理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チームの稲田 健吾 研究員、萩原 光恵 リサーチアソシエイト、宮道 和成 チームディレクターらの共同研究チームは、神経ペプチド[1]の一つであるバソプレシン[1]が、オキシトシン受容体への結合を介して、雄マウスの養育行動[2]に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
本研究成果は、脳がどのようにして養育行動を生み出しているのかを解明する上で重要な知見であり、将来的には人間の男性を含めた哺乳類の雄の子育てに関する生物学的な理解を深めるものと期待できます。
交尾を経験していない雄マウスは子マウスに対して攻撃的ですが、父親になると養育行動を示すようになります。この行動変化は、脳内に分泌されるさまざまな神経ペプチドとその受容体の複雑な相互作用によって生み出されています。
今回、共同研究チームは、視床下部[3]の室傍核[3]に存在するバソプレシン神経細胞に着目しました。この神経細胞を減らしてバソプレシンの分泌を抑制すると、父親マウスが養育行動を示さなくなりました。逆に活性化させると、交尾未経験の雄でも養育行動を示したことから、バソプレシン神経細胞が雄マウスの養育行動を促進する作用を持つことが分かりました。この作用は、視索前野[3]に発現するオキシトシン受容体[4]が、オキシトシンだけではなくバソプレシンにも反応してしまう「クロストーク[5](情報伝達の交差)」と呼ばれる現象により媒介されていることが明らかになりました。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(12月10日付:日本時間12月10日)に掲載されました。
バソプレシンとオキシトシン受容体のクロストークを介した養育行動促進
背景
哺乳類の子供は未熟な状態で生まれ、独り立ちするまで親の保護下で成長します。親は自分の子孫を確実に残すため、本能的に自分の子供を養育します。この養育行動は、多くの脳領域や神経細胞種が関与することで生み出されています。例えば以前、発表者らは、視床下部室傍核のオキシトシン神経細胞が、雄マウスの養育行動の発現に必須であることを報告しました注)。しかし視床下部には養育行動に重要と考えられている神経細胞種がまだ多数存在しており、さらなる研究が求められています。今回共同研究チームは、養育行動への関与が知られていながら、詳しい解析が行われていなかった視床下部室傍核のバソプレシン神経細胞に注目して実験を行いました。
オキシトシンとバソプレシンはどちらも9個のアミノ酸が連なって構成され、その違いはわずか2アミノ酸です。オキシトシンとバソプレシンにはそれぞれに対応した受容体が存在しますが、興味深いことに、バソプレシンは自身の受容体だけではなく、オキシトシン受容体にも結合することが知られています。このようにオキシトシン受容体がバソプレシンにも反応してしまう現象は「クロストーク(情報伝達の交差)」と呼ばれ、その分子機構の解明が続けられています。しかし、脳が機能を生み出す際に、このクロストークが何らかの役割を担っているのかどうかは、分かっていませんでした。そこで共同研究チームは、クロストークの関与も想定しながら、バソプレシン神経細胞の養育行動における役割を調べました。
- 注)2022年4月20日プレスリリース「父親の子育てを支える神経回路の変化」
研究手法と成果
交尾未経験の雄マウスは、子マウスに対して攻撃的です。一方、交尾や妊娠した雌マウスとの同居を経て父親になったマウスは、子マウスへの攻撃性がなくなり、子マウスを温めたり、巣から離れた子マウスを連れ戻したりするなどの養育行動を示します。共同研究チームはまず、父親マウスの脳内でバソプレシン神経細胞が十分に活性化されない場合、子マウスに対してどう振る舞うのか調べました。
最初に、室傍核のバソプレシン神経細胞においてアポトーシス[6]を誘導することで、その数を減らす実験を行いました。この雄マウスを正常な雌マウスと交尾させ、その後妊娠中から出産5日後までパートナーの雌と同居させることで、「父親マウス」としました。これまでの研究から、父親マウスは自分の子供でなくても養育行動を示すことが知られており、本実験でも、アポトーシスを誘導しなかった父親マウスは血縁関係にない子マウスに対して養育行動を示しました。これに対し、アポトーシスによりバソプレシン神経細胞の数を減らされた父親マウスは、養育行動を示す割合が低下し、一部は攻撃行動を見せました(図1A)。
図1 父親マウスと交尾未経験の雄マウスにおけるバソプレシンの効果
- A.子マウスを提示された際の父親マウスの行動の割合。緑は養育行動、青は無視、マゼンタは攻撃行動を表す。対照群(左)では全ての父親マウスが養育行動を示したのに対し、バソプレシン神経細胞でアポトーシスを誘導した父親マウス(右)は、養育行動を示す割合が低く、子マウスを攻撃するものまでいた。
- B.子マウスを提示された際に交尾未経験の雄マウスが示した行動の割合。色はAと同じ。バソプレシン神経細胞を活性化させた交尾未経験の雄マウス(右)は攻撃行動が抑制され、養育行動が促進された。
もしバソプレシン神経細胞が養育行動を促進するならば、交尾未経験の雄マウスであってもバソプレシン神経細胞を活性化させることで、養育行動を示す可能性があります。そこで次に、薬理遺伝学[7]の手法を使って、交尾未経験の雄マウスのバソプレシン神経細胞を人為的に活性化させました。すると、これらの雄マウスは子マウスに対して攻撃せず、父親マウスのように養育行動を見せました(図1B)。
これらの結果は、バソプレシン神経細胞の活動が、雄マウスの養育行動を促進する作用を持つことを示しています。
次に共同研究チームは、このバソプレシンによる養育行動促進という効果に、バソプレシンがオキシトシン受容体に作用するクロストークが関与しているか調べました。バソプレシン神経細胞を活性化させた交尾未経験の雄マウスに対して、オキシトシン受容体もしくはバソプレシン受容体の阻害剤を脳室に投与し全脳にわたってこれらの受容体を阻害しました(図2A)。もしバソプレシンからオキシトシン受容体へのシグナル伝達が関与している場合、バソプレシン神経細胞を活性化した効果がこれらの阻害剤によって打ち消され、雄マウスが攻撃行動を見せると予想されます。
実験の結果、バソプレシン受容体の阻害剤を投与した場合、バソプレシン神経細胞活性化による養育行動の促進効果はなくなり、ほとんどの雄マウスが子マウスを無視し、一部攻撃するものも出ました。一方オキシトシン受容体の阻害剤を投与された雄マウスは、攻撃行動を示す割合がさらに高くなりました(図2B)。これらの結果は、バソプレシンの作用はバソプレシン受容体を介してだけではなく、オキシトシン受容体へのクロストークも介して、雄マウスの養育行動促進に関与していることを示しています。
図2 脳室への受容体阻害剤投与実験
- A.実験の概要。バソプレシン神経細胞を薬理遺伝学の手法で活性化しつつ、受容体の阻害剤を脳室(脳脊髄液で満たされた脳内の空間)へ投与する。阻害剤はカニューラ(小さな管)を通して投与する。
- B.バソプレシン神経細胞が活性化された交尾未経験の雄マウスに対する、オキシトシン受容体もしくはバソプレシン受容体の阻害剤の作用。子マウスを提示された際に交尾未経験の雄マウスが示した行動の割合を、図1と同じ色のグラフで示した。生理食塩水(Saline)を投与された対照群は、攻撃行動を見せない。一方オキシトシン受容体の阻害剤(OTA)を投与すると、攻撃行動が見られる。バソプレシン受容体の阻害剤(V1aA)を投与しても攻撃行動は見られるが、その割合はOTA投与よりも低い。
さらに共同研究チームは、脳内のどこでこのクロストークが起きているのか、その場所の特定に挑みました。その特定のために、交尾未経験の雄マウスにおいて、バソプレシン神経細胞を薬理遺伝学の手法で活性化させることで養育行動を引き出しつつ、さまざまな脳領域のオキシトシン受容体遺伝子をコンディショナルノックアウトする手法[8]で欠損させる実験を行いました(図3A)。その結果、視索前野という領域のオキシトシン受容体において、クロストークが生じていることが明らかになりました(図3B)。
図3 クロストークの起きる脳領域の特定
- A.実験の概要。バソプレシン神経細胞を薬理遺伝学の手法で活性化しつつ、特定の脳領域においてオキシトシン受容体をコンディショナルノックアウトした。
- B.視索前野のオキシトシン受容体をコンディショナルノックアウトした交尾未経験の雄マウスが、子マウスを提示された際に示した行動の割合。色は図1と同じ。養育行動の促進が阻害され、攻撃行動が見られる。従って、視索前野のオキシトシン受容体がバソプレシンによる養育行動の促進に必要であることが分かる。
最後に、視索前野のオキシトシン受容体発現細胞の機能を調べるため、交尾未経験の雄マウスにおいて、視索前野でオキシトシン受容体を発現している神経細胞を薬理遺伝学の手法で活性化させました。すると子マウスへの養育行動が見られました。また、交尾経験のある父親マウスにおいて視索前野のオキシトシン受容体を欠損させると、養育行動を示す割合が減少し、代わりに子マウスを無視するようになりました。これらの結果は、バソプレシンが視索前野のオキシトシン受容体を介して、養育行動を促進していることを示しています。
今後の期待
今回、共同研究チームは、雄マウスのバソプレシン神経細胞が養育行動を促進する作用を持つことを明らかにしました。さらにそのシグナル経路においては、バソプレシンとオキシトシン受容体間のクロストークが、重要な役割を果たしていることを見いだしました。しかし雄マウスが子マウスと相対した際、バソプレシン神経細胞やオキシトシン受容体発現細胞が、どのような神経活動を示すのかは分かっていません。またオキシトシンやバソプレシンを受容した際に、オキシトシン受容体を発現する神経細胞の活動性にどのような変化が起こり、それが養育行動の発現にどうつながるのかもよく分かっていません。今後、分子から細胞、神経回路、そして行動まで、包括的な研究を行う必要があると考えられます。
今後さらに研究を進め、バソプレシンの作用やクロストークの重要性に関する雌雄差や、マウス以外の種との比較解析・進化的保存性の検討などを通して、ヒトを含む哺乳類の養育行動を支える神経メカニズムが明らかになるものと期待されます。
補足説明
- 1.神経ペプチド、バソプレシン
バソプレシンやオキシトシンなど、神経系に発現し、生殖や摂食の制御、学習、記憶などに関与するペプチドを神経ペプチドと総称する。バソプレシンは脳の視床下部という領域にあるバソプレシン神経細胞において合成され分泌される。バソプレシン神経細胞が脳下垂体後葉を経由して血中に分泌するバソプレシンは、腎臓に作用し、尿からの水分の再吸収を促進する。バソプレシン神経細胞は血中だけでなく、脳内にもバソプレシンを分泌する。本研究では、この脳内に分泌されるバソプレシンに注目した。 - 2.養育行動
子供を保護し養育する哺乳類の行動の総称。本研究では、特に子マウスをなめて清潔にするグルーミングや、巣の外にいる子マウスを安全な巣の中に連れ帰る行動、そして巣の中で子マウスを保温する行動を主な解析対象とした。父親マウスのこうした養育行動は、行動学的には母親マウスと同一であるとされる。 - 3.視床下部、室傍核、視索前野
視床下部は、内分泌や自律機能の調節を担い、生理機能をつかさどる脳部位である。本研究で扱った室傍核は、神経内分泌の中枢の一つとして知られ、オキシトシンやバソプレシンを分泌する神経細胞がこの神経核に含まれる。視索前野は、視床下部の前側に位置し、特に体温制御や養育行動と関係が深い領域である。 - 4.オキシトシン受容体
オキシトシンに反応する受容体で、脳の広い範囲で発現が見られる。オキシトシン以外に、バソプレシンとも親和性が高いことが知られている。 - 5.クロストーク
本来、各神経ペプチドの受容体は、特定の神経ペプチド(リガンド)にしか反応しない。しかしオキシトシン受容体は、オキシトシンだけでなく、バソプレシンにも反応することが知られている。本研究では、このバソプレシンがオキシトシン受容体を活性化する現象を、クロストークと呼んでいる。なおバソプレシンの受容体は3種類あるが、いずれもオキシトシンにはほとんど反応しない(クロストークしない)。 - 6.アポトーシス
多細胞生物に広く見られる現象で、「プログラムされた細胞死」とも呼ばれる。本研究では特定のタンパク質を発現させることで、人為的にこの細胞死を誘導した。 - 7.薬理遺伝学
内在性のリガンドに応答せず、特定の薬剤にのみ応答するよう改変した人工的な受容体を用いて、神経細胞を人為的に興奮させたり、抑制させたりする手法の総称。本研究では、DREADDと呼ばれる人工的な受容体を使用して、目的の細胞の神経活動を操作した。 - 8.オキシトシン受容体遺伝子をコンディショナルノックアウトする手法
細胞内におけるオキシトシン受容体の産生に必要なDNA配列を、DNA組換え酵素Cre依存的に欠損させる手法。「Creを発現している細胞のみにおいて」という条件付き(コンディショナル)で作動するので、従来のノックアウトマウスではできなかった時間的・空間的な制御が可能。本研究ではCreを発現させるアデノ随伴ウイルス(AAV)を視索前野に局所注入することで、視索前野のオキシトシン受容体発現神経細胞からオキシトシン受容体を欠損させた。
共同研究チーム
理化学研究所 生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チーム
チームディレクター 宮道 和成(ミヤミチ・カズナリ)
研究員 稲田 健吾(イナダ・ケンゴ)
リサーチアソシエイト 萩原 光恵(ハギハラ・ミツエ)
大学院生リサーチ・アソシエイト 矢口 花紗音(ヤグチ・カサネ)
テクニカルスタッフ(研究当時)入江 さつき(イリエ・サツキ)
国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
室長 井上 高良(イノウエ・タカヨシ)
リサーチフェロー 井上 由紀子(イノウエ・ユキコ)
研究支援
本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「雄養育行動発現におけるリガンド・受容体クロストークの機能解析(研究代表者:稲田健吾)」、同基盤研究(C)「養育行動を生み出す神経ペプチドの協調的作用の解析(研究代表者:稲田健吾)」、三菱財団(宮道和成)などによる助成を受けて行われました。
原論文情報
- Kengo Inada, Mitsue Hagihara, Kasane Yaguchi, Satsuki Irie, Yukiko U. Inoue, Takayoshi Inoue, & Kazunari Miyamichi, "Vasopressin-to-Oxytocin Receptor Crosstalk in the Preoptic Area Underlying Parental Behaviors in Male Mice", Nature Communications, 10.1038/s41467-025-66908-0
発表者
理化学研究所
生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チーム
チームディレクター 宮道 和成(ミヤミチ・カズナリ)
研究員 稲田 健吾(イナダ・ケンゴ)
リサーチアソシエイト 萩原 光恵(ハギハラ・ミツエ)
稲田 健吾
萩原 光恵
宮道 和成
発表者のコメント
本研究は企画構想から論文発表まで、約6年の歳月がかかりました。長年取り組んできた研究テーマだけに、終わってしまったことに一抹の寂しさを感じています。しかしそれ以上に、自身の子育ての合間を縫って、最終的に成果発表できたことをうれしく思います。今後さらに研究を進め、養育行動を生み出す神経メカニズムの全容解明に迫りたいと思います。(稲田 健吾)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム
