理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 創発光物性研究グループの豊田 新悟 研究員、小川 直毅 グループディレクター(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター)、強相関物質研究グループの田口 康二郎 グループディレクター(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター)、強相関物性研究グループの十倉 好紀 グループディレクターらの国際共同研究グループは、次世代磁気デバイス材料として注目されている反強磁性体[1]の磁気情報を光照射によって書き換えることに成功しました。
本研究成果は、次世代光磁気メモリやオールオプティカルネットワーク[2]の実現に向けた新たな情報書き込み原理の確立に貢献すると期待されます。
今回、国際共同研究グループは、反強磁性体LiNiPO4(リン酸ニッケルリチウム)において、外部電場や磁場を用いることなく、レーザー光だけを使って磁気状態を制御する全光磁気制御[3]を実証しました。さらに、光を反対側から照射することによって、磁気状態をスイッチングすることにも成功しました。通信波長帯[4]のレーザーを用いていることから、光通信技術との親和性が高く、高速かつエネルギー効率に優れた新しい光磁気記録方式の実現につながることが期待されます。
本研究は、科学雑誌『Nature Materials』オンライン版(5月15日付)に掲載されました。
背景
光は高速で情報を伝えることができるため、通信手段として広く使われています。現在、データセンターなどでは、光で伝送された情報は一度電気信号に変換され、その後、磁気メモリなどの記憶素子に書き込まれています。もし電気信号を介さず、光の情報を直接磁気として記録できれば、エネルギー損失を抑えつつ、より高速な情報処理が可能になります。
こうした状況から、光のみを用いて磁気状態を直接操作する全光磁気制御の研究が進められてきました。これまでに、強磁性体[1]などでは円偏光[5]を用いることで磁気記録が可能であることが示され、光による磁気記録の可能性が広がってきました。
情報処理のさらなる高速化への要求が高まる中、磁気記録材料として、反強磁性体が注目されはじめています。反強磁性体は、強磁性体と比べてより高速な動作が可能で、外乱の影響も受けにくいという利点を持つからです。一方で、反強磁性体では互いに逆を向いたスピンが同数存在するため、「0」と「1」を記録すること自体できません。反強磁性体に特殊な結晶構造を持たせることで、初めて「0」と「1」を記録することが可能になります。例えば、スピンの位置を輪のように配置すれば、そこにあるスピンが時計回りに並ぶか、反時計回りに並ぶかで「0」と「1」を表現することができます。しかし、そのような反強磁性体でも、物質全体として磁化を持たないため、磁場や円偏光での制御が不可能であるという課題が残されています。
研究手法と成果
本研究では、こうした課題を克服するため、光の「偏光」ではなく「運動量」に注目しました。光は進む向きに対応した運動量を持っています。国際共同研究グループは、この光の運動量を利用することで、反強磁性体の磁気状態を制御できる可能性があると考え、反強磁性体LiNiPO4(リン酸ニッケルリチウム)を実験対象に選びました。この物質は、光の進む向きを反転すると光吸収が変化する性質を持ち、光を一方向には通しやすく、逆方向には通しにくい光ダイオード効果[6]を示します。この性質は光の進行方向と物質中の反強磁性磁気状態の強い結合に由来しています。また、この性質は、「0」と「1」の記録の読み取りにも使うことが可能です。国際共同研究グループは、この性質をうまく利用すれば、磁気状態を読み取るだけでなく、強い光を入射した際には、光の入射方向の反転によって磁気状態を制御できるのではないかというアイデアに至りました(図1)。
図1 反強磁性体LiNiPO4の2種のドメインと光入射の反転による磁気状態の制御
(左図)反強磁性体 LiNiPO4の2種類の磁気ドメイン。電子スピンが互いに反対を向くため、正味の磁化はゼロとなる。ドメインAとドメインBではスピン配列が逆向きに回転している。(右図)光運動量による反強磁性スイッチングの模式図。ここで、+kおよび-kは光の進行方向を表す。
試料を反強磁性状態となる20ケルビン(絶対温度の単位。0ケルビンはセ氏零下273.15に当たり、これより低い温度は存在しない)以下の低温に冷却し、実験を行った結果、波長1.7マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)の赤外光レーザーを試料に照射すると、光の進行方向に応じて反強磁性ドメイン[7]が選択的に形成されることを発見し、光の進行方向を反転させるだけで、安定化するドメイン状態が切り替わることを確認しました。この光制御は外部電場や磁場を用いずに実現され、光を試料表裏に交互に照射することで、ドメイン状態を不揮発的[8]かつ繰り返し切り替え可能であることも明らかになりました。さまざまな偏光状態の赤外光レーザーで測定を行った結果、偏光状態には依存せず、光を照射する方向のみによってドメイン状態が決定されることが分かりました。これは、従来の光磁気制御によく用いられてきた偏光ではなく、光の進行方向そのものが磁気状態を決める新たな制御パラメータとして働くことを示しています。
国際共同研究グループはさらに、光を試料上で走査することで、任意の形状の反強磁性ドメイン構造を書き込むことにも成功しました(図2)。加えて、弱い光を用いれば形成されたドメイン状態を光ダイオード効果によって光学的に読み出せることを示しました。すなわち本研究では、外部電場や磁場を用いず、光だけで反強磁性ドメインを書き込み、保持し、読み出す一連の動作を、光の運動量を利用することによって実現しました。これは、全光学的な反強磁性メモリ動作に向けた重要な一歩です。
図2 光の運動量を利用した反強磁性体の書き込み、読み出し
(左図)光運動量による反強磁性スイッチングの模式図。裏面からレーザーを照射した領域と表面から入射した領域では、光の進行方向の違いに応じて、反強磁性ドメインが互いに反対向きの状態へとそろう。ここで、+kおよび-kは光の進行方向を表す。+kと-kを反転させることは、光の運動量の向きを反転させることに対応する。(右上図)反強磁性ドメイン読み出しの模式図。ドメインAとBで透過光強度に差が出るため、透過像にドメインコントラストが生じる。なお、読み出し光の進行方向を逆転すると、光ダイオード効果によりコントラストが反転する。(右下図)レーザーによる反強磁性ドメイン書き込み後の試料透過像。裏面照射では透過率が減少し、表面照射で増加する。さらに試料裏面から透過像を撮影すると、光ダイオード効果によって明暗が反転する。IOMEはinverse optical magnetoelectric effectの頭文字を取った略語。
今回の成果は、電流や磁場を介さずに、光の進行方向のみを使って反強磁性体を制御できる新しい原理を示したものです。光と磁気の相互作用における新しい制御原理を示すものであり、従来はほとんど注目されてこなかった光の運動量が、物質の新しい制御手段となり得ることを明らかにしました。将来的には、光通信で伝送される情報を、そのまま磁気情報へとつなげる新しい記録技術として、低消費エネルギーかつ高速な情報技術へつながる可能性があります。
今後の期待
本研究の最大の新規性は、光の進行方向というこれまでほとんど利用されてこなかった自由度を用いて、従来困難であった反強磁性体の状態制御を可能にした点にあります。従来の光磁気制御は、光の偏光や外部磁場が必要でしたが、本手法では光の進む向きだけで情報を書き込むことが可能となり、原理的に極めてシンプルな光磁気記録方式を実現します。
この特徴により、将来的には電流や磁場、偏光素子を用いない低消費電力な磁気メモリや、光と磁気を融合した新しい情報処理デバイスの実現が期待されます。特に、通信波長帯で動作することから、既存の光通信インフラと直接接続する「光で書き、磁気で保持する」新しい情報技術への展開が見込まれます。
また、反強磁性体は応答速度に優れることから、現在の電子デバイスでは到達不可能な超高速動作や高密度集積化にもつながる可能性があります。これにより、データセンターや通信機器における消費電力の削減など、社会的課題の解決にも寄与する可能性があると考えられます。
今後は、より低エネルギーでの動作実証や微細領域での制御、さらには室温動作可能な物質系への展開を進めたいと考えています。加えて、光によって書き換える、再構成可能な光回路や光ダイオード素子などへの応用も期待されます。
補足説明
- 1.反強磁性体、強磁性体
反強磁性体は隣り合う電子スピンが互いに反対向きに並ぶ磁性体。高速動作や外乱に対する安定性が期待され、次世代磁気デバイス材料として注目されている。鉄や永久磁石に代表される強磁性体では、電子スピンが同じ向きにそろうことで、物質全体に磁石としての強さや向き、すなわち磁化が現れる。反強磁性体は磁化を持たないので検出や記録が難しい。 - 2.オールオプティカルネットワーク
情報の伝送から処理までを電気信号に変換せず、光のままで行う情報技術。信号変換に伴う遅延やエネルギー損失を大幅に低減できる可能性がある。 - 3.全光磁気制御
電流や外部磁場を使用せず、光のみで物質の磁気状態を制御する手法。高速化や低消費エネルギー化が期待される。 - 4.通信波長帯
光ファイバー通信で広く用いられている赤外域の波長帯。 - 5.円偏光
偏光とは光の電場がどの向きに振動しているかを表す。電場の向きが光の進行に伴って回転する光を円偏光という。従来の光磁気制御では、この円偏光の回転方向の違いを利用して磁気状態を制御する方法が多く研究されてきた。 - 6.光ダイオード効果
光をある方向には透過しやすく、逆方向には透過しにくくする性質。電流の整流作用を示すダイオードになぞらえて、このように呼ばれる。 - 7.反強磁性ドメイン
反強磁性体の内部で、スピン配列の向きや磁気状態が一様にそろった微小な領域。異なるドメイン状態が存在することで、磁気状態を情報として記録することができる。 - 8.不揮発的
外部から電力や刺激を加えなくても、書き込まれた状態が保持される性質のこと。電源を切っても情報が消えない記録方式を指す。
国際共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター
創発光物性研究グループ
研究員 豊田 新悟(トヨダ・シンゴ)
グループディレクター 小川 直毅(オガワ・ナオキ)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター)
強相関物質研究グループ
グループディレクター 田口 康二郎(タグチ・ヤスジロウ)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター)
強相関量子構造研究グループ
グループディレクター 有馬 孝尚(アリマ・タカヒサ)
(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻教授)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(トクラ・ヨシノリ)
(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
准教授 徳永 祐介(トクナガ・ユウスケ)
(理研 創発物性科学研究センター 強相関物質研究グループ 客員研究員)
ライプニッツ固体・材料研究所(ドイツ) グループリーダー ビルモス・コクシス(Vilmos Kocsis)
アウクスブルク大学(ドイツ) 教授 イストファン・ケズマルキ(István Kézsmárki)
研究支援
本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「無偏光照射によるキラリティと磁化の制御(研究代表者:豊田新悟)」、同基盤研究(B)「トポロジカル熱輸送の低温イメージング分光(研究代表者:豊田新悟)」「反強磁性体の全光学的制御(研究代表者:豊田新悟)」「超伝導体の光電流分光(研究代表者:小川直毅)」、同学術変革領域研究(A)「アシンメトリが彩る量子物質の可視化・設計・創出」の公募研究「アシンメトリ量子物質の光制御(研究代表者:豊田新悟)」、同「相関設計で挑む量子創発」の公募研究「逆電気磁気光学効果による反強磁性超高速制御(研究代表者:豊田新悟)」、同国際共同研究事業ドイツとの国際共同研究プログラム(JRP-LEAD with DFG)「反強磁性体における光誘起状態と非平衡相(研究代表者:木村剛)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Shingo Toyoda, Vilmos Kocsis, Yusuke Tokunaga, István Kézsmárki, Yasujiro Taguchi, Takahisa Arima, Yoshinori Tokura, Naoki Ogawa, "All-optical control of antiferromagnetic domains via an inverse optical magnetoelectric effect", Nature Materials, 10.1038/s41563-026-02608-4
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発光物性研究グループ
研究員 豊田 新悟(トヨダ・シンゴ)
グループディレクター 小川 直毅(オガワ・ナオキ)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター)
強相関物質研究グループ
グループディレクター 田口 康二郎(タグチ・ヤスジロウ)
(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(トクラ・ヨシノリ)
発表者のコメント
今回制御の対象とした反強磁性体は、鉄さびに含まれる酸化鉄や緑色の顔料に使われる酸化クロムなど、身の回りにたくさんありますが、その存在をあまり意識することはありません。反強磁性体は磁化を持たないため、その磁気状態を外から捉えることが難しいからです。同様に光もとても身近な存在ですが、その運動量を普段意識することはありません。質量を持たないので、運動量が非常に小さいためです。
今回興味深いのは、そうした「使いづらいもの」同士をうまく組み合わせることで、磁気状態の制御に成功した点にあると思います。従来あまり活用されてこなかった材料に対して、光の運動量という新しい制御手段を示せたことには大きな意味を持つと考えています。
反強磁性体は、応答速度や記録密度で強磁性体を大きく凌駕(りょうが)すると考えられています。現在はまだ基礎研究の段階ですが、将来的に、光で情報を伝送するだけでなく、反強磁性磁気記録までできるようになれば、より高速で省エネルギーな情報処理や、光でプログラム可能な光素子などにつながる可能性もあります。
何より興味深いのは、「どちら向きに進むか」という光のごく基本的な性質が、物質制御に利用できた点です。これまであまり注目されてこなかった光の運動量が、物質を制御する新たな手段となり得ることが、本研究によって示されました。身近な存在にもなお新しい機能や現象が潜んでいることを示す結果だと考えています。(豊田 新悟)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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