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2026年9月15日

理化学研究所

覚醒・睡眠・麻酔下の世界最大規模の神経活動データ公開

-1万個の神経細胞から見る脳状態の変化-

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 触知覚生理学研究チームの村山 正宜 チームディレクター、大本 育実 研究員らの共同研究チームは、マウス大脳皮質の神経細胞活動を細胞レベルで記録した大規模なデータセットを公開しました。

本成果は、通常は取得が容易ではない、世界最大規模である1万細胞規模の神経活動データを、研究者がさまざまな視点から再解析できる共通の研究基盤として広く提供するものです。これにより、覚醒、睡眠、麻酔下といった異なる脳状態に応じて、神経細胞集団の活動やその関係性がどのように変化するのかを明らかにする研究を促進するとともに、AIを含む新たな画像解析・神経活動解析手法の開発や性能検証にも活用されることが期待されます。

本データセットには、覚醒、自然睡眠(レム睡眠[1]ノンレム睡眠[1])、イソフルラン麻酔[2]下で記録した、1万個規模の神経細胞の活動を数値化したデータが収録されています。さらに、元となる広視野2光子顕微鏡[3]画像や、神経活動と同時に記録した脳波[4]筋電図[5]も含まれています。これにより、個々の神経細胞の活動から、多数の神経細胞から成る集団の活動パターンや細胞間の関係性までを、異なる脳状態を横断して解析することができます。また、元画像から神経細胞を検出し、その活動を推定する過程についても、利用者が独自の解析手法を用いて再解析することが可能です。

本研究は、研究データの内容や作成方法、品質、利用上の注意点をまとめたデータ記述論文[6]として科学雑誌『Scientific Data』オンライン版(9月10日付)に掲載されました。

背景

脳では、多数の神経細胞が互いに連携しながら情報を処理しています。こうした神経細胞の活動は、起きているとき、眠っているとき、麻酔によって意識が失われているときなど、脳の状態によって変化します。

近年、多数の神経細胞の活動を同時に記録する技術が発展し、脳の広い範囲にわたる神経活動を細胞レベルで調べることが可能になってきました。村山チームディレクターらはこれまでに、広い範囲の神経細胞を同時に観察できる広視野2光子顕微鏡「FASHIO-2PM」を開発し、マウスの大脳皮質にある1万6,000個以上の神経細胞の活動を細胞レベルで捉えることに成功しています注1)

一方、このような大規模な神経活動を記録できる装置はまだ限られており、研究者が自ら同規模のデータを取得することは容易ではありません。また、大規模な記録では膨大な画像データが得られるため、画像から神経細胞を抽出し、活動を推定するなどの処理にも専門的な技術が必要です。そのため、大規模な実データを共通の基準として用い、異なる解析手法の結果を比較したり、新たな解析手法の性能を検証したりする機会も限られていました。

そこで共同研究チームは、これまでに取得したマウス大脳皮質の神経活動データを、研究者が繰り返し利用できるデータセットとして体系的に整備しました。このデータセットには、覚醒、自然睡眠、麻酔下で記録した神経活動が含まれています。これらのデータは、村山チームディレクターらが神経細胞集団の活動と脳の状態との関係を調べた研究にも利用されています注2)

研究手法と成果

今回、解析済みの神経活動データに加えて、元となる広視野2光子顕微鏡画像や、同時に記録した脳波、筋電図まで含めて公開しました。これにより、大規模イメージング装置を持たない研究者も、実際の大規模神経活動データにアクセスでき、独自の視点や解析手法で繰り返し再解析できる共通の研究基盤を構築しました。具体的には次の通りです。

共同研究チームは、マウスの大脳皮質第2層[7]にある神経細胞の活動を、2光子カルシウムイメージング法[8]を用いて大規模に記録しました。

2光子カルシウムイメージング法では、神経細胞の活動に伴って変化するカルシウム濃度を蛍光の輝度変化として捉えることで、多数の神経細胞の活動を同時に記録できます。

今回公開したデータセットには、5個体から取得した覚醒・自然睡眠データと、4個体から取得した覚醒・イソフルラン麻酔下のデータが含まれ、計7個体のマウスに由来する複数の記録セッションを収録しています。各記録では、大脳皮質の広い範囲にある1万個規模の神経細胞を同時に観察しています。撮影した神経細胞のうち、解析に適した品質基準を満たした神経細胞のデータを公開しています。

データセットには、共同研究チームが画像から抽出・処理した神経細胞ごとの活動情報(活動データ)に加え、神経細胞の位置や大脳皮質の領域情報、脳の状態を示す情報などが含まれています。

さらに、処理済みデータだけでなく、元の広視野2光子顕微鏡画像と脳波、筋電図の記録も公開しました(図1)。これにより、画像から神経細胞を抽出する処理や神経活動の推定などを、独自の解析手法で実施できます。

マウス大脳皮質の大規模神経活動データセットの図

図1 マウス大脳皮質の大規模神経活動データセット

広視野2光子顕微鏡を用いて、マウス大脳皮質の約3mm×3mmの範囲にある多数の神経細胞を同時に観察した。神経活動の画像とともに脳波や筋電図を記録し、覚醒、睡眠、麻酔下などの脳の状態を判定した。公開データセットには、元の連続画像、神経細胞ごとの活動を時間に沿って記録したデータ(活動データ)、細胞の位置や大脳皮質の領域情報、脳の状態、脳波・筋電図の記録が含まれている。

本データセットは、共同研究チームがこれまでに取得・解析してきたデータを、他の研究者が再利用できる形式に整理し、データの構成や品質、利用方法を含めて体系的に記述したものです。これらのデータセットとその利用方法をまとめた成果を、データ記述論文として発表しました。

データは理研脳神経科学研究センターが運営するデータ公開基盤「CBS Data Sharing Platform」で公開されています注3)

  • 注3)Oomoto et al. Single-cell calcium imaging dataset of large-scale neuronal activity across wakefulness, sleep, and anesthesia. CBS Data Sharing Platform 10.60178/cbs.20260708-001 (2026).

今後の期待

今回公開したデータセットを利用することで、研究者は同じ大規模神経活動データを異なる視点や手法で解析し、覚醒、睡眠、麻酔下といった脳状態に応じて、個々の神経細胞の活動や神経細胞集団の関係性がどのように変化するのかを詳しく調べることができます。異なる研究で得られたデータと比較することで、脳状態に伴う神経活動の変化に共通する特徴や新たな規則性の発見につながることも期待されます。

また、元の広視野2光子顕微鏡画像が含まれているため、神経細胞の検出、カルシウム信号からの神経活動推定、神経ネットワーク解析などについて、新たな解析手法やAIを用いた解析法を実際の大規模データで開発・検証することができます。複数の手法を同じデータに適用することで、その性能を比較するための共通データとしての活用も期待されます。

さらに、関連する解析用コードや解析手順を解説するチュートリアル注4)と組み合わせることで、大規模神経活動データの解析を学ぶための教材としても活用できます。研究者が共通のデータをさまざまな視点から繰り返し利用することで、データの共有と再利用を促進し、新たな研究課題や解析手法、分野を越えた共同研究の創出につながることが期待されます。

補足説明

  • 1.レム睡眠、ノンレム睡眠
    睡眠は大きくレム睡眠とノンレム睡眠に分けられる。レム睡眠では脳が比較的活発に活動している一方、ノンレム睡眠では脳の活動が全体として穏やかになるなど、脳活動や生理状態が異なる。
  • 2.イソフルラン麻酔
    イソフルランは、動物実験などで広く用いられている吸入麻酔薬である。吸入することで意識や感覚を一時的に抑えることができる。
  • 3.広視野2光子顕微鏡
    生体組織の比較的深い場所を観察できる顕微鏡。2光子励起という仕組みを利用することで、組織への影響を抑えながら、神経細胞などを生きた状態で観察できる。また、通常の2光子顕微鏡よりも広い範囲を一度に観察できるため、多数の神経細胞の活動を同時に捉えることができる。
  • 4.脳波
    脳の電気的な活動を頭部に設置した電極から記録したもの。覚醒や睡眠など、脳の状態を判別するために利用される。
  • 5.筋電図
    筋肉の電気的な活動を記録したもの。本研究では、睡眠状態を判別するために利用した。
  • 6.データ記述論文
    研究で取得・作成したデータについて、その内容や作成方法、品質、利用上の注意点などを詳しく記述し、他の研究者がデータを再利用できるようにする論文。
  • 7.大脳皮質第2層
    大脳皮質は、脳の表面を覆う神経細胞の層状構造である。第2層はその表面近くに位置する領域であり、今回の広視野2光子顕微鏡による神経活動の観察対象である。
  • 8.2光子カルシウムイメージング法
    神経細胞の活動に伴うカルシウム濃度の変化を蛍光輝度変化として捉えることで、複数の神経細胞の活動を同時に観察する方法。2光子顕微鏡により、生体組織の内部を生きたまま観察できる。

共同研究チーム

理化学研究所 脳神経科学研究センター 触知覚生理学研究チーム
チームディレクター 村山 正宜(ムラヤマ・マサノリ)
研究員 大本 育実(オオモト・イクミ)

東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻
准教授 大泉 匡史(オオイズミ・マサフミ)
博士後期課程(当時)清岡 大毅(キヨオカ・ダイキ)

研究支援

本研究は、理研新領域開拓課題(村山正宜)、理研基礎科学特別研究員制度により実施し、日本医療研究開発機構(AMED)脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(Brain/MINDS))「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明(中核拠点)(研究代表者:宮脇敦史、岡野栄之、JP15dm0207001)」、同脳神経科学統合プログラム(Brain/MINDS 2.0)「脳データ統合プラットフォームの開発と活用による脳機能と疾患病態の解明(研究代表者:岡部繁男、JP23wm0625001)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「大脳皮質における効率的なネットワーク構造の創発機構(研究代表者:村山正宜、JP24H02313)」「クオリア構造と情報構造の対応(研究代表者:大泉匡史、JP23H04834)」、同学術変革領域研究(B)「脳状態毎の超広域神経活動記録とクラスタ/ハブ細胞の選択的操作法の開発(研究代表者:村山正宜、JP20H05775)」「クオリア構造と対応する情報構造の脳活動からの抽出(研究代表者:大泉匡史、JP20H05712)」、同若手研究「大規模神経活動記録により発見されたハブ細胞の分子基盤の解明(研究代表者:大本育実、JP24K18246)」、同特別研究員奨励費「エントロピー生成による意識の有無の定量化(研究代表者:清岡大毅、JP24KJ0762)」、科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム「グリーントランスフォーメーション(GX)を先導する高度人材育成(研究代表者:大越慎一、JPMJSP2108)」、同ムーンショット型研究開発事業「身体的能力と知覚能力の拡張による身体の制約からの解放(研究代表者:金井良太、JPMJMS2012)」、同戦略的創造研究推進事業(CREST)「情報網に潜む因果構造解析と高次元脳計測による意識メータの創出(研究代表者:小村豊、JPMJCR1864)」、公益財団法人東レ科学振興会による研究助成(村山正宜)、理研CBS-花王連携センターによる助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Ikumi Oomoto, Daiki Kiyooka, Masafumi Oizumi, Masanori Murayama, "Multi-area single-cell calcium imaging dataset of the mouse cortex across wakefulness, sleep, and anesthesia", Scientific Data, 10.1038/s41597-026-08202-2

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 触知覚生理学研究チーム
チームディレクター 村山 正宜(ムラヤマ・マサノリ)
研究員 大本 育実(オオモト・イクミ)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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