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2026年1月28日

理化学研究所

感情に伴う表情と主観経験の脳内ネットワークを解明

-顔の表情が喜び、悲しみ、怒りなどの感情経験を生み出す-

理化学研究所(理研)情報統合本部 ガーディアンロボットプロジェクト 心理プロセス研究チームの佐藤 弥 チームディレクターらの共同研究グループは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)[1]を用いて、喜び、悲しみ、怒り、不安などの感情に伴う「顔の表情」と「主観的な感情経験(主観経験)」が、それぞれ異なる脳内ネットワークに支えられ、さらに顔の表情が主観経験を生み出す方向で相互作用していることを明らかにしました。

本研究の成果は、100年以上議論されてきた「感情における身体と経験の関係」に新たな神経科学的証拠を与えるものであり、心理学・神経科学の基礎的理解に加え、感情調節障害の新たな治療法の開発や、人間の感情を理解するAIの開発、ロボット開発への貢献が期待できます。

本研究では、実験参加者が感情的な反応を呼び起こしやすい動画(以下「感情フィルム」)を視聴している際の脳活動をfMRIで測定し、同時に顔の表情の動き(以下「表情反応」)と主観経験(不快~快)を記録し、解析しました。解析の結果、表情反応は大脳辺縁系[2]体性感覚・運動野[3]の活動と関連し、主観経験は内側頭頂葉[4]側頭頭頂接合部[5]の活動と関連することが分かりました。さらに、機能的ネットワークの分析により、感覚処理ネットワークはまず表情反応ネットワークと相互作用し、その後に主観経験ネットワークへと影響が及ぶというモデルが支持されました。

本研究成果は、科学雑誌『Communications Biology』オンライン版(1月21日付)に掲載されました。

感覚、表情、主観経験のモジュールから成る脳内ネットワークとそのモデル候補の図

概要図:感覚、表情、主観経験のモジュールから成る脳内ネットワークとそのモデル候補

背景

人間の喜び、悲しみ、怒り、不安などの感情は、多様な反応から成り立つ複雑な現象です。その中でも重要な反応として、心理学研究では従来から、「顔の表情の動き(表情反応)」と「主観的な感情経験(うれしいなどといった気持ち、以下「主観経験」)」が指摘されており、これらには関連があると認められていました。

しかし、表情反応が主観経験を生み出すのか、逆に主観経験が表情反応を引き起こすのかについては、議論が続いています。一方、神経科学研究では、主観経験に対応する脳活動を調べた研究は報告されていましたが、表情反応と主観経験の両者を計測しそれぞれに対応する脳活動を観察する試みはありませんでした。

そこで、共同研究グループは、感情的な反応を呼び起こしやすい動画(感情フィルム)を視聴中の実験参加者の脳活動データ、表情反応、主観経験の評定を記録し、脳活動データにおいて表情反応と主観経験を統計的に解析することで、それぞれに相関する脳内ネットワークとその動的関係を明らかにしようと試みました。

研究手法と成果

本研究では健常成人33人の実験参加者を対象に、感情フィルム3本(快・不快・中性)を提示して、実験参加者の脳活動をfMRIを用いて測定しながら、実験参加者の顔の表情をビデオ録画し、口角を引き上げる動きを表情反応として記録しました(図1)。また、脳活動の計測後に、「不快~快」を表した数直線をパソコンの画面に表示させて、実験参加者に感情フィルムの視聴時の感情が数直線上のどこに当てはまるのかをマウスでクリックして報告してもらうことで主観的な感情価[6](不快~快)の評定を記録しました。脳活動の測定中に主観経験の評定を求めると、感情経験に干渉するため、あえて脳活動の計測後に主観経験の評定をしました。

顔の表情のビデオ録画のイメージの図

図1 顔の表情のビデオ録画のイメージ

fMRI装置のヘッドコイルのため顔の上半分は隠れており、下半分の口角を引き上げる動きを表情反応として記録した。

fMRIの測定値と表情反応と主観経験の評定(感情価の絶対値)を解析した結果、以下のような知見が示されました(図2)。

  • 感情フィルム提示に対しては、感覚処理に対応する視覚野・聴覚野が活動しました(脳の感覚処理)。
  • 表情反応(口角を引き上げる動き)に対しての脳の活動領域は、大脳辺縁系(扁桃体など)や体性感覚・運動野でした。大脳辺縁系の活動は刺激の感情的意義を分析するもの、体性感覚・運動野の活動は運動反応を生み出すものと解釈されます。
  • 主観経験の評定に対しての脳の活動領域は、内側頭頂葉や側頭頭頂接合部でした。これら活動領域は、自他の心的状態を構成するメンタライジング[7]に関わる領域であり、主観経験を生み出す領域として理にかなっています。
感情フィルム提示(感覚)、表情反応(表情)、主観経験の評定(主観)に対応する脳活動の図

図2 感情フィルム提示(感覚)、表情反応(表情)、主観経験の評定(主観)に対応する脳活動

感情フィルム提示により視覚野・聴覚野(左)が、表情反応に対応して大脳辺縁系(扁桃体など)や体性感覚・運動野(中)が、主観経験の評定に対応して内側頭頂葉や側頭頭頂接合部(右)がそれぞれ活動した。

さらに、独立成分分析[8]動的因果モデリング[8]を用いてfMRIの測定値から脳ネットワークを解析しました。独立成分分析の結果、感情フィルムの提示により活動する視覚野・聴覚野が結合して感覚処理ネットワークを、表情反応と関連して活動する大脳辺縁系や体性感覚・運動野が結合して表情反応ネットワークを、主観経験と関連して活動する内側頭頂葉や側頭頭頂接合部が結合して主観経験ネットワークをそれぞれ構成していることが分かりました。動的因果モデリングの結果、感覚処理ネットワークがまず表情反応ネットワークと相互作用し、その後に主観経験ネットワークへと影響が及ぶというモデルが支持されました(概要図の「モデル3」参照)。

感情における身体と経験の関係は、身体的反応が生じそれを媒介して主観経験が形成される(例えば、笑うから楽しいというケース)という心理学のジェームズ=ランゲ説が100年以上前に提案されましたが、証拠がなく議論が続いていました。今回の結果は、この説に証拠を提供し、さらに基盤となる脳のメカニズムを解明するものといえます。

今後の期待

本研究の成果は、感情の基盤となる脳の神経メカニズムの解明に貢献するものであり、今後、精神医学における感情調節障害(うつ病、発達障害など)の診断・治療の開発、AI研究における人間の感情を理解する感情認識システムの開発に貢献するものと期待されます。また本研究成果は、どのようにすればロボットが人間のような感情を持てるかという長年の課題解決に示唆を与えるものであり、理研ガーディアンロボットプロジェクトの今後の研究にもつながります。

補足説明

  • 1.機能的磁気共鳴画像法(fMRI)
    核磁気共鳴画像法(MRI)によって血流動態反応を検知することで、脳の神経活動を非侵襲的に計測する方法の一つ。
  • 2.大脳辺縁系
    大脳半球内側部に広がり、扁桃体、海馬などから構成される構造群で、感情の身体反応を生み出す役割などを果たす。
  • 3.体性感覚・運動野
    中心溝を挟み後方に一次体性感覚野、前方に一次運動野が位置する新皮質の領域。両者は密接に結合しており、感覚入力に基づいて適切な運動出力を生成する役割を担う。
  • 4.内側頭頂葉
    頭頂葉の内側面に位置し楔前部(けつぜんぶ)などを含む新皮質の領域。自分や他者の心的状態を理解・推測するメンタライジング([7]参照)の機能などに関わる。
  • 5.側頭頭頂接合部
    上側頭回後端と下頭頂小葉(縁上回・角回)の接合部に位置する新皮質の領域で、内側頭頂葉同様にメンタライジング([7]参照)の機能などに関わる。
  • 6.感情価
    喚起される感情の質的な違いを規定するものであり、1次元上に快(興奮や喜び)と不快(怒りや悲しみ)を両極に配する双極性の概念。
  • 7.メンタライジング
    自分や他者の心的状態を理解・推測する心の働き。
  • 8.独立成分分析、動的因果モデリング
    独立成分分析は、混ざり合った入力信号の背後にある信号源を再構成するための統計分析。fMRIデータにおいて脳領域間の機能結合を解析する代表的な手法である。動的因果モデリングは、脳を非線形動的システムと捉え、脳活動における因果的なネットワークを解明する手法。

共同研究グループ

理化学研究所 情報統合本部
ガーディアンロボットプロジェクト 心理プロセス研究チーム
チームディレクター 佐藤 弥(サトウ・ワタル)

株式会社ATR-Promotions 脳活動イメージングセンタ
研究員 河内山 隆紀(コウチヤマ・タカノリ)

京都大学 人と社会の未来研究院
教授 阿部 修士(アベ・ノブヒト)
非常勤研究員 浅野 孝平(アサノ・コウヘイ)

京都芸術大学 文明哲学研究所
教授 吉川 左紀子(ヨシカワ・サキコ)

原論文情報

  • Sato, W., Kochiyama, T., Abe, N., Asano, K., & Yoshikawa, S., "Neural network dynamics associated with facial and subjective emotional responses", Communications Biology, 10.1038/s42003-025-09361-5

発表者

理化学研究所
情報統合本部 ガーディアンロボットプロジェクト 心理プロセス研究チーム
チームディレクター 佐藤 弥(サトウ・ワタル)

佐藤 弥の写真 佐藤 弥

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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