茨城県つくば市にあるバイオリソース研究センター。研究に用いるマウス、植物、細胞、遺伝子、微生物などのバイオリソース(生物遺伝資源)を収集、品質を厳重に管理し、各国の研究機関に提供している世界有数の研究基盤です。この信頼性の高いバイオリソースにより研究の再現性が確保され、科学の信頼性が支えられています。そんな微生物材料開発室(JCM:Japan Collection of Microorganisms)の研究チームが、約6,700株の微生物の遺伝情報(ゲノム)をくまなく調べ上げ、約300株が二酸化炭素(CO2)を取り込む仕組みに関わる遺伝子セットを持つことを突き止めました。微生物を使ってCO2を削減し、地球温暖化の進行を防ぐ研究にも役立つと期待されます。
32,000株以上の微生物を保有
JCMは世界中の微生物学者が発見、培養した微生物株※を預かり、保管している。ゲノム情報だけでなく、どのような環境から見つかり、どのような条件で育つのかなどの、実験や培養に役立つ情報も蓄積している。
保有する微生物は32,000株以上。このうち、論文や遺伝子配列データとして公表されている約21,000株を提供できるよう公開し、国内外の研究者に年間4,000株以上を提供している。世界最高水準の「微生物コレクション」を、より活用するために今回の研究は始まった。着目したのは、微生物が持つCO2固定能力だ。
- ※微生物の「株」とは、特定環境から分離された由来の明確な微生物系統のことを指す。
カルビン・ベンソン回路で探索
「実は、他の誰かがやってくれるといいなあ、と考えていた研究でした」。研究チームの西原 亜理沙 特別研究員は笑う。2年にわたる根気のいる解析作業だった。微生物はカビや酵母などの真核生物と、細菌やアーキア(古細菌)の原核生物に分かれる。地球上に原核生物は数百万種が存在するとされるが、分類され学名が付けられたものは数万種に過ぎない。ほとんどは、まだ培養すらできない状態で「微生物ダークマター」と言われているほど、未解明な点が多い。
JCMは公開している15,000株の原核生物のうち、6,749株(細菌6,262株、アーキア487株)の全ゲノム情報をすでに解析済みだ。さらに、これらの原核生物に関する大量の文献情報もあり、中にはCO2固定に関する資料もある。しかし、ゲノム情報と文献情報は体系的に結びついておらず、微生物を使ったCO2固定などの具体的な研究にはまだ距離があった。
研究チームはまず、カルビン・ベンソン回路に関わる遺伝子を持つかどうかを、原核生物6,749株のゲノム情報を対象にして、くまなく調べた。カルビン・ベンソン回路は地球上のCO2固定の95%を担うとされる代謝反応だ。併せて、その微生物が実際にCO2固定を行っているのかどうか、大量の文献情報と突き合わせる作業に取り組んだ(図1)。
図1 微生物資源を基盤としたCO2固定株候補の探索
左の写真はJCMに保管されている微生物の株。長期的な安定保存ができる方法で、微生物を冷凍したり(左上)、冷蔵したりし(左下)、番号ごとに厳密に管理をしている。
加藤 真悟 上級研究員は「植物が行う光合成もCO2固定の働きですが、光合成には光が必要です。これに対し多様な微生物の中には、暗闇でCO2固定ができるものも多数あります。光が届かない場所でその能力を生かすことができれば、『低炭素社会』の実現に貢献するのではないかと考えました」と話す。
306株でCO2固定の可能性
研究開始から約2年。6,749株のうち、カルビン・ベンソン回路に関わる遺伝子を持つ、すなわちCO2固定能力を持つ可能性がある微生物は306株だった。
一方、文献情報はあまりに膨大なため、より上位の分類階級である属で調べた。その結果、306株が属する147属のうち、74属でCO2固定の報告があったが、残りの73属では報告は見つからなかった。「CO2固定の報告があった74属のうちには、すでに基礎研究や応用研究にも利用されているものもありました。残りの73属は、新たな可能性を秘めているといえます」と西原 特別研究員(表1)。
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| 分類群(門) | 探索した原核生物 | CO2関連遺伝子*が見つかった原核生物 | CO2固定の報告があった原核生物 |
|---|---|---|---|
| Pseudomonadota | 548 | 117 | 62 |
| Actinomycetota | 323 | 21 | 5 |
| Deinococcota | 5 | 1 | 0 |
| Bacilota | 349 | 1 | 0 |
| Verrucomicrobiota | 12 | 1 | 1 |
| Thermodesulfobacteriota | 40 | 1 | 1 |
| Thermodesulfobiota | 1 | 1 | 1 |
| Methanobacteriota** | 27 | 4 | 4 |
| その他(29門) | 427 | 0 | 0 |
- *:カルビン・ベンソン回路に関わる遺伝子セット
- **:アーキア
表1 JCM株におけるCO2固定能力の体系的整理
さらに、研究チームはカルビン・ベンソン回路でCO2固定に重要な役割を担うルビスコという酵素に着目。306株について、タイプの違い、利用環境、代謝状況を整理した。その結果、利用するエネルギー源、生息環境が大きく異なることが分かった。
この情報をもとに、これまでCO2固定の報告がなかった属の173株について、解析したゲノム情報からCO2固定の可能性を推定した。その結果、多くの原核生物が水素や硫黄化合物を利用してCO2固定を行う潜在的な能力を持つ可能性が示されたのだ。
西原 特別研究員は「微生物には水素を好むもの、硫黄を好むもの、酸素がない方がよいものなど、さまざまなタイプがいます。つまり、培養条件を変えればCO2固定能力を現す微生物が見つかるかもしれません」と説明する。
AI活用でTRIP事業とも連携
こうした地道な研究は、JCMが保有する微生物コレクションの価値を高めることにつながる。微生物のカタログに「CO2固定」という性能を特記できるようになるからだ。どの微生物を使えば自分の目指すCO2固定を実現しやすいか、世界中の研究者の微生物選びを手助けできる。
西原 特別研究員は今後の研究の方向性について、「まずCO2固定ができる新たな微生物を見つけたいですね。それにはAIが活用できるかもしれません。とはいえ、自分で応用研究を目指すのは少し畑違いかも。微生物の生息環境や培養条件などの高品質な1次情報を集めていくことに徹したいです」
理研は最先端の研究インフラや各種データを分野横断的につなぐ TRIP事業を推進している。加藤 上級研究員は「TRIP事業には三つの軸があると考えます。良質なデータを整備し、数理科学とAIとの融合で量子化学計算にブレークスルーを起こし、予測科学を創造することです。私たちが担うのは高品質な1次情報の集積ですが、それだけにとどまらず、AIを使って付加価値を高め、この微生物を使えば、こういう研究や産業に応用できるという予測まで取り組みたい。私たちもTRIP事業に連携していくのだと強く思っています」
関連リンク
- 2026年1月20日プレスリリース「微生物資源が秘めるCO2削減への新たな可能性」
- 理研の博士と考えよう!「"バイオリソース" って何だろう?」
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