理化学研究所(理研)光量子工学研究センター 未踏レーザー科学研究チームの西宮 海人 基礎科学特別研究員、高橋 栄治 チームディレクターらの研究チームは、時間幅が光周期以下のレーザーパルス(サブサイクル光パルス)に対する増幅法を開発し、世界最高出力のサブサイクルレーザー[1]光の発生に成功しました。
本研究成果は、2023年のノーベル賞対象となったアト秒パルス[2]発生の次世代となる「ゼプト秒パルス[2]」の実現に大きく貢献すると期待されます。
今回、研究チームは、高橋チームディレクターらが開発したレーザー増幅法である異種非線形結晶・二重チャープ光パラメトリック増幅(HNC-DCOPA)法[3]に独自の波形合成シード発生法を組み合わせることで、サブサイクル光パルスの出力を従来比の100倍以上、100ミリジュール級に増幅することに初めて成功しました。さらに、本レーザー増幅法を拡張することで、ハーフサイクル光の高出力増幅が可能であることを数値シミュレーションにより示しました。
本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(10月22日付:日本時間10月22日)に掲載されました。
サブサイクルレーザーによるアト秒パルス発生の概念図
背景
1960年に誕生したレーザーは、通信や加工、医療から科学計測まで、現代社会を支える基盤技術になっています。その開発史を通じて一貫して追求されてきたのが、「どれだけ短い時間だけ光らせられるか」という短パルス化の競争です。これは短い閃光(せんこう)ほど、速く動くものを止めたように観察できるからです。2023年には、100京分の1秒(1アト秒)の閃光を生み出す「高次高調波発生[4]」がノーベル物理学賞の対象となりました。アト秒の閃光により、原子や分子の中を動き回る電子の姿を捉えられます。次の目標は、そのさらに1,000分の1に当たるゼプト秒(10垓(がい)分の1秒)です。ゼプト秒の閃光が実現すれば、核分裂のような原子核内部の反応を、時間を追って観測できると期待されています。
より短いアト秒パルスをつくるには、高次高調波発生に使用する「励起レーザー」自体が極端に短くなければなりません。理想的な励起レーザーは、光の電場が1回振動し終わる前にパルスを終える「サブサイクルレーザー」です。ところが、パルス幅を短くするほど、光に含まれる波長(周波数)域を広げる必要があり、サブサイクルレーザーには1.4オクターブ[5]という極端に広い帯域幅が求められます。また、アト秒パルスの高出力化には、その励起レーザーとなるサブサイクルレーザー自体の高出力化が必須となります。高橋チームディレクターらは2023年に、レーザー増幅媒質に種類の異なる非線形結晶を組み合わせた「異種非線形結晶・二重チャープ光パラメトリック増幅(HNC-DCOPA)法」を提案し、1オクターブ帯域のレーザー増幅に成功しましたが注)(図1)、世界的に実現が待たれるサブサイクルレーザーの高出力化は道半ばでした。
図1 シングルサイクル程度の光電場振動を持つレーザー光の出力エネルギー
各レーザー手法名とともにこれまでに実現された出力エネルギーを示した。今回開発された高出力化法(赤)により、従来のサブサイクル域のレーザー出力と比較して100倍以上の高出力化が達成されている。次期計画では、ハーフサイクルレーザーの高出力化が予定されている。
- 注)2023年12月19日プレスリリース「シングルサイクルレーザー光の増幅法を開発」
研究手法と成果
高出力のサブサイクルレーザーをつくるには、二つの技術が同時に必要となります。一つは、1.4オクターブという極端に広い波長帯域を持つシード光(増幅の「種」となる光)をつくり出す技術。もう一つは、そのシード光の波長帯域を保ったままエネルギーを大きくする増幅技術です。
研究チームはまず、超広帯域シード光を得る新しい方法として「波形合成シード発生法」を開発しました(図2左)。レーザー光をいったん二つの経路に分け、それぞれの光路で異なる波長域のシード光を発生させて光の波の形(電場)を整えた後に、時間的にも空間的にも極めて精密に重ね合わせます。
図2 実験装置の全体像
波形合成シード発生部(左)で微弱なシード光を発生させ、1.4オクターブの超広帯域を保ったままHNC-DCOPA法(中央)で約10,000倍増幅する。増幅光を希ガス中に集光することでアト秒パルスを発生させる(右)。
次に、この超広帯域シード光をHNC-DCOPA法で増幅した後、アト秒パルス発生を行いました(図2中央、右)。
HNC-DCOPA法に用いる非線形結晶の組み合わせを最適化することで、従来の1オクターブより広い1.4オクターブの帯域を保ったまま、各増幅段でエネルギーを段階的に増やせることが確認できました(図3)。最終的に得られたサブサイクル光の出力エネルギーは50ミリジュールを超え、これまでに報告されたサブサイクルレーザーのパルスエネルギーを100倍以上上回りました(図1)。二つの異なる波長帯域を継ぎ目なくつなぎ合わせることで、1.4オクターブに及ぶ超広帯域のシード光の発生に成功しました(図3最上段)。
図3 各増幅段における増幅後の光スペクトルの様子
サブサイクル光に必要な1.4オクターブ(1.2マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)から3.2μm)を保ったまま増幅されていることが分かる。
増幅した光をサファイア板に通し、パルス内の色ごとの到達時間のずれを整えて時間的に圧縮した上で、その時間波形を計測しました(図4)。パルス幅は6.7フェムト秒(1フェムト秒は1千兆分の1秒)と評価されました。この光パルスの中心波長は約2.27μmであり、電場が1回振動するのに要する時間(振動周期)は7.54フェムト秒です。つまり、6.7フェムト秒パルス[2]の幅の中には、光の電場振動が0.88回分しか含まれていないことになります。光の波が1振動し終わる前にレーザー閃光が終わっている、狙い通りのサブサイクルレーザーが得られたことが明確に確認されました。
図4 増幅後の光パルスの時間波形
赤線は強度包絡線(パルス幅6.7フェムト秒)、黒線はレーザー電場で、パルス幅内に1回以上のサイクルが確認できる。
さらに研究チームは、高出力サブサイクルレーザーを励起レーザーとして高次高調波発生によるアト秒パルスの発生を行いました。サブサイクルレーザーを集光光学系で希ガスに照射することで高次高調波発生を起こします。励起レーザーの電場波形を決めるキャリアエンベロープ位相[6]を変化させながらアト秒パルスの光スペクトルを計測しました(図5左)。レーザー電場波形のわずかな変化に応じて、アト秒光の光スペクトル形状が大きく変化しており、これは励起レーザーとしてサブサイクルレーザーを用いた場合に特有の現象です。また、得られた光スペクトルから計算されるフーリエ限界パルス幅[7]は35アト秒と見積もられました。シミュレーション(図5右)と実験結果がよく一致しており、測定結果が理論的にも妥当であることが裏付けられました。
図5 アト秒パルス光発生のキャリアエンベロープ位相依存性
(左)実験による電場内のキャリアエンベロープ位相を変化させることで高調波スペクトルが大きく変化していることが分かる。時間幅35アト秒(フーリエ限界パルス幅)に対応する。(右)シミュレーションによるアト秒パルス光スペクトル。
今後の期待
本研究により、サブサイクルレーザーの出力エネルギーが従来の100倍以上に引き上げられました。この増幅法を発展させることで、光の電場が0.5回しか振動しないハーフサイクルレーザー[1]の高出力化も可能であることが数値シミュレーションにより示されており、現在、次期計画として新たなレーザー開発が準備されています。今回の成果は、高次高調波発生におけるパルス幅を10アト秒未満まで短縮できる見通しを与えるとともに、アト秒の次の世代である「ゼプト秒パルス」発生に向けた重要な一歩となります。レーザー技術の高度化により、将来的には、アト秒の壁を越えた時間分解計測が可能となり、核分裂のような原子核のダイナミクスを、時間を追って捉える可能性も視野に入ってきます。
補足説明
- 1.サブサイクルレーザー、ハーフサイクルレーザー
レーザー強度包絡線の半値全幅(パルス幅)内に含まれる光電場振動の回数が、1回のものをシングルサイクルレーザー、1回未満のものをサブサイクルレーザー、約0.5回のものをハーフサイクルレーザーと呼ぶ。光電場振動の回数が少なくなるほど、より広いスペクトル帯域が必要となるため、高エネルギー化が著しく困難になる。 - 2.アト秒パルス、ゼプト秒パルス、フェムト秒パルス
時間幅がフェムト秒(1フェムト秒は1千兆分の1秒)、アト秒(1アト秒は100京分の1秒)、ゼプト秒(1ゼプト秒は10垓分の1秒)域の極短パルスのレーザー光。 - 3.異種非線形結晶・二重チャープ光パラメトリック増幅(HNC-DCOPA)法
中赤外超短パルスレーザーの増幅技術。レーザー増幅媒質に異なる増幅波長域を持つ非線形結晶を組み合わせることで、1オクターブ([5]参照)を超える超広帯域な光スペクトルを増幅できる手法。理研で独自開発され2023年に発表された。HNCはHeterogeneous Nonlinear Crystals、DCOPAはDual-Chirped Optical Parametric Amplificationの略。 - 4.高次高調波発生
高強度の可視レーザー光を希ガスに集光すると、その可視レーザー光と同じ方向に複数の波長の短い光が発生することが知られている。波長の短い光の波長は、可視レーザー光の波長の奇数分の1(例えば、11分の1や13分の1)になっており、またその分母に入る数が数十以上に達する場合もあることから、「高次高調波」と呼ばれている。この光を利用してアト秒パルスがつくられる。2023年のノーベル物理学賞の受賞対象となった研究テーマ。 - 5.オクターブ
波の振動数(周波数)が2倍になる範囲のこと。音楽の1オクターブと同じ考え方で、波長1μmと2μmは周波数が2倍異なるため1オクターブ差となる。サブサイクルに対応する1.4オクターブは、波長にすると約2.6倍に当たる。 - 6.キャリアエンベロープ位相
レーザー強度包絡線と、その中で振動する光の波との位置関係。サブサイクルレーザーなどの超短パルスでは、この位置関係によって光電場の形が大きく変わる。 - 7.フーリエ限界パルス幅
光に含まれる波長成分の広がり(スペクトル幅)から決まる、原理的に到達できる最短のパルス幅。光の時間波形とスペクトルはフーリエ変換の関係にあるため、スペクトル幅が広い光ほど、短い時間幅のパルスをつくることができる。
研究チーム
理化学研究所 光量子工学研究センター 未踏レーザー科学研究チーム
基礎科学特別研究員 西宮 海人(ニシミヤ・カイト)
特別研究員 ラジプート・ランバブ(Rambabu Rajpoot)
チームディレクター 高橋 栄治(タカハシ・エイジ)
研究支援
本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「次世代アト秒レーザー光源と先端計測技術の開発(JPMXS0118068681)」などによる助成を受けて行われました。
原論文情報
- Kaito Nishimiya, Rambabu Rajpoot, Eiji J Takahashi, "Towards intense single-digit attosecond pulses with a 100-mJ-class mid-infrared sub-cycle laser", Science Advances, 10.1126/sciadv.aed5357
発表者
理化学研究所
光量子工学研究センター 未踏レーザー科学研究チーム
チームディレクター 高橋 栄治(タカハシ・エイジ)
基礎科学特別研究員 西宮 海人(ニシミヤ・カイト)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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