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2026年5月20日

理化学研究所

根の周りの微小な生態系を丸ごと可視化

-植物・微生物・土壌を保ったまま観察する電子顕微鏡法-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 質量分析・顕微鏡解析ユニットの豊岡 公徳 上級技師らの研究チームは、植物の根の周囲に広がり、微生物、土壌鉱物などが入り混じる「根圏(こんけん)[1]」を、広い範囲で、かつ細胞レベルの細かさで観察する電子顕微鏡法を開発しました。

本研究成果は、植物と土壌微生物の相互作用の理解を深め、農業生産や環境応答の研究における根圏の構造解析の基盤技術になると期待されます。

根圏では、植物、微生物、有機物、土壌鉱物などが複雑に接しています。生物試料は柔らかく、土壌鉱物は硬いため、従来の電子顕微鏡用の薄切法では、根と土壌を含む広い領域を壊さずに観察することが困難でした。今回、研究チームは、生物試料の固定と樹脂包埋[2]、材料観察で用いられる断面研磨を組み合わせ、樹脂に根圏を丸ごと包埋した根圏試料を切断・研磨して、走査電子顕微鏡[3]で研磨した断面を観察する「生物試料用断面研磨-走査電子顕微鏡法(bioCP-SEM)[4]」を確立しました。

この方法により、野外で採取した根圏試料において、微生物の集団、バイオフィルム[5]様構造、菌糸ネットワーク、原生生物に似た構造などを、植物組織や鉱物との位置関係を保ったまま観察できました。

本研究は、科学雑誌『Communications Earth & Environment』オンライン版(5月13日付)に掲載されました。

複雑な根圏試料を広域・高精細に観察する電子顕微鏡技術の図

複雑な根圏試料を広域・高精細に観察する電子顕微鏡技術

背景

植物の根の周囲には、根から分泌される物質を利用する微生物が集まり、土壌中の有機物、鉱物粒子と合わせて、根圏と呼ばれる複雑な環境が形成されます。根圏は、植物の栄養吸収、成長、病害抵抗性、炭素や窒素などの物質循環に深く関わる重要な場です。

これまで、根圏の研究では、微生物の種類を調べるDNA解析、元素分布を調べる分析法、化学成分や同位体を可視化する方法などが用いられてきました。一方で、根、微生物、土壌鉱物がどのような位置関係で接しているのかを、広い範囲で、かつ微生物や根の細胞内構造が分かる細かさで観察することは容易ではありませんでした。

その理由の一つは、根圏試料が非常に扱いにくい複合試料であることです。植物細胞や微生物は柔らかい生物試料ですが、土壌には硬い鉱物粒子が含まれます。そのため、従来の電子顕微鏡観察法で用いられてきた超薄切片を作製しようとすると、鉱物粒子によってナイフの刃が欠けてしまうなどの問題点がありました。また、おおむね5mm以上の大きな試料を切削(せっさく)することは技術的に困難でした。

そこで研究チームは、生物試料の形を保つ固定・樹脂包埋技術と、材料解析で用いられる試料の断面を研磨して内部を観察する技術を組み合わせることで、根圏のような生物・鉱物複合試料でも、数センチメートルにわたる広い領域を保ったまま内部構造を観察できると考えました。

研究手法と成果

研究チームは、植物の電子顕微鏡解析で用いられる化学固定法を基盤として、根圏を含む土壌試料を、5~50mL量のチューブまたはプラスチックビーカーの中で内部の位置関係をできるだけ崩さないように固定し、浸透性のよい低粘度の樹脂で包埋しました。次に、樹脂ブロックをダイヤモンドバンドソー[6]で切断し、露出した断面を機械研磨によって平滑化しました。得られた断面を染色し、走査電子顕微鏡を用いて平滑面を反射電子像[7]として観察しました(図1)。

bioCP-SEMによる根圏断面観察の流れの図

図1 bioCP-SEMによる根圏断面観察の流れ

根と土壌を含む試料を固定・樹脂包埋し、樹脂ブロックを切断・研磨して平滑な断面を作製する。その断面を走査電子顕微鏡で観察することで、植物組織、微生物、菌糸、土壌鉱物の位置関係を広い範囲で調べることができる。断面観察画像のスケールバーの単位はマイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。

この一連の方法を、研究チームは「生物試料用断面研磨-走査電子顕微鏡法(bioCP-SEM)」として解析フローを確立しました。bioCP-SEMは、単に試料を研磨する方法ではなく、根圏のような壊れやすい複合試料を対象に、固定、樹脂包埋、切断、研磨、電子顕微鏡観察を組み合わせ、最適化したワークフローです。

この方法を、野外から採取した根圏試料に適用しました。その結果、センチメートル規模という電子顕微鏡としては広い領域について、植物組織・細胞、微生物、菌糸、土壌鉱物、有機物の位置関係を保ったまま、同じ断面上で観察できました。野外の草本植物を含む試料では、根や土壌鉱物、菌糸、微生物が同じ断面上に分布する様子や根の中の共生菌を確認できました。さらに、土壌表面や土壌粒子の周辺には、バイオフィルムに包まれた微生物の集まりが観察され、根圏内部に微生物が集まりやすい場所があることが分かりました(図2)。また、コケ群落を含む試料では、植物体や葉間に存在する有機物や鉱物の周囲に、微生物の集合体やバイオフィルムに包まれた微生物が観察されました(図3)。これらの結果から、根圏では、根の表面だけでなく、土壌表面、土壌粒子のすき間、有機物の周囲にも微生物が分布していることが分かりました。bioCP-SEMにより、根、微生物、菌糸、鉱物、有機物が入り組む「土の中の微小な生態系」を、広い断面上で観察できました。

bioCP-SEMによる野外試料の根圏断面観察の図

図2 bioCP-SEMによる野外試料の根圏断面観察

野外で採取した草本植物と土壌を、固定・樹脂包埋し、切断・研磨した断面を走査電子顕微鏡で観察した。根、土壌鉱物、菌糸、共生菌、微生物を同じ断面上で観察でき、土壌粒子の表面にはバイオフィルムに包まれた微生物集団も確認された。

bioCP-SEMによるコケ群落の断面観察の図

図3 bioCP-SEMによるコケ群落の断面観察

野外から採取したコケ群落を土壌ごと固定・樹脂包埋し、断面を観察した。コケの組織、有機物、土壌鉱物、微生物の集合体を同じ断面上で観察でき、バイオフィルムに包まれた微生物や、土壌鉱物の周囲に集まる微生物群が確認された。

今後の期待

bioCP-SEMにより、根圏のような複雑な生物・鉱物複合試料を、広い範囲で観察するための新しい基盤が整いました。これにより、植物の根の周囲で微生物がどこに集まり、どのような構造をつくり、土壌鉱物の粒子や植物組織とどのように接しているのかを調べられるようになります。例えば、作物の生育を助ける微生物が根のどこで働いているのか、病気に関わる微生物がどこに入り込むのか、有機物や栄養分が土壌中でどこに蓄積するのかを理解するための手がかりになります。

bioCP-SEMは形態観察に特化した方法であり、それだけで微生物の種類を同定することは容易ではありません。今後、bioCP-SEMで得られる構造情報を、元素分析、同位体イメージング、蛍光標識、DNA微生物同定、AI画像解析などと組み合わせることで、未知の微生物の探索や、根圏における「構造」と「機能」の関係を理解する研究が進むと期待されます。

この方法は、根圏だけでなく、コケや地衣類、動物の腸内内容物、硬組織、皮膚表面など、生物と微生物、鉱物、有機物が接するさまざまな環境試料にも応用できる可能性があります。将来的には、農業、土壌環境、微生物生態、物質循環の研究において、根、微生物、鉱物、有機物が土壌中でどこに存在し、どのように接しているのかを直接観察する技術として利用されることが期待されます。これにより、植物の生育を支える土壌環境の評価や、有用微生物が働く場の理解、土壌中の炭素や栄養元素の循環の解明に役立つ可能性があります。

本研究成果は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[8]」のうち、「2. 飢餓をゼロに」、「9. 産業と技術革新の基盤をつくろう」および「15. 陸の豊かさも守ろう」に貢献するものです。

補足説明

  • 1.根圏(こんけん)
    植物の根の周囲に形成される環境のこと。根から出る分泌物、微生物、土壌鉱物、有機物などが相互作用する場であり、植物の成長や栄養吸収に重要である。
  • 2.樹脂包埋
    試料に樹脂を浸透させて固める処理。柔らかい生物試料を補強し、切断や研磨に耐えられる状態にする。
  • 3.走査電子顕微鏡
    電子線で試料表面を走査し、試料から出る信号を画像化する顕微鏡。通称、走査電顕またはSEM(scanning electron microscope)。光学顕微鏡より高い分解能で、試料表面の微細な構造を観察できる。
  • 4.生物試料用断面研磨-走査電子顕微鏡法(bioCP-SEM)
    生物試料の固定と樹脂包埋、断面研磨を組み合わせ、走査電子顕微鏡で観察するワークフローである。bioCP-SEMはbiological cross-sectional polishing scanning electron microscopyの略。
  • 5.バイオフィルム
    微生物が固体表面などに付着して形成する集団構造。微生物が分泌する物質を含む基質により、細胞同士や周囲の環境と結びつく。
  • 6.ダイヤモンドバンドソー
    ダイヤモンド粒子が付着したバンド状の刃を高速で回転させ、硬い試料を切断する電動工具。本研究では、樹脂に包埋した根圏試料の切断に用いた。
  • 7.反射電子像
    試料に入射した電子のうち、試料内で散乱されて戻ってくる電子を利用した画像。元素組成や密度の違いによるコントラストが得られやすい。本研究では、断面研磨で露出した試料表面から戻ってくる電子を検出し、根、微生物、鉱物などの構造を観察した。
  • 8.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省のホームページから一部改変して転載)。

研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 質量分析・顕微鏡解析ユニット
上級技師 豊岡 公徳(トヨオカ・キミノリ)
研究パートタイマーⅡ 齋藤 夕子(サイトウ・ユウコ)
研究パートタイマーⅡ 小島 聡美(コジマ・サトミ)
テクニカルスタッフⅡ 後藤 友美(ゴトウ・ユウミ)
技師 佐藤 繭子(サトウ・マユコ)

研究支援

本研究は、理化学研究所環境資源科学研究センターにおける研究活動の一環として行われました。本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(学術研究支援基盤形成)「先端バイオイメージング支援プラットフォーム(研究代表者:伊佐正、研究分担者:豊岡公徳、JP22H04926)」、同学術変革領域研究(A)「クロススケール細胞内分子構造動態解析が解明する細胞骨格ネットワーク構築とその破綻(研究代表者:仁田亮、研究分担者:佐藤繭子、JP21H05254)」「植物生態電顕イメージング: BVOCを捉える(研究代表者:豊岡公徳、JP24H02142)」「植物が創出した細胞間連絡シンプラストが駆動する環境変動下での個体統御と生存戦略(研究代表者:野田口理孝、研究分担者:豊岡公徳、JP25H01340)」「原形質連絡形成とシンプラストを介した物質輸送の制御機構(研究代表者:野田口理孝、研究分担者:豊岡公徳、JP25H01341)」「植物生態電顕イメージング:香料植物BVOCと微生物の新生態像(研究代表者:豊岡公徳、JP26H01146)」、同挑戦的研究(萌芽)「圧倒的な視野範囲での動物組織の電子顕微鏡観察を可能にする断面研磨SEM法の開発(研究代表者:渡邉敬文、研究分担者:豊岡公徳、JP25K22426)」、文部科学省データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業「バイオ・高分子ビッグデータ駆動による完全循環型バイオアダプティブ材料の創出(代表:沼田圭司、主たる共同研究者:豊岡公徳、JPMXP1122714694)」、科学技術振興機構(JST)革新的GX技術創出事業(GteX)バイオものづくり領域「先端的植物バイオものづくり基盤の構築(研究代表者:平井優美、JPMJGX23B0)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Kiminori Toyooka, Yuko Saito, Satomi Kojima, Yumi Goto, Mayuko Sato, "Biological cross-sectional polishing scanning electron microscopy enables wide-area ultrastructural mapping of intact plant-microbe-soil interfaces", Communications Earth & Environment, 10.1038/s43247-026-03598-6

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 質量分析・顕微鏡解析ユニット
上級技師 豊岡 公徳(トヨオカ・キミノリ)

豊岡 公徳 上級技師、齋藤 夕子 研究パートタイマーⅡの写真 豊岡 公徳、齋藤 夕子

発表者のコメント

根圏は、植物、微生物、土壌が出合う非常に複雑な場所です。しかし、その内部構造を広い範囲で保ったまま観察することは容易ではありませんでした。本研究では、生物試料の電子顕微鏡技術と材料試料の断面研磨技術を組み合わせることで、これまで見えにくかった根圏の微細な空間構造を可視化することに取り組みました。超薄切片を作製せず、研磨した断面を走査電子顕微鏡で観察できるため、硬い鉱物を含む根圏試料にも適用しやすく、既存のSEM環境にも展開しやすい点が特徴です。根、微生物、土壌粒子がどこで接し、どのように関わっているのかを「見える形」で示すことは、植物の生育や土壌環境を理解する手がかりになります。今後、この方法を基盤とした「根圏電顕イメージング」を発展させ、植物科学、土壌科学、微生物生態学をつなぐ解析技術として発展することを期待しています。(豊岡 公徳)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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