理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 細胞機能研究チームのフン・フユ 訪問研究員(研究当時、現 客員研究員)、杉本 慶子 チームディレクターらの国際共同研究グループは、長期間の低温が植物の再生能力を高める仕組みを発見しました。
本研究成果は、植物の再生の仕組みの理解を深めるとともに、作物の効率的な再生や育種技術の開発への応用が期待されます。
植物の再生能力は農業や育種において重要ですが、低温が再生に及ぼす影響についてはほとんど分かっていませんでした。園芸分野では経験的に、冬季の低温を経験した植物の発根や接ぎ木後の成長が促進されることが知られていましたが、その仕組みは未解明でした。
今回、国際共同研究グループは、モデル植物シロイヌナズナ[1](以下、シロイヌナズナ)を用いて、6週間を超える低温処理によって茎葉(けいよう)や根の再生が向上することを発見しました。さらに、低温応答性転写因子CBF[2]がヒストンアセチル化[3]を促進し、再生制御因子WOX5[4]の発現を活性化することで、再生能力を高めることを明らかにしました。これにより、長期間の低温が植物の再生を促進する仕組みが初めて解明されました。また、この仕組みは、冬の低温によって開花能力を獲得する春化とは異なる独立した経路で働くことも示されました。
本研究は、科学雑誌『Developmental Cell』オンライン版(8月12日付:日本時間8月13日)に掲載されます。
背景
植物は傷害を受けると、新たな器官や組織を再生することができます。育種、園芸の分野では、この優れた再生能力を挿し木や接ぎ木によるクローン増殖[5]など、さまざまな場面で利用しています。これまで経験的に、冬季の寒さを経験した植物では挿し木の発根や接ぎ木の成功率が向上することが知られていましたが、その分子メカニズムは明らかになっていませんでした。
杉本チームディレクターらはこれまで、植物の再生を制御する分子機構を明らかにするとともに、植物の再生効率が温度や光などの環境要因によって大きく変化することにも注目し、その仕組みの一部も報告しています注1~9)。しかし、長期間の低温環境が再生能力に与える影響については、シロイヌナズナで解析するための実験系が確立されておらず、分子レベルでの理解は進んでいませんでした。
今回、国際共同研究グループは、シロイヌナズナを用いた新たな実験系を構築し、長期間の低温環境が再生能力に及ぼす影響と分子メカニズムの解明に取り組みました。
- 注1)2011年3月11日プレスリリース「植物細胞の脱分化を促進するスイッチ因子を発見」
- 注2)2015年6月30日プレスリリース「植物の分化全能性抑制の分子メカニズムの一端を解明」
- 注3)2017年1月17日プレスリリース「植物が傷口で茎葉を再生させる仕組み」
- 注4)2019年11月4日プレスリリース「植物細胞のリプログラミングの仕組みを分子レベルで解明」
- 注5)2021年8月20日プレスリリース「植物の再生と防御のスイッチ」
- 注6)2022年8月4日プレスリリース「分化細胞からの植物体再生」
- 注7)2024年9月27日プレスリリース「光が植物の再生運命を決める」
- 注8)2026年3月24日プレスリリース「植物再生スイッチの制御原理を解明」
- 注9)2026年4月27日プレスリリース「傷害が誘導する植物再生の仕組み」
研究手法と成果
国際共同研究グループはまず、長期間の低温環境が植物の再生能力に及ぼす影響を調べました。シロイヌナズナを発芽後にセ氏22度の温度で2週間育てた後、幼植物の幹のような部分である胚軸(はいじく)の上部を切断し、植物ホルモンのサイトカイニン[6]を多く含む培地で培養すると、傷口付近にカルス[6]が形成され、その後、茎葉の再生[7]が起こります。
この実験系を用いて、植物に1日から8週間までの異なる期間でセ氏4度の低温処理を施し、その影響を解析しました。その結果、3週間までの低温処理では大きな変化は見られませんでしたが、4~5週間目からカルス形成や茎葉再生の促進効果が現れ始め、6~8週間の低温処理を受けた植物ではカルス形成が顕著に増加するとともに、茎葉再生効率も大きく向上することが分かりました(図1左)。さらに、胚軸の下部を切断して根の再生を誘導した場合にも、長期低温処理によって発根が促進されることが明らかになりました(図1右)。これらの結果から、長期間の低温は茎葉と根の双方の再生能力を高めることが示されました。
図1 長期低温処理による茎葉および根の再生能力の向上
- (左)シロイヌナズナの胚軸(はいじく)上部を切断してシュート(茎葉など)誘導培地で培養すると、傷口付近に形成されるカルスから茎葉(赤矢印)が再生する。長期低温処理を受けた植物では、未処理の植物と比べて茎葉再生が著しく促進された。
- (右)胚軸下部を切断して植物ホルモンを添加しない培地で培養すると、傷口から根が再生する。長期低温処理を受けた植物では発根が顕著に増加し、根の再生能力が向上したことが示された。スケールバー:1mm。
そこで効果が顕著に出始める6週間を選択して、長期低温処理による再生促進の分子メカニズムを調べました。はじめにこの長期低温処理によって発現が上昇する再生関連遺伝子群の制御因子を探索した結果、低温応答に関わる転写因子CBFと、ヒストンアセチル化酵素HAG1[8]が有力な候補として見いだされました。これらの因子が長期低温処理による再生促進に関与するかを解析しました。解析の結果、HAG1遺伝子の機能を失ったhag1変異体やCBF1、CBF2、CBF3の三つの遺伝子を同時に欠損したcbf 3重変異体では、長期低温処理を行ってもカルス形成や茎葉再生の促進がほとんど見られませんでした(図2)。このことから、長期低温環境による再生能力の向上にはHAG1とCBFが必要であることが明らかになりました。
図2 長期低温処理による茎葉再生促進にはHAG1とCBFが必要
長期低温処理を受けた野生型植物では茎葉再生が促進されるが、ヒストンアセチル化酵素HAG1または低温応答性転写因子CBFの機能を失った変異体では、この促進効果が著しく低下した。赤矢印は再生した茎葉を示す。これらの結果から、HAG1とCBFが長期低温による再生能力向上に重要な役割を果たすことが分かった。スケールバー:1mm。
さらに、国際共同研究グループは、長期低温処理後の遺伝子発現をRNA次世代シーケンス(RNA-seq)[9]によって網羅的に解析しました。その結果、長期低温環境によって発現が上昇する遺伝子群の中に、HAG1とCBFの両方に依存して発現誘導される遺伝子群が存在することを見いだしました(図3)。これらの遺伝子には、再生に重要な役割を果たす転写因子WOX5をコードするものなどが含まれていました。一方で、一部の遺伝子はHAG1またはCBFのいずれか一方のみに依存したり、いずれにも依存しなかったりしており、長期低温応答には複数の制御経路が存在することも示されました。
図3 長期低温処理後にHAG1やCBF依存的に発現誘導される遺伝子群
長期低温処理後に発現が上昇する遺伝子群を、HAG1とCBFへの依存性に基づいて分類した。グループ1の遺伝子はHAG1とCBFの両方を必要とし、グループ2および3の遺伝子はどちらか一方に依存する。グループ4の遺伝子の発現はHAG1およびCBFとは独立に制御される。これらの結果から、長期低温による遺伝子発現制御において、HAG1とCBFが中心的な役割を担うことが示された。各列は一つの遺伝子を表し、赤色は発現上昇、青色は発現低下を示す。色が濃いほど変化の程度が大きい。
そこで、HAG1とCBFがどのように遺伝子発現を活性化するのかをクロマチン免疫沈降-シーケンス(ChIP-seq)[10]によって解析しました。その結果、長期低温処理によって蓄積したCBFがHAG1を再生関連遺伝子の制御領域に誘導し、ヒストンのアセチル化を促進することが明らかになりました。ヒストンのアセチル化が進むとDNAが転写されやすい状態となり、WOX5をはじめとする再生関連遺伝子の発現が活性化されていました。これらの結果から、長期低温によって形成されるCBF-HAG1複合体がDNAの塩基配列の変化を伴わないエピジェネティックな遺伝子発現制御[11]を介して植物の再生能力を高めることが示されました(図4)。
図4 長期低温による再生促進の分子メカニズム
通常条件では再生関連遺伝子の発現は抑えられている。長期低温処理によってCBF転写因子が蓄積すると、CBFがヒストンアセチル化酵素HAG1と複合体を形成し、再生関連遺伝子の制御領域でヒストンアセチル化(H3Ac)を促進する。その結果、WOX5などの再生関連遺伝子の発現が活性化され、植物の再生能力が向上する。
今後の期待
本研究は、長期間の低温環境が植物の再生能力を高める分子メカニズムを初めて明らかにしました。園芸や育種の現場で経験的に知られていた、発根や接ぎ木の冬季の成功率向上の背景にある分子基盤の一端が解明されたものであり、植物再生の仕組みの理解を大きく前進させる成果です。これまで長期低温応答の研究は、開花を促進する春化を中心に進められてきましたが、本研究は長期低温環境が再生能力の制御にも重要な役割を果たすことを示したものであり、植物の環境応答研究にも新たな視点をもたらします。
また、本研究で確立した長期低温処理法や、再生能力を制御するCBF-HAG1経路に関する知見は、再生効率の低い植物種や品種の再生技術の改良につながる可能性があります。将来的には、組織培養による苗生産や遺伝子導入後の個体再生、接ぎ木技術の高度化など、植物バイオテクノロジーや作物育種技術への応用が期待されます。
本研究成果は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[12]」のうち、「2. 飢餓をゼロに」および「15. 陸の豊かさも守ろう」の達成に貢献するものです。
補足説明
- 1.モデル植物シロイヌナズナ
アブラナ科の1年草で、植物研究に広く利用されている植物。世代時間が短く、ゲノム情報や遺伝子機能に関する知見が豊富であるため、植物の成長や発生、環境応答の仕組みを解明するための標準的な実験材料として利用されている。 - 2.低温応答性転写因子CBF
植物が低温にさらされた際に動く転写因子群。低温応答に関わるさまざまな遺伝子の発現を制御し、植物の寒さへの適応を助ける。本研究では、CBF1、CBF2、CBF3と呼ばれる三つのホモログ遺伝子(共通の祖先に由来する遺伝子)を欠損した3重変異体を用いて解析を行った。CBFはC-repeat Binding Factorの略。 - 3.ヒストンアセチル化
DNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いた状態で核内に存在している。ヒストンアセチル化はヒストンにアセチル基が付加される反応で、一般に遺伝子が発現しやすい状態をつくり出す。 - 4.WOX5
植物の根の幹細胞を維持する働きを持つ転写因子。近年、植物の再生過程においても重要な役割を果たすことが報告されている。WOX5はWuschel-Related Homeobox 5の略。 - 5.クローン増殖
一つの植物から遺伝的に同一な個体を増やす増殖法。挿し木や組織培養による苗生産などが代表的な例であり、優れた形質を持つ品種を効率よく増やすために広く利用されている。 - 6.サイトカイニン、カルス
カルスは植物組織から形成される細胞塊(さいぼうかい)。傷害部位で自然に形成されるほか、組織培養ではサイトカイニンなどの植物ホルモンの作用により人工的に誘導することができる。再生の初期段階として重要であり、新たな器官形成の出発点となる。 - 7.茎葉の再生
植物組織から新たに茎や葉が形成される現象。組織培養などにより誘導され、植物の再生能力を評価する指標として用いられる。 - 8.ヒストンアセチル化酵素HAG1
ヒストンにアセチル基を付加する酵素の一つ。ヒストンアセチル化を介して遺伝子発現を活性化する働きを持つ。シロイヌナズナでは傷害応答や再生過程で重要な役割を果たすことが知られている。HAG1はHistone Acetyltransferase of the Gnat family 1の略。 - 9.RNA次世代シーケンス(RNA-seq)
次世代シーケンサーを用いて、細胞内で発現しているRNAの種類と量を網羅的に解析する手法。RNA-seqはRNA sequencingの略。 - 10.クロマチン免疫沈降-シーケンス(ChIP-seq)
特定のタンパク質がゲノムDNAのどの領域に結合しているかを網羅的に調べる実験手法。まず、DNAとそれに結合しているタンパク質の複合体(クロマチン)を細胞から取り出し、目的のタンパク質に特異的に結合する抗体を用いてそのタンパク質複合体を回収する。その後、回収されたDNA断片の配列を次世代シーケンサーで解析することで、そのタンパク質がゲノム上のどの場所に結合しているかを明らかにすることができる。ChIP-seqはChromatin Immunoprecipitation sequencingの略。 - 11.エピジェネティックな遺伝子発現制御
DNAの塩基配列を変えることなく、ヒストンの化学修飾などによって遺伝子の発現を調節する仕組み。本研究では、長期低温によってヒストンのアセチル化が促進され、再生に必要な遺伝子が発現しやすくなることが示された。 - 12.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。
国際共同研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センター
細胞機能研究チーム
訪問研究員(研究当時、現 客員研究員)フン・フユ(Fu-Yu Hung)
(台湾国立中興大学 准教授)
基礎科学特別研究員 インジェ・エトキン・チャカ(Yetkin çaka Ince)
テクニカルスタッフⅠ 河村 彩子(カワムラ・アヤコ)
テクニカルスタッフⅡ 竹林 有理佳(タケバヤシ・アリカ)
特別研究員(研究当時)陳 渝(チン・ユウ)
基礎科学特別研究員 長江 拓也(ナガエ・タクヤ)
上級研究員 岩瀬 哲(イワセ・アキラ)
(科学技術振興機構(JST)さきがけ研究員)
チームディレクター 杉本 慶子(スギモト・ケイコ)
(東京大学 大学院理学系研究科 教授)
質量分析・顕微鏡解析ユニット
テクニカルスタッフⅡ 武田 紀子(タケダ・ノリコ)
上級技師 豊岡 公徳(トヨオカ・キミノリ)
形成層幹細胞システム理研ECL研究ユニット
理研ECL研究ユニットリーダー
石 東博(セキ・トウハク)
マドリード工科大学(スペイン)植物バイオテクノロジー・ゲノムセンター
准教授 ミゲール・モレノ・リスエノ(Miguel Moreno-Risueno)
国立台湾大学 植物科学研究所
教授 ケクゥアング・ウ(Kequiang Wu)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「植物の環境レジリエンスを支える傷害修復機構(研究代表者:杉本慶子、JP20H05911)」、同特別研究員奨励費「植物メリステムで細胞増殖をエピジェネティックに制御する仕組みの解明(研究代表者:杉本慶子、JP23KF0089)」、同基盤研究(B)「植物の器官再生を支える細胞リプログラミング制御機構の解明(研究代表者:杉本慶子、JP24K02051)」、同外国人特別研究員制度(採用対象者:フン・フユ)、科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業ASPIRE「植物の誘導リプログラミングに立脚した新規バイオエコノミー基盤の創出(研究代表者:杉本慶子、JPMJAP2306)」、同革新的GX技術創出事業GteXバイオものづくり領域「先端的植物バイオものづくり基盤の構築(研究代表者:大熊盛也、主たる共同研究者:杉本慶子、JPMJGX23B0)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Fu-Yu Hung, Yetkin Caka Ince, Ayako Kawamura, Arika Takebayashi, Yu Chen, Takuya T. Nagae, Akira Iwase, Noriko Takeda-Kamiya, Kiminori Toyooka, Dongbo Shi, Miguel Moreno-Risueno, Keqiang Wu, Keiko Sugimoto, "Prolonged cold exposure enhances regeneration potential in Arabidopsis", Developmental Cell, 10.1016/j.devcel.2026.07.009
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 細胞機能研究チーム
訪問研究員(研究当時、現 客員研究員)フン・フユ(Fu-Yu Hung)
チームディレクター 杉本 慶子(スギモト・ケイコ)
左から杉本慶子、竹林有理佳、フン・フユ、河村彩子、インジェ・エトキン・チャカ
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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