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2026年10月15日

理化学研究所

シリコン量子ビットの同時高精度操作を実現

-5量子ビットの並列操作において99.9%超の忠実度を維持-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループのレオン・カメンジンド 研究員、イー・シェン・ウー 国際プログラム・アソシエイト(研究当時)、樽茶 清悟 グループディレクター(量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームディレクター)らの国際共同研究チームは、5個のシリコン量子ビット[1]を用い、複数の量子ビットを同時に操作しても高い制御精度を維持できる手法を実証しました。

本研究成果は、将来の誤り耐性量子コンピュータ[2]に必要な大規模並列制御と配線の簡素化に向けた重要な基盤技術となることが期待されます。

今回、国際共同研究グループは、シリコン量子ビットを同時操作した際に、操作の正確さを表す1量子ビットゲート忠実度[3](以下、忠実度)が低下する主因が、高周波制御信号によって生じるACシュタルク効果[4]であることを突き止めました。量子ビット間の位相ずれを2量子ビットずつ測定・補正する方法と、不要な周波数成分を抑えた制御パルスを組み合わせ、1本の共有の高周波電極から複数量子ビットを駆動しました。その結果、3量子ビットの同時操作で各量子ビット99.99%超の忠実度を維持し、5量子ビット全てを同時に操作した場合でも約99.9%の高い忠実度を実現しました。

本研究は、科学雑誌『Nature Physics』(10月15日付:日本時間10月15日)に掲載されました。

背景

量子コンピュータの実用化には、量子情報を誤りから守る量子誤り訂正が不可欠です。量子誤り訂正には、最終的に数百万個の量子ビットを有する大規模な量子コンピュータが必要となると考えられており、そのそれぞれの量子ビットを高い忠実度で制御する必要があります。

大規模な量子コンピュータを実現する手法として、半導体量子ドット[1]中の電子のスピンを用いたシリコン量子ビットが注目されています。シリコン量子ビットは、半導体産業における製造技術と親和性が高く、大規模集積に適した量子ビットの候補として世界的な研究開発が進んでいます。

大規模な量子回路を実行する際には、複数の量子ビットを同時に操作する必要があります。しかしながら、これまでシリコン量子ビットにおいては、複数の量子ビットを操作すると、互いに影響を及ぼし合い、性能が低下してしまう問題が知られていました。また、この物理的要因はこれまで未解明でした。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、同位体制御[5]したシリコン/シリコンゲルマニウム基板[6]上に作製したシリコン量子ドット試料を用いました。この試料は五つの量子ビットを備え、その全てを共通の高周波電極を通じて制御できるよう設計されています(図1)。

シリコン量子ビットデバイスの模式図の画像

図1 シリコン量子ビットデバイスの模式図

五つの量子ビット(色付きの丸)がゲート電極(赤と緑)の下に形成される。スピンの向き(矢印)を操作することで、量子ビットを操作する。五つ全ての量子ビットは1本の共通の高周波信号線と結合しており、並列操作できるようになっている。

共通の高周波電極を用いて複数の量子ビットを制御する方式には、制御配線の本数を減らせる利点があります。一方、ある量子ビットに加えた制御信号が、制御対象ではない量子ビットに意図しない影響を及ぼす場合があります。

本研究では、この意図しない影響を精密に測定するとともに、それを補正する制御方法を提案、実装しました。これにより、複数の量子ビットを1本の高周波電極から同時に操作した場合でも、高精度な並列操作が可能であることを示しました。

まず、量子ビットを個別に操作し、ランダム化ベンチマーク法[7]によって性能を評価したところ、全ての量子ビットで99.99%を超える忠実度(操作の正確さ)を達成しました。続いて、複数の量子ビットを同時操作した際の挙動を精密に評価したところ、高周波信号によって誘起されるACシュタルク効果によってそれぞれの量子ビットの動作周波数がシフトし、位相誤差が生じることが、忠実度低下の主な原因であると突き止めました(図2a)。

位相シフトの補正とその効果の検証の図

図2 位相シフトの補正とその効果の検証

  • (a)一方の量子ビット(Q1)を操作すると、他方の量子ビット(Q2)に影響が及び、意図しない位相のずれ(ϕ)が生じる。このずれは駆動強度に応じて大きくなるが、制御信号による補正が可能である。a.u.:任意単位。
  • (b)補正を行わない場合(灰)と、補正した場合(青)のランダム化ベンチマーク法の測定結果。位相補正によってリターン確率の減衰が緩和される。

この問題を解決するため、量子ビットの各ペアについて、意図しない位相変化を測定し、それを打ち消す位相補正を制御信号に加える手法を提案しました。ランダム化ベンチマーク法によって、この手法を適用することで量子ビットの忠実度が向上することを示しました(図2b)。この手法では、三つ以上の量子ビットを同時に操作する場合の補正値も、各ペアについて測定した位相変化を足し合わせることで求められます。そのため、量子ビット数が増えても補正手順が過度に複雑にならないという利点があります。

この補正を適用した結果、五つ全ての量子ビットを1本の高周波電極から同時に操作した場合でも、約99.9%という高い忠実度で並列操作できることを実証しました(図3)。

同時量子ビット操作における忠実度測定結果の図

図3 同時量子ビット操作における忠実度測定結果

同時に三つまで操作した場合、約99.99%という非常に高い忠実度を維持できる。同時に五つ全ての量子ビットを操作した場合でも、約99.9%の忠実度を維持できる。

今後の期待

本研究は、1本の高周波電極を共有する五つのシリコン量子ビットを、高い忠実度で同時に操作できることを実証しました。量子コンピュータの大規模化に向けては、量子ビットの集積だけでなく、制御配線数の増加への対応や、同時操作時に生じる量子ビット間の意図しない影響の抑制が課題となります。本研究は、忠実度低下の主な原因が高周波信号によるACシュタルク効果であることを明らかにし、位相補正によってその影響を抑えられることを示したものであり、多数量子ビットの高精度な並列制御に向けた重要な成果です。

また、本研究で提案・実証した、共通の高周波電極を用いる並列制御手法や、量子ビット間の影響をペアごとに測定して補正する手法は、制御配線と較正(こうせい)の複雑さを抑えながら、より多くの量子ビットを高精度に制御する技術の開発につながる可能性があります。将来的には、より低いマイクロ波電力で高速操作できるデバイス技術と組み合わせることで、同時に操作できる量子ビット数を増やしつつゲート忠実度をさらに高め、半導体製造技術を活用した大規模シリコン量子プロセッサの実現につながることが期待されます。

補足説明

  • 1.シリコン量子ビット、量子ドット
    量子ドットは電子を空間的に3次元全ての方向に閉じ込めることで運動を制限し、0次元構造としたもの。その性質から人工原子とも呼ばれ、電子を一つずつ出し入れできる。特にシリコン半導体を用いた量子ドット(シリコン量子ドット)中の電子スピンを利用する量子ビットをシリコン量子ビットという。小型で半導体製造技術との親和性が高い。
  • 2.誤り耐性量子コンピュータ
    量子誤り訂正により、一定の物理エラー(誤り)があっても計算を継続できる量子コンピュータ。誤り耐性のある計算単位(論理量子ビット)をつくるために、多数の物理量子ビット(ハードウェア上で実際に情報を保持・計算する、電子スピンなどの物理的な実体)が必要となる。
  • 3.1量子ビットゲート忠実度
    量子ビットの操作がどれだけ理想的な操作に近いかを表す性能指数。100%が完全に理想的な操作を示していて、現実的な量子誤り訂正などを含む量子コンピュータの実現には、99%以上の値が必要。
  • 4.ACシュタルク効果
    量子ビット固有のエネルギー分裂に共鳴する周波数と異なる周波数で量子ビットが駆動されたとき、そのエネルギー分裂が変化する現象。
  • 5.同位体制御
    自然界に存在するシリコンは、3種類の同位体(28Si、29Si、30Si)から成っており、質量数の他に原子核の有するスピンが異なる。このうち原子核にスピンがない同位体の一つ(28Si)を分離して用いることにより、シリコンスピン量子ビットに理想的な磁気的雑音の少ない環境が実現する。
  • 6.シリコン/シリコンゲルマニウム基板
    シリコンとシリコンゲルマニウムの2種類の半導体を積層した構造の基板。通常の半導体デバイスで一般的なシリコン酸化膜を用いた構造に比べると、極低温において量子ドット形成の際に大きな問題となる不純物の影響を大きく低減できる利点がある。
  • 7.ランダム化ベンチマーク法
    量子ビットの忠実度を測定する代表的な方法。量子ビットに対して、ある種のランダムに選ばれた操作を何回も行い、その際の理想的な状態の検出確率の減衰から、量子ビットの忠実度を測定できる。

国際共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
研究員 レオン・カメンジンド(Leon Camenzind)
国際プログラム・アソシエイト(研究当時)イー・シェン・ウー(Yi-Hsien Wu)
(現 キューテック(オランダ、QuTech)博士研究員)
特別研究員(研究当時)イク・キョン・ジン(Ik Kyeong Jin)
上級研究員 野入 亮人(ノイリ・アキト)
上級研究員 武田 健太(タケダ・ケンタ)
上級研究員 中島 峻(ナカジマ・タカシ)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)
(量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームディレクター)
量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム
上級研究員 小林 嵩(コバヤシ・タカシ)

国立台湾大学 Department of Physics
教授 シー・シェン・ゴアン(Hsi-Sheng Goan)

チューリッヒ工科大学(スイス)Laboratory for Solid State Physics
大学院生 パトリック・ビュトラー(Patrick Bütler)

キューテック(オランダ、QuTech)
チームリーダー ジョルダノ・スカプッチ(Giordano Scappucci)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現(プログラムディレクター:北川勝浩)」の研究開発プロジェクト「誤り耐性シリコン量子コンピュータの技術開発(プロジェクトマネージャー:樽茶清悟、JPMJMS256H)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Yi-Hsien Wu, Leon C. Camenzind, Patrick Bütler, Ik Kyeong Jin, Akito Noiri, Kenta Takeda, Takashi Nakajima, Takashi Kobayashi, Giordano Scappucci, Hsi-Sheng Goan, Seigo Tarucha, "Simultaneous High-Fidelity Single-Qubit Gates in a Spin Qubit Array", Nature Physics, 10.1038/s41567-026-03466-2

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
研究員 レオン・カメンジンド(Leon Camenzind)
国際プログラム・アソシエイト(研究当時)イー・シェン・ウー(Yi-Hsien Wu)
グループディレクター 樽茶 清悟(タルチャ・セイゴ)
(量子コンピュータ研究センター 半導体量子情報デバイス研究チーム チームディレクター)

レオン・カメンジンド 研究員の写真 レオン・カメンジンド
イー・シェン・ウー 国際プログラム・アソシエイト(研究当時)の写真 イー・シェン・ウー
樽茶 清悟 グループディレクターの写真 樽茶清悟

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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