中性子だけでできた「原子番号ゼロ」の多中性子核や、それに陽子が一つだけ付いた超重水素などの超中性子過剰核が、世界で注目を集めています。仁科加速器科学研究センター 核反応研究部 の上坂 友洋 部長は、韓国基礎科学研究院(IBS:Institute for Basic Science)との新たな連携により、この超中性子過剰核の研究に挑戦しています。そして2026年5月には、東北大学やドイツ・ダルムシュタット工科大学とともに、物理学の常識では存在し得ないと考えられていたさまざまな"原子核"を探索する加速器実験の国際共同研究プロジェクトが実現しました。
中性子星の密度は角砂糖1個で数億トン!?
人の体は約40兆個もの細胞で構成されており、さらに細胞1個の中には約100兆個もの原子が含まれている。途方もない数の原子だが、その中心には必ず原子核があって、質量の大半を担っている。つまり、私たちの体重は、ほぼ原子核の重さなのだ。
原子核の中身は、陽子と中性子(図1)という二つの核子だ。陽子はその数が「原子番号」となり、原子の化学的性質を決めている。一方、中性子は反発し合う陽子をまとめるという重要な役割をしているが、普段は意識されることもない。むき出しの中性子は約15分もすれば自然に壊れ、陽子に変換されてしまうからだ。
図1 原子核と中性子
原子核(左)は直径1兆分の1cmの極めて小さな粒子で、陽子(赤)と中性子(青)で構成される。陽子の数が原子番号となり、原子の性質を決める。原子核が原子の重さ(質量)の99.97%を担っており、その重さは陽子と中性子の全数で決まる。中性子は陽子より0.1%だけ重い(右)。中性子単体では約15分で壊れて陽子に変わるため、自然界では原子核の中だけで存在できる。
そんな中性子だが、上坂 部長は「138億年にわたる宇宙の歴史の中で、『元素合成』に関わる重要な役割を果たしてきたのです」と説明する。
その一つはビッグバン直後にヘリウムを生成するとき、もう一つは鉄より重い重元素を生成するときだ。二つ目に関わっているのが、ほぼ中性子で構成されている「中性子星」(図2)だ。中性子星は角砂糖1個分の体積だけで数億トンの重さとなる、とてつもない高密度の天体だが(図3)、なぜ押しつぶされてブラックホールにならないのか分かっていない。
図3 中性子星・地球・太陽の特徴
中性子星は、半径が太陽の約7万分の1と極めて小さいが、密度は太陽の約100兆倍と想像を絶する超高密度となっている。※太陽を1とした場合
見つかるか、中性子だけの「物質」
「中性子星のように、地球上で初めて、ほとんど中性子だけでできた物質をつくることに挑戦したいのです」と上坂 部長。
多中性子核の探索から見えてくる成果の一つが、宇宙にあるすべての物質を形づくる「核力」の本当の姿だ。中でも中性子が三つ集まることで生じる「三体力」の検証には、大きな期待がかかる。これが分かると、中性子星がなぜつぶれずに存在できるかという宇宙物理学における長年の課題に答えが出るかもしれないからだ。
多中性子核の存在は、これまで2016年と2022年に発見が報告されている。いずれも理研が関わった実験で、光速の半分以上に加速した重イオンビームを液体ヘリウムや液体水素の標的にぶつけて、多中性子核の生成を狙ったものだ。その実験の前後で失われた別種の原子核の質量から、4個の中性子からなる核(テトラ中性子核)の存在が導き出されたのだ。なお、これらの実験ではテトラ中性子核そのものを検出してはいない。
放射線の検出には電磁気力を使うが、中性子の検出の難しさは、中性子には電荷がないため電磁気力が利かないことにある。過去の多くの実験で活躍してきたのが、理研の誇る粒子分析装置「SAMURAIスペクトロメータ」に付属する中性子検出器「NEBULA」だ。人工的に生成した中性子過剰核を水素の原子核に衝突させ、飛び出す反跳陽子の発光量と飛跡から中性子のエネルギーと位置を特定するのだが、課題もある。衝突確率が低いため、検出効率が伸びないのだ。
ましてや、今後の超中性子過剰核研究では多くの中性子の同時検出が必要となってくる。東北大 三木 謙二郎 准教授らが進める多中性子核の研究では、次の狙いは中性子過剰核のヘリウム8を液体水素に衝突させて生成されるテトラ中性子核および6個の中性子からなる核(ヘキサ中性子核)だ(図4)。しかし、NEBULA単体では、テトラ中性子核の検出効率はわずか0.1%しかない。解決するには検出器の奥行き(中性子が進む方向の厚さ)を長くするしかないのだ。フランスの研究グループの協力を得て、中性子をキャッチしやすいよう検出器の奥行きをこれまでの48cmから倍増したが、それでも検出効率は1%強にとどまった。
図4 多中性子核探索の加速器実験(イメージ)
理研の重イオン加速器施設RIBFの超伝導リングサイクロトロンなどで、酸素18のビームを光速の約60%まで加速する。その後、ベリリウムの板に衝突させ、ヘリウム8だけをBigRIPS(超伝導RIビーム生成分離装置)によって選別。スピードをほぼ維持したまま、標的の液体水素に衝突させることで、テトラ中性子核、ヘキサ中性子核の生成を目指す。
2026年から日韓共同実験スタート
思い悩む上坂 部長に2023年、一つの転機が訪れた。理研で共に働いたことのある韓国人研究者、アン・ドクスン 博士の紹介で、IBSの重イオン加速器「RAON」を訪問したときだった。
韓国政府は、世界水準の基礎科学の育成とビジネスとを融合させるべく、2008年に国家プロジェクト「国際科学ビジネスベルト」計画を策定。理研やドイツ・マックスプランク研究所をモデルに2011年にIBSを発足させ、2017年から順次、RAONの建設に取りかかっていた。だが、2023年時点では加速器の高エネルギーパートはまだ建設途中で、先行して完成した中性子検出器「LAMPS-NDA」はしばらくの間、使われる予定がなかった。
LAMPS-NDAは奥行きが80cm。思わぬ出会いに、上坂 部長は「これはいけるかもしれない!」と感じたという。早速、RAONでLAMPSプロジェクトの中核を担うホン・ビョンシク、キム・ヨンジン 両博士とこのアイデアについて直接議論した。その後も、シンポジウムやワークショップを開催するなどして相互に理解を深め、ついに2025年、LAMPS-NDAを韓国から理研に移設。既存の検出器と組み合わせたうえで、2026年5月から共同プロジェクトとして加速器実験を行うこととなった。
LAMPS-NDAが加わったことで、検出効率も大幅に向上した。四つの中性子同時検出ではこれまでの2倍の3.5%。六つの中性子同時検出では2.5倍の0.44%に向上した。上坂 部長は「ヘキサ中性子核の探索は世界で初めての挑戦。このくらいの検出効率があれば、結果がかなり期待できると思います。検出効率が高まると、実験へのモチベーションもぐっと高まります」と笑う。
最先端研究でアジアと協力強化を
多中性子核探索の共同プロジェクトは、LAMPS-NDAの理研への移設によって、日韓の「ワンチーム」としての存在感を国内外に示した。しかし、理研とIBSの研究協力にとどまらず、韓国から資金面でも支援を受けている。
韓国政府が2024年に新設した「トップティア事業(Top-Tier Premier International Research Consortium)」は、世界最高峰の研究機関と、自国の研究機関の協力体制を支援する共同研究プログラムだ。10年間にわたり研究資金が助成される。2024年度に採択された4件のうちの一つに、この理研とIBSの共同プロジェクトが選ばれたのだ。
今後、最先端の科学研究のあり方はどうなっていくのだろうか――。上坂 部長は未来を見据え、こう語った。「これからの最先端研究において国際的コラボレーションは絶対に必要です。同じ域内にあるアジアの仲間同士、協力関係を強化していかなければならないと感じています。今回のプロジェクトも多くの方の力を合わせて初めて実現できました。とりわけ多中性子系探索実験を主導する東北大の三木 准教授やダルムシュタット工科大のメイタル・デュア 博士ほか共同研究者の皆さん、トップティア・プロジェクトの代表者であるシン・テクス IBS・IRIS部門長、LAMPS-NDAの理研への導入にご尽力いただいたIBSの研究者の皆さんに、感謝しています」
LAMPS-NDAを囲んで
LAMPS-NDAの理研への導入に尽力した核反応研究部の近藤 洋介 開発研究員(前列左から3番目)らとともに。「RIビーム基盤開発部 多種粒子測定装置開発チーム 大津 秀暁 チームリーダーをはじめ、仁科加速器科学研究センターで国際共同研究に協力いただいてきた全ての皆さん、わけても櫻井 博儀 センター長にも謝意を述べたい」と、上坂 部長(後列右から3番目)の感謝の言葉は尽きない。
関連リンク
- 2024年12月19日お知らせ「元素の起源を明らかにする日韓の"ワンチーム"研究プロジェクトが始動」
- 2022年6月23日プレスリリース「4個の中性子だけでできた原子核を観測」
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