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研究最前線 2026年11月2日

脊髄が学習して、記憶する!?

脊髄に学習能力があると聞けば、多くの人が「えっ?学習をつかさどるのは脳では」と思うでしょう。脊髄は情報を伝える単なるケーブルに過ぎないと考えられてきたからです。世界を舞台に研究を続けてきた竹岡 彩 チームディレクターは、マウスによる実験で脊髄が運動学習機能と記憶形成機能を持つことを発見し、そのメカニズムを細胞レベルで示しました。脊髄も、脳と同じように「学習」と「覚えたことを思い出す」という役割を担っているという驚きの成果です。2024年、日本に拠点を移した竹岡 チームディレクター。理研での研究にも新たな発見が期待されています。

竹岡 彩の写真

竹岡 彩(タケオカ・アヤ)

脳神経科学研究センター 運動回路可塑性研究チーム チームディレクター

米国の大学で運動機能研究に目覚める

脊髄の学習能力については、行動学的に100年以上前から指摘されていた。しかし、「学習は脳以外で行われないという先入観があり、本格的に研究しようという人はあまりいなかったようです」と話すのは、米国、スイス、ベルギーとグローバルに研究を進めてきた竹岡 チームディレクターだ。

大学は英語圏で学びたいと考え、東京都内の公立高校卒業後は米国へ。1999年、オハイオ州にある、履修の専門分野を絞らないリベラルアーツ系の大学に進学した。さまざまな理系分野を学び、「実際に観察したことを客観的に分析できる方が好きなので、運動機能の分析からアプローチできるパーキンソン病を卒業論文のテーマに選びました」。

同じパーキンソン病モデルのラットでも、毎日運動しているラットは運動しないラットより運動機能障害が進行しにくいという仮説を立てて実験。「指導教官は、学生の興味に基づいて自由にやらせてくれたので、研究の面白さに目覚めました」。1年かけた研究で、パーキンソン病の運動障害は毎日の運動で改善するという結論を導いた。

米国、スイス、ベルギーで追い続けた「脊髄と学習」の謎

大学院はカリフォルニア大学ロサンゼルス校を選んだ。テーマは脊髄損傷後の歩行機能回復。この研究に際し、「動物実験の文献を読んで脊髄の中だけで学習のようなことが行われていると感じました。それを患者さんの歩行トレーニングや治療などに使えるのではないかと考えたのです」と話す。もっと追究したいという強い思いから、大学院修了後にスイスの研究所に移った。さらに6年あまりを経てベルギーの研究所へ。そこで自分の研究室を構え、チームメンバーの支えを得て「脊髄と学習」の研究に臨んだ。

集合写真

脊髄研究に「走って」貢献!

ベルギーのルーベン市、ケッセル・ローにて。2021年5月に開催された「Wings for Life World Run」という脊髄研究のための世界規模のチャリティー・ランイベントにラボメンバーと参加した。

「例えば、自転車に一度乗れるようになると、その後は特に意識しなくても乗ることができます。実際には多くの筋肉が極めて正確なタイミングで収縮、弛緩をしていますが、すべてを脳が制御していたらパンクしてしまうでしょう。脳が信号や自動車の音など重要な情報に注意を向けられるよう、運動制御の部分を脳以外でも担っているのではないでしょうか」

脊髄と学習の実験が本格始動

そこで、この仮説に基づき実験を開始した。まず、脊髄を損傷させ脳とのつながりを遮断したマウスの上体を固定し、後ろ足は自由に動かせる状態にした。Aにはランダムに電気刺激を与え、Bには足が大きく下がったときだけ電気刺激を与えた。(図1)

脊髄損傷のマウスの後ろ足に電気刺激を与えたときの反応の違いの図

図1 脊髄損傷のマウスの後ろ足に電気刺激を与えたときの反応の違い

10分ほど実験を続けると、大きく足を下げたときだけ電気刺激を与えられたBのマウスは、電気刺激を避けるように足を上げた状態を保つようになった。一方、ランダムに刺激を与えたAのマウスには同様の行動は見られなかった。

さらに、この学習が記憶されるかどうかを調べるため、24時間後に電気刺激の条件を入れ替えて実験すると、それぞれのマウスは前日の経験に基づいて後ろ足の位置を調整した。「脊髄を損傷して脳からの指令が断たれた状態でも、マウスは刺激を避ける動きを学習しました。しかも、その記憶は1日たっても残っていたのです」

脊髄の背側で学習、腹側で記憶――困難を経て得た新たな発見

続いて、このメカニズムの解明に取り組んだ。「脳を調べるときと同じように、電極を使って脊髄の電位的変化を調べるのですが、従来の硬い電極では運動しているマウスの脊髄の計測には向きません」。だが、運のよいことに、このときラボを置いていたIMECという研究機関では、実験にうってつけの薄く柔軟性の高い電極を作製していたのだ。この電極を使って、脊髄のニューロンの活動を記録しようと試みた。

ところが、麻酔方法、出血、測定機器からの電気ノイズなどで失敗が続いた。2019年から始めた研究だったが、新型コロナウイルス感染症の流行もあって遅々として進まなかった。

ここで、研究室を主宰する立場ならではの悩みに直面した。実験というものはもちろん自分一人で進めているわけではなく、何人ものチームメンバーが携わっている。前例もなく成果の見えない研究を、若手研究者にいつまでも続けさせてよいのか。

「自分一人なら失敗続きでもめげずに続ければよいのですが、研究室を持つと若手のキャリアや学位についても責任が出てきます。チーム運営の厳しさを痛感しました」。悩みながらも研究を続けられたのは、運動している動物の脊髄の電位的変化を計測できたらきっと大きな発見があると考えていたからだという。実験方法が安定し、10回やれば5、6回はデータを記録できるようになったのは2021年だった。

脊髄には、背中側と腹側でそれぞれ異なるタイプのニューロンが多々ある。足の動きに伴う電位的変化をそれぞれ計測した結果、最初の実験で足を上げた状態を保った、すなわち「学習した」マウスでは、背中側のニューロンに活動が見られた。ところが、24時間後に学習した行動を再び示す際には、学習に必要だった背中側のニューロンはもはや必要ではなく、代わって腹側のニューロンが学習した行動を思い出すために必要となっていた。「脊髄の背中側のニューロンは学習を受け持ち、腹側のニューロンは学習したことを記憶し思い出させます。脊髄は役割を高度に分業しているのです」

理研で広げたい研究の幅

この成果がまとまったのは2023年。翌年4月の科学雑誌『Science』に掲載された。しかし、その頃に転機が訪れる。研究室を立ち上げた頃から、いずれは別の場所で新たな挑戦をすることになると考えていた。それは、欧州各国で見られるように移民政策が厳格化し、長期的なポストを得るには、オランダ語の習得も求められていたからだ。「その頃、米国の学会で理研の研究者と出会い、理研の公募を知りました」。広い分野で世界一流の研究者がいる環境が魅力的に思えた。

採用が決まり2024年春に理研に移った。実際に研究を始めて改めて実感したのは、研究の規模、分野の幅、そして一つ一つの研究を深く掘り下げていける環境の豊かさだった。竹岡 チームディレクターが所属する脳神経科学研究センターには、"嫌悪"の経験がどのように脳の中で変換され行動や記憶形成を導くかや、行動するときに脳回路はどのように作用しているのかなどを研究し、脳科学の先端を行く世界的権威が集う。

「ベルギーの研究センターは研究室主宰者が6人の小さな組織で、全員がマウスで研究していました。理研は、モデル動物のバリエーションや実験のアプローチが多様で、点と点をつなげる要素がたくさんあります」。理研で新たな研究環境を得た今、自身の研究の核である脊髄への興味は大切にしつつ、さらに研究の幅を広げたいと考えている。例えば、脊髄の学習と脳の学習がどう統合されているのかなどだ。

「海外での研究生活を通して、さまざまな分野の研究者と話をし、興味を広げることの大切さを実感してきました。優秀な人たちに囲まれ、いろいろなことを吸収できる理研という環境に、大変満足しています」

脊髄損傷患者の治療への応用も目標の一つだ。「今の私の研究は基礎的ですが、いずれは患者さんに役立つ研究につなげていくため、臨床の医師との連携を考えたいです」と、基礎研究と臨床応用との橋渡しも目指している。

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星

回答ありがとうございました。

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