理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループのマックス・バーチ 研究員、十倉 好紀 グループディレクター、トポロジカルエレクトロニクス研究チームの川村 稔 チームディレクターらの共同研究グループは、磁性体の単結晶からナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)スケールのらせん構造を削り出す新しい手法を開発し、削り出した立体構造が一方向に電流が流れやすく、逆方向に流れにくい「ダイオード[1]的」挙動を示すことを明らかにしました。
共同研究グループが開発した新しい微細加工の手法は、ナノメートルスケールでの3次元デバイス加工を可能にし、立体構造のデザインによって電気的機能を自在に調整する革新的なデバイス設計の実現に寄与することが期待されます。
今回、共同研究グループは集束イオンビーム(FIB)[2]を用いることで、ワイル磁性体[3]「Co3Sn2S2」の塊状結晶から微小片を切り出し、らせん形状のデバイスを削り出すことに成功しました。このデバイスが示すダイオード効果[1]は、らせん構造が持つキラル[4]な幾何学的構造に起因しています。Co3Sn2S2を材料として選んだ理由は、伝導電子の平均自由行程[5]が長く、デバイスのキラル幾何構造を「感知」しやすいと考えられるためです。材料の磁化と幾何学的キラリティ[4]を組み合わせることで非相反性[6]が生じ、電気抵抗が一方向で他方より大きくなることを観測しました。さらに注目すべき点として、共同研究グループはこの効果の逆作用、すなわち方向性のある電流パルスを加えることで、らせん構造の磁化を反転させることが可能であることも実証しました。
本研究は、科学雑誌『Nature Nanotechnology』オンライン版(1月21日付:日本時間1月21日)に掲載されました。
集束イオンビームによって加工したらせん型デバイスの走査型電子顕微鏡像
背景
半導体のpn接合[1]で構成されるダイオードは、電流が一方向にのみ流れやすいという特性を持った電子部品で、一方向性の特性を生かしてさまざまなデバイスに幅広く利用されています。このダイオード効果に代表される非相反的な電気伝導特性は、pn接合がなくても特定の結晶材料において、次の二つの条件がそろった場合に発現します。
第一に、空間反転対称性が破れる必要があります。空間反転対称性とは、結晶を対称中心で反転させた際に、元の構造と区別がつかない性質を指します。この対称性が失われると、結晶は極性(矢印のように方向性を持つ性質)やキラリティ(ネジや人間の手のように左右の区別を持つ性質)を示すようになります。
第二に、時間反転対称性が破れる必要があります。時間反転対称性とは、微視的な「動画」を逆再生しても同じように見える性質を指します。この対称性は、磁化が特定の方向を向くことで破られます。例えば、磁石においては、整列した磁気モーメントが時間の矢印を定義し、逆再生すると磁気モーメントが反転します。また外部磁場を加えた場合も、特定の方向が選ばれるため同様に対称性が破れます。
空間反転対称性と時間反転対称性の双方が破れると、単結晶は非相反的な電気伝導特性を示すようになります。これは一般的に「磁気キラル異方性」として知られる現象です。本研究では、もともと空間反転対称性を持つ結晶構造を有する物質であっても、非相反性を人工的に創出できるのかという問いに挑みました。鍵となるアイデアは、結晶構造そのものの対称性を破るのではなく、結晶片の形状をナノスケールで切り出し、らせん状の立体構造を持たせることで、デバイス全体として空間反転対称性を意図的に破るという新たなアプローチです。
研究手法と成果
空間反転対称性が破れたデバイス形状を実現するために、共同研究グループは集束イオンビーム(FIB)装置を活用しました。この装置は高エネルギーのガリウムイオンを用いたGa+イオンビームを利用して、材料を精密に切り出し、望んだ形状に加工することができます。切り出した結晶片を基板に固定し電極を取り付けることで、電気抵抗測定を行うことが可能になります。従来、FIB技術は主として2次元デバイスの作製に用いられてきましたが、共同研究グループは、新たなプロトコル(手順)を開発し、単結晶から3次元らせん型デバイスを削り出すことに初めて成功しました(図1)。
図1 FIB加工の概念図とらせん型デバイスの走査電子顕微鏡像
(左)Ga+イオンのFIBを用いることで、材料を局所的に削り取り、ナノスケールで加工することができる。(中央・右)Co3Sn2S2結晶から削り出した左巻き(中央)および右巻き(右)らせん型デバイスの走査型電子顕微鏡像。基板上にパターニング(配線)された金(Au)電極上に白金(Pt)を用いて固定している。スケールバーは5マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。
このデバイスに用いる材料には、二つの要件が求められました。一つは、時間反転対称性を破るための自発的な一軸性磁化(磁化の向きが一方向のみ)を持つことです。もう一つは、伝導電子の平均自由行程が長く、伝導電子がらせん型デバイスのキラルな幾何学的形状を「感じる」ことができる、つまり伝導電子に対する表面散乱の影響が相対的に大きくなり、幾何学的形状による効果が電気伝導特性に現れやすい状態にできることです。ワイル強磁性体として知られるCo3Sn2S2は、強い一軸異方性(磁化がある結晶軸方向を向きやすい性質)と高い移動度を併せ持ち、これらの要件を満たす材料として最適です。
共同研究グループは、作製したらせん型デバイスを低温に冷却し磁場を加えて、非相反電気伝導特性の測定を行いました。予想通り、らせん型デバイスでは磁化の向き、あるいはらせん構造の巻く方向を反転させた際に、非相反抵抗の符号が反転する振る舞いが観測されました(図2)。一方、対照実験として用いた直線状の非キラルデバイスでは非相反性は観測されず、この効果が作製したらせん型デバイスのキラル構造に起因することが明確に示されました。
図2 磁性らせん構造における非相反抵抗の対称性則
左巻きらせん構造では、電流Iは磁気モーメントMと同じ方向に流れるときに大きくなる。一方、右巻きらせん構造では、電流は磁気モーメントとは反対方向に流れるときに大きくなる。
さらに共同研究グループは、異なる長さスケールとキラリティを持つ複数のらせん構造(図3)を作製し、非相反抵抗と温度の関係を詳細に調べました。その結果、対称性の議論だけでは説明できない微視的メカニズムを特定することに成功しました。非相反性は低温で顕著に増強します。この振る舞いは、伝導電子の平均自由行程の増大によって、伝導電子がデバイスのらせん形状をより敏感に「感じる」ことによって説明することができました。
図3 さまざまな寸法のCo3Sn2S2らせん型デバイス試料の走査型電子顕微鏡像
複数のらせん構造を作成し、非相反抵抗の試料サイズ依存性、温度依存性などを調べた。スケールバーはすべて5μm。
また、非相反抵抗の逆効果として、加える電流の方向によって磁化の向きを制御できる可能性があります。共同研究グループは、200マイクロアンペア(μA、1μAは100万分の1アンペア)の正負の電流パルスを加えることで、らせん構造の磁化を反転できることを実証しました。この実験では、外部から磁場を加えることなく、磁化の向きを制御しました。
今後の期待
FIBを用いて単結晶から直接3次元デバイスをナノメートルスケールで削り出す本技術は、今後の幅広い研究領域を切り開く可能性を秘めています。幾何学的構造が電子やスピンと結び付くことで、新たな物理的応答が生じることが期待されます。このような立体構造はスピン構造を安定化させたり制御したりする役割を果たし、より複雑な磁気状態を実現する可能性を示唆しています。
さらに本手法は、トポロジカル物質や強相関電子系といった先端的な量子物性と、電流経路の幾何学的形状とを組み合わせる、新たなデバイス設計を可能にします。材料物理学とナノ加工技術が融合することで、将来的にはメモリ、ロジック、センシング技術などに大きな影響を与える次世代の機能性デバイス構造の創出が期待されます。
補足説明
- 1.ダイオード、ダイオード効果、pn接合
ダイオードは電流の方向によって、電流の流れやすさ(抵抗)が異なる効果(ダイオード効果)を生じる素子のこと。最も代表的なものにp型半導体とn型半導体を接合したpn接合のダイオード素子がある。 - 2.集束イオンビーム(FIB)
加速されたイオンを高密度に集束させたビームを用いて、ナノメートル単位の精度で材料を除去または追加できる加工装置。材料をなぞるようにビームを走査することで、パターンの加工、断面のスライス、表面の研磨が可能になる。また、前駆体ガスを用いることで、ビームを用いて局所的に金属や絶縁体を堆積することもできる。FIBには、ガリウムイオンを用いたGa+イオンFIBやキセノンイオンを使うプラズマFIBなどの方式があり、加工速度、損傷、表面品質といったトレードオフを考慮して、材料や目的に応じて使い分けられている。FIBはFocused Ion Beamの略。 - 3.ワイル磁性体
固体結晶中の電子のバンド構造において、線形のエネルギー分散を有し、バンドの交差点が対となった特殊な物質をワイル半金属と呼ぶ。この交差点をワイル点といい、結晶構造の空間反転対称性の破れまたは時間反転対称性の破れに由来して形成される。特に磁性(時間反転対称性の破れ)によってワイル点が形成される材料を、ワイル磁性体という。このワイル磁性体では、ワイル点間に仮想磁場が発現しており、異常ホール効果や異常ネルンスト効果などの外部応答を誘起する起源となっている。 - 4.キラル、キラリティ
右手と左手のように、形は似ていても重ね合わせることができない性質をキラリティという。ある物体の鏡像が元の形と完全には一致しない場合、その物体はキラルであるといえる。例えば、左右の手や、左巻き・右巻きのネジが典型的な例である。分子や結晶、デバイスなどでは、構造におけるキラリティ(例えばらせん構造)があると、左右の構造が異なる挙動を示すことがある。 - 5.平均自由行程
導電性固体において、伝導電子が固体内の不純物や格子振動によって散乱され、運動量を失うまでに移動する平均距離のこと。固体中の電子の運動を記述する最も基本的なモデルであるドルーデ模型では、伝導電子の平均自由行程を支配する緩和時間は一つしかないが、複雑な多バンド系では、各電子バンドは異なる緩和時間を示し、従って平均自由行程も異なることがある。 - 6.非相反性
駆動方向を反転させたときにシステムの応答が同じにならない性質を指す。電気輸送においては、正方向と逆方向の電流で伝導度が異なる形で現れる。非相反性を有するデバイスは電流を流すだけで自然に整流作用を示す。固体における非相反性は一般に、空間反転対称性の破れや時間反転対称性の破れを必要とするが、こうした対称性の破れは、キラリティを持つ幾何学的構造、材料の磁化、あるいは外部磁場によって実現される。
共同研究グループ
理化学研究所
創発物性科学研究センター
強相関物性研究グループ
研究員 マックス・バーチ(Max T. Birch)
グループディレクタ― 十倉 好紀(トクラ・ヨシノリ)
(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)
強相関量子伝導研究チーム
研究員(研究当時)イリヤ・ベロポルスキ(Ilya Belopolski)
(現 客員研究員)
電子状態マイクロスコピー研究チーム
技師 イリン・チュ(Yi Ling Chiew)
特別研究員 ジュオリン・リ(Zhuolin Li)
チームディレクター シュウシン・ウ(Xiuzhen Yu)
強相関理論研究グループ
グループディレクタ― 永長 直人(ナガオサ・ナオト)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部
基礎量子科学研究プログラム プログラムディレクター)
トポロジカルエレクトロニクス研究チーム
チームディレクター 川村 稔(カワムラ・ミノル)
開拓研究所 藤代極限量子固体物性理研ECL研究ユニット
理研ECL研究ユニットリーダー 藤代 有絵子(フジシロ・ユカコ)
東京大学 大学院工学系研究科
助教 茂木 将孝(モギ・マサタカ)
研究支援
本研究は、理研TRIPイニシアティブにより実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「磁性伝導体における新しい創発電磁誘導(研究代表者:十倉好紀、23H05431)」、同基盤研究(A)「量子非線形応答の理論的研究(研究代表者:永長直人、24H00197)」、同学術変革領域研究(A)「キメラ準粒子の理論(研究代表者:村上修一、24H02231)」、同基盤研究(B)「マヨラナ準粒子・伝導電子結合系におけるエキゾティック超伝導の理論(研究代表者:田仲由喜夫、24K00583)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「Beyond Skyrmionを目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出(研究代表者:于秀珍、JPMJCR20T1)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Max T. Birch, Yukako Fujishiro, Ilya Belopolski, Masataka Mogi, Yi-Ling Chiew, Zhoulin Li, Xuzhen Yu, Naoto Nagaosa, Minoru Kawamura, Yoshinori Tokura, "Nanosculpted 3D helices of a magnetic Weyl semimetal with switchable non-reciprocal electron transport", Nature Nanotechnology, 10.1038/s41565-025-02104-x
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター
強相関物性研究グループ
研究員 マックス・バーチ(Max T. Birch)
グループディレクタ― 十倉 好紀(トクラ・ヨシノリ)
トポロジカルエレクトロニクス研究チーム
チームディレクター 川村 稔(カワムラ・ミノル)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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