理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チームの上田 実 研究員、関 原明 チームディレクターらの共同研究グループは、橄欖岩(かんらんがん)[1]を細かく破砕した岩粉を含む土壌で育てた植物が示す生育促進に、トライコーム[2]と呼ばれる植物の茎や葉、花などの表面に生えている植物体毛(白い棘(とげ))の形成が関わることを発見しました。
本研究成果は、大気中から二酸化炭素(CO2)を取り込む働きがある岩粉を含んだ土壌環境に適応するための遺伝子や代謝経路が存在することを示し、今後それらの同定を進めることで、作物収量の増加などに貢献すると期待されます。
大気中のCO2濃度を低下させる手法の一つとして注目されている岩石の風化[3]を人工的に促進させる風化促進[4]は、大気中CO2濃度の削減だけではなく、植物の生育を促進させる効果もあり、自律的な食料安全保障体制の構築への貢献が期待されています。
今回、共同研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナでも、風化促進に伴う生育促進を確認しました。また、植物体内で起こるミネラルの蓄積量の変化と分布状況、さらに遺伝子発現の変化を解析しました。その結果、橄欖岩に多く含まれるマグネシウムが、トライコームに高蓄積していることを足掛かりに、トライコーム形成が橄欖岩の岩粉散布による植物の生育促進に関わることを示しました。
本研究は、科学雑誌『Journal of Plant Growth Regulation』オンライン版(2月6日付:日本時間2月6日)に掲載されました。
橄欖岩の岩粉散布よる植物生育促進(左図)にトライコーム(右図)が関わる
背景
近年、大気中のCO2などの温室効果ガスの濃度上昇に起因する地球温暖化による気候変動が広く認識されるようになってきました。その量と安定性からCO2は最も削減に取り組むべき温室効果ガスの一つと考えられ、大気中濃度を低下させる技術の開発が進められています。その手法の一つに、岩石を細かく破壊した岩粉を農地などに散布することで、岩石の風化を人工的に加速させる風化促進が知られています。風化促進は大気中CO2濃度の削減だけではなく、植物の生育促進にも有効です。風化促進に伴う植物の生育促進は、作物の収穫量増加だけでなく、肥料の使用量削減にもつながるため、自律的な食料安全保障体制の構築への貢献も期待されています。
ただ、なぜ植物の生育が促進されるのか、その作用機構については不明な点が数多く残されており、生育促進効果のより高い植物種や系統の選抜、土壌環境の決定など、技術開発の余地が残されています。
これまでに30種類以上の作物で、CO2との反応性が高いケイ酸塩鉱物を含む玄武岩や橄欖岩などの岩粉の土壌散布によって、収量増加などのマクロ的な観点での生育促進効果が確認されていました。しかし、モデル植物であるシロイヌナズナについては、風化促進に伴う生育促進効果の有効性については知られていませんでした。
ゲノム情報や遺伝子の機能解析のためのツールが充実し、近縁種が世界各地のさまざまな気象や地理条件に適応しているシロイヌナズナで、風化促進に伴う生育促進効果が確認されれば、生育促進効果に関わる遺伝子や代謝経路の同定、岩粉散布に適応した系統(遺伝子型)の選抜などが期待できることから、シロイヌナズナでの実証試験が求められていました。
研究手法と成果
共同研究グループは、まず風化促進がシロイヌナズナの生育促進に有効か検証しました。発芽後4日目のシロイヌナズナの実験用モデル系統である野生株Col-0を、橄欖岩を10%含む培養土に移植して19日間生育させました。そして、橄欖岩10%で生育した野生株Col-0の葉面積は橄欖岩0%の培養土で生育した野生株Col-0の葉面積よりも増大することを確認しました。つまり、橄欖岩の岩粉散布がシロイヌナズナの生育促進にも有効であることが明らかとなりました(図1)。
図1 野生株Col-0への橄欖岩散布よる植物生育促進
粒径が0.1mm程度の橄欖岩を含む土壌でシロイヌナズナ野生株Col-0を育てると(23日間生育)、橄欖岩10%の培養土で生育したCol-0の葉のサイズ(葉面積)が、橄欖岩0%の培養土で生育したものよりも増大した。
次に、橄欖岩の岩粉散布による植物体内のミネラルの濃度変化を明らかにするために、誘導結合プラズマ発光分光分析法[5]により、植物体内のミネラル含量を決定しました。その結果、橄欖岩の成分の40%以上を占めるマグネシウムがシロイヌナズナの葉に高蓄積していました。続いて、葉にマグネシウムが高蓄積する実態を明らかにするために、マイクロ粒子励起X線分析法[6]により、植物葉内でのマグネシウムをはじめとした各ミネラルの分布を解析しました。橄欖岩を含む土壌で生育させた植物では、葉面上のトライコームにマグネシウムが高蓄積していました(図2)。この結果から、トライコームが橄欖岩の岩粉散布に伴う植物の生育促進に関与している可能性が考えられました。
図2 橄欖岩を含む土壌で生育した植物はトライコームにマグネシウムを高蓄積
- (a)シロイヌナズナの葉の表面に存在するトライコーム(白い棘)。
- (b)マイクロ粒子励起X線分析法による葉表面上のミネラル分布の可視化。トライコームにはカルシウムが元々高蓄積しているために、カルシウムのシグナル(明るいX)が強く検出されたほか、マグネシウム由来のシグナル(少し明るいX)も検出された。
- (c)橄欖岩散布に伴ってトライコーム中のマグネシウム濃度が上昇した。p:統計学的有意差の指標。数値が低いほど有意水準が高いことを表す。(b)(c)は東北大学大学院工学研究科量子エネルギー工学専攻より提供。
モデル植物であるシロイヌナズナではさまざまな器官の形成に異常のある変異体が入手できます。そこで、トライコームがほとんど発達しない特徴を持つトライコーム欠損gl1-4変異体を橄欖岩を含む土壌で生育させました。gl1-4変異体の葉面積は、橄欖岩の岩粉散布による増大効果が見られませんでした。橄欖岩を含まないコントロール(対照群)の植物と同程度の葉面積にとどまりました(図3)。
図3 トライコーム欠損変異体(写真:gl1-4変異体)は橄欖岩散布による生育促進効果を消失
- (a)gl1-4変異体の葉の表面ではトライコームが存在せず、葉の表面が滑らかになる。
- (b)gl1-4変異体では橄欖岩散布による葉面積増大効果が消失した(23日間生育)。橄欖岩が10%も0%も葉面積は同じように見える。
さらに、トランスクリプトーム解析[7]から、シロイヌナズナでは、橄欖岩の岩粉散布によって病原菌応答関連の遺伝子群の発現が著しく低下していることが分かりました。つまり、橄欖岩の岩粉散布がストレス応答を抑制することで、成長を促すよう作用したことが示唆されました。gl1-4変異体では、橄欖岩の岩粉散布での病原菌応答関連の遺伝子群の発現抑制が観察されない点や、植物の必須ミネラルである亜鉛の吸収に異常が見られました。これらの結果から、トライコームの形成が橄欖岩の岩粉散布に伴う植物の生育促進に関わることが明らかとなりました。
今後の期待
本研究により、モデル植物のシロイヌナズナにおいて、風化促進に伴って生育が促進されること、昆虫による食害などから物理的に植物を防御する器官として知られていたトライコームが、風化促進に伴う植物の生育促進効果に深く関わることが示唆されました。
シロイヌナズナは、全てのゲノム塩基配列が解読されており、比較的ゲノムサイズが小さいため機能解析がしやすく、遺伝子発現・タンパク質の発現、翻訳後修飾や代謝産物について高精度に同定するための解析手法が確立されており、今後の風化促進に伴う生育促進効果の詳細を解明するためのツールがそろっています。具体的には、生育促進により適した岩種や破砕岩石の粒径の探索も並行しながら、トライコームの形成を介したミネラル分の吸収機構を明らかにしていくことが期待されます。実際、トライコーム形成に関わるGL1遺伝子はシロイヌナズナの系統間でそのゲノム配列が多様化していることが分かっています。GL1遺伝子の配列の違いが、植物体内に取り込まれるミネラル分の違いに関わっている可能性が考えられ、今後異なるGL1遺伝子配列を有する系統間において、各ミネラル分の吸収量に差異があるのか、その解明が待たれます。
また、シロイヌナズナの研究成果を作物へ展開していくことで、これまでケイ酸塩を含む岩粉を散布しても効果がないとされた作物にも、品種や利用する岩粉の種類を変えることで生育促進効果が確認できるかもしれません。マグネシウムなどのケイ酸塩由来成分含量の多い土壌環境に適応した品種を作出するための有用遺伝子の同定も期待されます。
肥料や食料品の輸入に支障が生じることが懸念されています。本研究成果に基づいた研究が進められていくことで、風化促進に伴う植物の生育促進効果の機序が解明されていき、自律的な食料安全保障体制構築の一助となることが期待されます。
今回の研究は、国際連合が2016年に定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[8]」のうち「2.飢餓をゼロに」や「13.気候変動に具体的な対策を」などへの貢献につながるものです。
補足説明
- 1.橄欖岩(かんらんがん)
マグネシウムを多く含む岩石で、地球マントルの上部が地殻変動により地表に出てきたものと考えられている。マグネシウム以外にもニッケルなどの重金属も含むため、農地への散布には重金属含量が低い玄武岩など別の岩石を用いた実施例が多い。 - 2.トライコーム
植物の表皮細胞が突起様構造になった植物体毛のこと。炭酸カルシウムなどのミネラル分が多く沈着している。葉、茎、果実などに存在し、害虫の食害や強い光に対する物理的な防御や、さまざまな二次代謝産物を蓄積するための器官であることが知られている。綿の繊維は種子の表皮から生えたトライコームであることが知られているなど、その発生部位や種によって形態的・生理的な機能は多岐にわたるものと考えられている。 - 3.岩石の風化
地表の岩石や鉱物が、太陽光、風雨、河川などによる物理的な破砕作用と、大気(CO2や酸素)や微生物・菌類・昆虫・植物由来の有機物などの作用による化学的な分解作用を伴って、長い年月をかけ砂などに破砕・分解されていく現象。岩石に含まれる成分とCO2が結合し炭酸塩となり、大気中からCO2を除去する。 - 4.風化促進
岩石や鉱物を細かく破砕することでそれらの表面積を拡大し、CO2を含む大気との反応を加速させることで、風化の進行を早める技術。 - 5.誘導結合プラズマ発光分光分析法
試料中の無機元素の定性・定量に用いられる分析法の一つ。本研究では凍結乾燥した植物試料中のマグネシウムなどの元素の定量を行っている。 - 6.マイクロ粒子励起X線分析法
加速器で発生させたイオンマイクロビームをサンプルに照射することにより、励起される元素の特性X線を測定することで、試料中に存在する元素の分布や量を測定すること。特にイオンマイクロビームを使用した場合、マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)レベルの位置分解能で2次元元素マッピングが可能。 - 7.トランスクリプトーム解析
細胞中に存在する全てのRNAの発現プロファイルを網羅的に解析すること。遺伝子の機能解析や遺伝子ネットワークの解析などに利用されている。 - 8.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。
共同研究グループ
理化学研究所
環境資源科学研究センター
植物ゲノム発現研究チーム
チームディレクター 関 原明(セキ・モトアキ)
研究員 上田 実(ウエダ・ミノル)
研究員 戸高 大輔(トダカ・ダイスケ)
テクニカルスタッフⅠ 高橋 聡史(タカハシ・サトシ)
テクニカルスタッフⅠ 石田 順子(イシダ・ジュンコ)
テクニカルスタッフⅠ 田中 真帆(タナカ・マホ)
仁科加速器科学研究センター
計測技術チーム
専任研究員 池田 時浩(イケダ・トキヒロ)
創発物性科学研究センター
物質評価支援チーム
専任技師 鈴木 恵子(スズキ・ケイコ)
東北大学 大学院工学研究科
量子エネルギー工学専攻
教授 松山 成男(マツヤマ・シゲオ)
技術職員 三輪 美沙子(ミワ・ミサコ)
バイオ工学専攻
教授 魚住 信之(ウオズミ・ノブユキ)
准教授(研究当時)石丸 泰寛(イシマル・ヤスヒロ)
(現 東京大学 大学院農学生命科学研究科 准教授)
学術研究員 内山 剛志(ウチヤマ・タケシ)
名古屋大学 生物機能開発利用研究センター 環境システム生物学研究室
教授 永野 惇(ナガノ・アツシ)
産業技術総合研究所 ゼロエミッション国際共同研究センター
首席研究員 佐山 和弘(サヤマ・カズヒロ)
東京農業大学 国際食料情報学部 宮古亜熱帯農場
教授 菊野 日出彦(キクノ・ヒデヒコ)
研究支援
本研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)ムーンショット型研究開発事業目標4「LCA/TEAの評価基盤構築による風化促進システムの研究開発(研究代表者:森本慎一郎)」、科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業「植物のレジリエンスを強化する国際研究センター(研究代表者:関原明)」、理研研究員会議奨励課題「Ionomic analysis of gigantism in plants treated with finely crushed rock powders(研究代表者:上田実)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Minoru Ueda, Daisuke Todaka, Satoshi Takahashi, Junko Ishida, Maho Tanaka, Tokihiro Ikeda, Keiko Suzuki, Misako Miwa, Takeshi Uchiyama, Yasuhiro Ishimaru, Kazuhiro Sayama, Nobuyuki Uozumi, Shigeo Matsuyama, Atsushi J. Nagano, Hidehiko Kikuno, Motoaki Seki, "Requirement of trichome formation for the growth-promoting effects of olivine for enhanced weathering in Arabidopsis thaliana", Journal of Plant Growth Regulation, 10.1007/s00344-026-12048-8
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームディレクター 関 原明(セキ・モトアキ)
研究員 上田 実(ウエダ・ミノル)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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