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研究最前線 2026年1月13日

海中で原料まで完全分解される前例のない高強度プラスチック

国連が警鐘を鳴らす地球環境の3大危機があります。気候変動、生物多様性の損失、そして環境汚染と廃棄物です。この事態を招いた原因の一つが、暮らしの隅々まで浸透しているプラスチックです。生産時だけでなく、焼却処理時にも二酸化炭素(CO2)が大量に排出されるため、地球温暖化の一因となります。燃やさずに廃棄するとマイクロプラスチックと呼ばれる微粒子となって海洋や空気中に拡散し、生態系を脅かします。この難題の解決に一筋の光明をもたらすとして、世界中から熱い視線を注がれているのが、相田 卓三 グループディレクターのグループが開発した新素材「超分子プラスチック」です。

相田 卓三の写真

相田 卓三(アイダ・タクゾウ)

創発物性科学研究センター 創発ソフトマター機能研究グループ グループディレクター

簡便な作製方法も魅力

その光景に、誰もが目を奪われるのではないか。シャーレ内に置かれた厚さ0.12mm、5cm四方のどこにでもある無色透明なプラスチック。見かけも力学的な性質もまさに石油由来のプラスチックそのもの。しかし、これを人工海水に浸すと徐々に溶け始め、2時間後にはすっかり消えてなくなる。

どうやってつくるのか?相田 グループディレクターは「簡単」だと説明する。それぞれ正と負の電荷を有する生分解性のモノマーを水中で混合すると白濁する。しばらく放置すると、もともとの水相の下に新たに高粘度の凝縮相が現れる。この凝縮相を分離して乾かすと、無色透明のガラス状プラスチックが得られる。触媒も有機溶剤も加熱も洗浄も不要な、プラスチック製造工場の風景を一新するクリーンプロセスである。

超分子プラスチックは、それを構成するモノマーが磁石のようにくっついたり離れたりする動的な巨大分子(超分子ポリマー)からなる。相田 グループディレクターがその原形を発表したのは、超分子ポリマーという物質群が認識される前、東京大学助手時代の1988年だった。ポルフィリンという芳香族化合物の側鎖に短い水溶性の鎖を4本つけると、水中でそのポルフィリン分子がアコーディオンのように重なり、ポリマー様の長い分子集合体ができるという研究だ。溶媒の水をゆっくり蒸発させると、金属光沢を示す細いファイバーがフラスコの内壁に縦横無尽に発現する。

この研究の継続を希望していたが、所属研究室の方向性とは異なり、教授として独立する1996年まではお預けとなった。その後、超分子ポリマーを重要なテーマとして精力的に研究していくが、世界の誰もがそれらが硬くて丈夫なプラスチックになるとは思っていなかった。なぜなら、モノマーが共有結合というとても強固な結合でつながった石油由来のプラスチックと異なり、簡単に切れる可逆的な結合で結びついているからだ。

相田 グループディレクターが注目したのは、正負の電荷の静電相互作用と水素結合から構成される「塩橋」だ。最も強い非共有結合相互作用である塩橋を使うと、強靱(きょうじん)なのに、塩の作用で解離する超分子プラスチックができるかもしれないと考えた。その戦略は見事に的中した。社会からこの新素材が支持されるよう、大きな力学特性の実現に加え、見た目や感触が石油由来のプラスチックと似ていることにもこだわった。

急ピッチで進む多様化と進化

2019年から超分子プラスチックの開発に取り組んで5年。人工海水中にて構成モノマーに解離することも確認し、最初の超分子プラスチックを2024年11月22日に発表した。合成には、無機物である環状リン酸エステル(ヘキサメタホスフェート)のナトリウム塩と天然物由来の多価アミンから誘導されるグアニジニウム硫酸塩を用いた。汎用性が高いのが魅力で、グアニジニウム硫酸塩の構造(図1)をさまざまに変えることで超分子プラスチックの力学特性を変えることも可能だ。

超分子プラスチック合成に使用されるモノマーの構造の図

図1 超分子プラスチック合成に使用されるモノマーの構造

同じモノマーの仲間でも、構造を変えることでさまざまな特性を得ることができる。

例えば、耐熱温度を315℃にまで高めたり、材料の剛性を表す「ヤング率」を市販のプラスチックの3~4倍にできたりする。加熱すると軟化するので、市販のプラスチックのように熱成形加工も可能だ。ひっぱり強度は30MPa前後(1MPaは100万パスカル)でポリエチレンをわずかに上回る程度だが、ヘキサメタホスフェートに代えてコンドロイチン硫酸ナトリウムをモノマーとして用いると、ひっぱり強度は80MPa程度にまで跳ね上がる。

最近ではモノマーを安価なセルロース誘導体にまで広げ、2025年12月3日に発表した(図2)。セルロースは地球上で最も豊富なバイオマスであり、それをモノマーとして利用できることは大変重要である。食品添加物として米食品医薬品局(FDA)の認可を受けている安全・安価な塩化コリンを可塑剤として用いると、このセルロースベースの硬い超分子プラスチックをしなやか、かつ強靭にしたり、伸びる素材にしたりできる(図3)。

セルロースを原料とする超分子プラスチックの合成の図

図2 セルロースを原料とする超分子プラスチックの合成

カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩(CMC)と多分岐ポリグアニジニウム硫酸塩(PEIGu)を水中で混合すると、もともとの水相下部に凝縮相が生じ、凝縮相を分離・乾燥させると超分子プラスチックが得られる。

セルロースからなる超分子プラスチックの特性の図

図3 セルロースからなる超分子プラスチックの特性

可塑剤の添加量により、硬さなどの物性を広範に調節できる。

プラスチックは生活、工業、医療など、幅広い分野で利用されている。その代替品となりうる新素材には、さまざまな用途が開かれており、2024年11月に成果を発表して以降、海外の企業を中心に問い合わせが相次いでいる。塩による分解性を制御する表面加工技術の進歩により、超分子プラスチックが使用できる環境は広がる。

「化学≠公害」「化学=環境保全」の世界へ

相田 グループディレクターは現在の大分県佐伯市生まれ。少年時代は日本の高度成長期のさなかで、社会問題化し始めていた公害は「化学」によって引き起こされるものというのが一般的な認識だった。そんな中、研究者として抱いていたのは、化学によって今まで人類が手にしたことのない材料を開発したいという夢。それはやがて、化学の力で深刻化する環境破壊にブレーキをかけたいという思いに結び付いていった。

経済協力開発機構(OECD)によると、世界でのプラスチック使用量は2019年の4億6,000万トンから2060年には約3倍の13億2,100万トンに増え、廃棄物も同期間に3億5,300万トンから10億1,400万トンに膨らむと予想されている。埋め立てられたり、投棄されたりすると、環境中に長く蓄積し、最終的には風化によりマイクロプラスチックとなり、多様な経路で私たちの体内に侵入してくる。さらにプラスチックの焼却、原料や生産にかかる化石燃料の大量消費も一因となり、世界の平均気温の上昇幅を産業革命前から1.5℃に抑えるというパリ協定の達成も風前の灯(ともしび)になりつつある。

近年ますます深刻化する自然環境の悪化。それを肌で感じてきた相田 グループディレクターは、科学者として廃プラスチックが引き起こす諸問題の解決や循環型社会の実現に、自身が研究してきた超分子ポリマーが役に立つとの結論に至った。

「未来を変える可能性を秘めたこの成果に各国が注目しています。日本発の研究が世界を救ったと歴史に刻まれるよう、超分子プラスチックをさらに進化させていくつもりです」

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