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研究最前線 2026年3月25日

実験はAIとロボットに任せる「一億総研究者」時代へ

「究極的には、人類が滅んだ後も実験が続くような『自動実験室』を実現したい」。そんなSFのような着想から、生命科学の現場を劇的に変えうる新たな設計思想が生まれました。落合 幸治 研究員や尾崎 遼 チームディレクターらの共同研究グループが論文発表した「自己保守能力[1]」です。実験室が自分で適切な状態を保ちながら稼働し、人間は研究のアイデアや実験の承認を与えればよい未来。その核心に迫ります。

落合 幸治、尾崎 遼の写真

左から

生命機能科学研究センター

落合 幸治(オチアイ・コウジ)バイオコンピューティング研究チーム 研究員
尾崎 遼(オザキ・ハルカ)AI生物学研究チーム チームディレクター

「ロボットのお世話を人がする」という矛盾

生命科学や化学などの研究分野では、ロボットが実験操作を担う「実験自動化」が目覚ましく進歩している。正確な量の試薬を的確なタイミングで注入するロボットや、大量のデータを解析するAIの登場で、研究の現場は様変わりしつつある。

しかし、現場では矛盾も生じている。「実験操作を自動化するためには、実験スケジュールから消耗品の配置まで事前に完璧に準備しなければならないし、試薬が切れたら補充をしなければなりません。人間が『ロボットのお世話』にかかりきりになっているのが現状です」。アイデア出しとソフトウエア開発を担当した落合 研究員は指摘する。

実験手順の作成、消耗品の補充、機器のメンテナンス、トラブル対応……。実験の本質ではないが不可欠なこれらの裏方作業を、研究グループは「ケア」と名付けた。「これまでケアは当然、人間の仕事だとされていました。炊飯器を使うときに人間が米と水を入れるのが当たり前なのと同じです。実験室の完全自動化の課題は、まさにこのケアの部分にあるのです」(尾崎 チームディレクター)

実験室を「細胞」に見立てる

この壁を突破するために研究グループがたどり着いたのが、「実験室全体を一つの『生き物』のように捉える」という発想の転換だった。ヒントになったのは生物学者が最もよく知るシステム――「細胞」だ。細胞は、外部から栄養を取り込み、内部でエネルギーを生み出し、不要なものを外に出す。常に自己の状態をモニタリングし、環境の変化に合わせてホメオスタシス(恒常性)を維持している。

「私たちが考えた実験室も同じです。消耗品を外から取り込み、内部で実験し、データや廃棄物を外に出す。実験室全体がセンサーで自分の状態を把握し、ちょっとしたトラブルなら自分で直す。この『自己保守能力』を実験室自体に持たせようというのが、今回の論文の柱です」(尾崎 チームディレクター)

落合 幸治 研究員と尾崎 遼 チームディレクターの写真

アイデア出しとソフトウエア開発を担当する落合 研究員(左)と、具体的なシステムづくりを担当する尾崎 チームディレクター。

「指示」から「意図の共有」へ

自己保守能力を備えた実験室が実現すれば、研究者の日常は劇的に変わる。これまでの自動化機器は「Aの棚の3番目からチップ(ピペットの先端につける消耗品)を取り、Bの試薬を10マイクロリットル吸って……」というように細かくプログラミングしなければならなかった。しかし、新たな自動化実験室では、研究者はAIに「この細胞とあの細胞は、どっちが増えやすいか比較したい」といった抽象的な「意図」を伝えるだけで済むようになる。

「実験室のAIが『今の在庫状況ならこの実験ができます』『予算を追加すればもっと精度の高い実験も可能です』といった対話をしてくれるようになります。研究者は『じゃあ、そのプランで』と承認するだけ。あとは実験室が自律的に動き、結果が通知される。そんな未来を描いています」(落合 研究員)

「一億総研究者」の時代へ

この実験室(図1)の実現によって、単に研究者が楽になるだけではない。まず、実験の自動化が広がり、科学の質の向上につながると考えられる。人間が実験をしたり「ケア」を担ったりする場合、正確さなどのばらつきや、無意識のバイアスが生じる余地がある。しかし、実験室全体が自動化され、すべての操作をログとして客観的に記録すれば、実験データの信頼性が飛躍的に高まる。捏造(ねつぞう)などの不正が入り込む隙もなくなるだろう。

完全自動化に向けての課題とはの図

図1 完全自動化に向けての課題とは

従来の自動化実験室では人間がロボットの「ケア」をする必要があり、完全自動化の障壁となっているため、研究グループは新たな自動化研究室を研究した。

さらに、尾崎 チームディレクターは、その先にある「一億総研究者」の可能性を語る。

「実験のスキルがなくても、アイデアさえあれば誰でも実験ができるようになります。育児や介護で実験室に行けなくなった人もオンラインで研究が続けられるし、難病で寝たきり状態の人が自分の病気を研究することだってできるようになります。サイエンスの担い手が爆発的に広がる可能性があります」

また、従来の自動化が「大量生産」だとすれば、新たな実験室は「オーダーメード」と言える。患者一人一人の遺伝子変異に合わせた研究など、自動化が困難だった複雑な研究が可能になる。

研究者はAIと対話するだけ。実験室の状況を把握し、実験計画を立案・提案。研究者は結果の解釈に専念。実験からの解放。AIからのデータを基に、結果の解釈や次のアイデア創出に集中

図2 自己保守能力を持つ未来の実験室の利点

SFではなく、現実の未来へ

研究グループは、2027年度末までに、一つの部屋(ルームレベル)での「自己保守能力を備えた実験室」の実装を目指している。

「最初は自動化しやすい実験からスタートし、徐々に対応できる実験の幅を広げていきたいですね」(尾崎 チームディレクター)

研究グループには産業用ロボット開発の企業も参画し、産業界での実装を見据えている。落合 研究員が夢見た「人類が滅んだとしても動き続ける実験室」――それはSFの話ではなく、科学の歩みを加速させるための現実的なロードマップの上に描かれているのだ。

用語解説

  • 1.自己保守能力(SeM:Self-maintainability)
    共同研究グループが提案する、生物の細胞が持つ恒常性機能をモデルにした概念。システムが自身の状態を常に監視し、物資の枯渇やエラーなどの変化に対応して、機能を維持し続ける能力のこと。

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