理化学研究所(理研)数理創造研究センター 数理基礎部門の小野 清志郎 基礎科学特別研究員(研究当時、現 国内外連携・人材育成部門 客員研究員)らの国際共同研究グループは、超伝導体のトポロジカルな性質を、電気伝導や超伝導を担う電子状態を表す「フェルミ面」の情報から見分ける理論公式を構築しました。
本研究成果は、膨大な物質群の中からトポロジカル超伝導体[1]を効率よく探すための基盤となり、候補物質の理論予測や実験探索の加速に貢献すると期待されます。
トポロジカルに自明でない性質を持つトポロジカル超伝導体は、物質の端や欠陥にマヨラナ粒子[2]として振る舞う特殊な量子状態を生み出す可能性があり、将来の量子情報技術につながる新しい量子材料として注目されています。しかし、トポロジカル超伝導はこれまで見つかっていません。
国際共同研究グループは、多くの超伝導体に見られるs波型ペアリング対称性[3]に着目しました。フェルミ面上の限られた点で、実験結果や第一原理計算[4]を用いて、比較的調べやすい超伝導ペアリングポテンシャル[5]の符号と電子の速度(フェルミ速度)を調べるだけで、トポロジカル超伝導体かどうかを判定できる公式を導きました。3次元結晶を表す空間群と、薄膜を表す層群を網羅し、特に230種類ある空間群のうち159種類に対して完全な同定を、残り71種類に対しては部分的な同定を可能にしました。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(5月25日付:日本時間5月25日)に掲載されました。
フェルミ面に基づくトポロジカルな性質の判定方法の概念図
(Z. Zhang, et al.,Nature Communications)
背景
超伝導は電気抵抗がゼロになるという特異な性質を示し、その発見以降世界中の物理学者を魅了してきました。さらに、この現象は磁気共鳴画像法(MRI)や超電導リニアなど、社会を支える先端技術にも利用されています。一方で別の潮流として、過去20年ほどの研究の積み重ねにより、量子状態を記述する波動関数のトポロジカルな構造が、現代物理学の基礎概念として確立されました。
この二つの研究の流れが交わることで注目されているのが、トポロジカル超伝導体です。トポロジカル超伝導体は、物質の表面や端・欠陥の周りに、マヨラナ粒子と呼ばれる特殊な量子状態を生み出します。このような量子状態は外乱に強い情報処理につながると期待されており、量子情報技術への活用を目指して世界中で探索が進められています。しかし、これまで物質内部(バルク)がトポロジカル超伝導状態にあると確立された物質は存在しません。
超伝導の性質を理解する上で重要な手掛かりとなるのがフェルミ面です(図1)。フェルミ面とは、物質中の電子状態のうち、電気伝導や超伝導に特に強く関わる部分を表すものです。通常、電子同士は電気的な反発力によって互いに避け合います。しかし超伝導状態では、格子振動(原子の振動)や電子同士の相互作用などを介して、電子が「クーパー対」と呼ばれるペアをつくります。このペアのつくり方は、フェルミ面の形や、フェルミ面近くの電子状態の特徴に強く左右されます。例えば、フェルミ面がどのような形をしているか、電子の軌道やスピンがどのように電子状態を構成しているかなどによって、実現する超伝導の性質は大きく変わります。こうした知見を踏まえると、超伝導体のトポロジーに関する性質についても、フェルミ面の情報が重要であると考えられます。
図1 フェルミ面の一例
電子のエネルギー状態を表す「エネルギーバンド」とフェルミ面の関係を示した模式図。左図では、横軸のkx、kyが結晶中を動く電子の運動量、縦軸のEkがその電子のエネルギーを表す。灰色の平面はフェルミ準位μで、電子がどのエネルギーまで占有されているかを示す基準である。エネルギーバンドをこのフェルミ準位で切ったときに現れる断面が、右図に示す「フェルミ面」である。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、時間反転対称性[6]とs波型ペアリング対称性を持つ超伝導体のトポロジカルな性質を、フェルミ面の情報のみから読み取る公式を導出しました。この公式で必要になる情報は、フェルミ面上における二つの量だけです。一つは、超伝導の起源であるクーパー対のバンド内ペアリング成分の符号です。もう一つは、フェルミ面直上の点において電子状態が結晶中でどの向きにどれくらいの速さで運動するかを表すフェルミ速度です。これらを組み合わせることで、物質がトポロジカル超伝導体になり得るか、またその有無によって超伝導体の性質を大きく変えるエネルギーギャップを持つかどうかを判定できます(図2)。
図2 フェルミ面とトポロジーの関係の一例
電子のエネルギー状態を表す「エネルギーバンド」とフェルミ面の関係を示した模式図。左図では、横軸のkx、ky が結晶中を動く電子の運動量、縦軸のEkがその電子のエネルギーを表す。灰色の平面はフェルミ準位μで、電子がどのエネルギーまで占有されているかを示す基準である。エネルギーバンドをこのフェルミ準位で切ったときに現れる断面が、右図に示す「フェルミ面」である。
バルク結晶と薄膜が有する結晶群は、それぞれ空間群(230種類)・層群(80種類)と呼ばれます。フェルミ面の縮退や構造は、各空間群・層群によって大きく異なります。国際共同研究グループは、各空間群・層群に対して、個別にフェルミ面に基づく判定公式を導出しました。この導出には、「Atiyah-Hirzebruch スペクトル系列」という数学的手法を活用しました。驚くべきことに、230種類の空間群のうち159種類の空間群に対して、導出された公式はトポロジカルな性質を完全に決定できました。残る71種類の空間群に対しても、完全ではないもののさまざまなトポロジカルな性質を決定できることが明らかになりました。
判定に必要なフェルミ速度は第一原理計算を用いて計算することが可能です。これにより、実験で得られるクーパー対の情報を使った、最小限の情報を用いてトポロジカル超伝導体の候補を効率よく探す道筋が整いました。
今後の期待
本研究で得られた判定法は、トポロジカル超伝導体の候補を探すための探索指針として利用できます。実験で超伝導ギャップの情報が得られている物質に本手法を適用すれば、これまで通常の超伝導体と見なされていた物質の中に、トポロジカルな性質を持つものが隠れていないかを再検討できます。薄膜材料にも適用できるため、結晶対称性を設計しやすい人工構造や界面材料への展開も期待されます。本成果は、直ちに量子デバイスを実現するものではありませんが、将来的にはマヨラナ粒子に関連する量子状態の探索や、トポロジカル量子計算の基盤となる新しい材料発見につながる可能性があります。
補足説明
- 1.トポロジカル超伝導体
量子状態の自明でない幾何学的性質によって特徴づけられる超伝導体。量子物質に対しても、「ドーナッツの穴の数」のような幾何学的な量を定義することができ、トポロジカル超伝導体はそのような量が通常の超伝導体と異なる。表面・端・欠陥の周りに特殊な量子状態であるマヨラナ粒子([2]参照)が現れる可能性がある。 - 2.マヨラナ粒子
粒子と反粒子が同一であるという性質を持つ粒子。トポロジカル超伝導体中の特殊な量子状態として現れる可能性があり、量子情報技術との関連で注目されている。 - 3.s波型ペアリング対称性
超伝導の起源であるクーパー対の対称性が、結晶の持つ対称性に対して不変に振る舞うこと。 - 4.第一原理計算
量子力学に基づき、物質の電子状態を計算する手法。新材料の性質予測や候補物質探索に用いられる。 - 5.超伝導ペアリングポテンシャル
超伝導の起源であるクーパー対のできやすさを表す量。 - 6.時間反転対称性
微視的な「動画」を逆再生しても同じように見える性質を指す。電子のスピンは、時間反転すると逆向きになる。時間反転対称性を持つためには、全く同じ位置に逆向きのスピンを持つ電子が存在する必要がある。
国際共同研究グループ
理化学研究所 数理創造研究センター 数理基礎部門
基礎科学特別研究員(研究当時)小野 清志郎(オノ・セイシロウ)
(現 国内外連携・人材育成部門 客員研究員、最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 統合データ・計算科学プログラム 客員研究員、東京大学 物性研究所 物性理論研究部門 助教)
香港科技大学(中国)物理学科
博士研究員 ジャン・ジョンイー(ZHANG, Zhongyi)
京都大学 基礎物理学研究所
助教 塩崎 謙(シオザキ・ケン)
中国科学院 物理学研究所
教授 ファン・チェン(FANG, Chen)
研究支援
本研究は、理化学研究所運営費交付金(基礎科学特別研究員制度)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業研究活動スタート支援「スペクトル系列に基づく包括的トポロジカル物質探索理論の構築と第一原理計算への実装(研究代表者:小野清志郎、23K19043)」、同基盤研究(B)「量子多体系における相空間の高次ホモトピーと幾何学的物理量の研究(研究代表者:塩崎謙、23K25794)」、同学術変革領域研究(A)「『学習物理学』の創成-機械学習と物理学の融合新領域による基礎物理学の変革(領域代表者:橋本幸士)」の計画研究「機械学習への位相幾何学的アプローチ(研究代表者:福嶋健二、22H05118)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出(研究総括:上田正仁)」の研究課題「物質のトポロジカル相の理論的探究(研究代表者:河東泰之、JPMJCR19T2)」の助成を受けて行われました。
原論文情報
- Zhongyi Zhang, Ken Shiozaki, Chen Fang, Seishiro Ono, "Fermi-surface diagnosis for topological superconductivity with s-wave-like pairing symmetries", Nature Communications, 10.1038/s41467-026-72811-z
発表者
理化学研究所
数理創造研究センター 数理基礎部門
基礎科学特別研究員(研究当時)小野 清志郎(オノ・セイシロウ)
(現 国内外連携・人材育成部門 客員研究員)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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