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2026年9月14日

理化学研究所
東京大学
広島大学

酵母が放出するグルタチオンが微生物の相互作用を支える

-栄養源となることに加え、細胞の形と増殖方向の維持にも関与-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 創薬シーズ開拓基盤ユニットの吉田 稔 ユニットリーダー(東京大学特別教授)、吉住 僚太朗 大学院生リサーチ・アソシエイト(東京大学 大学院農学生命科学研究科 博士課程)、東京大学 大学院農学生命科学研究科の三浦 俊一 修士課程大学院生(研究当時)、広島大学 大学院統合生命科学研究科の西村 慎一 教授(東京大学 大学院農学生命科学研究科 講師(研究当時))らの共同研究グループは、分裂酵母[1]が細胞外に放出するグルタチオン(GSH)[2]が、増殖機能が低下した遺伝子破壊株[3]の増殖を回復させることを明らかにしました。

本研究成果は、微生物が放出する一次代謝物[4]が、周囲の細胞への栄養供給だけでなく、細胞の生理機能にも影響することを示す成果です。微生物集団が代謝物を介して互いの弱点を補う仕組みの理解や複数の微生物を利用する培養・発酵技術の設計に貢献することが期待されます。

今回、共同研究グループは、3,420種類の遺伝子破壊株を調べ、単独では生育しにくいものの、正常な酵母(野生株)の近くでは生育を回復する37株を発見しました。野生株の培養液を分析した結果、この生育回復を引き起こす物質の一つがGSHであることが分かりました。グルタミン酸、システイン、グリシンから構成されるGSHは、多くの遺伝子破壊株では不足したアミノ酸を補う栄養源として利用されていました。一方、細胞極性[5]に異常を持つ遺伝子破壊株では、栄養を補うだけでは説明できない生育回復が見られました。

本研究は、科学雑誌『mSystems』オンライン版(9月14日付:日本時間9月14日)に掲載されました。

野生株から細胞外に放出されて周囲の遺伝子破壊株の生育を支えるグルタチオンの図

野生株から細胞外に放出されて周囲の遺伝子破壊株の生育を支えるグルタチオン

背景

自然界の微生物は、多くの場合、さまざまな微生物と集団をつくって暮らしています。その中で微生物は、細胞外に放出された化合物を介して、互いの増殖を促したり、競争相手の増殖を抑えたりしています。

これまで、微生物間の情報伝達物質や抗生物質は盛んに研究されてきました。一方で最近、微生物自身の増殖に重要なアミノ酸のような一次代謝物も細胞外に放出され、周囲の微生物に利用されることが注目されています。しかし、どういった代謝物が、どのような微生物に利用されその微生物を助けるのかを見つけることは簡単ではありません。

吉田ユニットリーダーらはこれまでに、単独では生育できない分裂酵母の遺伝子破壊株が、野生株の近くでは生育を回復する「適応生育」という現象を、見いだしました注1)。そこで今回、この現象を利用して、分裂酵母の細胞間相互作用に関わる代謝物を網羅的に探索しました。

研究手法と成果

共同研究グループはまず、3,420種類の分裂酵母の遺伝子破壊株について、栄養が豊富な培地と、必要最小限の栄養しか含まない最少培地での生育を比較しました。次に、最少培地で生育不良を示した遺伝子破壊株を野生株の近くで培養しました。その結果、単独では生育しにくいものの、野生株の近くでは生育を回復する37株を同定しました(図1)。

野生株近傍で起こる遺伝子破壊株の生育回復(適応生育現象)の図

図1 野生株近傍で起こる遺伝子破壊株の生育回復(適応生育現象)

野生株と遺伝子破壊株を用いた培養試験の模式図(上)と代表的な実験結果(下)。段階希釈した遺伝子破壊株を寒天培地上にスポットし、野生株を置かない条件(左)と置いた条件(右)で培養した。遺伝子破壊株の一種hob3Δは単独では生育しなかったが(左)、野生株の近傍では生育を回復した(右)。

このうち14株は、すでに知られていた細胞間情報伝達物質「窒素源シグナリング因子(NSF)[6]」によって生育を回復することが分かりました。しかし、残る23株はNSFには応答せず、別の物質が作用していると考えられました。そこで、野生株を培養した後の上澄み(培養上清(ばいようじょうせい))を酢酸エチル画分[7]、1-ブタノール画分、水溶性画分に分けて試験したところ、三つの画分全てに生育回復活性が認められました。NSFは酢酸エチル画分に含まれることから、この結果は、野生の分裂酵母がNSF以外にも複数の生育促進物質を細胞外に放出していることを示しています。

次に、培養上清の水溶性画分によって生育が回復した11株について、生育回復を引き起こす物質を調べました。このうち6株は含硫アミノ酸であるシステインを合成できない遺伝子破壊株でした。そこで、硫黄を含む化合物の有無を質量分析法[8]を用いて調べた結果、培養上清からGSHが検出されました。

さらに、培養上清から検出されたGSHを単独で培地に加え、11株への効果を調べたところ、システインを合成できない6株の遺伝子破壊株を含む8株で、生育が回復しました。そのうち7株は、GSHを取り込んで分解し、システインまたはグルタミン酸の供給源として利用していました。GSHは、必要な栄養を安定して供給する「貯蔵庫」のような役割を持つと考えられます。

一方で、残りの1株は細胞極性に関わるhob3遺伝子[9]を失った遺伝子破壊株で、GSHを取り込んで分解し、栄養源として利用するという仕組みだけでは説明できない効果が見られました。この1株では、まず、GSHを細胞内に取り込めなくすると生育回復が起こらなくなりました。次に、GSHの分解を抑えると生育回復の効果が強まっただけでなく、細胞の形や細胞壁の異常も改善しました(図2)。さらに、他の細胞形態に異常を持つ遺伝子破壊株でも、GSHによる生育回復が確認されました。これらの結果から、細胞外のGSHには、栄養を供給する働きに加えて、細胞内に取り込まれることで、正常な細胞の形づくりを支える働きがあると考えられます。

アクチンの蛍光顕微鏡画像の図

図2 アクチンの蛍光顕微鏡画像

アクチン繊維がLifeact-GFP(緑色蛍光タンパク質)によって可視化された蛍光顕微鏡画像。いずれもGSHを培地に添加していない通常条件で観察した。野生株では、ドット状のアクチンパッチが主に細胞先端と隔壁の周辺に局在する。細胞極性に異常を持つhob3Δ株では、アクチンパッチが細胞全体に広く分布した(白矢印)。一方で、GSHの分解酵素Dug1を持たず、GSHを栄養源として利用する能力が低下したhob3Δdug1Δ二重破壊株では、GSHを添加していないにもかかわらず、アクチンパッチの分布が正常に近い状態へ回復した。この結果は、hob3Δ株に対するGSHの作用が、栄養の供給だけでは説明できないことを示す。右下のスケールバーは5マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。

今後の期待

抗酸化物質として広く知られ、食品・健康分野でも注目されるGSHは、本研究により、細胞内で働くだけでなく、微生物集団において細胞外に放出されて周囲の細胞の生育を支えることが分かりました。特に、栄養の供給と細胞の形づくりという異なる方法で、遺伝子破壊株の弱点を補う可能性が示されました。

今後は、GSHがどのような仕組みで細胞外に放出されるのか、そして細胞の形づくりをどのように助けるのかを明らかにする必要があります。また、培養液には、GSH以外にも未同定の生育促進物質が含まれていました。これらを探索することで、微生物が代謝物を共有しながら集団を維持する仕組みの理解が進むと期待されます。そして将来的には、微生物の生育を安定させる培養技術や、発酵生産の効率化につながる可能性があります。

補足説明

  • 1.分裂酵母
    アフリカの伝統的なビールから単離された酵母。学名はSchizosaccharomyces pombeで、単細胞の真核微生物である。モデル生物として、出芽酵母(パン酵母)とともに、遺伝学的解析や分子生物学的解析に広く用いられている。
  • 2.グルタチオン(GSH)
    グルタミン酸、システイン、グリシンという3種類のアミノ酸から構成される代謝物。細胞内では抗酸化作用や鉄の恒常性維持などに関わる。本研究では、細胞外に放出されたGSHが周囲の細胞の栄養源として利用されるとともに、細胞極性([5]参照)の維持にも関わる可能性が示された。
  • 3.遺伝子破壊株
    特定の遺伝子を染色体から削除した細胞。その細胞に生じる変化を正常な細胞と比較することで、破壊した遺伝子の機能を調べることができる。今回は、分裂酵母の生存には必須でない3,420の遺伝子を破壊した遺伝子破壊株コレクションを利用した。
  • 4.一次代謝物
    アミノ酸、有機酸、脂質など生物の生存や増殖を支える基本的な代謝に関わる化合物。反対に、フェロモンなど生命に必須ではない情報伝達物質や抗生物質は二次代謝物と呼ばれる。
  • 5.細胞極性
    細胞内の物質や構造が均一ではなく、特定の方向に偏って配置される性質。分裂酵母が細長い形を保ち、細胞の先端方向へ成長するために必要となる。
  • 6.窒素源シグナリング因子(NSF)
    分裂酵母から発見されていた2種類のオキシリピン(脂肪酸に由来する生理活性物質)の総称。化合物名は10(R)-hydroxy-8(Z)-octadecenoic acidおよび10(R)-acetoxy-8(Z)-octadecenoic acidである。分裂酵母の細胞間コミュニケーションを担い、アミノ酸など窒素源の取り込みを調節する。NSFはNitrogen Signaling Factorの略。
  • 7.画分
    混合物を、物質の性質の違いに基づいていくつかに分けたもの。本研究では、野生株の培養上清に含まれる物質を溶けやすさの違いによって、酢酸エチル画分、1-ブタノール画分、水溶性画分に分けた。
  • 8.質量分析法
    試料に含まれる化合物を液体クロマトグラフィーで分離した後、イオン化して質量電荷比(m/z)を測定し、化合物を検出・同定する分析法。本研究では、硫黄を含む化合物の検出に適した標識試薬を用いて培養液を分析し、GSHなどを検出した。
  • 9.hob3遺伝子
    細胞膜の曲率を認識し、膜の変形やアクチン細胞骨格の制御に関わるBARドメインタンパク質Hob3をコードする遺伝子。この遺伝子を破壊すると、細胞の成長方向を制御する低分子量Gタンパク質Cdc42の局在や細胞極性に異常が生じることが報告されている。

共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
創薬シーズ開拓基盤ユニット
ユニットリーダー 吉田 稔(ヨシダ・ミノル)
(東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授(研究当時、現 東京大学特別教授))
大学院生リサーチ・アソシエイト 吉住 僚太朗(ヨシズミ・リョウタロウ)
(東京大学 大学院農学生命科学研究科 博士課程)
分子リガンド標的研究チーム
副チームディレクター 八代田 陽子(ヤシロダ・ヨウコ)
専任研究員 松山 晃久(マツヤマ・アキヒサ)

東京大学 大学院農学生命科学研究科
修士課程大学院生(研究当時)三浦 俊一(ミウラ・シュンイチ)

広島大学 大学院統合生命科学研究科
教授 西村 慎一(ニシムラ・シンイチ)
(東京大学 大学院農学生命科学研究科 講師(研究当時))

九州大学 大学院薬学研究院
教授 平井 剛(ヒライ・ゴウ)
助教 的場 博亮(マトバ・ヒロアキ)

学習院大学 理学部生命科学科
教授 尾仲 宏康(オナカ・ヒロヤス)

神戸大学 先端バイオ工学研究センター
特命准教授 浅水 俊平(アサミズ・シュンペイ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「革新的化学遺伝学による内在性代謝物の新機能の解明と応用(研究代表者:吉田稔、JP19H05640)」「化学遺伝学と情報科学による内在性代謝物の隠された機能の解明(研究代表者:吉田稔、JP25K24592)」、同挑戦的研究(萌芽)「揮発性コミュニケーション分子による異種微生物間相互作用の分子基盤解明(研究代表者:西村慎一、JP23K17988)」、同基盤研究(B)「分裂酵母の細胞間コミュニケーションを担うオキシリピンの生合成機構と分泌機構の解明(研究代表者:八代田陽子、JP25K01941)」、同基盤研究(C)「分裂酵母全遺伝子ライブラリーを用いたタンパク質・化合物の標的スクリーニング(研究代表者:松山晃久、JP22K05361)」、理研大学院生リサーチ・アソシエイト制度「分裂酵母の揮発性コミュニケーション分子の特定と作用機構解析(研究代表者:吉住僚太朗)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Ryotaro Yoshizumi, Shunichi Miura, Hiroaki Matoba, Go Hirai, Shumpei Asamizu, Hiroyasu Onaka, Yoko Yashiroda, Akihisa Matsuyama, Minoru Yoshida, Shinichi Nishimura, "Glutathione acts as an exometabolite that promotes growth recovery in fission yeast with defects in amino acid metabolism and cell polarity", mSystems, 10.1128/msystems.00123-26

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 創薬シーズ開拓基盤ユニット
ユニットリーダー 吉田 稔(ヨシダ・ミノル)
(東京大学特別教授)
大学院生リサーチ・アソシエイト 吉住 僚太朗(ヨシズミ・リョウタロウ)
(東京大学 大学院農学生命科学研究科 博士課程)

東京大学 大学院農学生命科学研究科
修士課程大学院生(研究当時)三浦 俊一(ミウラ・シュンイチ)

広島大学 大学院統合生命科学研究科
教授 西村 慎一(ニシムラ・シンイチ)
(東京大学 大学院農学生命科学研究科 講師(研究当時))

発表者のコメント

GSHは、サプリメントなどにも利用されている身近な物質です。経口摂取したGSHが腸内細菌叢(さいきんそう)に影響する可能性や、パンの膨らみを改善することも報告されています。今回の研究を通じて、身近な物質であるGSHに、まだ知られていない働きがあることを実感しました。酵母の細胞外に存在するGSHの役割を明らかにすることが、将来、微生物の生育を制御する技術だけでなく、パンやビールなどの酵母を使った発酵食品づくりにもつながればと期待しています。(吉住 僚太朗)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 総務課広報情報担当
Tel: 03-5841-5484
Email: koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp

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