理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 代謝システム研究チームの内田 開 研究員、平井 優美 チームディレクターの研究チームは、葛(クズ)の花に含まれるイソフラボン[1]の一種、テクトリゲニンの生合成に関与する酵素遺伝子を明らかにし、出芽酵母[2]でテクトリゲニンを大量生産できることを実証しました。
本研究成果は、希少な植物原材料を用いずに有用成分テクトリゲニンの生産が可能になることから、今後バイオテクノロジーを用いた有用物質の生産向上に貢献すると期待されます。
葛の花は古来、中国では漢方として用いられており、現在においては日本でもサプリメントなどとして広く利用されています。葛の花に含まれる有用成分の一つであるテクトリゲニンは、抗酸化活性や抗腫瘍活性などさまざまな有用な活性を示すことが知られています。しかしそれが、葛の花でどのように生合成されているのか、その実態は明らかになっていませんでした。
今回、研究チームは、葛のトランスクリプトーム解析(発現している遺伝子の情報を網羅的に調べる解析)結果を基に生合成に関与する酵素の候補遺伝子を選抜し、その機能を出芽酵母で発現させることで確認しました。その結果、イソフラボンの6位と呼ばれる位置を水酸化する酵素、およびメチル基転移酵素(メチル基を別の分子に移す酵素)の二つの酵素遺伝子の同定に成功し、葛におけるテクトリゲニン生合成経路を明らかにしました。さらに、これらの酵素遺伝子を導入した出芽酵母を用いて、大豆に多く含まれるイソフラボンである安価なゲニステインからテクトリゲニンを大量に生産可能であることを示しました。
本研究は、科学雑誌『Plant Biotechnology』オンライン版(5月20日付:日本時間5月20日)に掲載されました。
本研究で明らかにしたテクトリゲニン生合成経路
背景
葛(クズ)はマメ科の多年草で、その根は葛根と呼ばれ古来より漢方として利用されています。また、葛は根だけでなく、花も同様に漢方に用いられイソフラボンやサポニンといったヒトにとって有用な活性を示す多様な成分が含まれていることが報告されています。テクトリゲニン(図1左)は葛の花に含まれるイソフラボンの一種で、抗酸化活性や抗腫瘍活性など有用な活性が多数報告されており、最近ではテクトリゲニンおよびその類縁体を主成分とした葛の花抽出物のサプリメントも流通しています。
これまでの多くの研究によって、イソフラボンの生合成に関与する酵素遺伝子の多くは明らかにされてきています。テクトリゲニンはその構造からゲニステイン(図1右)から水酸化・メチル化反応によって生合成されると予想されます。しかし、それらの反応を触媒する酵素は明らかになっておらず、実体は不明のままでした。
図1 テクトリゲニン(左)とゲニステイン(右)の構造式
近年、原生植物の乱獲などによる植物資源の枯渇が懸念されているだけでなく、葛を含む一般に栽培されない植物材料の多くは輸入に依存しているため、世界情勢などに供給量が大きく左右されることが問題となっています。この問題を受け、最近では微生物や植物で有用な物質を安定的かつ大量に生産するバイオものづくりに注目と期待が高まっていますが、バイオものづくりを行うためには目的の物質をつくる酵素の遺伝子を明らかにする必要があります。
研究手法と成果
研究チームはまず、理研横浜地区(横浜市鶴見区)内に自生している葛の花、つぼみ、葉をサンプリングし、それらのメタノール抽出物を、液体中の成分を分離して測定する分析手法である高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による分析を行いました。その結果、テクトリゲニンの類縁体であるテクトリゲニン-7-O-キシロシルグルコシド(図2)が花とつぼみに蓄積しており、葉では検出限界以下であることを確認しました。このことから、テクトリゲニンの生合成に関与する酵素遺伝子は花やつぼみで発現していることが予想されました。
図2 テクトリゲニン-7-O-キシロシルグルコシドの構造式
次に、同様のサンプルから全RNAを抽出し、RNA-シーケンシング(次世代シーケンサーを用いて遺伝子発現を網羅的に解析する手法)によるトランスクリプトーム解析を行いました。これまでに、イソフラボンの水酸化にシトクロムP450[3]と呼ばれる分子種が多数関与していることが知られていたため、本研究では葉で発現が見られず、つぼみや花で高発現しているシトクロムP450を水酸化酵素の候補遺伝子として複数選抜しました。これらを出芽酵母に導入後、発現誘導と同時に培養液中に基質と想定されるゲニステインを添加し、24時間培養しました。その培養液をHPLCで分析した結果、一つの候補を発現させた酵母培養液で6-ヒドロキシゲニステインと一致するピークが検出されました(図3)。従って、これがゲニステインの6位を水酸化する、イソフラボン6位水酸化酵素(I6H)であることが分かりました。
図4 I6H-IOMT共発現のHPLCクロマトグラムと反応図および産物量
(左上)I6HとIOMTを共発現させた酵母培養液に基質であるゲニステインを添加し、72時間経過後、その抽出物をHPLCで分析した。培養0時間では見られないテクトリゲニンの標品のピークと一致する産物が培養72時間後では検出された。(左下)ゲニステインからテクトリゲニン生合成の反応図。(右)培養液中のテクトリゲニン量を定量した結果。
さらに、I6H遺伝子と同様の発現パターンを示すメチル基転移酵素を候補として一つ選抜し、I6Hとともに同様の反応を行ったところ、テクトリゲニンであることが証明されたもの(標品)と一致するピークが検出され、これがイソフラボンメチル基転移酵素(IOMT)活性を持つことが分かり(図4左)、ゲニステインからテクトリゲニンを生合成する反応の触媒に関わる酵素遺伝子を明らかにしました。また、ゲニステインを培養液中に大量に添加し、テクトリゲニンの生成量を定量したところ、3日間の培養で約40mg/Lのテクトリゲニンが生成されており(図4右)、これら酵素遺伝子を利用したバイオコンバージョン[4]により安価で大量に入手可能なゲニステインからテクトリゲニンを大量に生成できることを示しました。
図3 I6H産物のHPLCクロマトグラムと反応図
候補遺伝子を発現させた酵母培養液に基質であるゲニステインを添加し、24時間経過後、その抽出物をHPLCで分析した。一つのサンプルにおいて、ネガティブコントロール(反応が起こらないことを確認するための対照)には見られない6-ヒドロキシゲニステインの標品(当該物質であることが証明されたもの)のピークと一致する産物が検出された。
今後の期待
本研究ではテクトリゲニン生合成に関与するI6HおよびIOMTを同定し、これらを用いてゲニステインからテクトリゲニンにバイオコンバージョン可能なことを示しました。今後、バイオコンバージョン条件の検討を進めれば、宿主微生物の選定や培養条件の最適化によって、より高効率にテクトリゲニン生産が可能になると考えられます。また、ゲニステインを蓄積する植物やゲニステインまでの生合成に関与する酵素遺伝子を利用することでテクトリゲニン高蓄積生物の作出も可能になると予想されます。これらの手法によりテクトリゲニンがより大量に生産可能になることで、今後その詳細な生物活性や新規活性機能などの解明へ発展していくことが期待されます。
本研究成果は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[5]」のうち、「3. すべての人に健康と福祉を」および「15. 陸の豊かさも守ろう」に貢献するものです。
補足説明
- 1.イソフラボン
植物が広く生産するフラボノイドと呼ばれる物質のうち、アリール基が2位ではなく3位に結合したものをイソフラボノイドと呼ぶ。そのうち、2位と3位の間に二重結合と4位にカルボニル基を持つものをイソフラボンという。イソフラボノイドの中でも最も主要に存在し、大部分がマメ科に含まれていることが知られている。 - 2.出芽酵母
真核生物で、形質転換が容易で、かつ外来遺伝子の高発現系が確立されていることから、酵母発現系で最も利用されている宿主の一つ。学名は、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)。 - 3.シトクロムP450
活性中心にヘム(鉄含有分子)を含み、空気中の分子状酸素を利用して酸素原子を添加する酸素添加酵素群。細菌から植物、哺乳動物など大多数の生物に存在する。分子内の鉄原子に一酸化炭素が結合すると光の波長が450ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)に極大吸収を持つ色素(Pigment)という意味から、P450とされる。 - 4.バイオコンバージョン
微生物や植物などの生物および酵素などの生体触媒を用いて有用な物質を生産する手法。生物変換とも呼ばれる。 - 5.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省のホームページから一部改変して転載)。
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)革新的GX技術創出事業「バイオものづくり」研究領域の「先端的植物バイオものづくり基盤の構築(研究代表者:大熊盛也、JPMJGX23B0)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Kai Uchida, Masami Yokota Hirai, "Identification of an isoflavone 6-hydroxylase involved in tectorigenin biosynthesis in kudzu (Pueraria montana var. lobata) and the efficient production of 6-methoxyisoflavones", Plant Biotechnology, 10.5511/plantbiotechnology.26.0330b
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 代謝システム研究チーム
研究員 内田 開(ウチダ・カイ)
チームディレクター 平井 優美(ヒライ・マサミ)
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