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2026年2月6日

理化学研究所
九州大学

1種類の触媒で4種類の有機反応を自在に切替

-全てが偶然の発見(セレンディピティ)-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チームの山田 陽一 チームディレクター、アブヒジト・セン 研究員、分子構造解析ユニットの村中 厚哉 専任研究員、九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)の前田 修孝 准教授らの共同研究グループは、1種類の触媒を用いて同じ反応基質と反応試薬との反応で4種類の全く異なる有機反応を選択的に実現する「四重スイッチング触媒反応系」の開発に成功しました。

これは、さまざまな条件を全て検討したところ思いがけず見つけたセレンディピティ(偶然の発見)的成果であり、有機合成プロセスの多機能化、創薬化学の大幅な効率化に新しい可能性を開くものです。

反応の切替えは、添加剤(アミン類:窒素を持つ化合物)や反応温度といったごく小さな条件変更のみで達成されました。触媒にはシリコンナノワイヤーアレイ(SiNA)[1]にパラジウム(Pd)を固定化したSiNA-Pdを用い、触媒量はわずか65mol ppm(原料1molに対して65ppm、0.0065mol%)でしたが、反応物の高い収率と触媒の再利用性を示し、金属残渣(ざんさ)も医薬品基準を満たしました。

さらに本研究では、マイクロ波[2]照射において磁場成分が触媒活性化に不可欠であること、変調励起赤外分光法(ME-IR)と位相敏感検出法[3]により、マイクロ波の磁場成分が触媒のシリコンナノワイヤー構造を動的に活性化していることを確認しました。これはマイクロ波化学の原理解明という点でも大きな前進です。

本研究は、科学雑誌『ACS Catalysis』オンライン版(2月5日付)に掲載されました。

ヨードベンゼン類・ブロモベンゼン類とホルムアミドとの四重スイッチング触媒反応系の図

ヨードベンゼン類・ブロモベンゼン類とホルムアミドとの四重スイッチング触媒反応系

背景

有機合成化学において、一つの基質と一つの反応剤との反応では「一つの触媒による一つの反応」が基本です。同じ原料から複数の構造を迅速につくり分けたいという創薬・材料化学の需要がありますが、複数反応の切替えも二重あるいは三重が限界でした。

これまでにグリーンナノ触媒研究チームでは、シリコンナノワイヤー表面にパラジウムを固定化した触媒(SiNA-Pd)を開発し、さまざまな有機変換反応に適用してきました注1)。SiNA-Pdの特徴は、極微量でも触媒として働く効率性ならびに固体触媒故の高い回収性・再利用性を有することです。特にマイクロ波照射下で選択的に加熱されるという利点があります。

また、同研究チームは、トリエタノールアミン(TEOA)を添加剤として、SiNA-Pdを触媒として用いた、ヨードベンゼン類の脱ハロゲン化反応を報告しています注2)

こうした研究成果を基に、共同研究グループは、新しい価値を与える概念である「四重スイッチング触媒反応系」の確立に挑みました。

  • 注1)H. Baek, Y. M. A. Yamada, Synlett 34, 1739-1746(2023)(DOI: 10.1055/a-2065-4110). H. Baek, K. Kashimura, T. Fujii, S. Fujikawa, S. Tsubaki, Y. Wada, Y. Uozumi, and Y. M. A. Yamada, ACS Catal. 10, 2148-2156 (2020)(DOI: 10.1021/acscatal.9b04784). Y. M. A. Yamada, Y. Yuyama, T. Sato, S. Fujikawa, Y. Uozumi, Angew. Chem. Int. Ed. 53, 127-131(2014).
  • 注2)Y. Matsukawa, Y, M. A. Yamada, Synlett 33, 777-780(2022)(DOI: 10.1055/a-1795-8092)

研究手法と成果

共同研究グループは、アミン類を添加剤として、SiNA-Pdを触媒として用いた、ヨードベンゼン類・ブロモベンゼン類の脱ハロゲン化反応の条件をさまざまに変えてみました。その結果、アミノメチル化[4]が優先して進行していることを見いだしました。そして、添加剤をTEOAから炭素が一つ分長いトリプロパノールアミン(TPOA)に替えたところ、今度はsp2 C-Hアリール化[5]が進行していました。アミン類が鍵と考え、アミン類のギ酸アンモニウム(アンモニアとギ酸の塩)を加えると、sp3 C-Hアリール化[5]が進行していたことが分かりました。これらは全て偶然見つけた結果でした。

4-ブチル-1-ヨードベンゼンとN,N-ジメチルホルムアミドとの反応は、添加剤や温度の違いのみで、次のように4通りに切り替わります(図1)。

  • 1)アミノメチル化反応(86%収率):TEOAを添加して150℃で反応させると、N,N-ジメチルホルムアミドの分解によって一酸化炭素(CO)・アミン・ヒドリド(負の電荷を持つ水素イオン)が生成され、前例のない直接アミノメチル化が進行しました。
  • 2)sp2 C-Hアリール化反応(98%収率):TPOAを添加して150℃で反応させると、TPOAが脱水され、還元性を示さないアリルアミンが生成されることで2価の陽イオンであるパラジウム種のPd(II)の酸化経路が抑制されてアミノメチル化反応への経路が遮断されることで、代わりにsp2 C-Hアリール化が選択的に進行しました。
  • 3)sp3 C-Hアリール化反応(88%収率):ギ酸アンモニウムを添加して150℃で反応させると、N,N-ジメチルホルムアミドの「N-CH3」がsp3 C-H活性化される、極めて珍しい反応が進行しました。
  • 4)脱ヨウ素化反応(86%収率):TEOAを添加して110℃で反応させると、低温ではN,N-ジメチルホルムアミドの分解が起こらずCO挿入が停止するため、単純な還元的脱ヨウ素化が進行しました。

既存の均一系触媒[6]の塩化パラジウム(PdCl2)、酢酸パラジウム(PdOAc)、テトラキストリフェニルホスフィンパラジウム(PdCl2(PPh3)4)、不均一系触媒[6]のPd/C、Pd/SiO2を用いた場合、脱ハロゲン化反応が進行し、かつ反応選択性が低いことを確認しました。

4-ブチル-1-ヨードベンゼン、N,N-ジメチルホルムアミドとアミン類の反応効果の図

左右にスクロールできます


添加したアミン類ならびに温度 3の収率(%) 4の収率(%) 5の収率(%) 6の収率(%)
1) トリエタノールアミン(TEOA)、150℃ 86 0 0 9
2) トリプロパノールアミン(TPOA) 、150℃ <1 98 0 0
3) ギ酸アンモニウム(HCOONH4) 、150℃ 2 0 88 7
4) トリエタノールアミン(TEOA)、110℃ 9 0 0 86

図1 4-ブチル-1-ヨードベンゼン、N,N-ジメチルホルムアミドとアミン類の反応効果

  • (上)4-ブチル-1-ヨードベンゼン(1)とN,N-ジメチルホルムアミド(2)を、4種類のアミン類(2mol当量、基準となる化合物4-ブチル-1-ヨードベンゼン1molに対する2倍量)を添加剤、SiNA-Pd(65mol ppm)を触媒として、マイクロ波照射で6時間、150℃・110℃で反応をさせると、4種類(3~6)の異なる有機反応が起きた。
  • (下)アミノメチル化、sp2 C-Hアリール化、sp3 C-Hアリール化、脱ヨウ素化の4種類の反応による反応物(上図3~6)の収率を示す。

多様なアリール基質で四重スイッチングが可能であり、生成物中のPd残渣は0.04~0.77ppmと医薬品基準を満たし、広い基質適用性と低金属残渣が明らかになりました。また、触媒SiNA-Pdは高い安定性を示し、同じ触媒を用いて4反応全てを連続して実行しても触媒活性は保持されました(図2)。

触媒SiNA-Pdを再利用して順次四重触媒系反応に適用した結果の図

図2 触媒SiNA-Pdを再利用して順次四重触媒系反応に適用した結果

同じSiNA-Pd触媒を用いて4反応全てを連続して実行しても、触媒活性は保持され、SiNA-Pd触媒は高い安定性を示した。

マイクロ波成分のうち電場、磁場のどちらが重要であるかを確認するため、 電場/磁場分離可能なマイクロ波キャビティ(TM010/TM110)[7]を使用して、アミノメチル化反応を行ったところ、電場条件下では反応が進行せず、磁場条件下でのみ反応が進行することを確認しました。さらに変調励起赤外分光法(ME-IR)と位相敏感検出法により、マイクロ波条件におけるSiNA-Pd触媒の位相分解IRスペクトルから、マイクロ波照射によって顕著なスペクトル変化が生じることが明確に示されました。特に、マイクロ波の磁場成分が、触媒活性化に最も顕著な効果を示すことを確認するとともに、シリコン-シリコン(Si-Si)結合の周期的な変調を初めて観測し、「磁場が触媒構造を動的に変形させて活性を高めている」ことが実証されました。

今後の期待

本成果はセレンディピティ的に発見されたもので、単一触媒で多種類の反応を切り替えられることから、有機合成化学・触媒科学・マイクロ波化学に新しい概念をもたらします。「四重スイッチング触媒反応系」の科学技術は、創薬スクリーニング、機能性材料の迅速合成、プロセス化学など産業界へ応用できる可能性があります。また、マイクロ波の磁場効果という新原理の解明は、エネルギー効率型合成法の開発にもつながることが期待されます。

本研究成果は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[8]」のうち、「12.つくる責任、つかう責任」への貢献につながるものです。

補足説明

  • 1.シリコンナノワイヤーアレイ(SiNA)
    シリコン表面の上に太さが数十~数百ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)、高さ数マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)のシリコンワイヤーが多数のブラシのように生えた基板。
  • 2.マイクロ波
    光子の振動が成す電磁波の一種。光子の波長が400~700nmのものを可視光線、800nm付近を赤外線、そして数cmのものをマイクロ波と呼ぶ。電子レンジから発生するマイクロ波の波長は約12cm(周波数2.45GHz)である。
  • 3.変調励起赤外分光法(ME-IR)と位相敏感検出法
    変調励起赤外分光法は、赤外測定中にガスや電圧などの条件を周期的に変化させ、その周期に同期して変化する吸着種のシグナルだけを抽出する手法。さらに位相敏感検出法によりバックグラウンドをほぼ除去でき、反応中に一瞬だけ現れる活性種を高感度で検出できる。
  • 4.アミノメチル化
    アミノメチル化とは、化合物中(ここではヨードベンゼン類など)の炭素原子にアミノメチル基を導入する反応のことである。
  • 5.sp2 C-Hアリール化、sp3 C-Hアリール化
    sp2 C-Hアリール化とは、ここではN,N-ジメチルホルムアミドのsp2炭素(H-C(=O)-)にアリール基を導入する反応である。一方、sp3 C-Hアリール化は、ここではメチル(CH3)のsp3炭素にアリール基を結合させる反応である。なお spは原子の電子軌道の混ざり方を表す言葉で、sp2は電子が平らな面に広がって結合する状態、sp3は電子が空間に立体的に広がって結合する状態を指す。
  • 6.均一系触媒、不均一系触媒
    均一系触媒は、反応基質と同じ相(今回は溶液中)に存在(溶解)する触媒で、高い活性や選択性を示しやすいのが特徴である。不均一系触媒は、触媒が固体で反応系(ここでは液相)とは異なる相に存在し、分離・再利用が容易で、工業プロセスやフロー反応に適している。今回の成果は不均一系触媒の方が高い活性を示している。
  • 7.マイクロ波キャビティ(TM010/TM110)
    TM(Transverse Magnetic、電界の方向を表す)010モードは電場が中心に強く分布し主に電場加熱に適し、TM110モードは磁場が中心に強く分布し主に磁場加熱に適したキャビティ(空洞共振器)のこと。
  • 8.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
グリーンナノ触媒研究チーム
チームディレクター 山田 陽一(ヤマダ・ヨウイチ)
(九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER) 客員教授)
研究員 アブヒジト・セン(Abhijit Sen)
特別研究員(研究当時)松川 裕太(マツカワ・ユウタ)
テクニカルスタッフⅠ 大野 綾(オオノ・アヤ)
研究員(研究当時)ヒヨル・ベク(Heeyoel Baek)
分子構造解析ユニット
専任研究員 村中 厚哉(ムラナカ・アツヤ)
理研スチューデント・リサーチャーM 畠中 優(ハタケナカ・ユウ)

九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)
准教授 前田 修孝(マエダ・ノブタカ)
(理研 環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チーム 客員研究員)
学術研究員(研究当時)アブドゥラ・アルアブドゥルガニ
(Abdullah J. Al Abdulghani)

研究支援

本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「高活性・高再利用性に高安定性が付与された高分子金属触媒の開発(研究代表者:山田陽一、JP21H01979)」、同学術変革領域研究(A)「固体触媒系のフロー反応と触媒インフォマティクス(研究代表者:山田陽一、JP24H01102)」、内藤記念科学振興財団による助成を受けて行われました。

また、本研究成果は、環境省による「革新的な省CO2実現のための部材や素材の社会実装・普及展開加速化事業」により得られたものです。

原論文情報

  • Abhijit Sen, Yuta Matsukawa, Atsuya Muranaka, Yu Hatakenaka, Abdullah J. Al Abdulghani, Nobutaka Maeda, Aya Ohno, Heeyoel Baek, Yoichi M. A. Yamada, "Quadruple switchable catalysis: sp3 C-H arylation, aminomethylation, sp2 C-H arylation, and deiodination", ACS Catalysis, 10.1021/acscatal.5c08315

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チーム
チームディレクター 山田 陽一(ヤマダ・ヨウイチ)
研究員 アブヒジト・セン(Abhijit Sen)
分子構造解析ユニット
専任研究員 村中 厚哉(ムラナカ・アツヤ)

九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)
准教授 前田 修孝(マエダ・ノブタカ)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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九州大学 広報課
Tel: 092-802-2130
Email: koho@jimu.kyushu-u.ac.jp

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