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研究最前線 2026年4月20日

遺伝子カプセルが進化を促す

遺伝情報が伝わる仕組みには、親から子へと受け渡される垂直伝播と、他生物間で受け渡される水平伝播があります。水平伝播は主に細菌で見られますが、近年こうした遺伝子のやり取りを促す小さな粒子の存在に注目が集まっています。高野 壮太朗 研究員らの共同研究グループは、細菌がつくるナノサイズの遺伝子カプセルといえる「細菌膜小胞」に注目し、その一つ一つに含まれる断片的な遺伝子配列を網羅的に解析する技術を開発。細菌膜小胞が細菌の生存に重要な遺伝子を多く含むことを明らかにしました。これらの細菌膜小胞を通じて細菌同士が遺伝子を受け渡すことで、進化が促されてきた可能性が示されています。2025年9月に発表しました。

高野 壮太朗の写真

高野 壮太朗(タカノ・ソウタロウ)

バイオリソース研究センター 統合情報開発室 研究員

ナノサイズの膜小胞をドロップレットで1粒ずつ解析

ヒトを含むさまざまな生物の細胞は、膜小胞と呼ばれる直径100ナノメートル(nm、1nmは100万分の1mm)程度のカプセルを放出している。中にはタンパク質や核酸(DNAやRNA)などが入っていて、細胞間の情報伝達や物質輸送に関わっている。ヒト体内にも数多く存在し病原性にも関与しているため、最近は創薬や疾患の診断に応用できると注目を浴びている。

こうした膜小胞のうち細菌がつくるものが細菌膜小胞で、代表的な役割の一つが、遺伝子を運ぶ「遺伝子カプセル」としての機能だ。これまでの研究から、細菌膜小胞を介した遺伝子水平伝播が細菌の進化を加速させる仕組みとして重要だと指摘されていたが、直径が50~200nm程度と小さく、中身が微量のため解析が難しく、詳細な機能は未解明だった。また、これまでは大量の細菌膜小胞をまとめて解析する方法が一般的だったため、細菌膜小胞ごとのばらつきを考慮した解析はできなかった。

高野 研究員らは、ドロップレットと呼ばれる微小な水滴の中に遺伝子や細胞を閉じ込めて解析する技術を応用し、その課題を解決。歯周病の原因菌の一つ、Porphyromonas gingivalis(PG菌)の培養液からPG菌がつくる細菌膜小胞を分離して、ドロップレット1個に細菌膜小胞1個を閉じ込め、中のDNAだけを増幅させて、DNA配列を読み解いた(図1)。

細菌膜小胞内部に含まれるDNA配列の解析の図

図1 細菌膜小胞内部に含まれるDNA配列の解析

これまでは数十万~数百万個の細菌膜小胞をまとめて解析していたため、平均化されたDNA配列情報しか得られなかった。ドロップレットの活用で一個一個の細菌膜小胞に含まれるDNA配列を解析できた。

放出したい遺伝子を選んでいる?

次に、ドロップレットごとに得られたDNA配列を、PG菌の染色体ゲノム配列と照合して、染色体ゲノム上のどの領域にあるDNA配列が、細菌膜小胞に多く含まれているかを調べた。結果は高野 研究員の予想を覆すものだった。「膜小胞で遺伝子を受け渡して進化を促す仮説に対して当初は懐疑的でした。膜小胞は細胞が死んだ時にできる副産物でもあり、内部のDNAも偶然の産物というイメージがありました。そのため、細菌膜小胞に含まれるゲノム領域はランダムだと予想していたのです。ところが、染色体ゲノム上の特定のゲノム領域が多く含まれていました(図2)。この結果は、細菌が外部に放出したい遺伝子を選んで細菌膜小胞に入れているとも考えられます」

ドロップレットごとの検出ゲノム領域の解析の図

図2 ドロップレットごとの検出ゲノム領域の解析

ドロップレットごとに検出ゲノム領域を調べたところ、多くの細菌膜小胞で特定の領域が含まれていた。

さらに、細菌膜小胞の中で頻繁に見つかるゲノム領域に特定の遺伝子が集中して存在することが分かった。そこに含まれる遺伝子の機能を調べたところ、細菌膜小胞の約30%がCRISPR-Cas遺伝子群を含んでいることが分かった。「30%という高い割合にも驚きました。CRISPR-Cas遺伝子群は細菌が自身に感染するウイルスから身を守るための免疫システムとして働きます。つまり、細菌が天敵から身を守る重要な遺伝子を選択的に、数多く外部に放出しているのではないかと推測できます」

遠い仲間でも遺伝子がそっくり

では、このCRISPR-Cas遺伝子群は進化の過程で、実際に水平伝播していったのだろうか。検証のため、PG菌の主要な七つの細菌種について、CRISPR-Cas遺伝子群の有無を調べた。その結果、同じ細菌種のグループの中でも、遺伝子群を持たない株もあれば、持つ株もあり分布は一様ではなかった(図3)。「同じ細菌種でも系統的に一貫せずにバラバラということは水平伝播が起きたことの証拠と考えられます」

近縁種におけるCRISPR-Cas遺伝子クラスターの分布の図

図3 近縁種におけるCRISPR-Cas遺伝子クラスターの分布

遺伝子群として存在していた場合は青、持たない場合は白。同じ細菌腫であってもCRISPR-Cas遺伝子群の場合、遺伝子を持つものと持たないものが混在しているため、株ごとに異なる進化的な経験をしてきたことを示唆する(左)。一方で、他の遺伝子クラスターの場合は近縁の幅広い細菌種に保持されており、垂直伝播によって受け渡されてきたことを示唆する(右)。

さらに、PG菌と近い種類の300種の細菌の系統樹をつくり、生物として近い種類であることを示すゲノム全体の類似度と、CRISPR-Cas遺伝子群の類似度を比べた。すると、生物としては系統的に遠いはず(ゲノム全体の類似度が低い)なのに、CRISPR-Cas遺伝子群の類似度が高い細菌が見つかった。

「生物として系統的に近い細菌同士が同じようなCRISPR-Cas遺伝子群を持っているのは当たり前ですが、生物として系統的に遠い細菌同士が同じような遺伝子群を持っていることが分かりました。これは進化の過程で水平伝播によって広まった可能性が高いと推測できます」。細菌膜小胞による遺伝子の水平伝播が起き、これにより細菌の生存に有利に働く遺伝子が広がった。つまり、細菌の進化に重要な役割を果たしてきたということになる。

身近な自然界でも起きている"遺伝子の運搬"

ここまでの研究は試験管の中での実験。そこで、実際の自然界でも同様のことが起きているのかを調べるため、ヒトの口の中の細菌叢の細菌膜小胞についても、ドロップレットを使った同様の解析を行った。

その結果、口の中の細菌でも存在量が1%以下の少ない細菌に由来するDNAが、細菌膜小胞から多く検出された。さらに細菌膜小胞中の遺伝子の機能を調べると、細菌の病原性に関わるリポ多糖合成遺伝子群が約15%に含まれていた。「実際の自然界でも同じようなことが起きていて、病原性に関わる遺伝子を放出しています」

ヒトの免疫を制御して病気の治療も

細菌膜小胞は細胞が死ぬ場合と細胞膜が変形する場合につくられる(図4)。そこで、CRISPR-Cas遺伝子群はどちらの場合に含まれるかを、細胞死を起こす薬剤と細胞膜変形を起こす薬剤をPG菌に加えて比較した。この分析にはドロップレットではなく、定量PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)によって簡単に検出できる方法を開発し利用した。その結果、CRISPR-Cas遺伝子群は、細胞膜を変形させて細菌膜小胞ができるときに含まれることが分かった。

「ある条件のときだけ特定の遺伝子を含む細菌膜小胞ができるということは、細菌膜小胞をシグナルとして、将来的な病原菌の活動を予測できる可能性があります。さらに、PCRはドロップレットを使うより100分の1くらいのコストで分析可能なので、特定の疾患を対象にした新しいバイオマーカーとして活用できるかもしれません」。

また、実際の自然界で病原性に関わる遺伝子が放出されていることを応用すると、細菌膜小胞を使った創薬技術への夢が膨らむという。「病原性の強い細菌はヒトの免疫応答を強めるので細菌も殺されてしまいます。例えば人為的に病原性の弱い細菌をつくります。細菌膜小胞は細菌にとって生存に有利な遺伝子を放出すると考えると、病原性の弱い遺伝子が細菌膜小胞を使って広まっていき、われわれヒトとの間で良好な共生関係を築くこともあり得るのではないでしょうか」

細菌膜小胞がつくられる様子を観察するの写真

図4 細菌膜小胞がつくられる様子を観察する

モニターに表示されているのは、細胞膜の変形を誘発する薬剤を加えて撮影した顕微鏡写真。

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