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2026年5月20日

理化学研究所
高輝度光科学研究センター
大阪大学

「きれいな」X線レーザーパルス幅計測に成功

-背景信号を完全排除し計測精度を格段に向上-

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター ビームライン開発チームの大坂 泰斗 研究員、SACLAビームライン基盤グループの矢橋 牧名 グループディレクター、高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室の登野 健介 チームリーダー、大阪大学 大学院工学研究科の佐野 泰久 教授らの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]施設「SACLA[2]」において、背景信号のない「きれいな」XFELパルス幅計測に成功しました。

本研究成果により、XFELのパルス幅を正確に知ることができ、複雑なX線と物質との相互作用の深い理解やその応用展開に貢献することが期待されます。

今回、共同研究グループは、二つに複製したXFELをわずかに交差させ、ダイヤモンドを介して第二高調波発生(SHG)[3]を観測することで、背景信号を排除し、時間波形の情報を持った信号のみを検出することに成功しました。さらに、XFELを結晶分光器[4]に通した際、時間波形に理論計算通りの変調が生じることを示しました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(5月12日付)に掲載されました。また、注目論文として、「Editors' Suggestion」に選定されました。

背景信号排除の概念と実証結果の図

背景信号排除の概念と実証結果

背景

ある道具を使って未知のものを探る、狙い通りの結果を得る、もしくは道具を改良するためには、その道具がどんなものなのかを正確に知る必要があります。学術研究や医学療法、産業技術にとって欠かせない可視光域の超短パルスレーザーの幅広い応用展開も、レーザー自体の計測技術の発展に支えられてきました。特に重要な情報であるパルス時間波形も、今では正確に計測することができます。

一方で、2009年に登場したX線自由電子レーザー(XFEL)のパルス波形計測技術はほとんど報告されていませんでした。そのため、XFELを使って得られた計測結果について、あるパルス波形を仮定して議論されることが多く、その正確性が疑問視されています。

そのような状況の中、2022年に大坂研究員らが、パルス幅計測法として最も初歩的な「強度自己相関計測」に成功したことを報告しました注)。一つの光パルスから複製された二つの光パルス(複製パルス)間の時間差を変えながら、試料からの非線形光学現象[5]の信号を計測する手法です。複製パルス同士が重なっているときに信号量が増えるため、パルス幅や波形の情報が得られます。しかし、パルス波形の情報を持たない背景信号も同時に検出してしまうため、計測精度が不十分という問題がありました。

可視光域においては背景信号を排除するために、交差させた複製パルスと第二高調波発生(SHG)を利用する計測が代表的です。入射光波と第二高調波とは位相整合条件[6]を満たす必要があるため、両方の複製パルスが関わり、時間波形の情報を持つ自己相関信号と、おのおののパルスが発生させる背景信号とは異なる角度で出てきます。つまり、それぞれの信号を空間的に分離することができます。しかし同時に、複製パルスを交差させることによって試料中で時間差が生まれ、分解能を悪化させるという問題が起きます。この分解能の悪化は、おおよそ交差面でのレーザー径と交差角度との積に比例します。例えば、径1mmのレーザーを1度で交差させると、分解能の悪化は約60フェムト秒(fs、1fsは1000兆分の1秒)となり、パルス幅が約10fsといわれているXFELの計測はできません。

研究手法と成果

共同研究グループは、背景信号を排除したXFELのパルス幅計測法を開発するため、可視光SHGとX線SHGとの違いに注目しました。X線SHGには、①結晶の周期構造を利用して位相整合条件を満たし、②位相整合条件を満たすことのできる角度範囲がとても狭い(約0.01度)という特徴があります。また、X線は③可視光よりも小さく絞ることができます。

これらX線SHGならではの三つの特徴は、各信号を空間的に分離できないような小さな交差角でも、結晶の角度を微調整することで、自己相関信号と背景信号とを別々に発生させることができることを意味しています(図1)。さらに、レーザー径も小さくできるため、時間分解能の悪化を無視できるレベルにまで抑えられることを見いだしました。

本研究では、複製XFELパルス間の交差角を約0.02度として、両パルスが重なるように1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)にまで集光し、ダイヤモンドからのX線SHG信号を検出しました。この条件での時間分解能の悪化はたったの1アト秒(100京分の1秒)と見積もられます。

X線レーザー時間幅計測法の概要の図

図1 X線レーザー時間幅計測法の概要

対象のXFELパルスを右側と左側とで分け、X線集光ミラーによって一点に集光することで、わずかに交差した複製パルスをつくり出す。集光点にダイヤモンドを配置し、X線SHGの信号を検出する。ダイヤモンドの角度を変えていくと、三つの位相整合条件を満たす(図右下)。うち二つは個々の複製パルス単独で条件を満たすため、複製パルス間の時間差に依存しない背景信号となり、残り一つは両方の複製パルスが関与する、時間波形の情報を持った自己相関信号である。自己相関信号が位相整合条件を満たすようにダイヤモンドの角度を調整することで、背景信号を排除した強度自己相関計測が可能となる。

まず、背景信号排除の原理を実証するため、複製パルス間の時間差がゼロの場合と100fsの場合とで、ダイヤモンドを少しずつ回転させながら測定したX線SHG強度変化を比較しました(図2)。その結果、ダイヤモンドの角度を正確に調整することで、期待通り自己相関信号のみを検出できることが分かりました。

X線第二高調波強度のダイヤモンド角度依存性の図

図2 X線第二高調波強度のダイヤモンド角度依存性

時間差ゼロでの計測結果をピンク、100fsでの結果を緑で表示している。両サイドのピーク間の角度差が複製パルス間の交差角であり、各ピークの角度幅が位相整合条件を満たす許容角度幅に相当する。両サイドのピークの中央を回転角度0度として示している。時間差ゼロの場合のみ、回転角度が0度付近にピークが存在し、このピークが自己相関信号、両サイドのピークが背景信号であることを示している。ダイヤモンドの角度を中央のピークに合わせることで、自己相関信号のみを検出できる。

次に、ダイヤモンドを所定の角度に固定して強度自己相関計測を行いました。また、結晶分光器ありとなしとでの計測結果を比較しました(図3)。いずれの場合でも、時間差が大きいときにはX線SHG信号強度がゼロ近くになっており、背景信号を排除できていることが分かります。

結晶分光器なしの場合、計測結果は中央の鋭いピークに肩が乗ったようないびつな形をしていますが、結晶分光器ありの場合の結果では、滑らかな一つのピークになっています。それぞれ数値シミュレーションともよく一致しており、パルスごとにさまざまな形をしていた波形が、結晶分光器によって滑らかで均一な波形に変調されたことを示しています。

実は、結晶分光器によってXFELのパルス波形を安定化できる可能性は2022年時点で既に報告しています。当時は確証を得るには至っていませんでしたが、今回、背景信号を排除して計測精度を格段に向上させたことによって、波形安定化の実現可能性を強く示す結果を得ることができました。

強度自己相関計測の結果の図

図3 強度自己相関計測の結果

結晶分光器の有無による計測結果の比較。数値シミュレーションによって計算したXFELパルスの時間波形を3例合わせて示している(①~③)。結晶分光器なしでは3例おのおのが異なる波形であり、それらの平均自己相関関数はいびつな形となる(上)。結晶分光器ありでは、3例いずれも似た時間波形となって、平均自己相関関数は滑らかな形となる(下)。計算した時間波形の平均自己相関関数(太実線)は計測結果と非常によく一致している。

今後の期待

本研究で実現した、背景信号の排除、そしてSHGを利用した計測は、より発展的な計測法へと直ちに展開できます。例えば、第二高調波の強度だけでなく、その周波数分布も計測することで、周波数分解光学ゲート法[7]へと展開できます。これにより、位相も含めたパルス時間波形を完全に計測することができます。

また、本計測法はさまざまなXFEL光源へ適用可能です。例えば、1秒間に約100万回もXFELパルスを発生させるような高繰り返しXFEL光源や、パルス幅が1fsを下回るアト秒XFELパルスの計測にも利用可能です。XFELパルスの時間波形を正確に知り、制御することで、XFELを利用した精密計測や物質の精密制御など、可視光レーザーのような幅広い応用展開が期待できます。

補足説明

  • 1.X線自由電子レーザー(XFEL)
    X線領域におけるレーザーの一つ。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒の超短パルスを出力する。XFELはX-ray Free-Electron Laserの略。
  • 2.SACLA
    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAserの頭文字を取ってSACLA(サクラ)と命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べ数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザー生成能力を持つ。
  • 3.第二高調波発生(SHG)
    強い光を結晶に入射したとき、光の電場によって物質が非線形に応答し、入射光波の2倍の周波数(半分の波長)の光波が生成される現象。非線形光学現象([5]参照)の一つ。レーザーの波長変換として、緑色レーザーポインターなどでも利用されている。SHGはSecond Harmonic Generationの略。
  • 4.結晶分光器
    結晶の周期的な構造によって生じる光の回折現象を利用して、ある周波数帯域のX線のみを取り出す光学素子。結晶中のある二つの層に注目したとき、各層において散乱した光波が強め合うような波長、角度の光に対して強い反射が生じる。結晶完全性が高く、安価で製造できるシリコンが主だが、ダイヤモンドやサファイアなど、多くの種類の結晶が利用されている。反射されたX線の帯域幅は、結晶の周期長や材料によって決まる。
  • 5.非線形光学現象
    物質の光への応答が、光の振幅に比例しない光学現象のこと。このような現象は線形応答に比べて極めて弱いため、通常その観測には高強度なレーザー光が必要とされる。
  • 6.位相整合条件
    第二高調波発生([3]参照)などの、非線形光学過程で生成される光波と入射光波とが、媒質中を進む間ずっと同じ位相関係を保ち、強度が効率よく増大する条件のこと。入射光波と発生した光波とで、エネルギーおよび媒質中での運動量が保存される必要がある。
  • 7.周波数分解光学ゲート法
    超短パルスレーザーの時間波形を決定するための計測技術の一つ。この技術では、測定対象となるパルス光ともう一つのパルス光(ゲートパルス)との時間差相関信号を周波数分解して記録する。記録したデータは時間差と周波数の2変数に依存した2次元データ(スペクトログラム)となる。このスペクトログラムを再現するように反復アルゴリズムを用いて、超短パルスレーザーの複素振幅時間波形を求める。

共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学研究センター SACLAビームライン基盤グループ
ビームライン開発チーム
研究員 大坂 泰斗(オオサカ・タイト)
放射光物理ユニット
ユニットリーダー 井上 伊知郎(イノウエ・イチロウ)
(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 特任准教授)
理論支援チーム
チームリーダー 玉作 賢治(タマサク・ケンジ)
SACLAビームライン基盤グループ
グループディレクター矢橋 牧名(ヤバシ・マキナ)

高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
主幹研究員 犬伏 雄一(イヌブシ・ユウイチ)
チームリーダー 登野 健介(トノ・ケンスケ)

大阪大学 大学院工学研究科
招へい研究員 松村 正太郎(マツムラ・ショウタロウ)
(株式会社エスサーフェステクノロジーズ 主任研究員)
博士前期課程学生(研究当時)三宅 雅史(ミヤケ・マサフミ)
教授 佐野 泰久(サノ・ヤスヒサ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「硬X線分割遅延光学系によるメゾスケールピコ秒ダイナミクス測定に関する研究(研究代表者:大坂泰斗)」「X線レーザーの時間構造制御と揺らぎ計測への応用(研究代表者:大坂泰斗)」、同挑戦的研究(開拓)「回折現象の非線形性を利用したX線レーザーのパルス圧縮(研究代表者:井上伊知郎)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「アト秒X線自由電子レーザーによるX線計測の無損傷化(研究代表者:井上伊知郎)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Taito Osaka, Shotaro Matsumura, Masafumi Miyake, Yasuhisa Sano, Ichiro Inoue, Yuichi Inubushi, Kensuke Tono, Kenji Tamasaku, and Makina Yabashi, "Background-Free Intensity Autocorrelation for Femtosecond X-Ray Pulses", Physical Review Letters, 10.1103/3743-3h2l

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター
ビームライン開発チーム
研究員 大坂 泰斗(オオサカ・タイト)
SACLAビームライン基盤グループ
グループディレクター 矢橋 牧名(ヤバシ・マキナ)

高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
チームリーダー 登野 健介(トノ・ケンスケ)

大阪大学大学院工学研究科
教授 佐野 泰久(サノ・ヤスヒサ)

発表者のコメント

この成果は、実は理論的根拠が乏しい状況で、ほとんど思い付きと勘を頼りに実施した実験を発端としたものです。想像以上に良い結果が得られ、深く考えていくと、その適用範囲もとても広いということが分かりました。あまりお薦めはしませんが、たまには失敗を恐れずに自分の直感を頼りに実験をしてみても、思わぬ成果につながるかもしれない良い例かと思います。
実験自体は特別難しいものではありません。2022年の報告とほぼ同じセットアップ(試料と検出器の位置が異なるだけ)ですし、ほとんど自動測定だったので体力的にもゆとりのある実験でした。ただし、諸外国のXFEL施設でも同じことができるかというと少し疑問です。SACLAの加速器、光学系、検出器、データ収集系全ての安定性、信頼性があって初めて成し遂げられた成果だと感じています。共著者はもちろんのこと、関係者皆さまにこの場をお借りして感謝申し上げます。(大坂 泰斗)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用推進部 普及情報課
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Tel: 06-6879-7231
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