ChatGPTをはじめとする生成AI。熱い注目を集める研究分野の中で、谷中 瞳 チームディレクターは「本当に信頼できるAIをつくる」という目標を掲げています。「中学のときからウェブサイトをつくっていた」と語る〝デジタルネイティブ″でしたが、人が書いたり話したりすることばをコンピュータで処理する「自然言語処理」という、AI研究の中核をなすテーマにたどりつくまでには紆余(うよ)曲折がありました。
ウェブサイト制作に「沼る」中学時代
「今の生成AIは答えを出すことはある程度、できます。でも本当に人間の意思決定を支援するAIになるには、どういう判断でこの答えに至ったかを説明できることが必要でしょう」と谷中 チームディレクター。
「回答への過程を説明できるようにする」には、人間にとって分かりやすい説明とは何か、AIは何に着目して重要と判断したか、人間の入力とAIの出力の間のギャップはどうなっているのか、自然言語(人間のことば)をどのように論理式や数値(ベクトル)化して記述すればよいか、など検討すべき複数の課題があり、またさまざまなアプローチ方法がある。これらの研究分野は自然言語処理や計算言語学と呼ばれている。
「中学からウェブサイトづくりにはまって、夜な夜なパソコンに向かっていました」。しかし、ついつい勉強のほうがおろそかになり、後ろめたい気持ちもあった。高校になると情報の授業はあったが、将来の研究対象になるとは思ってもいなかったし、得意な数学や化学を研究したいと考えていたという。
就職後、一念発起して博士課程へ
大学では応用化学を学んだが実験が苦手だった。「実験は難しくて教科書どおりになりません。器用でもありませんでした」。大学院では実験が必要ない医療の品質管理を専攻した。実社会を知りたいと考え博士課程には進まず、たまたま受けたウェブ工学の授業にひかれ、アプリケーションエンジニアとして民間企業に就職。専攻で学んだことが生かせる特許の分析や検索システムの開発部門を選んだ。
入社3年目のとき、化学メーカーの顧客から「特許検索のときに、もっと精密な検索がしたい。例えば〇〇という化合物が〇グラム使われているなど自由に記述して検索できるとか」という要望を受けた。これは2015年当時、難しい課題だった。
「どう文章を入力するかでコンピュータは理解できたり、できなかったりするのです」。このとき自然言語処理という研究分野に興味を持った。「もともと博士課程への憧れがあったので、行くなら今しかないと考えたのです」
ことばを数学する 著書も好評
再び大学院へ。研究は新鮮で面白かった。「3年ではとても終わらなくて、また沼にはまっていきました。研究を続けたいと思って理研に入りました」。現在は母校の東京大学大学院で准教授を務め学生の指導に当たる一方、理研で研究生活を送る。
大学での講義内容をもとにまとめたのが、2024年10月に出版した『ことばの意味を計算するしくみ』(講談社)だ。「私たちの頭の中では、ことばに対してどのような処理が行われているのか」「頭の中で行われている処理は、コンピュータで再現できるか」という問いに答える内容で好評だという。「かなり難しい本です。文章を書くのは好きなので、いつかエッセイも出版したいですね」
行き詰まるとジャズピアノ
実際の研究はパソコン1台でも可能だ。「新型コロナ流行のときも在宅で研究が進みました」。とはいえ仮説を立てて検証するという手法は、他の自然科学と変わらない。「どうしたらいいか、こうしたらいいのか。いつも考えています。AI分野は先行研究が多いので、批判的に検証して仮説づくりに役立てています」
パソコンに向かう時間はどうしても長くなる。1日10~12時間に及び、眼精疲労と肩こりがきついとこぼす。ただ、研究のヒントを得るのはパソコンに向かっていないときが多いらしい。特に大学時代に没頭したジャズピアノは、今でもライブハウスに出演するほどの腕前だ。「音楽を聴いたりピアノを弾いたりしているときに、研究で行き詰まっていたところがつながるのです」
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