2026年10月21日
理化学研究所
東京科学大学
科学技術振興機構(JST)
0℃付近で長寿命化する水の電気分解触媒
-過冷却水で見つかった低温電気化学の新しい挙動-
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チームの中村 龍平 チームディレクター(東京科学大学 地球生命研究所(ELSI)教授)、アウファンドラ・チャクラ・ワルダナ 特別研究員、大岡 英史 客員主管研究員らの研究チームは、水を冷やすことで、水の電気分解[1]反応に用いる酸化マンガン触媒[2]が、氷ができる直前の0℃付近で最も長持ちすることを発見しました。
本成果は、これまで十分に調べられてこなかった低温そして過冷却水[3]における電気化学反応の理解につながると期待されます。同時に、寒冷地や極地、さらには今後研究が発展すると期待される地球外天体における電気化学現象の理解につながるものです。
水の電気分解は、水から水素と酸素を製造する技術として注目されています。しかし、水を電気分解するときに伴う酸素発生反応は、過酷な化学環境にさらされることから、触媒が時間とともに劣化するという、安定性に問題があります。
今回、研究チームは、酸化マンガンをモデル触媒として用い、酸素発生反応と触媒の劣化反応について、温度依存性を調べました。その結果、温度を下げると酸素発生反応は遅くなる一方、触媒の劣化反応はそれ以上に遅くなることを発見しました。さらに、0℃以下の、凍るはずの水が液体のまま存在する「過冷却水」では、触媒の劣化反応が再び速くなることを発見しました。つまり、触媒は冷やせば冷やすほど長持ちするのではなく、氷が生成する直前の0℃付近で最も長寿命になることが分かりました。これは、温度低下とともに反応速度が低下するという一般的なアレニウス則[4]とは異なる、低温電気化学における特異な温度依存性を示すものです。
本研究は、科学雑誌『Nature Chemistry』オンライン版(10月21日:日本時間10月21日付)に掲載されました。
0℃付近における水の電気分解
背景
水の電気分解は、水から水素や酸素を製造する技術として注目されています。特に、再生可能エネルギーを利用した「グリーン水素」の製造に向けて、世界的に研究開発が進められています。
水の電気分解では、酸素を発生させる反応を効率よく進めるために触媒が使われます。しかし、この反応は触媒にとって過酷な酸化環境で起こるため、触媒自身が溶解し、時間とともに劣化するという問題があります。このため、多くの研究者が、触媒の組成や構造を改良し、新たな触媒材料を開発することで、より高い活性と安定性を持つ触媒の開発を進めています。
触媒の組成や構造とともに、触媒反応の速さを決める重要な因子が温度です。1889年にスウェーデンの科学者スヴァンテ・アレニウスが提唱した「アレニウス則」では、一般に、温度が高くなるほど化学反応は速くなり、低くなるほど遅くなることが示されています。それでは、触媒が水を電気分解する反応と、触媒が劣化する反応では、温度に対する変化も同じなのでしょうか。もし両者の温度依存性が異なるのであれば、温度を変えることで、これまで両立が難しいと考えられてきた触媒の活性と安定性を、材料そのものを変えずに、温度によって制御できる可能性があります。
このような背景の下、研究チームは、酸化マンガンをモデル触媒注1~3)として、室温から0℃付近、さらに0℃以下でも液体として水が存在する過冷却状態を対象として研究を行いました。
- 注1)2019年3月19日プレスリリース「水を電気分解し続けるマンガン触媒の動作条件を発見」
- 注2)2024年1月17日プレスリリース「非貴金属触媒によるPEM型水電解」
- 注3)2025年10月20日プレスリリース「変動電圧に強い酸化マンガン水電解触媒の開発」
研究手法と成果
本研究では、酸化マンガン(MnO2)を電極触媒として用い、硫酸を含む水溶液電解質中で水の電気分解を行いました。電解液の温度を80℃から-12℃まで変化させ、それぞれの温度で酸素発生反応の速さと、電気分解中に触媒から生じる過マンガン酸イオン(MnO4-)の量を測定しました。MnO4-は、酸素発生反応に伴ってMnO2からマンガンが溶出することで生成し、触媒の劣化につながります(図1a)。
まず、酸素発生反応とマンガンの溶出が、温度によってどのように変化するのかを調べました。温度を80℃から0℃付近まで下げると、酸素発生反応は徐々に遅くなりました。一方、MnO4-の生成も遅くなりましたが、温度に対する生成速度の変化は酸素発生反応よりも大きいことが分かりました。つまり、温度を下げると、酸素を発生させる反応よりも、触媒からマンガンが溶け出す反応の方が強く抑えられることが分かりました(図1b)。さらに温度を下げて0℃以下にすると、興味深いことに、MnO4-の生成速度は増加しました(図1b)。つまり、温度を下げるほど反応が遅くなるという通常の挙動とは異なり、温度を下げるほどマンガンの溶出が速くなることを見いだしました。このような温度依存性は「アンチアレニウス挙動[5]」と呼ばれます。
図1 酸素発生と触媒の溶解反応の温度依存性
(a)酸化マンガンの反応機構。矢印は、青が水の電気分解、オレンジは触媒溶出。(b)80℃から-12℃の温度領域における酸素発生(青緑)と触媒の溶解反応(赤)について、反応速度(対数電流密度)が温度によってどのように変化するかを示したグラフ。測定は溶液の攪拌(かくはん)あり(●)となし(▲)の条件で行った。酸素発生反応の過電圧は0.65 Vとした。
これらの結果から、マンガンの溶出が最も抑えられる0℃付近で、酸化マンガン触媒の寿命が最も長くなると考えられました。そこで、実際に一定の電流密度(100mA/cm2)を流し続け、触媒の寿命を測定しました。その結果、予想通り、触媒の寿命は0℃付近で最も長くなりました(図2a)。そして、さらに温度を下げると寿命は再び短くなりました。実際に、反応容器内の電解液の色を調べてみると、2℃と比較して-8℃の方が、溶液が濃いピンク色を示すことも確認しました(図2b)。このピンク色は、触媒から溶け出したマンガンから生成するMnO4-によるものです。つまり、0℃以下では、温度を下げるほどMnO4-の生成が促進されるという、一般的な温度依存性とは逆のアンチアレニウス挙動が、触媒の劣化反応で起きていることが分かりました。
図2 水の電気分解反応における触媒寿命の温度依存性
- (a)MnO2を電極触媒として用い、pH0の電解質溶液で、一定の電解電流密度100mA/cm2を流したときの触媒寿命の温度依存性。縦軸は、標準水素電極に対する電極の電位を示す。横軸は、電解時間を示す。
- (b)40℃、2℃、-8℃で電気分解を行っている最中の電解液の色。(c)-8℃の電解液に対して機械刺激を与えた後の、氷生成の様子。
さらに、この特異な温度依存性が起こる原因を調べるため、0℃以下の電解液の状態と水の構造をラマン分光法[6]により調べました。その結果、電解液は0℃以下でもすぐには凍らず、液体のまま存在する「過冷却状態」になることが分かりました。そして、過冷却状態では、水分子同士の水素結合のつながり方が、0℃以上と比較して大きく変化していました。実際に、-8℃の電解質溶液に機械刺激を与えることで、氷の生成が観測されたことからも、過冷却状態であることを確認しました(図2c)。これらの結果から、0℃以下では、過冷却によって変化した水の状態がマンガンの溶出に影響し、温度を下げるほど溶出が速くなるという、通常とは異なる現象を引き起こしている可能性が示されました。
今後の期待
本研究では、酸素を発生させる反応と触媒が劣化する反応で、温度に対する応答が異なることを明らかにしました。これは、温度を新たな設計因子として、触媒の活性と安定性を制御できる可能性を示すものです。今後、水の電気分解における触媒の活性と安定性を両立させるための新たな設計指針につながることが期待されます。
また、本研究では、水が凍る直前の過冷却状態で、温度を下げるほど触媒の劣化反応が速くなるという、通常とは異なる反応挙動を見いだしました。今後、水の構造が触媒反応に与える影響を詳しく調べることで、これまで知られていなかった低温の水の化学の理解につながると期待されます。
さらに、本研究で得られた低温と過冷却水における電気化学反応の知見は、寒冷地や極地、さらには今後、研究開発が進む地球外天体など、低温環境における水の電気分解反応や鉱物が駆動する電気化学反応の理解にもつながると期待されます。
この成果は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[7]」のうち、「6.安全な水とトイレを世界中に」と「7.エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」に貢献するものです。
補足説明
- 1.水の電気分解
電気エネルギーを用いて水を水素と酸素に分解する反応(2H2O → 2H2 + O2)のこと。 - 2.触媒
反応を促進する一方で、自分自身は消費されない物質のこと。繰り返し使うことができるため、化学反応の環境負荷を下げる方法として着目されている。 - 3.過冷却水
水は通常0℃で凍るが、氷ができるきっかけがないと、0℃を下回っても液体のまま存在することがある。このような状態の水を「過冷却水」と呼ぶ。 - 4.アレニウス則
化学反応は、一般に温度が高くなるほど速くなるという関係を示す法則。 - 5.アンチアレニウス挙動
一般に、温度を下げると化学反応は遅くなるが、逆に温度を下げるほど反応が速くなる現象。 - 6.ラマン分光法
物質に光を当てたときに生じるラマン散乱を利用して、分子の振動状態や物質の構造などを調べる方法。水の構造や状態を調べるためにも用いられる。 - 7.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。
研究チーム
理化学研究所
環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム
チームディレクター 中村 龍平(ナカムラ・リュウヘイ)
(東京科学大学 地球生命研究所(ELSI)教授)
特別研究員 アウファンドラ・チャクラ・ワルダナ(Aufandra Cakra Wardhana)
客員主管研究員 大岡 英史(オオオカ・ヒデシ)
研究員 林 泰正(リム・テジョン)
研究員(研究当時)李 愛龍(リ・アイロン)
基礎科学特別研究員(研究当時)陳 辰(チェン・チェン)
創発物性科学研究センター 物質評価支援チーム
チームディレクター 橋爪 大輔(ハシヅメ・ダイスケ)
基礎科学特別研究員 足立 精宏(アダチ・キヨヒロ)
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)革新的GX技術創出事業(GteX)「グリーン水素製造用革新的水電解システムの開発(研究代表者:高鍋和広、JPMJGX23H2)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「触媒反応ネットワークの制御による持続的酸素発生触媒の創生(研究代表者:中村龍平、JP22H00339)」、文部科学省データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業「再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点(DX-GEM、研究代表者:杉山正和、JPMXP1122712807)」、理化学研究所グローバル・コモンズ課題「グローバル・コモンズの保全に貢献するプラネタリー・レジリエンス科学」の助成を受けて行われました。シンクロトロン放射光実験は大型放射光施設「SPring-8」のビームラインBL14B2(XAFS)およびBL44B2(PXRD)で評価しました(高輝度光科学研究センター:2023B1661、2025B2401、理研:20230043)。放射光測定に際し、大渕博宣、加藤健一、繁田和也の各氏のご支援を受けました。また、共同利用機器を用いたX線回折実験に当たり、R-COMS_CEMSの支援を受けました。
原論文情報
- Aufandra Cakra Wardhana, Hideshi Ooka, Taejung Lim, Ailong Li, Kiyohiro Adachi, Chen Chen, Daisuke Hashizume, Ryuhei Nakamura, "Cooling Water to Near Freezing Breaks the Activity-stability Trade-off of Water Oxidation Electrocatalysis", Nature Chemistry, 10.1038/s41557-026-02274-8
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム
チームディレクター 中村 龍平(ナカムラ・リュウヘイ)
(東京科学大学 地球生命研究所(ELSI)教授)
特別研究員 アウファンドラ・チャクラ・ワルダナ(Aufandra Cakra Wardhana)
客員主管研究員 大岡 英史(オオオカ・ヒデシ)
アウファンドラ・チャクラ・ワルダナ
大岡 英史
中村 龍平
発表者のコメント
私たちが最も驚いたのは、低温という環境が「単に化学反応を遅らせる」だけでなく、競合する反応経路を「選択的にコントロールする」ために活用できる点です。特に、過冷却水においては、温度を下げるほど反応が速くなる「アンチアレニウス挙動」が発現したのは、予想外の発見でした。本研究が、寒冷な水環境における電気化学のさらなる可能性を広げる契機になることを期待しています。(アウファンドラ・チャクラ・ワルダナ)
JST事業に関する問い合わせ
科学技術振興機構 未来創造研究開発推進部 GteX推進グループ
波羅 仁(ハラ・マサシ)
Tel: 03-3512-3543
Email: gtex@jst.go.jp
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム
東京科学大学 総務企画部 広報課
Tel: 03-5734-2975
Email: media@adm.isct.ac.jp
科学技術振興機構 広報課
Tel: 03-5214-8404
Email: jstkoho@jst.go.jp
