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2026年1月5日

理化学研究所
科学技術振興機構(JST)

圧縮的な細胞環境をつくる細胞外基質の新機能

-ZPDタンパク質の「雲」によるナノ加工-

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 形態形成シグナル研究チーム(研究当時)の板倉 由季 研究員(研究当時)、林 茂生 チームリーダー(研究当時、現 発生ゲノムシステム研究チーム 客員主管研究員)らの研究チームは、細胞外基質[1]が細胞に対して圧縮力を及ぼすような環境(圧縮的な環境)をつくり出し、その結果として、昆虫の表皮を覆うクチクラ[1]に微細構造が構築されることを発見しました。

本研究成果は、細胞外基質の力学的な作用が細胞外でのナノスケール構造の加工に働くことを示し、生体材料を生物学的に加工して機能的な素材を生物につくらせる技術の基盤として役立つものと期待されます。

昆虫の体表を外骨格として覆うクチクラはその表面にしばしばナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)スケールの構造を有し、さまざまな機能を担っています。今回、研究チームは、昆虫のクチクラの形成に関わる成分として、ZPDタンパク質[2]と呼ばれる分子群に着目しました。ショウジョウバエの嗅覚器官を覆うクチクラ層には多数の微小な穴(ナノポア)が存在し、この穴を通して神経細胞は匂い分子を受容します。クチクラ形成に先立って嗅覚器官周辺で生産されるZPDタンパク質を調べたところ、嗅覚毛細胞は「雲」のように分布するZPDタンパク質で覆われていることを発見し、これを「クラウドECM(cloud extracellular matrix)」と名付けました。嗅覚毛細胞はこのクラウドECMから圧縮力を受けており、クラウドECMの形成を阻害するとナノポアの形成に異常が見られました。このことから、クラウドECMがつくる圧縮的な環境がクチクラのナノ加工を形成するものと考えられました。

本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(1月2日付)に掲載されました。

蛹(さなぎ)の嗅覚毛細胞を覆う雲状の細胞外基質(クラウドECM、黄色矢じり)の図

蛹(さなぎ)の嗅覚毛細胞を覆う雲状の細胞外基質(クラウドECM、黄色矢じり)

背景

コラーゲンなどの細胞外基質分子は、細胞外で重合することで、基底膜[3]のように細胞を支える「足場」や細胞間隙(かんげき)を埋めて接着させる「のり」の役割を果たします。これらは組織の内側(ベーサル側)で働くのに対し、組織の外側(アピカル側)に分布するタイプの細胞外基質(aECM)は分子の組成が異なり、より多様な機能を果たします。昆虫の体表面を覆う外骨格として働くクチクラはアピカル側に分布しキチン[1]を主成分とするaECMの一つです。

クチクラは体内の環境を保護するとともに、さまざまな形や色を帯びることで視覚シグナルを外部に発信したり、外界からの光や匂いなどの情報を取得したりする感覚器の窓口となります。この機能を実現するための構造的な特徴が、クチクラの表面に構築された微細構造です。例えば昆虫の複眼では、網膜の表面を覆うレンズ組織の表面に細かな突起(ニップル構造)がつくられ、高い撥水性(はっすいせい)を示すとともに光の吸収を高めることで鋭敏な視覚機能をサポートします。また嗅覚器官のクチクラは、脆弱(ぜいじゃく)な嗅覚神経細胞を外界の異物から保護しつつ、規則的に並ぶ微小な穴(ナノポア)を通して匂い分子の効率的な取得を可能にしています。ナノポアを形成する嗅覚毛細胞は、体の外側に突出した1細胞の突起で、その表面のクチクラに数百個のナノポアを持ちます(図1A)。ナノポア形成に関わる細胞内の仕組みについては、林チームリーダーらの研究チームによるショウジョウバエでの先行研究により、クチクラに近接する細胞膜の形状が関わっていることが明らかにされています注1)。しかしクチクラを構成するaECMの分子組成やその物理的な性質など、ナノポア形成に対する細胞外の仕組みについては不明でした。

ショウジョウバエ成虫の嗅覚器官(小顎髭(しょうがくし、口器の一部))を覆う嗅覚毛の図

図1 ショウジョウバエ成虫の嗅覚器官(小顎髭(しょうがくし、口器の一部))を覆う嗅覚毛

  • A.成虫の嗅覚毛。表面は多数のナノポアを有するクチクラで覆われている。
  • B.蛹の嗅覚毛細胞の蛍光顕微鏡像。クチクラを分泌する前の細胞はTrynity(Tyn)タンパク質を成分とする雲状の細胞外基質(緑)に覆われている。Dusky-like(Dyl)タンパク質(マゼンタ)は細胞表面を密に覆い、細胞骨格(Actin)の青染色と重なって白っぽく見えている。
  • C.蛹の嗅覚毛細胞と非感覚毛細胞。嗅覚毛細胞は、雲状の細胞外基質(クラウドECM、黄色矢じり)で覆われている。一方、クチクラにナノポアを形成しない非感覚毛細胞の突起にはこの構造が見られない。
    スケールバーは1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。

研究手法と成果

研究チームはナノポア形成に関わる細胞外基質分子として、ZPDタンパク質に着目しました。ZPDタンパク質はヒトや昆虫を含めた動物に広く存在する細胞外基質タンパク質で、哺乳動物の受精や内耳の機能に関わることが知られています。クチクラを分泌する前の蛹化(ようか)2日目の蛹において、嗅覚器官周辺に局在するZPDタンパク質を検索したところ、Trynity(Tyn)[4]Dusky-like(Dyl)[4]の2種類のZPDタンパク質を見いだしました(図1B、C)。Tynは、嗅覚毛細胞を取り囲む分厚い層を形成しており、この分布は電子顕微鏡で観察される嗅覚毛細胞を覆う雲状の細胞外基質と良い一致を示しました。このことから研究チームは、Tynを含むこの構造を「クラウドECM(cloud extracellular matrix)」と名付けました。一方Dylは、嗅覚毛細胞を含む全ての表皮細胞の表面を覆っていました。

これらのタンパク質の詳細な分布を免疫電子顕微鏡法[5]で観察したところ、Dylは細胞膜に接したおよそ50nmの狭い領域に薄膜状に分布し、Tynはさらに外側の1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)程度の広い領域に雲状に分布していること、そして両者は分離していることが分かりました。両者の界面にはクチクラ形成の初期に現れるエンベロープ層[6]が存在していました。このような生体内でのDylとTynの分布の違いが、タンパク質自身の性質によるものか、それとも組織構造に依存するものかを調べるため、内在性のZPDタンパク質を持たない培養細胞にDylやTynを発現させる実験を行いました。それぞれを単独で発現させたところ、培養細胞においてもDylは薄膜状の、Tynは雲状の分布を示しました。さらに両者を同時に発現させると、2層に分離しました。これらの結果から、嗅覚毛細胞を覆うDylとTynの特徴的な分布パターンは、細胞外基質を構成するタンパク質自身の集合能力を表しているものと考えられました。

前述のように、DylとTynの境界面にはエンベロープ層が形成されます。エンベロープはクチクラの最外層であり、研究チームの先行研究から、エンベロープ層が周期的に湾曲し、細胞膜に隣接した領域からナノポアが生まれることが明らかとなっています注1)。そこで、エンベロープ層の形成に対するDylとTynの関与を調べるため、それぞれの機能を阻害あるいは増強する実験を行いました。Dylの機能を阻害すると、エンベロープ層の形成が減少し、成虫でのクチクラは失われていました(図2)。一方Dylを過剰に発現させると、Dylの薄膜が肥厚(ひこう)し、エンベロープ層の多重化や、細胞膜から遠く離れた位置でのエンベロープ層の出現が見られました。従ってDylの薄膜状の分布は、細胞膜に近接した位置(~50nm)でエンベロープ層を構築させる作用があることが分かりました。

エンベロープ層の構築に関わるZPDタンパク質Dylの図

図2 エンベロープ層の構築に関わるZPDタンパク質Dyl

  • (左)蛹の嗅覚毛細胞の透過電子顕微鏡像。細胞膜の外側でクチクラのエンベロープ層(env)の構築が始まり、エンベロープ層の存在しない領域(黄線)はごく一部となっている。
  • (中)Dyl発現抑制の条件下ではエンベロープ層のない領域が大幅に拡大し、層形成が減少した。
  • (右)Dyl発現抑制個体の成虫嗅覚毛細胞の走査電子顕微鏡像。羽化した成虫では嗅覚毛のクチクラは完全に失われ、嗅覚毛が形成されない(図1Aの野生型嗅覚毛と比較)。スケールバーは1μm。

次にTynの機能阻害を行ったところ、クチクラやナノポア形成に顕著な効果は見られませんでした。これは、クラウドECMがTynだけではなく、他のZPDタンパク質を含むことが理由だと考えられました。そこで複数種のZPDタンパク質を切断する酵素を嗅覚毛細胞で発現させて、クラウドECMを部分的に分解する実験を行いました。すると成虫でのナノポアの数は減少し、穴のサイズが拡大して分布もばらつく結果となりました(図3)。また、エンベロープ形成期の嗅覚毛細胞を観察すると、細胞膜とクラウドECMの間の距離が拡大し、細胞も大きくなっていました。このことから、クラウドECMは嗅覚毛細胞発達の初期から細胞を覆うことで外部に向かって突出する細胞を押さえ込み、この圧縮作用がエンベロープ層を細胞膜に密着させる役割を果たしているものと考えられました。

ナノポアの形成に関わるZPDタンパク質Tynの図

図3 ナノポアの形成に関わるZPDタンパク質Tyn

  • (A~D)蛹の嗅覚毛細胞の透過電子顕微鏡像。対照群の嗅覚毛細胞(A、B)では細胞膜(白矢じり)とエンベロープ層(青矢印)が互いに密着し波打った構造を取る(B)。一方、ZPD分解酵素を発現させた標本群では細胞膜とエンベロープ層の間に間隙が広がった(C、D)。
  • (E)ZPD分解酵素を発現させた個体の成虫嗅覚毛の走査電子顕微鏡像。ナノポアの数が減少したり、拡大(黄色矢印)したりするなどの異常が生じた。

林チームリーダーらは本研究と並行して、ナノポアの形成に必須である細胞膜の過剰な成長が生じる仕組みの解明を進めています注2)。クラウドECMによって圧縮された環境下では、成長した細胞膜は規則的に湾曲し、細胞膜に密着したエンベロープ層も湾曲します。このエンベロープ層の湾曲パターンがナノポアの形成と位置を決めるものと考えられました(図4)。

本研究のまとめの図

図4 本研究のまとめ

ZPDタンパク質Dylは嗅覚毛細胞の表面を密に覆い、その外側に別のZPDタンパク質(Tyn、Nyo、Meyなど)がクラウドECM(Cloud ECM)を形成する。両者は分離し、その界面にエンベロープ層(envelope)がつくられる。クラウドECMの圧縮力によりエンベロープ層は細胞膜近傍に形成され、すでに湾曲している細胞膜の形状に沿った波型構造を取る。エンベロープ層が最もくぼんだ場所にナノポアが形成される。

今後の期待

本研究ではZPDタンパク質が、クラウドECMという新しいタイプの細胞外基質の形成に寄与することを示しました。クラウドECMは成長中の細胞に対して圧縮作用を及ぼすことで細胞膜表面の状態を改変します。今回発見した圧縮作用は、ZPDタンパク質の多様な高次構造と機能の新たな一面を明らかにしました。今後、さまざまな構造をつくるZPDタンパク質を組み合わせたツールキットの開発につなげることでモジュール化された細胞外基質のデザインにつながることが期待されます。

細胞サイズよりもはるかに小さなナノポアのような微細構造が細胞で構築される仕組みはこれまで謎でした。本研究で発見したクラウドECMの圧縮作用が促す細胞膜の力学的な湾曲は、細胞外でのエンベロープ層の湾曲とそれに従うナノポア形成をうまく説明するモデルとなります。これまで不明だったクチクラのナノ加工プロセスの理解が進み、発生工学、ゲノム編集を活用した機能的クチクラ構造のデザインも可能になると考えられます。

補足説明

  • 1.細胞外基質、クチクラ、キチン
    細胞外基質(細胞外マトリックス)は、細胞と細胞の間を満たし、生体組織を包み込む高分子構造体の総称。昆虫の体表面を覆うクチクラは、表皮細胞が体表面に分泌するキチンを主体とする細胞外基質で、軽くて丈夫な外骨格を形成する。細胞外基質は細胞の状態や発生の時期によって組成や構造をダイナミックに変化させる。
  • 2.ZPDタンパク質
    哺乳類卵を取り囲む膜(透明帯:zona pellucida)を構成する細胞外基質分子に共通する約260個のアミノ酸配列(ZPドメイン)を持つタンパク質。カイメンからヒトまで、動物界に広く見られる進化的に保存されたタンパク質。ZPDはzona pellucida domainの略。
  • 3.基底膜
    細胞外基質の一つ。100nm程度の薄いシート状で、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、神経細胞、脂肪細胞などの足場と成る。
  • 4.Trynity(Tyn)、Dusky-like(Dyl)
    ショウジョウバエが持つ20種類のZPDタンパク質のうちの二つで、表皮細胞においてクチクラ形成に先立って生産される。
  • 5.免疫電子顕微鏡法
    標準的な電子顕微鏡は標本の電子密度を判別する。免疫反応産物である抗体は特定の分子を識別する。両者を組み合わせることで、電子顕微鏡の高い空間解像度と免疫反応の高い分子特異性を両立させて観察する方法。
  • 6.エンベロープ層
    昆虫の体表面を覆うクチクラは外側から内側に向けて多数のシートが順次重ねられた構造を取る。最外層にあるのがエンベロープ層で、クチクラの形状を決定する役割がある。

研究チーム

理化学研究所 生命機能科学研究センター
形態形成シグナル研究チーム(研究当時)
研究員(研究当時)板倉 由季(イタクラ・ユキ)
(学振特別研究員RPD)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時)和田 宝成(ワダ・ホウセイ)
(現 発生ゲノムシステム研究チーム 上級テクニカルスタッフ)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時)稲垣 幸(イナガキ・サチ)
(現 発生ゲノムシステム研究チーム 客員研究員)
チームリーダー(研究当時)林 茂生(ハヤシ・シゲオ)
(現 発生ゲノムシステム研究チーム 客員主管研究員)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、理研BDR-大塚製薬連携センター(RBOC)かけはしプログラム、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「自己組織化する細胞外マトリクス分子による嗅覚器官表面ナノ構造の形成(研究代表者:板倉由季、JP23H04324)」「細胞外での分子の自己組織化による感覚器官の形づくり(研究代表者:板倉由季、JP21H05791)」、同基盤研究(C)「細胞外マトリクス分子の自己組織化による感覚器官の作り分け(研究代表者:板倉由季、JP23K05838)」、同挑戦的研究(開拓)「細胞外基質ナノ構造の生物学的構築原理の解明(研究代表者:林茂生、JP20K20460)」「昆虫の機能的ナノ構造を規定する遺伝子ファミリー(研究代表者:林茂生、JP24K21276)」、公益財団法人ひょうご科学技術協会、公益財団法人花王 芸術・科学財団、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「生体内ナノ結晶構造の進化的起源の構成的理解(研究代表者:安藤俊哉、JPMJCR24B1)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Yuki Itakura, Housei Wada, Sachi Inagaki, and Shigeo Hayashi, "Mechanical control of the insect extracellular matrix nanostructure", Science Advances, 10.1126/sciadv.adw5022

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 形態形成シグナル研究チーム(研究当時)
研究員(研究当時)板倉 由季(イタクラ・ユキ)
チームリーダー(研究当時)林 茂生(ハヤシ・シゲオ)
(現 発生ゲノムシステム研究チーム 客員主管研究員)

板倉 由季 研究員(研究当時)の写真 板倉 由季

発表者のコメント

生物は多様な機能を実現するため、細胞よりもはるかに小さいナノスケールの構造を巧みに利用しています。本研究の過程でも、ナノポア以外にも思わず声を上げてしまうほど面白い構造が観察されました。それらのナノ構造がどのように形成されるのか明らかにし、細胞を使ってナノ構造を再現することができたら、新たな応用の可能性が大きく広がると期待しています。本研究において貴重な助言をくださった皆さまに心より感謝申し上げます。(板倉 由季)

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