米国東部時間2026年6月4日、日本の文部科学省・経済産業省と米国エネルギー省(DOE)による意向表明書(Statement of Intent; SOI)が署名されました。これは、米国の国家プロジェクトである「ジェネシス・ミッション」において、日米が戦略的パートナーシップを構築することを表明したものです。理化学研究所(理研)は、日本がこのプロジェクトにおける最初の国際パートナーとして位置づけられたことを心より歓迎します。
いま、AI技術はこれまでにない猛烈なスピードで進化しています。特に、自ら考えて行動する「自律型AIエージェント」の急成長は、社会全体に大きな衝撃を与えています。
その革新の最前線にあるのが、まさに科学研究の現場です。これまで科学の世界では、研究データや研究のプロセスを「学術論文」として広く公表し、それをもとに世界中の科学者が「再現性」を確認し合い、淘汰のプロセスを経て、確かな知識を人類共通の財産として積み上げてきました。世界中の科学者が長年かけて連綿と築き上げ、大切に守り伝えてきたこの「科学知の創出プロセス(基本オペレーティング・システム=OS)」自体が、AIの革新によって今、根底から変わろうとしています。
近年の科学研究では、膨大なデータを取得・蓄積して解析する「データ駆動型」の手法がさまざまな分野へと広がり、従来の科学のアプローチを大きく拡張させてきました。さらに、深層学習(ディープラーニング)から生成AIへと進化したAI技術は、単なる計算や解析の道具ではなく、実験、理論、シミュレーションと並ぶ新しい研究基盤として位置付けられ、研究者の「相棒(パートナー)」へとステップアップを遂げています。さらに、最近では、複数のAIエージェント同士が連携し、人間が指示をしなくても自律的に新しい科学的発見を行うレベルにまで達しています。
重要なのは、AIが実験、理論、シミュレーション等の従来手法を置き換えるのではなく、それらを統合・内包しながら、科学知創出の仕組みそのものを高度化し、人類の発見能力を飛躍的に高めていることです。
この変化は、科学の世界だけにとどまりません。瞬く間に産業技術を塗り替え、私たちの社会や経済の仕組み(社会のOS)をも大転換させていくことは間違いありません。
一方で、この進化のスピードは、AIを生み出してきた最前線の科学者自身でさえ「AIは人類をどこへ連れて行くのか」という未来の予測や制御が難しくなるほど急激です。AIを「人間中心の技術」として育て、人類を豊かな未来へと導くためには、AIそのものの学理を深く探究し、その知見に基づいた技術の発展と社会実装に導いていくことが必要です。これは科学者コミュニティに求められる重要な責務ですが、一国だけで成し遂げられるものではありません。志を同じくする国際的なパートナーと手を携え、誰もが使える研究インフラ(プラットフォーム)を築き、世界中の知恵を結集させる必要があります。
今回の「AI for Science(科学のためのAI)」を軸とした日米の協力は、科学知創出基盤を国際的に構築するもので単なる研究協力ではありません。新たな科学のOSのもとで、人類の発見を何倍にも加速させるための極めて重要な第一歩であり、人類共通の課題解決に向けた新しい枠組みの出発点になるものと考えています。
ジェネシス・ミッションには、世界最高水準の計算資源と研究基盤が投入されます。このミッションには、世界のAI革新を引っ張る数多くの米国企業が参加しており、お互いのデータを守りながら賢く活用し、新しい経済価値やビジネスを生み出す最先端の舞台ともなります。
ここで重要になるのは、長年培われてきた科学研究のオープンさ(公開性)を最大限に生かしながら、守るべき機密は守るという「オープン&クローズ」の適切な管理を行い、公平で活気のあるビジネス環境を生み出すことです。
初の国際パートナーとして参画する日本の役割は、この舞台で新しい「AI主権」の形を実践することにあると考えます。AI for Science及び先端産業である「AI for Industrial Science」におけるAI主権を確立するためには、国家の知の源泉となる貴重な研究・企業データや、独自の科学AI開発、それを支える国の計算基盤をしっかりと整備・保持していくことが大前提となります。その上で、最先端の舞台でのAI主権とは、自国の基盤を核としながら、国際的な協力関係の中で主体的な役割を担い、自ら判断し、自ら科学的・経済的な価値を「協創」し続ける力でもあります。
日本は、本連携において世界最高峰の科学知創出基盤の構築と運用に主体的に参画しつつ、日本しか提供できない価値を高め、国際的な研究・技術エコシステムの中で戦略的不可欠性を確立していくことができると確信しています。この国際協力の中で信頼を獲得しながら、自律的な日米連携という協創によって科学的発見と技術革新の限界を突破していく戦略こそが、これからの時代におけるAI主権の重要な要素です。ジェネシス・ミッションに参加する日米連携は、大きな相乗効果をもたらすだけではなく、むしろ、日米の強みを掛け合わせることで得られる最先端の知見や科学的ブレイクスルーを日本国内に還流させる、極めてレバレッジ(投資効果)の高い「日本の未来への投資」に他なりません。
こうした考え方のもと、理研は、2022年にTRIP(Transformative Research Innovation Platform of RIKEN platforms)事業を開始し、データによる科学研究の変革に取り組み、これまでにない学術分野を生み出すことを目指してきました。さらに2023年には、その発展形としてAI for Scienceを掲げるTRIP-AGIS(Advanced General Intelligence for Science Program:科学研究基盤モデル開発プログラム)を立ち上げ、米国DOE傘下のアルゴンヌ国立研究所、オークリッジ国立研究所、ブルックヘブン国立研究所等との連携を進めてきました。
理研は、幅広い研究分野を持ち、世界有数の研究基盤としてスーパーコンピュータ「富岳」、放射光施設SPring-8、バイオリソース等を有する総合研究機関です。また新しい研究方法論を実証し、新しい研究分野を開拓できる世界でも数少ない研究機関の一つであると考えています。
今回の日米連携を契機として、これまで築いてきた日米協力をさらに発展させるとともに、「実験・理論・シミュレーション・AI・量子技術」という理研が持つすべての強みを融合・統合させた新しい科学知創出の仕組みを世界に先駆けて実装していくことに貢献したいと考えています。
2026年は、人類の歴史において、後から振り返ったときに「重要な転換点だった」と呼ばれる年になると感じています。理研は日本の中核を担う自然科学の総合研究機関として、この歴史的なパートナーシップを「科学の力でより良い未来社会を切り拓く」という私たちのミッションを果たす最高のチャンスと捉え、総力を挙げて貢献してまいります。
2026年6月5日
理化学研究所理事長 五神 真
関連リンク
- 2026年6月5日 文部科学省「日本のAI for Scienceの取組と米国の「ジェネシス・ミッション」との連携に向けた日米戦略的パートナーシップについて」
- 2026年6月4日 米国エネルギー省(DOE)「United States and Japan Announce Historic $1 Billion Partnership Under President Trump's Genesis Mission(英語)」
- 2024年4月11日 お知らせ「理研とアルゴンヌ国立研究所がAI for Scienceに関する覚書を締結」
- 2026年1月27日 お知らせ「理化学研究所、アルゴンヌ国立研究所、富士通、NVIDIAが先端的HPC/AIの推進で協力」
- 2026年2月6日 お知らせ「米国エネルギー省(DOE)ダリオ・ギル科学担当次官が理研関西エリアを視察」
