理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 意思決定回路動態研究チーム(研究当時)の岡本 仁 チームリーダー(研究当時、現 知覚運動統合機構研究チーム 客員主管研究員)、イスラム・タンビル テクニカルスタッフⅠ(研究当時、現 生体物質分析支援ユニット テクニカルスタッフⅠ)らの国際共同研究チームは、社会的闘争行動を解明するために、ゼブラフィッシュ[1]の3次元モデル(アバター)を通して2匹の成体ゼブラフィッシュを相互作用させながら、光学イメージング[2]でリアルタイムにゼブラフィッシュの神経活動を観察できる仮想現実(VR)システムを開発し、VRシステム内にてゼブラフィッシュがアバターに対して闘争行動を示すこと、闘争行動において重要な役割を果たす脳の神経回路を発見しました。
本研究成果は、社会的相互作用における脳機能の解明に貢献すると期待されます。
動物の多くは、同種同士でも争います。通常このような争いは、相手が死ぬまで続けられるのではなく、2匹のうちのどちらかが降参すれば終わります。このような争いの中で対戦相手の位置認知や攻撃のための姿勢制御において、脳深部の背側手綱核(せがわたづなかく)から脚間核(きゃくかんかく)への神経経路(背側手綱核・脚間核経路)[3]が、両眼視で敵に接近できるように体軸を調整することを可能にし、社会的闘争における成功を納めるのに重要であることを明らかにしました。
本研究は、科学雑誌『iScience』オンライン版(4月2日付)に掲載されました。
2匹のゼブラフィッシュ間の社会的相互作用のための仮想現実システム
背景
近年、社会生活におけるコミュニケーションの重要性が高まる中、生物の社会的行動の神経基盤を解明することは神経科学における重要な研究課題となっています。特に、動物の闘争行動における脳の働きを理解することは、社会的相互作用の基本メカニズムを解明する上で重要な意義を持ちます。
この研究分野において、ゼブラフィッシュは、オス同士の間で噛み付きや追いかけなどの非致死的な闘争行動を示し、明確な勝者と敗者を生み出す社会的階層構造を確立することが知られており、重要なモデル生物として注目を集めています。
岡本チームリーダーらは、ゼブラフィッシュにおいて脳深部の背側手綱核から脚間核への神経経路が、闘争の勝敗に影響を与えることを明らかにしました注1)。特に、背側手綱核の外側領域から脚間核の背側への投射回路は勝者の行動に、背側手綱核の内側領域から脚間核の腹側への投射回路は敗者の行動に、それぞれ関与することを発見しました。また、マウスを用いた実験で、背側手綱核から脚間核に至る神経回路が社会的闘争の結果を制御していること、マウスの内側手綱核腹側領域から脚間核を経て正中縫線核(ほうせんかく)に至る神経回路が、ゼブラフィッシュの敗者の回路と同じ働きを持つことを実証し、脳の「背側手綱核-脚間核神経回路」による勝敗行動の制御は、魚類から哺乳類まで進化の過程で保存されてきた普遍的なメカニズムであることを明らかにしています注2)。さらに、頭部を固定したゼブラフィッシュにVRを見せて、光学イメージングでリアルタイムにゼブラフィッシュの脳の神経活動を観察することができる2次元VRシステムを開発し、ゼブラフィッシュに空間学習能力があることを証明しました注3)。この2次元VRシステムは、頭部を固定したゼブラフィッシュにVRを見せて、光学イメージングでリアルタイムにゼブラフィッシュの脳の神経活動を観察することができます。ゼブラフィッシュの尻尾の動きを計測し、この計測に応じて投影されるVRの景色を動かすことによって、ゼブラフィッシュが1カ所にとどまっているにもかかわらず、あたかも2次元のVR内で泳いでいるように感じさせることができます。
しかしながら、闘争中の脳内で勝敗がどのようにニューロンレベルで符号化されているのか、また対戦相手の位置認知や攻撃のための姿勢制御に関与する脳領域がどこかについては、実験の技術的困難さから十分に解明されていませんでした。
- 注1)2016年4月1日プレスリリース「動物の争いでいつ降参するかを決める神経回路」
- 注2)2025年4月10日プレスリリース「社会的上下関係を巡る闘争で勝敗を分ける神経回路を発見」
- 注3)2024年9月30日プレスリリース「ゼブラフィッシュの空間学習機能を実証」
研究手法と成果
本研究では、ゼブラフィッシュの二者間闘争[4]において、ゼブラフィッシュの脳が「他者」の存在をどのように認識しているのかを解明するための新たなVRシステムを開発しました。このVRシステムでは、2匹の生きたゼブラフィッシュが頭部を固定された状態で、3次元モデル(アバター)を通して2匹のゼブラフィッシュを相互作用させながら、光学イメージングでリアルタイムにゼブラフィッシュの神経活動を観察することができます。
ゼブラフィッシュの二者間闘争を観察するために、従来の2次元VRシステムを二つ組み合わせました(図1A)。また、ゼブラフィッシュのリアルな色彩と質感を備え、ゼブラフィッシュの尻尾の動きに連動する3次元モデル(アバター)を作製しました(図1C)。
それぞれのアバターを他方のゼブラフィッシュのVR空間に投影(テレポート)させることで、共通のVR空間(図1B)を構築し、2匹のゼブラフィッシュが互いのアバターを観察しながら、VR内を自由に泳ぎ回る感覚を得ます。さらに、現実世界の魚同士の闘争で見られる噛み付き行動を再現するため、アバター同士の衝突時の体軸の相対的な向きに関する詳細なルールを作成し、アバターの動きに実装させました(図1D)。
VR空間内でゼブラフィッシュに周期的な低電圧(0.5ボルト)の刺激(図1E)を与え、ゼブラフィッシュが相手のアバターに近づき、噛み付くような攻撃行動を促進させました。ゼブラフィッシュがアバターに攻撃行動を起こせば、この刺激を回避でき、「噛まれた」アバターに対応するゼブラフィッシュにはより強い電圧(4ボルト)刺激を与えました。この電気刺激を与える手法で、ゼブラフィッシュ同士は攻撃的な態度を強めることを確認しました。
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図1 社会的相互作用のための仮想現実設定と刺激メカニズムの概略図
- (A)従来のVRシステムを二つ組み合わせることで、一方のゼブラフィッシュのアバターを他方のゼブラフィッシュのVRシステムに投影(テレポート)できる。
- (B)二つのVRシステムに共通のVR空間を構築することで、一方のゼブラフィッシュと他方のゼブラフィッシュのアバターとが相互作用できる。
- (C)アバターとして使用されるゼブラフィッシュのリアルな3次元モデル。
- (D)一方のゼブラフィッシュが他方のゼブラフィッシュのアバターと一定の角度範囲で衝突した場合の噛み付きイベントの条件。
- (E)双方のゼブラフィッシュに軽度の電気的刺激を周期的に与える。一方のゼブラフィッシュが他方のゼブラフィッシュのアバターに攻撃行動をすれば、周期的な電気刺激を回避できる。
遺伝子組換え技術を使って勝者の経路(背側手綱核・脚間核経路)が特異的に働かなくなったトランスジェニック(TG)魚と野生型(WT)魚をVR空間内で対戦させました。TG魚は敵をターゲットにすることや疑似的に噛み付くことに顕著な障害があることが判明しました。これを解析するために、頭の周囲で片目視および両眼視が可能な角度範囲(図2A)を定義し、WT魚およびTG魚がVR空間で敵をどのように見ているかを確認しました。WT魚同士では、より高い頻度で攻撃姿勢を示す傾向がありました。一方、WT魚-TG魚ペアの場合、TG魚がWT魚の敵に接近しづらくなり、互いの距離が遠くなりました。TG魚は、両眼視野を使用した敵の追跡が著しく低下しており、代わりに左眼への依存が増加していることが明らかになりました(図2B、C、D)。
図2 トランスジェニック(TG)魚と野生型(WT)魚のVRシステムの解析
アプローチの分析により、背側手綱核を特異的に働けなくしたTG魚で両眼視の形成に障害があり、左眼への依存度が高いことが示されている。
- (A)VRシステムでの左目と右目の視野の角度範囲と両眼視。
- (B)WT魚は、TG魚よりも両眼視の使用が多い。
- (C)TG魚は左眼視野の使用が多い。
- (D)アプローチ中にターゲットを両眼視野に配置するTG魚の能力が低下していることを示す概念図。
本研究結果は、背側手綱核・脚間核経路が社会的闘争において重要な役割を果たすとともに、この経路が相手を両眼視野内に収めて攻撃するために必要不可欠であることを実証しました。特に、体軸を適切に調整して標的を両眼視野内に維持する機能を持つことが示唆され、この機能の障害が社会的闘争における敗北につながる可能性が示されました。
今後の期待
本研究で新たに開発されたVRシステムと光学イメージングの組み合わせは、社会的相互作用における脳機能の解明に革新的な可能性をもたらします。特に、光学イメージングを用いることで、二者間闘争中のゼブラフィッシュ双方の脳活動を同時に観察することが可能となり、他者認知に関わる脳領域の特定や、手綱核・脚間核経路以外の社会的闘争の帰結を決定する脳回路の解明が期待されます。このVRシステムを用いたさらなるin vivo[5]イメージング研究では、神経細胞レベルの符号化という観点から標的の特定と戦闘のメカニズムを解明できる可能性があります。
また、本研究で開発されたVRシステムは、ゼブラフィッシュにおける求愛行動や群れ形成などの多様な社会行動研究への応用も可能です。また、手綱核・脚間核経路の機能解明は、社会的相互作用における視覚情報処理の重要性を示唆しており、自閉症スペクトラム障害などの社会性障害の神経メカニズムの理解に貢献するかもしれません。将来的には、この知見を生かして社会的相互作用の障害を伴う神経疾患の治療法開発への応用も期待されます。
哺乳類では社会的相互作用時の神経活動の詳細な解析は、技術的制約から困難なため実現されていませんが、VRシステムと光学イメージングを組み合わせた本研究アプローチが画期的な手法となり、闘争中の哺乳類の脳活動を詳細に調べることが可能となるかもしれません。
今後、岡本チームリーダー(研究当時、現客員主管研究員)らは、光学イメージングを用いて、社会相互作用において脳のどの部分が対戦相手の位置を認知し攻撃のために適切な姿勢の制御を可能にするのか、手綱核・脚間核回路以外のどの脳回路が社会的闘争の帰結決定に寄与しているのかを明らかにしていきます。
補足説明
- 1.ゼブラフィッシュ
ゼブラフィッシュ(Danio rerio)は、南アジア原産の小型(2~4cm)の熱帯淡水魚で、水族館で人気があり、研究における重要な脊椎動物モデル生物として広く用いられている。透明な胚、急速な発生、そしてヒトとの高い遺伝的類似性から、遺伝学、発生生物学、そしてヒト疾患の研究において極めて重要な役割を果たしている。 - 2.光学イメージング
光(可視光、赤外線、紫外線など)の反射、屈折、散乱、蛍光を利用して物体や生体組織を画像化・視覚化する技術。本研究では、カルシウム流入を検出することで生きた脳組織における神経活動を記録することができ、強力かつ低侵襲なin vivo([5]参照)な技術である2光子カルシウムイメージング(2PCI)を使用している。赤外線フェムト秒(1,000兆分の1秒)パルスレーザーと蛍光指示薬を用いることで、細胞レベルの分解能で最大400~500マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)の深部組織イメージングを可能にする。この手法は、覚醒し行動する動物の神経ネットワーク活動を、多くの場合頭蓋窓を通して研究するために不可欠。 - 3.背側手綱核(せがわたづなかく)から脚間核(きゃくかんかく)への神経経路(背側手綱核・脚間核経路)
背側手綱核から脚間核への経路(下図の脳回路で赤と緑で示されている)は、進化的に保存された非対称の脳回路であり、感情行動、特に恐怖反応や社会的闘争の結果を制御する。この経路は、神経シグナルを、ゼブラフィッシュにおける「逃走」や「すくみ」といった行動選択や、社会的優位性や服従へと変換する。

- 4.ゼブラフィッシュの二者間闘争
オス同士の一般的な攻撃的な相互作用であり、噛み付き、追いかけ、打撃といった様式化された非致死的な行動によって特徴付けられ、社会的な階層構造(上下関係)を確立する(下図参照)。これらの相互作用は通常、明確で持続的な勝者と敗者を生み出し、優位な魚はより攻撃的になり、敗者はすくむ、逃げるといった受動的な行動を示す。

- 5.in vivo
in vivoとは「生体内」を意味し、マウスやゼブラフィッシュなどの実験動物の体内に被験物質を直接投与し、体内または細胞内での薬物反応を検出する試験を指す。例えば、細胞内での反応はin vivoと考えられる。また、動物が生きたまま何らかの行動を行っている間の脳細胞の活動を測定する実験もin vivoと考えられる。
国際共同研究チーム
理化学研究所 脳神経科学研究センター
意思決定回路動態研究チーム(研究当時)
チームリーダー(研究当時) 岡本 仁(オカモト・ヒトシ)
(現 知覚運動統合機構研究チーム 客員主管研究員)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時)イスラム・タンビル(Tanvir Islam)
(現 生体物質分析支援ユニット テクニカルスタッフⅠ)
研究員(研究当時)鳥越 万紀夫(トリゴエ・マキオ)
研究員(研究当時)谷本 雪(タニモト・ユキ)
国立台湾大学
准教授 チョウ・ミンイー(Chou Ming-Yi)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「手綱核・脚間核経路による社会・認知行動のスイッチング制御機構の解明(研究代表者:岡本仁、21H04814)」、同学術変革領域研究(A)「神経回路センサスに基づく適応機能の構築と遷移バイオメカニズム(領域代表者:磯村宜和、21A301)」「能動的推論に基づく意思決定の神経回路機構の解明(研究代表者:岡本仁、22H05520)」「階層的脳部位間の予測と予測誤差信号の伝達に基づく意思決定行動の制御機構(研究代表者:岡本仁、23H04976)」の助成と、一部は理研CBS-花王連携センターの支援を受けて行われました。
原論文情報
- Tanvir Islam, Makio Torigoe, Yuki Tanimoto, Ming-Yi Chou, Hitoshi Okamoto, "Virtual social interaction reveals that the dorsal habenula-IPN pathway is essential for targeting the opponent", iScience, 10.1016/j.isci.2026.115566
発表者
理化学研究所
脳神経科学研究センター 意思決定回路動態研究チーム(研究当時)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時)イスラム・タンビル(Tanvir Islam)
(現 生体物質分析支援ユニット テクニカルスタッフⅠ)
チームリーダー(研究当時)岡本 仁(オカモト・ヒトシ)
(現 知覚運動統合機構研究チーム 客員主管研究員)
イスラム・タンビル
岡本 仁
発表者のコメント
私たちは、アバター同士の仮想空間での闘いによって、闘いの当事者の性質を調べようとしました。ハリウッド映画の現実版のようで、私たち自身もわくわくしています。(岡本 仁)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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