会[4]の実現に向けたバイオものづくり[5]分野全体の活性化につながることが期待されます。
研究チームは、JCMが保有する大規模な微生物コレクションについて、各微生物が持つCO2固定システムの設計図(遺伝情報)と、微生物がCO2固定を行ったことを記した文献情報を統合的に解析することで、長くミッシングリンク(失われた環)となっていた二つの情報の関係性を、従来にない解像度で体系的に整理しました。
本研究は、科学雑誌『Microbes and Environments』オンライン版(1月20日付)に掲載されました。
JCM微生物資源を基盤としたCO2固定候補株の探索
背景
二酸化炭素(CO2)を取り込み、有機物へと変換する「CO2固定」は、地球上の物質循環を支える重要な生命活動の一つです。その中でも「カルビン・ベンソン回路」は、地球上で固定される炭素の約95%を担う、代表的なCO2固定の仕組みとして知られています。この回路は、リブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(RubisCO:ルビスコ)[6]と呼ばれる酵素を中心に働き、植物や藻類だけでなく、さまざまな細菌でも利用されています。近年、CO2を資源として活用する技術への関心が高まる中で、カルビン・ベンソン回路を持つ微生物は、地球環境における炭素循環への理解に役立つだけでなく、環境にやさしい物質生産やバイオものづくりへの応用が期待されています。
JCMは、世界最高水準の規模を誇る微生物コレクションとして、長年にわたり多様な微生物株を保存・提供してきました。これらの微生物については、ゲノム情報に加えて、どのような環境(分離環境)から見つかり、どのような条件で育つのかといった実験・培養の情報も併せて蓄積されています。これらのさらなる活用の一環として、微生物のCO2固定能力についての調査を行いました。
研究手法と成果
本研究では、JCMの微生物コレクションを基盤として、ゲノム情報と文献・培養データを統合的に解析することで、これまで見過ごされてきたCO2固定微生物の可能性を体系的に調べました(図1)。その結果、CO2固定の多様性を理解するための重要な基盤情報を得るとともに、将来的なバイオものづくりや低炭素社会の実現に向けた研究の土台を築くことに成功しました。
図1 JCM微生物資源を基盤としたCO2固定候補株の探索
JCMが保有する微生物コレクションを対象にゲノム解析を行い、CO2固定に関与する微生物を遺伝子情報および文献情報に基づいて体系的に整理した。これにより、排出されるCO2を資源として活用するための研究基盤を構築した。
JCMが保有する32,000株以上の微生物コレクションのうち、細菌・アーキアから成る原核生物の6,749株(細菌6,262株、アーキア487株)のゲノム情報を大規模に解析しました。解析では、CO2固定の代表的な仕組みであるカルビン・ベンソン回路に関わる遺伝子セットの有無を指標として、CO2固定の可能性を持つ微生物株を網羅的に抽出しました。その結果、JCMのコレクション株のうち306株(147属、8門)で、カルビン・ベンソン回路に関わる遺伝子が見つかりました。これらは特に細菌のPseudomonadota門(207株)とActinomycetota門(82株)に多く見られ、アーキアでは少数(6株)が該当しました(図2)。さらに、抽出した株について文献調査を行い、これまでにCO2固定による生育が報告されているかどうかを整理しました。その結果、147属のうち74属でCO2固定の報告がある一方、残り73属では裏付けとなる情報がなく、文献でCO2固定が確認されていない(または未検証の)株が多数含まれることが分かりました(図2)。
図2 JCM微生物コレクション株におけるCO2固定能力の体系的整理
JCMが保有する微生物コレクションを対象として、カルビン・ベンソン回路を経由したCO2固定能力に関する情報を体系的に整理した。その結果、147属のうち74属ではCO2固定の報告がある一方、残り73属では裏付けとなる情報がなく、文献でCO2固定が確認されていない(または未検証の)株が多数含まれていた。
CO2固定の中心的な役割を担う酵素であるルビスコは複数の型を持つこと、また、CO2と酸素(O2)が競合する性質を持つことから、周囲の酸素濃度がCO2固定効率に大きく影響することが知られています。そこで本研究では、ルビスコの型ごとに、どのような微生物が、どのような環境で、どのような代謝を行っているのかを、遺伝子情報と、実際に報告されている培養条件(酸素濃度、温度、水素イオン指数(pH)、エネルギー源[電子供与体])および分離環境の情報と統合して整理しました。その結果、ルビスコの型によって、CO2固定能力の報告の有無、利用するエネルギー源、および生息環境が大きく異なることが明らかになりました。特に、一部のルビスコ型では、分離環境やCO2固定の報告例数に顕著な違いが見られました。例えば、ルビスコIA型は海洋や陸上環境から分離された株が多い一方で、ルビスコIC型は植物と共存する環境に強く結びついていることが分かりました。
さらに、これまでにCO2固定を伴う生育が報告されていない属に分類される173株について、ゲノム情報を基にCO2固定条件下での生育可能性を推定しました。これらの株について、エネルギー源の利用可能性や、異なる酸素濃度条件への適応性を調べた結果、多くの微生物が水素や硫黄化合物を利用してCO2固定を行う潜在的な能力を持つ可能性が示されました。また、酸素濃度の異なる環境に適応できる遺伝子を併せ持つ株も多く、培養条件を工夫することでCO2固定能力が顕在化する可能性のある微生物が多数存在することが明らかになりました。
一方で、光合成に関わる遺伝子を持つ微生物については、カルビン・ベンソン回路遺伝子の存在が必ずしもCO2固定による生育を意味しない点にも着目しました。実際に、一部の光合成細菌(好気性光合成細菌)では、CO2固定が生育を支える主な代謝経路ではなく、有機物を利用する生育を補助する形でカルビン・ベンソン回路が働いている可能性が示唆されています。本研究では、光合成関連遺伝子の有無も併せて整理することで、CO2固定が主たる代謝として機能する微生物と、補助的に関与する微生物とを区別し、今後の培養実験に向けた重要な指針を得ました。
今後の期待
本研究では、ゲノム情報と文献情報を統合的に解析・整理することで、JCMが保有する多様な培養可能微生物の中から、これまで認識されていなかったCO2固定の可能性や応用展開を体系的に整理しました。その結果、CO2固定がすでに実証されている微生物と、遺伝子情報から可能性が示唆されるものの実験的検証がなされていない微生物とを明確に区別することができました。加えて、これまでに知られている微生物の代謝の特徴を整理するとともに、まだ十分に調べられていない微生物についても、ゲノム情報からその働きを予測しました。さらに、微生物がどのような環境から分離されたかという情報もまとめることで、グローバルな炭素循環の理解に向けた研究やバイオものづくりの分野で微生物を新たな資源として活用していくための基盤を整えました。
こうした知見は、微生物が持つ多様なCO2固定戦略の理解を深めるとともに、CO2を資源として活用する環境調和型技術の開発や、低炭素社会の実現に向けた研究の基盤形成に貢献すると期待されます。
補足説明
- 1.JCM
微生物材料開発室は、JCMとして発足し、1981年より微生物株の収集・保存・提供を行う微生物系統保存事業を実施している。現在では、世界有数の規模を誇る微生物コレクションとして、研究や産業利用の基盤となる微生物株を保存・提供するとともに、ゲノム情報や培養情報の整備を進めている。JCMはJapan Collection of Microorganismsの略。 - 2.株
微生物の「株」とは、特定環境から分離された由来の明確な微生物系統のことを指す。JCMではこれらの株を微生物資源として活用できるよう、収集・保存・提供をしている。 - 3.カルビン・ベンソン回路
ルビスコ(RubisCO、[5]参照)を中心酵素として、二酸化炭素(CO2)を取り込み、有機物に変換する反応経路である。植物の光合成をはじめ、微生物でも広く利用されており、地球上で行われるCO2固定の大部分を担っている。炭素循環やバイオ生産を支える基盤的な代謝経路として知られている。 - 4.低炭素社会
CO2などの温室効果ガスの排出を抑え、地球温暖化の進行を防ぐことを目指す社会の在り方。再生可能エネルギーの利用や、省エネルギー技術の導入に加え、排出されるCO2を資源として活用する技術の開発も重要な要素とされている。 - 5.バイオものづくり
微生物や植物、酵素などの生物の働きを利用して、化学製品、素材、燃料などを生産する技術や産業分野を指す。石油などの化石資源に依存しない生産方法として注目されており、CO2を原料として活用する環境調和型技術への展開が期待されている。 - 6.リブロース-1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(RubisCO:ルビスコ)
CO2を取り込み、有機物に変換する反応を担う酵素。植物や藻類、微生物などに広く存在する。
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)革新的GX技術創出事業GteX「バイオものづくり」領域の研究課題「先端的植物バイオものづくり基盤の構築(研究代表者:大熊盛也、JPMJGX23B0)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「窒素固定生物の進化の歴史をゲノム・培養情報から紐解く(研究代表者:西原亜理沙、JP24K17163)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Arisa Nishihara, Shingo Kato, Moriya Ohkuma, "Exploring the diversity and metabolic potential of CO2-fixation mediated by RubisCO in prokaryotes in the Japan Collection of Microorganisms", Microbes and Environments, 10.1264/jsme2.ME25035
発表者
理化学研究所
バイオリソース研究センター 微生物材料開発室
特別研究員 西原 亜理沙(ニシハラ・アリサ)
上級研究員 加藤 真悟(カトウ・シンゴ)
室長 大熊 盛也(オオクマ・モリヤ)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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