2026年8月18日
理化学研究所
兵庫県立大学
自然科学研究機構生命創成探究センター
自然科学研究機構生理学研究所
東京農業大学
シナプスのナノ構造から精神疾患の特徴を読み取る
-統合失調症と自閉スペクトラム症のシナプスに違い-
理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 神経動態イメージング研究チームの岡部 繁男 チームディレクター、兵庫県立大学 大学院情報科学研究科の郷 康広 教授(自然科学研究機構 生命創成探究センター 教授、同機構 生理学研究所 教授)、東京農業大学 生命科学部バイオサイエンス学科の中澤 敬信 教授らの共同研究グループは、神経細胞同士がお互いにつながるシナプス[1]のナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)レベルでの構造を顕微鏡により検出し、この技術を精神疾患のリスク遺伝子に変異を持つマウスに応用することで、シナプスの形態が疾患分類に役立つ情報を持っていることを示しました。
本研究成果は、統合失調症[2]や自閉スペクトラム症[3]などの精神疾患における神経回路レベルでの病態の理解や創薬スクリーニングに貢献することが期待されます。
脳の情報処理において、神経細胞同士がお互いにつながって情報のやりとりをする場であるシナプスは重要な役割を果たします。一方でシナプスの機能が障害されることは、さまざまな脳疾患の病態とも関連しています。特に精神疾患では神経回路の機能の障害によっていろいろな症状が現れてくるため、シナプスの構造や機能の変化を捉える技術の開発は重要な課題となっています。
本研究では、超解像顕微鏡[4]と呼ばれる、ナノメートルレベルで形を見ることができる光学顕微鏡を用いて、多数のシナプスの形をイメージングし、集団としてのシナプスのナノスケールの変化を抽出しました。また多数の精神疾患のリスク遺伝子の変異マウスを解析することで、統合失調症と自閉スペクトラム症という、二つの臨床的に区別される疾患のリスクとなる遺伝子変異を持つマウスでは、それぞれ異なったシナプスのナノ構造の変化があることが分かりました。
本研究は、科学雑誌『eLIFE』オンライン版(8月11日付)に掲載されました。
本研究の概要
背景
脳が情報処理を適切に行うには、多数の神経細胞が相互につながって神経回路を形成する必要があります。神経細胞がお互いにつながる際には、情報を送る側の神経細胞が軸索[5]と呼ばれる長い突起を伸ばし、情報を受け取る細胞が持つ枝分かれの多い突起(樹状突起[5])と接触してシナプスという構造をつくります。情報を受け取る樹状突起は軸索と接触する場所にスパイン(樹状突起スパイン)[1]と呼ばれる微小な突起を形成します。スパインはその大きさが1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)程度と小さく、光学顕微鏡では細かい構造を観察することができませんでした。
近年、従来の光学顕微鏡より解像度が高い(細かい所までよく見える)超解像顕微鏡が開発され、シナプスやスパインの構造を観察することにも使われ始めています。ただ、この方法を用いて脳の病気に関するシナプスの変化を見つける研究はまだ進んでいません。
精神疾患や発達障害[3]といった脳の障害では、脳内の神経細胞が死んでしまう認知症や血管障害とは異なり、神経細胞がつながってつくられる神経回路の機能的な変化により起こっていると考えられています。神経回路の機能が変化する際には、シナプスやスパインの構造が変化をすることがこれまでの研究注1)で分かってきました。精神疾患や発達障害に関連したモデル動物のシナプスやスパインの微細構造の変化を捉える技術は、これらの疾患の病態の理解において重要です。
- 注1)Caitlin E Moyer et al. Cortical dendritic spine development and plasticity: insights from in vivo imaging. Curr Opin Neurobiol. 2018 Dec:53:76-82. doi: 10.1016/j.conb.2018.06.002.
研究手法と成果
今回の研究ではスパインの形態の微細な変化を定量的に解析するために、マウスの海馬[6]の神経細胞を培養してシナプスをつくらせ、その形態を超解像顕微鏡によりイメージングしました。得られた画像の処理を自動化して、数値データとして蓄積することで、1,000個以上のスパインの形態を集団として比較することが可能になりました(図1)。
図1 スパインの超解像顕微鏡でのイメージングと自動化した形態解析
- A.精神疾患のマウスモデルから海馬の神経細胞を取り出して培養皿の中で分化させ、樹状突起を超解像顕微鏡でイメージングした画像。
- B.画像から樹状突起の形を抽出し(上の画像)、個々のスパインを切り出し(中の画像)、スパインを白色、樹状突起のシャフト(軸)を青色で重ね合わせた(下の画像)。
- C.個々のスパインの基部から先端までを色付けした画像(青が基部、黄色が先端)。番号はBの中の画像の番号と対応している。
この技術を用いて、8種類の精神疾患と発達障害のマウスモデルのスパイン形態の比較を行いました。8種類のマウスモデルのうち、4種類は統合失調症に関連するリスク遺伝子の変異や染色体の欠失・重複を持っており、残りの4種類は自閉スペクトラム症に関連するリスク遺伝子や染色体の欠失・重複を持っています。これらのマウスモデルの比較をすることで、疾患の分類とスパインの形態の特徴の間の関係を知ることができます。
スパイン集団の特徴を解析するためには、疾患のマウスモデルとコントロール(対照群)のマウスの違いを分かりやすく可視化する必要があります。このために、スパインを形の違いに応じて2次元の平面上にマッピングし、サンプルの密度を色で表したマップ(密度マップ)をつくることにしました。さらに疾患モデルとコントロールの二つのマップの差(差分マップ)を取ると、どのような形のスパインが疾患モデルで増えたり減ったりしているのかを確認することができます(図2A)。
作成した差分マップは、それぞれのマウスモデルごとに違うパターンを示していますが、中にはよく似たパターンのものもありました。そこで差分マップの間がどれくらい似ているのかを数値化して、近いものはそばに来るような図を作成しました。この図の上で、統合失調症と自閉スペクトラム症に関連するマウスモデルの関係を調べてみると、この二つの疾患群がきれいに分かれました(図2B)。特に統合失調症に関連するマウスモデルのスパインの差分マップはよく似ており、シナプスの集団としての性質が近いと考えられました。差分マップをよく見ると、増えているスパインは細く小さいという特徴がありました(図2C)。
図2 スパインの形の集団としての特徴から疾患マウスモデルを分類
- A.個々のスパインを切り出した画像(左)について、形の特徴を元にして2次元の座標の上に配置した密度マップを作成した(右)。スパインの画像が集中してプロットされた場所は黄色になるように疑似カラーで表示している。一番下は疾患マウスモデルの密度マップからコントロールマウスの密度マップを引いた差分マップ。PC1、PC2はそれぞれ第1主成分、第2主成分を表す。
- B.差分マップがどの程度似ているのかを疾患マウスモデルの間で比較した表。黄色のマス目は二つのマウスモデルのパターンがよく似ているケースに対応する。黄色が強い領域が二つ存在し、特に統合失調症のマウスモデルの間はよく似ていた。
- C.統合失調症のマウスモデルで特に増えているスパインの形を確認すると、細く小さいスパインだった。
では、統合失調症に関連するマウスモデルの場合に、どのようなメカニズムでスパインの形が変化するのでしょうか。関連する遺伝子を探索するために、八つのマウスモデル由来の培養海馬神経細胞の遺伝子発現パターンを調べました。四つの統合失調症に関連するマウスモデルの中で三つ以上のモデルで共通に発現が上昇している遺伝子で、かつ自閉スペクトラム症に関連するマウスモデルでは発現上昇が見られない遺伝子候補が三つ見つかりました(図3A)。この三つの遺伝子はいずれも神経細胞の突起の形成や情報伝達に関連することが報告されているものです注2)。特にEcrg4[7]は神経細胞から分泌されるペプチド(アミノ酸が2個以上結合したもの)をつくる遺伝子で、実際にペプチドの分布を確認すると、軸索や樹状突起の中に存在するだけでなく、細胞外にも放出されていることが分かりました(図3B)。Ecrg4の発現は統合失調症に関連するマウスモデルで上昇しているので、遺伝子発現を抑制する操作をすると、スパインの形が変化し、正常化することも確認できました(図3C)。
図3 スパイン形態の変化に関連するEcrg4遺伝子
- A.複数のマウスモデルで共通に発現が上昇している遺伝子を探索し、統合失調症に関連するマウスモデルで特異的に変化している遺伝子候補として、三つの遺伝子を同定した。
- B.特にその中で、Ecrg4は神経細胞の情報伝達に関連するペプチドをつくり、実際に神経細胞から放出されている。矢印は樹状突起内、矢尻は軸索内、アステリスクは細胞外のEcrg4を示す。
- C.Ecrg4の発現を抑制した場合、統合失調症に関連するマウスモデルのスパインの形態は正常化した。
以上の結果は、神経細胞を機能的に接続するシナプスの重要な要素であるスパインの構造を精密に記録し、集団としてのシナプスの特徴を解析すると、元々のマウスモデルが統合失調症と自閉スペクトラム症のどちらに関連するのかを推定できることを示しています。
- 注2))Xin Qin et al. ECRG4: a new potential target in precision medicine. Front Med. 2019 Oct;13(5):540-546. doi: 10.1007/s11684-018-0637-9.
今後の期待
今回の研究で、これまで関連性が推測されつつも、その明確な証拠がなかった、精神疾患・発達障害に関連するリスク遺伝子とシナプスの形態との関係性が明らかになりました。特に統合失調症に関連するリスク遺伝子や染色体に変異を持つマウスでは、スパインの集団としての性質がお互いに似通っていて、特に細くて小さいスパインが増えているという発見は新しい事実です。このような変化の分子基盤として、Ecrg4という分泌されるペプチドが関連している点も病態の理解という点では重要な情報といえます。
精神疾患・発達障害においてどのようなシナプスの変化が生じているのか、という疑問に答えることを目的として、これまでは死後脳の研究[8]が主に行われてきました。死後脳の研究からは、統合失調症ではスパインの密度が低下しており、一方で自閉スペクトラム症ではスパインの密度が上昇している、ということが報告されています。今回の研究はマウスの海馬神経細胞を用いた研究であるため、直接の比較はできませんが、統合失調症に関連したマウスモデルでは特に細く小さなスパインが増加しており、このようなスパインは幼弱なシナプスに特徴的に存在しています。培養細胞を用いた実験は脳の早期発達の過程を反映しているので、このような幼弱なシナプスが維持されずに失われることで、成人後のスパイン密度の低下につながると考えられます。
開発されたスパイン解析技術は自動化されており、数千個のシナプスを効率よく調べることが可能です。超解像顕微鏡の技術の進歩により、精密なシナプスのイメージングをさまざまな条件で培養した神経細胞に対して行うことも可能になりつつあります。候補となる化合物をこのシステムを用いてスクリーニングし、シナプスの変化を元に戻す作用があるものを同定できれば、従来の治療薬とは全く異なる作用機序を持つ薬物の発見にもつながることが期待されます。
補足説明
- 1.シナプス、スパイン(樹状突起スパイン)
シナプスは、神経細胞同士が情報をやりとりする接合部。多くの興奮性シナプス(次の細胞を興奮させるシナプス)は、樹状突起([5]参照)の表面に存在する小さな突起である「スパイン(樹状突起スパイン)」上に形成される場合が多い。スパインは神経回路の形成や学習・記憶に伴って形や数が変化し、脳の可塑性を支える重要な構造である。 - 2.統合失調症
思考や知覚の働きに障害が生じる精神疾患。幻覚や妄想などの症状に加え、意欲や感情表現の低下、認知機能の障害が見られる。発症には遺伝的要因と環境要因の双方が関与すると考えられている。 - 3.自閉スペクトラム症、発達障害
発達障害は、生まれつきの脳機能の発達特性により、コミュニケーション、学習、行動の調整などに困難が生じる状態の総称。自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)などが含まれ、その特性や程度は個人によって大きく異なる。 - 4.超解像顕微鏡
従来の光学顕微鏡の限界を超えて、細胞内の極めて小さな構造を観察できる技術。神経細胞のシナプスやタンパク質の分布を高精度に可視化できるため、脳の働きや疾患の仕組みを解明する強力な研究手法となっている。 - 5.軸索、樹状突起
軸索と樹状突起は、神経細胞から伸びる突起。樹状突起は他の神経細胞から情報を受け取る役割を担い、軸索はある神経細胞で生じた情報を別の細胞へ伝える役割を担う。神経回路は、軸索と樹状突起がシナプスを介して接続することで形成される。 - 6.海馬
脳の中で、記憶や学習をつかさどる領域。解剖学的には大脳新皮質の内側に位置し、タツノオトシゴに似た形をしていることから「海馬」(タツノオトシゴの別名)と呼ばれる。 - 7.Ecrg4
分泌性ペプチド前駆体をコードする遺伝子であり、細胞間情報伝達や組織の恒常性維持に関与すると考えられている。脳にも発現しており、神経細胞やグリア細胞の機能調節への関与が示唆されているが、その生理的役割の全容はまだ明らかになっていない。Ecrg4はEsophageal Cancer-Related Gene 4の略。 - 8.死後脳の研究
亡くなった方から提供された脳組織を解析し、脳の構造や機能異常を調べる研究。アルツハイマー病や統合失調症、自閉スペクトラム症などの疾患で脳内にどのような変化が起こるのかを明らかにするための重要な研究手法である。
共同研究グループ
理化学研究所 脳神経科学研究センター 神経動態イメージング研究チーム
チームディレクター 岡部 繁男(オカベ・シゲオ)
東京大学 大学院医学系研究科
神経細胞生物学分野
助教(研究当時)柏木 有太郎(カシワギ・ユウタロウ)
大学院生(研究当時)劉 慶瑞(リウ・チンルイ)
附属疾患生命工学センター
教授 饗場 篤(アイバ・アツ)
助教 齋藤 遼(サイトウ・リョウ)
兵庫県立大学 大学院情報科学研究科
教授 郷 康広(ゴウ・ヤスヒロ)
(自然科学研究機構 生命創成探究センター 教授、同機構 生理学研究所 教授)
東京農業大学 生命科学部 バイオサイエンス学科
教授 中澤 敬信(ナカザワ・タカノブ)
研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳神経科学統合プログラム「脳データ統合プラットフォームの開発と活用による脳機能と疾患病態の解明(研究代表者:岡部繁男、JP23wm0625001)」、同革新的先端研究開発支援事業AMED-CREST「神経発達障害の病態解明を目指した革新的イメージングプラットフォーム(研究代表者:岡部繁男、研究分担者:郷康広、中澤敬信、JP19gm1310003)」、同戦略的国際共同研究プログラムSICORP「ALS-FTDにおけるシナプス病理(研究代表者:岡部繁男、JP22jm0210097)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「シナプスナノ形態解析による神経回路形成・制御機構の理解(研究代表者:岡部繁男、JP20H00481)」「高効率・高再現・高解像イメージングによるシナプス病態の解明(研究代表者:岡部繁男、JP25H01038)」、同学術変革領域研究(A)「グリア・神経ネットワークの統合デコーディング(研究代表者:岡部繁男、JP20H05895)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Yutaro Kashiwagi, Qingrui Liu, Yasuhiro Go, Ryo Saito, Atsu Aiba, Takanobu Nakazawa, and Shigeo Okabe, "Spine nanostructure profiling of cultured neurons from mouse models reveals a schizophrenia-linked role for Ecrg4", eLIFE, 10.7554/eLife.109083.4
発表者
理化学研究所
脳神経科学研究センター 神経動態イメージング研究チーム
チームディレクター 岡部 繁男(オカベ・シゲオ)
兵庫県立大学 大学院情報科学研究科
教授 郷 康広(ゴウ・ヤスヒロ)
(自然科学研究機構 生命創成探究センター 教授、同機構 生理学研究所 教授)
東京農業大学 生命科学部 バイオサイエンス学科
教授 中澤 敬信(ナカザワ・タカノブ)
岡部 繁男
発表者のコメント
精神疾患では特に物質的な変化が表に出ずに、機能的な障害が症状として現れてくるので、その物質的な基盤を探索する研究には困難が伴います。統合失調症や自閉スペクトラム症のリスク遺伝子にはシナプスに関連するものが多く含まれていることから、病態の基盤にシナプスの障害があるのでは、ということは以前から指摘されてきました。今回の研究でスパインの形態というこれまでは正確な測定が難しかった構造の読み出しにチャレンジすることで、精神疾患とシナプスの関連性を明らかにする新しい技術の開発が実現しました。今回の成果が精神疾患に効果のある薬物のスクリーニングなどに応用されることを期待しています。(岡部 繁男)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム
兵庫県立大学 神戸情報科学キャンパス経営部
Tel: 078-303-1901
Email: p-office@gsis.u-hyogo.ac.jp
自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS)研究力強化戦略室
Tel: 0564-59-5203
Email: press@excells.orion.ac.jp
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化推進室(広報)
Tel: 0564-55-7722
Email: pub-adm@nips.ac.jp
東京農業大学 学長室 企画広報課
Tel: 03-5477-2650 / Fax: 03-5477-2804
Email: info@nodai.ac.jp
