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2026年11月6日

理化学研究所

機械学習で酵素の強さと能力の高さを両立化

-加齢臭の原因物質を捉える酵素センサーへの応用に期待-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター バイオものづくりデザイン研究チームの白井 智量 チームディレクター、小川 友希 研究員、細胞生産研究チーム(研究当時)の近藤 昭彦 チームディレクター(研究当時)の研究チームは酵素の環境変化に強い「安定性」や物質変換の能力である高い「反応性」などの複数機能を、機械学習[1]を用いて同時に最適化する技術を開発しました。

本研究は、機械学習を用いることで、目的の物質を効率よく変換する活性や目的の物質を選択的に変換する基質特異性を目的に応じて変化させながら、産業利用に重要な安定性も考慮した酵素の設計が可能であることを示すものです。今後、さまざまな産業用酵素の高性能化への応用が期待されます。

酵素の産業利用に向けては、活性と、熱などの環境変化に耐えて性能を維持する安定性の両方が求められます。しかし、酵素の反応性(活性と基質特異性)を改変すると安定性が損なわれる場合があり、これらの性質を両立させることは酵素工学における重要な課題です。

本研究では、酵母由来アルコール脱水素酵素(YADH)[2]を対象に、機械学習を活用した新たな酵素設計法を構築しました。YADHが本来の基質(酵素反応によって消費される化学物質)であるアセトアルデヒドとは異なる非天然基質[3]trans-2-ノネナール[4]に作用するよう、基質特異性の改変と熱安定性の維持を同時に考慮して酵素変異体を設計・評価しました。

その結果、基質特異性が長鎖の基質側へと変化した変異体や、目的の基質に対して高い活性を示しながら熱安定性も維持・向上した変異体など、異なる機能特性を持つ複数の変異体を取得しました。trans-2-ノネナールは加齢臭の原因物質として知られ、これに応答する酵素を開発することで加齢臭の原因物質を検出する酵素センサーへの応用が期待できます。

本研究は、科学雑誌『Biotechnology for biofuels and bioproducts』オンライン版(11月1日付)に掲載されました。

本研究の概要図

本研究の概要

背景

酵素は、食品や化学品、医薬品などの製造に利用される重要な生体触媒です。産業利用には、目的の物質を効率よく変換する「活性」に加え、熱などに耐えて性能を維持する「安定性」が求められます。また、目的の物質を選択的に変換する「基質特異性」も重要です。しかし、安定性を高めると活性や基質特異性が低下するなど、複数の機能を両立させることは容易ではありません。

近年、機械学習によって酵素の機能を予測し、効率よく改変する技術が発展しています。一方、反応性(活性と基質特異性)、安定性を同時に最適化するには、それぞれの機能に関する実験データを取得し、どのように組み合わせて評価するかが重要な課題として残されています。

そこで本研究では、機械学習を活用し、酵素の基質特異性や活性を改変しながら、熱安定性(耐熱性)も考慮する酵素設計法の開発に取り組みました。

研究手法と成果

本研究では酵母由来アルコール脱水素酵素(YADH)を用い、加齢臭の原因物質として知られる非天然基質trans-2-ノネナールを効率よく変換できる酵素の開発に取り組みました。この酵素は本来、アセトアルデヒドとエタノールを相互に変換する働きを持ちます。trans-2-ノネナールは本来の基質であるアセトアルデヒドよりも炭素がより長く連なった分子であるため、基質が収容される低分子化合物が結合しやすいくぼんだ空間(ポケット)のサイズや物理化学的な性質を変えることで、新しい基質を効率的に変換可能になることが予想されました。そこで、コンピュータによるドッキングシミュレーション[5]を用いて、酵素が物質を取り込むポケットに着目し、形や性質を変えるために5カ所のアミノ酸を選抜しました。そこにあるアミノ酸をさまざまな種類に置き換えて、性質の異なる約200種類の酵素をつくりました(図1)。

立体構造に基づく変異型YADHの設計の図

図1 立体構造に基づく変異型YADHの設計

ドッキングシミュレーションを用いてYADHの基質結合部位のアミノ酸を調査した。活性や熱安定性に重要と推定した5カ所のアミノ酸を変異導入部位として選抜した。これらを他の19種類のアミノ酸に置換したシングル変異型YADHと変異を組み合わせた多重変異型YADHから成る変異型YADHライブラリを全部で約200種類構築した。

次にこれらの変異型酵素ライブラリのtrans-2-ノネナールを変換する能力と熱に対する強さ(熱安定性)を一つずつ評価しました。得られたデータを機械学習に用い、活性の高い変異体を予測するとともに、熱安定性が大きく低下する変異体が選ばれにくくなるように設計しました。この方法で有望な変異体を選び、実験によって選ばれた変異体の性能を検証しました(図2)。

機械学習を用いたYADHの活性と熱安定性の最適化の図

図2 機械学習を用いたYADHの活性と熱安定性の最適化

変異型YADHライブラリのtrans-2-ノネナール変換活性と熱安定性を全て測定し、学習データを作成した(上)。変異型YADHのアミノ酸配列を入力値として、活性の有無を判別するモデル、活性値を予測するモデル、熱安定性を予測するモデルをそれぞれ構築した(中)。これらのモデルを用いて、活性値と熱安定性の統合スコアを出力値として作成した(下)。このスコアを用いると、熱安定性が著しく下がる変異体の評価が低くなる。このモデルを用いて、未知変異体のスコアを予測し、上位に順位付けられた変異型YADHの活性(=変異型YADHの比活性(酵素の単位量当たりの反応速度を示し、酵素の働きの強さを表す指標)/野生型YADHの比活性)と熱安定性(=変異型YADHのTm値(℃)-野生型YADHのTm値(℃))を測定した。いずれも値が高いほど、活性や熱安定性が向上する。Tm値:タンパク質の熱に対する安定性を示す指標で、値が高いほど一般に熱に強いことを示す。

その結果、人工的な改変を加えていない、自然界に存在する本来の酵素である野生型YADH上回るtrans-2-ノネナール変換活性を示す4種類の変異体を取得しました。そのうちの一つである改変型YADH-LWFMY(変異型YADHのうち目的の機能が得られたものを改変型と命名)は活性が野生型の2.2倍に向上(図2下)するとともに、熱安定性も改善しました(図3)。

改変型YADH-LWFMYの熱安定性の図

図3 改変型YADH-LWFMYの熱安定性

  • A.YADHを55℃から75℃の熱で10分間処理し、熱処理をしないときに比べて残存活性(熱処理などを行った後に残っている酵素の活性。処理前の活性に対する割合(%)で表す)が半分になる温度(T50)を測定した。野生型YADHは約57℃で活性が半分になるのに対し、改変型YADH-LWFMYは約60℃で半分になったことから、T50が約3℃向上していた。
  • B.YADHを60℃で熱処理し続け、熱処理をしないときに比べて活性が半分になる時間を測定した。野生型YADHは約13分で活性が半減するのに対し、改変型YADH-LWFMYは約19分で半減したことから、60℃における半減期が約1.4倍に向上していた。

また、改変型YADHの基質特異性を調査しました。野生型YADHは炭素鎖が短いアセトアルデヒドやプロピオンアルデヒド、ブチルアルデヒドに対して高い活性を示し、trans-2-ノネナールなど炭素鎖がより長い基質に対しては低い活性を示しました。一方、改変型YADH-FWYGYや改変型YADH-YWYGYは本来の基質であるアセトアルデヒドへの活性を失う一方、trans-2-ノネナールへの活性を獲得しました(図4)。

改変型YADHの基質特異性の図

図4 改変型YADHの基質特異性

炭素鎖長が2~10の種々のアルデヒドに対するYADHの比活性(U/mg:酵素1mg当たりの酵素活性(U))を測定した。改変型YADH-FWMMYと改変型YADH-LWFMYはより短い炭素鎖長の基質に対してより高い活性を示し、炭素鎖が長くなるにつれて活性が減少したことから、野生型YADHと似たような基質特異性プロファイルを示した。一方、改変型YADH-FWYGYと改変型YADH-YWYGYは炭素鎖がより長いアルデヒドに対してより高い活性を示し、アセトアルデヒドなどの炭素鎖長が短い基質に対しては活性を失っていた。

これらの結果から、機械学習を活用することで、酵素が反応する物質の種類を変えながら、活性と熱安定性の両立を目指した設計が可能であることが示されました。

今後の期待

本研究では、YADHを対象に、機械学習を活用して、活性と熱安定性を両立する酵素設計法を開発しました。本来、アセトアルデヒドなどに作用するYADHを、trans-2-ノネナールにも作用するよう改変するため、約200種類の変異体を作製し、活性と熱安定性を評価しました。その結果、野生型を上回る活性を示す4種類を取得し、うち1種類では活性が2倍以上に向上するとともに、熱安定性も改善しました。また、反応する物質の種類が大きく変化した変異体も得られました。今回改変した酵素を応用すれば、特定の物質を検出するための装置である「酵素センサー」の開発につながる可能性があります。加齢臭の原因物質を検出することで、加齢臭の程度を把握するための新たな指標としての活用も期待されます。

本研究の新しさは、活性だけでなく熱安定性も考慮して、機械学習で変異体を選抜した点にあります。今後は、他の酵素にも本手法を適用し、幅広い酵素に利用できる汎用的(はんようてき)な技術かどうかを検証します。これにより、産業用酵素の効率的な開発への貢献を目指します。

補足説明

  • 1.機械学習
    コンピュータがデータ内に潜む構造や規則性を学習し、それを基に予測や判断を行う技術。
  • 2.酵母由来アルコール脱水素酵素(YADH)
    酵母が持つ酵素で、アセトアルデヒドとエタノールの相互変換を触媒する。YADHはyeast alcohol dehydrogenaseの略。
  • 3.非天然基質
    酵素が本来作用するようにできていない物質。
  • 4.trans-2-ノネナール
    加齢臭の原因物質の一つとして知られる、脂肪酸の酸化によって生じる物質。
  • 5.ドッキングシミュレーション
    コンピュータ上で酵素と基質の結合の仕方を予測する計算手法。

研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター
バイオものづくりデザイン研究チーム
チームディレクター 白井 智量(シライ・トモカズ)
研究員 小川 友希(オガワ・ユキ)
細胞生産研究チーム(研究当時)
チームディレクター(研究当時)近藤 昭彦(コンドウ・アキヒコ)
(現 理研 環境資源科学研究センター 客員主管研究員、神戸大学 大学院科学技術イノベーション研究科 客員教授)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「生物を凌駕する無細胞分子システムのボトムアップ構築学」の計画研究「計算科学にもとづく『最適』無細胞分子システムのボトムアップ構築(研究代表者:油谷幸代、研究分担者:白井智量、JP21H05230)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Yuki OGAWA, Akihiko KONDO, Tomokazu SHIRAI, "Machine learning-guided dual optimization of the substrate specificity and thermostability of yeast alcohol dehydrogenase", Biotechnology for biofuels and bioproducts, 10.1186/s13068-026-02839-2

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオものづくりデザイン研究チーム
チームディレクター 白井 智量(シライ・トモカズ)
研究員 小川 友希(オガワ・ユキ)
細胞生産研究チーム(研究当時)
チームディレクター(研究当時)近藤 昭彦(コンドウ・アキヒコ)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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