理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター 統合情報開発室の田中 信彦 開発研究員(研究当時)、マウス表現型研究開発室の田村 勝 室長、統合発生工学研究開発室の的場 章悟 専任研究員、バイオリソース研究センターの小倉 淳郎 副センター長らの研究グループは、マウスの全身を対象とした表現型(形質)[1]解析とY染色体[2]遺伝子ノックアウトを組み合わせることで、複数のY染色体遺伝子が体サイズや臓器重量などの「性差」に寄与することを明らかにしました。
本研究成果は、Y染色体遺伝子が全身の性差形成に関与し得ることを示すとともに、性差を定量的に評価するための解析の枠組みを提供するものです。将来的に、男女差の生まれる仕組みの理解を深める研究に貢献すると期待されます。
今回、研究グループは、マウスのオスとメスについて、個体の特徴である表現型を網羅的に解析し、その中から体重、臓器重量、代謝、免疫など「性差を示す形質」を抽出しました。さらに、Y染色体上の10遺伝子それぞれをノックアウトしたマウスに同じ解析を適用し、性決定遺伝子(Sry)が欠損した個体では多くの形質がメス型に近づく一方で、他の遺伝子の欠損でも体重、体長、肝臓重量などの形質がメス型に近づくことを見いだしました。加えて、多数の形質情報を統合し、各個体の「オスらしさ/メスらしさ」を連続的な軸として表現する定量マップを構築することで、遺伝子変異が全身の性差に与える影響を直感的に把握できる形で可視化することに成功しました。
本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(1月19日付)に掲載されました。
全身の多項目データから性差とY染色体遺伝子の影響を可視化する流れ
背景
私たちヒトを含む哺乳類では、身長や体重、脂肪の付き方、臓器の大きさなど、多くの項目で「オスとメスの違い(性差)」が見られます。こうした表現型の違いは、病気のかかりやすさや薬の効き方にも関わると考えられ、性差の仕組みを理解することは医学・創薬の重要な課題です。
これまで性差は主に、「Y染色体を持つ個体では、Y染色体上の性決定遺伝子(Sry)が未分化の性腺を精巣へと分化させ、Y染色体を持たない個体では自然に卵巣へと分化し、その結果として精巣と卵巣から分泌される性ホルモンの違いによって生じる」と説明されてきました。しかし近年では、オスだけが持つY染色体上のその他の遺伝子も、性差の形成に関わる可能性が指摘されています注)。しかしY染色体遺伝子一つ一つが「全身のどの性差」に関わるのかはほとんど分かっていません。さらに、性差は体重や臓器重量、血液検査値など多数の項目に現れますが、個体ごとの微妙な違いや、特定の遺伝子がどのように性差に寄与しているかを全体像として捉えることは困難でした。
- 注)Arnold, A. P. Rethinking sex determination of non-gonadal tissues. Curr. Top. Dev. Biol. 134, 289-315 (2019).
研究手法と成果
今回、研究グループは、マウスの全身を対象とした網羅的な表現型解析で「どの項目に性差があるか」を洗い出し、その上でY染色体上の10種類の遺伝子それぞれの働きを失わせたマウスで、それらの項目がどう変化するかを調べました。さらに、得られた多数の測定結果を統合し、個体ごとに「どのくらいオス寄りか/メス寄りか」を連続的に表す新しい指標をつくることで、Y染色体遺伝子の働きと全身の性差との関係に迫りました。
研究グループは、国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC)[3]に準拠した検査パイプライン[4]を用い、野生型マウスのオスとメスについて、体重や臓器重量といった外見的特徴から、血液検査値、代謝指標、免疫細胞の割合、行動に至るまで計398項目のデータを同一の個体から精密に測定しました。これらを統計的に比較した結果、体格、臓器重量、代謝、免疫など14の体の機能(生物学的システム)にまたがる49種類(解析上は53項目)の「性差関連形質(オスとメスで明確な差がある項目)」を抽出することに成功しました(図1)。
図1 野生型マウス全身の表現型のうち性差を示す項目の抽出
野生型マウス(オス・メス)について、全身の表現型を網羅的に測定し、数値として測定できる定量的形質223項目と、「あり/なし」などのカテゴリーで評価する定性的形質175項目に分類して性差の有無を集計した。
次に、こうして見つかった性差関連形質がY染色体上の遺伝子によってどのように変化するかを調べるため、Y染色体に存在する10種類の遺伝子を対象として解析を行いました。研究グループは、受精卵に対してゲノム編集技術CRISPR/Cas9を用いたTriple CRISPR法[5]により各遺伝子に変異を導入し、その遺伝子の働きが失われたマウス(ノックアウト(KO)マウス)を作製しました。解析の結果、性決定遺伝子(Sry)を欠損させたマウスは、多くの項目でメスに近い値を示しましたが、体長や特定の血液成分などはオス型の特徴を維持していました(図2)。さらに、性決定とは直接関係のないUsp9yといった遺伝子を欠損させた場合でも、体重やBMI(体格指数)、肝臓の重さなどがメス型へと近づく(メス化する)ことが判明しました。このことから、Y染色体上の複数の遺伝子が、全身のさまざまな器官で性差の「微調整」に関わっている可能性が示されました。
図2 Sryノックアウトマウスにおける生殖器の性転換と全身性差形質の部分的メス化
(A)野生型オス、野生型メス、Sryノックアウト(Sry KO)マウスの写真。Sry KOではXY染色体を持ちながら、外陰部がメス型へ転換していた。(B)Sry KOマウスの53項目の性差関連形質を、野生型オスからのずれ(横軸)と野生型メスからのずれ(縦軸)としてプロットした図。赤点は、野生型の雌雄比較においてメスで高い項目(定量)またはメスで出現頻度が高いカテゴリ(定性)を示し、青点は、同じ雌雄比較においてオスで高い項目(定量)またはオスで出現頻度が高いカテゴリ(定性)を示す。青い帯はオス型に近い値、赤い帯はメス型に近い値を示す。多くの形質がメス型へ近づく一方で、体長やBMI、臓器重量など一部の項目は完全にはメス型に移行しないことが分かる。血中ALP(アルカリフォスファターゼ)や血中LDH(乳酸脱水素酵素)はさまざまな臓器機能の指標として知られる。
個々の項目だけを見ると変化は小さくても、たくさんの項目をまとめてみると、その個体がどれくらい「オス寄りか/メス寄りか」をより客観的に評価できます。そこで研究グループは、数学的な方法を使って新しい指標をつくりました。まず、野生型オスとメスのデータに主成分分析[6]を行い、「オスとメスを最もよく分ける方向(軸)」を見つけます。次に、各項目がその軸にどれだけ効いているかを「重み」として計算し、その重みを使って53項目の値をまとめることで、1匹ごとに「オス型かメス型か、その中間か」を1本の数値で表す「性スペクトラム(連続体)指標」を定義しました。
この指標に基づいて全個体を並べてみると、野生型オスと野生型メスはそれぞれ「オス型」「メス型」の領域に主に分布し、その間(さらに一部はその外側)を埋めるように、各Y遺伝子ノックアウトマウスが連続的に並ぶことが分かりました(図3A)。例えば、Sryノックアウトマウスは野生型メスに近い領域に集まり、UtyやUsp9yノックアウトマウスはその中間辺りに位置しました。さらに、体格、代謝、免疫などの体の機能(生物学的システム)ごとにこの指標をまとめることで、「どのY染色体遺伝子が、どの分野の性差に強く効いているのか」を地図のように可視化することもできました(図3B)。
これらの結果は、Y染色体上の遺伝子が性決定に関わるだけでなく、体サイズや臓器重量をはじめとする全身の性差をきめ細かく調節していることを、定量的なデータとして示しています。
図3 多数の性差関連項目をまとめた累積スコアと体の機能別の違い
(A)53項目の性差関連形質を統合して作成した累積スコア(性スペクトラム指標)を、野生型マウス(B6J F、B6J M)と各Y染色体遺伝子ノックアウト(YKO)系統について箱ひげ図で示した。縦軸は「メス型(上)~オス型(下)」への偏りの強さを表し、多数の形質をまとめて、その系統が全体としてどの程度メス寄りか/オス寄りかを評価している。「*」:野生型オスと比べて有意水準5%での有意差あり。「**」:野生型オスと比べて有意水準1%での有意差あり。(B)同じ累積スコアを各種体の機能(生物学的システム)ごとに集計したヒートマップ。赤系の色はメス型へのシフト、青系の色はオス型へのシフトを示す。「*」は野生型オスと比べて統計的に有意な差があるグループ。
1次元の指標だけでなく、性差のより複雑な姿を見るために、研究グループは2次元の「地図」による可視化も行いました(図4)。多数の項目から成るデータをまとめて2次元に縮めることで、各個体がどのように「オス寄りの状態」から「メス寄りの状態」へ移っていくかを、滑らかな軌跡として描き出すことができました。この2次元マップでは、Y染色体遺伝子の欠損によって、マウスがオスの集団からメスの集団の方へ少しずつ位置を変えていく様子が一目で分かります。これは、性別が単なる「オスかメスか」の二択ではなく、遺伝子の働きによって連続的に変化し得るスペクトラム(連続体)として捉えられることを、より直感的に把握できる形で示す結果となりました。
図4 性差関連表現型に基づくマウス個体の2次元マップ
多数の性差関連項目を2次元に要約して、各個体の位置関係として示した図。点一つがマウス1匹に対応し、近い点ほど似た特徴を表す。色は系統(野生型メス・野生型オス・各Y染色体遺伝子ノックアウト)を示す。右上には野生型メス(B6J F)とSry KOが近接して集まり、左側には野生型オス(B6J M)の集団が配置される。その中間にはUty KOやUsp9y KOなどのY遺伝子ノックアウトマウスが分布しており、Y染色体遺伝子の違いによって全身の性差パターンが連続的に変化する様子が視覚的に示されている。
今後の期待
本研究は、マウス全身の性差を数値として整理し、Y染色体遺伝子がどの形質にどの程度効いているかを「見える化」した点に新規性があります。今後、この枠組みを他の系統マウスやさまざまな遺伝子改変マウスに広げることで、「どの遺伝子が、どの臓器や機能の性差に関わっているのか」を体系的に整理することが可能になると期待されます。
ヒトでは、心血管疾患や自己免疫疾患、代謝異常など、多くの病気で男女差が知られていますが、その背景にはホルモンだけでなく、性染色体上の遺伝子の違いや、Y染色体の個人差も関わっている可能性があります。本研究で得られたY染色体遺伝子の寄与に関する知見や、個体ごとのデータを統合した解析手法は、将来的に、病気のなりやすさや薬の効き方における男女差および個人差を解き明かす基盤として活用されることが期待されます。
補足説明
- 1.表現型(形質)
体重や臓器重量、血液検査値など、測定できる個体の特徴(項目)のこと。 - 2.Y染色体
哺乳類でオスに特有の性染色体で、X染色体と対を成す。マウスではオス特異領域がほぼ全体を占め、約700のタンパク質コード遺伝子を含むが、その多くは少数の遺伝子ファミリーが多数コピー化したもので、機能が十分に解明されていない遺伝子も多い。 - 3.国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC)
遺伝子機能の解明を目的として、世界各国の研究機関が協力し、マウス全遺伝子についてノックアウトマウスを作製し、標準化されたプロトコルで網羅的な表現型解析を行う国際コンソーシアム。得られた表現型データやマウス系統を国際的なデータベース・バンクを通じて公開し、基礎研究や疾患モデル研究の共通基盤を提供している。 - 4.検査パイプライン
多数の検査・測定項目を、あらかじめ定めた順序と条件で一括して実行するための統一プロトコル群。実験施設や時期が異なっても、同一フォーマットのデータを高再現性で蓄積・比較できるように設計された評価フレームワーク。 - 5.Triple CRISPR法
ゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9法ではガイドRNA(gRNA)が標的配列にCas9酵素を案内し、そこでDNAを切断させる。本法では一つの標的遺伝子に対して3種類のgRNAを同時に導入し、複数箇所でDNAを切断させることで、フレームシフト変異や大きな欠失を高効率に誘導する。交配を重ねてノックアウト系統を確立しなくても、生まれてきた世代から全身でその遺伝子の働きをほぼ失わせたマウスを得やすい点が特徴。 - 6.主成分分析
多数の項目から成るデータのばらつきを、相関の高い方向ごとにまとめ、少数の代表的な軸(主成分)に圧縮して表現する統計手法。データの「最も大きな違い」を示す方向に沿って並べ直すことで、全体構造や群間の違いを直感的に把握できるようにする。
研究グループ
理化学研究所
バイオリソース研究センター
統合情報開発室
開発研究員(研究当時)田中 信彦(タナカ・ノブヒコ)
(現 下関市立大学 データサイエンス学部 准教授)
統合発生工学研究開発室
特別研究員(研究当時)三浦 健人(ミウラ・ケント)
専任研究員 的場 章悟(マトバ・ショウゴ)
(科学技術振興機構 創発研究者、東京農工大学 大学院農学研究院 客員教授)
マウス表現型研究開発室
テクニカルスタッフⅡ(研究当時)尾崎 藍(オザキ・アイ)
テクニカルスタッフⅡ 小澤 恵代(コザワ・ヤスヨ)
室長 田村 勝(タムラ・マサル)
バイオリソース研究センター
副センター長 小倉 淳郎(オグラ・アツオ)
(統合発生工学研究開発室 研究員、東京大学 大学院医学系研究科 客員教授)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(C)「マウスの個体異常を高精度に検出可能なワークフローの開発(研究代表者:田中信彦)」、同基盤研究(B)「胎盤アミノ酸輸送系の破綻が引き起こす胎児代謝プログラム異常の解明(研究代表者:的場章悟)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「Y染色体上遺伝子と性スペクトラム(研究代表者:的場章悟)」「Y染色体上遺伝子とボディバランスの性スペクトラム(研究代表者:的場章悟)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Nobuhiko Tanaka, Kento Miura, Ai Ozaki, Yasuyo Kozawa, Masaru Tamura, Atsuo Ogura and Shogo Matoba, "Quantitative dissection of sexual dimorphism in mice through Y-linked gene knockouts and multivariate phenotyping", Scientific Reports, 10.1038/s41598-025-33814-w
発表者
理化学研究所
バイオリソース研究センター
統合情報開発室
開発研究員(研究当時)田中 信彦(タナカ・ノブヒコ)
マウス表現型研究開発室
室長 田村 勝(タムラ・マサル)
統合発生工学研究開発室
専任研究員 的場 章悟(マトバ・ショウゴ)
バイオリソース研究センター
副センター長 小倉 淳郎(オグラ・アツオ)
的場 章悟
田中 信彦
発表者のコメント
理研バイオリソース研究センター(BRC)では、研究者が作出したさまざまな変異マウスを保存・配布する事業に加えて、多様な解析技術の開発・運用も進めています。今回の研究は、理研BRCが培ってきた変異体作製技術と表現型解析技術を統合することで得られた成果です。今後も、研究所内外のさまざまな技術を組み合わせることで、遺伝子と表現型の関係性をより立体的に明らかにしていきたいと考えています。(的場 章悟)
IMPCには、約9,000遺伝子のノックアウト(KO)マウスについて、網羅的な表現型データが蓄積されています。今後は本研究で構築した「多数の表現型を統合して個体の状態を数値で表す」手法をIMPCデータにも適用し、各KO系統が性スペクトラム上でどの位置に分布するのかを体系的に調べたいと考えています。さらにこの枠組みは、雌雄の程度に限らず、病気の進行度など別の"状態の物差し"としても応用できる可能性があります。将来的にはヒトのデータにも展開し、動物とヒトをつなぐ解析へ広げられると期待しています。(田中 信彦)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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